第13部 魔物
「よし!かかれ~~~!!」
オオオオオ~~~!!!
大将である石田家家臣・舞 兵庫の号令一下、石田勢200人が長柄を構え突撃を開始する。
場所は佐和山城からほど近い平原であり、山の麓付近に位置している。その平原に横一列100人ずつ二段に分かれた長柄隊が、目の前に屯している集団に向かって一糸乱れぬ隊列を維持しながら向かっていく。
「ギッ!ギギギ!!」
「グギッ!!」
その集団を形成している者たちは、人とも獣ともつかない声を上げるが、その声には明らかに動揺や恐怖といった感情が含まれていることが分かる。
「敵は小柄ぞ!長柄隊は穂先を下げよ!騎乗の者は敵が崩れ次第我と共に突っ込むぞ!」
「オウ!!」
前進する長柄隊を指揮しつつ、兵庫自身も騎馬隊と共に乗り崩しを掛ける機会を伺う。
やがて一段目の長柄隊が相変わらず奇怪な叫び声を上げ続ける集団に到達すると、その長大な長柄を突き付ける。
オウ!オウ!オウ!!
「ギッッ!!」
「グギュッ!!」
盛大な掛け声と共に突き出される長柄に胴体を突き刺され、また真上から振り下ろされた穂先に頭を叩き割られ、次々と血飛沫が上がる。
そしてその血飛沫を目にした兵たちは、何故か一様に顔を顰める。
石田家の兵の多くは、関ヶ原の合戦を初め多くの戦を経験した者が多く、本来であれば多少の血飛沫程度で怯むことも恐れることもない。その兵たちをが一様に顔を顰めた理由、それはその血飛沫の色であり、また今目の前で相対している者たちの姿形が原因であった。
まず全身の色が黒ずんだ緑色である。全身の大きさは自分たちより頭一つ小さいながら、その顔は醜く見る者に嫌悪や恐怖の感情を植え付ける。頭髪や体毛はなく、その目や表情には知性というものがほとんど感じられない。
粗末な腰布を巻いていること以外に身に着けている物の統一性はない。粗末な棍棒や錆びついた剣、柄の折れた槍や古びた弓を持つ者もいる。
明らかに人間ではないこの者たちの正体は、【ゴブリン】と呼ばれる魔物という存在であった。
―――――半日前・佐和山城大広間―――――
「伐採の作業中に捕虜が襲われただと!」
木材の切り出し現場である山中から駆け込んできた早馬の報告に三成が声を張り上げ、共にその場にいた吉継・正家にも衝撃と緊張が走る。
「して、こちらの被害は?」
いち早くショックから立ち直った吉継が、早馬の武者に確認する。
「不意を突かれた捕虜数名が深手を負い死亡致しました!他に捕虜と見張りの兵が十数名が手傷を負い、手当てを受けてございます!」
「襲ってきた者たちはどうした?討ち取ったか?」
想像以上に被害が少なかったことから落ち着きを取り戻した正家が、襲撃者について確認する。
「ハッ!相手は20程の小勢、森 九兵衛様初め監視の兵のみで撃退いたしました!」
敵が撃退されていたことが分かり、大広間全体に安堵感が広がる。
「しかしながら、此度我らを襲って参りました敵方の者でございますが…、明らかに人ではございませぬ。それ故、一度ご確認いただきたく首をお持ちいたしました。こちらに運ばせてよろしいでしょうか?」
「構わない、しかし広間ではなく本殿の庭に運ばせよ。すぐに我らも行く」
三成の許可を受けた武者が「それでは!」とその遺体を運ばせるべく広間を後にし、三成たちも主だった者と共に本殿の庭へと向かう。
「お待たせいたしました!こちらが、此度我らが討ち取ったものの首でございます!」
庭に着いた三成たちを、先ほどの武者と数名の兵が片膝を着き出迎える。そしてその武者の正面には蓆に包まれた首らしきものが置かれていた。
「うむ、ご苦労であった。では早速頼む」
「ハッ!では!」
そして蓆を取られ露わになった物---どす黒く変色した緑色の、明らかに人ではない醜悪な首を見て、その場にいた者たちが一斉に息を飲む。
「何者ですかな、これは…。まさか伝承で伝わる餓鬼、亡者の類でございますか…?」
その見慣れぬ首に顔を顰めた正家が、誰に聞くでもなく呟く。
「いえ長束様。これは…、ゴブリンと呼ばれるものでございます」
その中で、その首を目にしたハクが三成たちにその首の正体を告げる。
ゴブリン----ベレンシア大陸初め世界中に存在する魔物
