第15部 集落のリーダー
「グギャアアァァァ…!!!」
背後から袈裟懸けに切り捨てられたゴブリンが、耳障りな断末魔を上げ倒れ伏す。
山中に逃げ込んだゴブリンの一団を、舞兵庫・林九兵衛の2人が率いる追撃隊100人が一定の距離を保ちつつ追いかける。
数こそまだゴブリンの方が多いものの既に戦う気力を失っているのか、反撃してくるものはほとんどない。
そしてたまに逃げ遅れたゴブリンを殲滅しながら追跡を続ける。
ここで一気呵成に距離を詰めて一団を殲滅することも出来ないことではない。
実際、反撃も出来ない程に戦意を失ったゴブリンなど、既に物の数でもないのだ。
しかしここで敢えてゴブリン達を泳がせているのにはそれなりの理由がある。
それは佐和山のコボルト達より知らされた、ゴブリンの集落を発見し殲滅することであった。
「ゴブリンは拠点となる集落を中心に動き回ることが多いとのことなのです」
兵庫は出撃前にコボルトから直接聞いた話を、九兵衛に伝える。
それによると、
ゴブリンは10匹以上の集団で行動することが多く、その住処として必ずと言っていいほど活動範囲内に集落を形成する。
そしてその集落を潰さない限り、その近辺のゴブリンを殲滅することは不可能なのだそうだ。
「つまりは元を絶たない限り、奴らはいくらでも湧いてくる、と?」
九兵衛の問いに、兵庫は真剣な表情のまま頷いた。
---伐採現場奥の山中---
最初に奇襲を受けた伐採現場を通り過ぎ、しばらく着かず離れずの距離を保ちつつ追撃を続けていたとき、不意に横合いから逃走するゴブリンとは別のゴブリンの集団が現れ、追撃隊に襲いかかってきた。
「新手だ!落ち着いて対処せよ!!」
「そんなに数は多くない。ゴブリン程度に後れを取るな!」
いち早く新手のゴブリンの集団を見つけた兵庫・九兵衛が声を張り上げ、従う将兵たちから「オウ!」と掛け声が上がる。
まず太刀を手に先陣を走る武者たちが、向かってくるゴブリンの集団を迎撃する。
「どけ!邪魔だ~!!」
一人の武者が、こん棒を頭上から振り下ろして襲いかかるゴブリンを、右斜め下段の構えから一気に太刀を振り上げてすれ違いざまにガラ空きになった胴を切り裂く。
そしてまた別の武者が、奇声を上げ突き出されたゴブリンの槍を半ばで叩き切ると、一瞬呆然として動けなくなっているゴブリンの首を同じく一閃で跳ね飛ばす。
「続け~~~!!!」
先陣の戦いに士気を上げた後続の足軽隊が、手にした短槍を構え武者たちに加勢する。
周囲に木々が生い茂り長柄の取り回しが利かない山中でも、短槍であればある程度の小回りが利く。そして普段から重い長柄を使い慣れている足軽隊の者は、遥かに軽量な短槍を木の枝の如く振り回すことが出来る。
同じく槍を手にしたゴブリン達が向かってくるが、その動きは足軽隊と比べるべくもなく遅い。次々と腹や喉を突かれ、頭を叩き潰されて打ち倒されていく。
「グゥゥゥッ!!」
「ギガッ!ギギギ!」
やがて敵わないと感じたのか、新手のゴブリン達も武器を捨てて逃走を図る。
「逃がすな!追え!!」
そしてその後ろ姿を一定の距離を保ちつつ、兵庫・九兵衛らが再び追撃し始めた。
------
「とまれ!」
追撃を続けてしばらく経った後、兵庫は一度追撃を停止させる。
「…九兵衛殿、気づきましたか?」
「……」
その兵庫の問いかけに、隣を並走していた九兵衛は前方を睨みながら小さく頷く。
九兵衛が見つめる先では、相変わらずゴブリン達が奇妙な叫び声を上げつつ逃走している。しかしその叫び声が明らかに今までのものよりも大きい。
こちらに背を向けて逃走するゴブリンの声が、いきなりこれ程までに大きく聞こえてくる筈がない。そしてこれは明らかにこちらに向かって威嚇するように声を上げている様に感じられた。
「結構な数だな、800…、多分1000はいないと思うが…」
「そんなところですね。おそらくはこの先、森の切れ目を過ぎた辺りが奴らの集落なのでしょう」
ゴブリンの叫び声からその数を推測した九兵衛に、兵庫も同意する。
そして二人ともその表情を引き締める。
集落であることを考えれば、それなりの数のゴブリンがいることは当然想定している。しかし、既にこれまでの一連の戦闘でかなりの数のゴブリンが死亡している筈であり、特に麓《ふもと》での長柄隊との小競り合いからここに至るまでの追撃で、500を超えるゴブリンを討ち取ったように思われた。