知性は低く力も然程強くはないが、簡単な武器を扱うことは出来る。
戦う訓練を受けた者が1対1で相手取り負けることは少ないが、
複数で囲まれたりした場合には、命を落とすことも多い。
但し、最も注意すべきはその繁殖力であり、数匹討ち漏らすと
1月程度で百匹以上に増えることもあり、その繁殖のため同族ばかりでなく、
人間やコボルトその他の種族の女を孕ませることが出来る。
「そしてゴブリンは…、他種族の肉を食べます」
そうゴブリンについて話し終わったハクは顔を伏せ、その表情にも明らかに陰が差しているように見える。
その表情が、嘗てハクのいるコボルト族の集落がこのゴブリンの被害を受けていたのであろうことを如実に物語っているよ。
「人やコボルトの肉を喰い、女子を犯し、しかも凶器を持って他者を傷つける、とは…。もはや害以外の何ものでもない」
ハクの話に、普段は温厚な正家が嫌悪の表情で吐き捨て、
「左様だな、しかも放っておけば鼠の如く大繁殖し、更にその害を撒き散らすとなれば…、捨て置くことはできない」
三成もその正家の言葉に同意する。
「佐吉、ならば急いだ方が良かろう。ハクの申す通りならば奴らの数が20匹程度の筈はない。おそらくは本隊がどこかに潜んでいよう」
「よし分かった!急ぎ軍勢を仕立て現場に向かわせよう。此度は我が石田家から兵を出す。大将は兵庫!300の兵を連れてゴブリンを殲滅して参れ!」
「治部少輔殿、万が一に備え長束家中から後詰の兵を出させようと思うが宜しいか?」
「無論だ!お願い致す」
そしてこのやり取りから半刻後、舞 兵庫率いる石田勢300、松田 秀宣率いる長束勢200が急ぎ襲撃現場へと急行していったのであった。
―――――佐和山城南東部 伐採現場山中―――――
ゴブリンによる襲撃を受けたルファス侯国兵捕虜300人と監視にあたる森 九兵衛以下石田勢100人は、山中からの再度の襲撃を警戒し木材の伐採を一時中断、非武装の捕虜を守るよう周囲を石田兵で固めつつ山麓までの撤退を開始した。
「知らせが届けば殿の援軍も来る。それまでに急いで山を下りるぞ」
捕虜の監視・護衛を任された森 九兵衛のまだ幼さの残るやや高い声が山中に響く。その姿は10代半ばまで若返った三成・吉継・正家らに比べても更に若く、10代前半といってもよかった。
そしてその指揮下の兵たちに九兵衛を軽んじる様子はない。
岐阜城救援での福島正則勢との戦いや関ヶ原の合戦で、その小柄な身体つきながら身の丈近くある大太刀を縦横無尽に振り回し戦い続けた九兵衛は勇将として名が通っており、例え子どもと言える齢に若返ったとしてもその勇名は衰えることはなかったのである。
「う、うわあああ!!」
突然、陣形の中心にいた捕虜の一人が叫び声を上げ倒れ込む。
その左肩には短弓から放たれたとみられる短めの矢が突き刺さっており、そしてその叫び声を皮切りに左斜面上の木々の間から立て続けに矢が放たれ、捕虜や石田兵に襲いかかる。
「慌てるな!陣を乱すでないぞ!」
「みだりに動き回り斜面に転落せぬよう注意いたせ!」
兵たちをまとめる組頭の武者たちが大声で指示し、左斜面からの襲撃を警戒する。
するとその放たれる矢に援護されるように、緑色の姿をしたゴブリン(捕虜の中にゴブリンを知っている者がいた)が次々と現れ、襲いかかってくる。
「陣形右翼側の者は捕虜を守りつつ急ぎ下山!左翼側の者は自分と共に奴らを迎え撃つぞ!」
そう指示すると九兵衛はその背に納めていた大太刀を引き抜き、その小柄な身体を駆使し斜面を掛け上がる。
そして目の前まで迫った粗末な棍棒を振り回すゴブリンの腰を真横へ薙ぎ切りにし、次いでその後方から突き出された槍を大太刀を右下段から左上段へ振り上げることでいなし、そのまま前のめりで突っ込んできた槍のゴブリンの頭上に大太刀を叩き落とす。
「九兵衛様に後れを取るな!皆の者かかれ~~!!」
立て続けに2匹のゴブリンを仕留めた九兵衛に遅れてはならないと、左翼側の石田兵が各々太刀を抜くと射掛けられる矢に注意しつつ斜面を掛け上がり、襲いかかるゴブリンを迎撃する。
「九兵衛様が時間を稼いでおられるうちに我らは急ぎ下山するぞ!脇目を振るな、駆け下りよ!」
捕虜の護衛を引き継いだ武者が捕虜と右翼の石田兵に命じ、