「九兵衛殿の予想通りとするなら…、少々想定外ですね」
だが、叫び声の大きさから判断した集落のゴブリンの数は明らかに自分たちの想定を超えていた。
ゴブリン個々の力は大したことないため現状戦力で負けることはないとは思う。しかし、数の差を持って押し寄せられればこちらの被害もそれなりのものを考えなければならなくなる。
「こんな戦いで死者は出したくないなぁ」
九兵衛も兵庫と同じことを考えたのか、少し口を尖らせつつ呟く。
「…なら仕方ありませんね、少々戦い方を変えますか」
「戦い方を変える?」
兵庫の言葉に九兵衛が首を傾げる。
「至極単純《しごくたんじゅん》な策ですよ。ですが、あのゴブリン程度なら問題ないでしょう」
そう言うと微笑を浮かべた兵庫は早速その策を話し合うべく、主だった者を集めるのだった。
---ゴブリンの集落---
山間のやや奥まった場所にそのゴブリンの集落はあった。
元々ある程度開けた場所であったが、周囲の木を切り倒し、周囲を柵で囲いっている。
そしてその囲いの中には、切り倒した木を地面に突き立てその上に蔦《つた》を張り屋根代わりに枯草を持っただけの粗末な小屋が多数建てられていた。
その集落の西側(山の麓側)に面した柵の周囲には、その集落のほとんどのゴブリンが集まり、雄叫びを放っている。
つい先ほど麓から逃げ帰った仲間のゴブリンが、人間の集団がこの集落に向かってくることを伝えたからだ。
「ニンゲン…、クル…。」
何とか聞き取れる程度の片言の言葉を口にした一匹のゴブリンが、片手にブロードソードを握り締める。
これはとある人間の冒険者が使っていた物だが、自分を只のゴブリンと侮り不用意に討伐に来たところを返り討ちにして、奪ったものだった。
「グル…、マタ…コロス…。マタ、ウバウ」
その口元をニタリとつり上げ、その更に片言の言葉を口にする。
《ゴブリン・ジェネラル》
ゴブリンでありながら上位種に位置づけられる魔物である。
その肌は通常のゴブリンのような緑ではなくやや黒みがかった灰色、体格も二回り近く大きくその額には黒々とした角が1本生えている。そして当然ながら他のゴブリンと比べて力も強く、個体によってはバトル・アックスを片腕で振り回せる者もいる。
だが知能は相変わらず高い方ではなく、ギリギリ言語を話せる程度であり、会話が成立するかも微妙である。
この集団のリーダーであるゴブリン・ジェネラルは、初めて自分の集落を持ったまだ若いゴブリンである。
最初はこのゴブリン・ジェネラルと数匹のゴブリンだけの集団であったが、他のゴブリンと比べ物にならない力で人間や亜人たちの旅人や冒険者・隊商を襲って武器や食料を奪い女を攫《さら》った。やがて小規模な村落や集落を攻め潰すほどの力を着けた辺りから一気に規模が大きくなり、僅か数匹から2000匹を超える集団になったのだった。
だが今この場にいるゴブリンの数は2000匹どころか700匹を少し超える程度しかいない。
多くの仲間のゴブリンが、今この集落に向かってくる人間たちによって殺されたのだ。
だが、これでもうこの戦いは終わりだ、とこのゴブリン・ジェネラルは考えている。
今まで自分は負けたことはない。
例えどんな奴が現れても自分は負けなかったし、これからも負けることはない。
多くのゴブリンを失ったのは痛手だが、そんなものはまた女を攫ってきて生ませればいいし、集落の中にはまだ子供のゴブリンも大勢いる。
そう考えていると不意に前方が騒がしくなる。
見れば大勢の武装した人間たちが森の中からこちらの様子を窺っている。
おそらく森に隠れてこちらに攻め込む隙を窺っているのだろうが、奴らが動くたびに木が揺れ、草がざわめくのでその動きは丸分かりである。
その様子を見てとったゴブリン・ジェネラルは、周囲で威嚇の雄叫びを上げるゴブリン達に聞こえるよう一際大きな雄叫びを上げる。
(奴らが飛び出してくるまで待て)
そう配下のゴブリン達に命令すると、再び森の中の人間たちを見据える。
(いくら腕の立つ連中とは言え、飛び出してきたところを数にまかせて囲い込んでしまえばいいのだ。態々こちらから出る必要はない)
今まで数多くの冒険者たちや隊商、村落を攻め潰してきた必勝の戦い方。
低いながらも僅かにある知能で考えた結論に、そのゴブリン・ジェネラルは満足そうに嗤った。
---ゴブリンの集落前の森---
「動きませんか」
森の切れ目からゴブリンの集落を窺っていた兵庫が独り言のように呟く。
「多少は知恵の回る奴がいるみたいですね。最もこちらとしては助かりますがね」
集落の境である柵の周囲に集まる多くのゴブリン達を見据えて不敵な笑みを浮かべる。
その視線は、多くのゴブリンの中でも一際体が大きく、何やら動物の革らしきもので作られた鎧を身に纏う灰色のゴブリンに向けられている。
先ほどあのゴブリンの一声で周囲のゴブリン達が一斉に大人しくなったのを目にし、おそらくがあの灰色のゴブリンがこの集落の頭であると当たりをつけたのだ。
「舞様、森様の別働隊、手筈が整ったそうでございます」
配下の武者が小声で兵庫に報告する。
「よし、では参る!奴らは数を頼りに我らを取り囲もうとするはず!常に衆を警戒し決して無理押しはしないように!」
そう指示を出すと、兵庫は周りにいた武者や足軽たちと共に森を飛び出すとゴブリンの集団に向けて駆け出した。
---ゴブリンの集落---
いよいよ痺れを切らしたのか、人間たちが森を飛び出しこちらに向かってくる。
しかしその数は明らかにこちらより少なく、こちらの半分もいないように見える。
(勝った)
リーダーであるゴブリン・ジェネラルは再びその口をニタリとつり上げる。
あの人間どもを殺し、その肉を喰らってやる。使えそうな武器や防具があれば一番いい物は自分の物だ。女の姿が見えないのが不満だが、自分の力を目の当たりにした人間たちの恐怖に震える姿を見ることが出来る。
その眼に欲望を滾らせ、巨大な咆哮を上げる。
するとそれを待っていたとばかりに周囲のゴブリン達が一斉に雄叫びを上げて人間たちに向かっていく。
リーダーである自分はまだ動かない。
まずは配下のゴブリン達が自分の為に戦うのだ。そして人間たちが戦いにつかれてきた頃に自分が出て止めを刺すのだ。
そのつり上げた口をそのままに、ゴブリン・ジェネラルは今まさに始まった戦いを見つめていた。
---ゴブリンの集落前の森付近---
兵庫率いる追撃隊200人は、一度は勢いよく森を飛び出してゴブリンの集落へと駆け出した。
「数は向こうが上です!このまま方円の陣形を維持しつつ、会敵後は徐々に後退!森を背にゴブリンを迎撃します!」
走りながら兵庫は大声で上げて指示を飛ばす。
兵力の差で包囲されることを警戒した兵庫は、まず全方位防御型の方円の陣を敷いた。
これは大将である兵庫を中心に、周囲をグルリと槍を構えた足軽隊が囲み、丸まった針鼠《はりねずみ》のような陣形である。
ただ一方向だけ、前方だけは突撃の勢いを殺さないように抜刀した武者隊が駆けている。
「ギギギーーーー!」
「グギィィィーーー!」
「うおおおおお!!」
「死ねやーーーー!!」
お互いに雄叫びを上げつつぶつかり合うと、激しい白兵戦が始まる。
方円の陣により背後と左右からの襲撃を防ぎつつ、先頭の武者隊が太刀を振るってゴブリンを切り倒す。
そして左右から包囲するように向かってくるゴブリンに対しては、陣形の左右を守る足軽隊が短槍で槍衾を形成して迎撃する。
「このまま徐々に後退!森まで退がります!」
手にした鎌槍でこん棒を振り回すゴブリンを突き倒しつつ指示を出す兵庫に従い、陣が後退する。
その様子を勢いに負けて逃げ出そうとしていると誤解したゴブリン達が嵩にかかって攻めかかってくるが、方円の陣は固くその一角を崩すことも出来ない。
だが、それでもここが攻め所とみたか集落の柵の内側で戦いを眺めていた頭と思しき灰色のゴブリンが剣を手に向かってくる。
(……そろそろですかね)
不用意に敵の大将が動き出したことに、鎌槍を構えつつ兵庫がほくそ笑む。
柵の中に残ったゴブリン達を率いてゴブリン・ジェネラルが集落を飛び出してくる。そして丁度この戦いが行われている反対、集落の東側で大きな喊声が上がり、九兵衛率いる別働隊100が突撃を開始したのはほぼ同時であった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
最近、少しずつブックマークの数が増えてきました。こんな拙く、更新の遅い話を購読して頂いて本当に嬉しいです。
頑張って投稿しよう!という励みになります。
誤字脱字・誤文がございましたら、ご指摘ください。
これから少しずつ訂正も加えていきます。
またよろしくお願いします。




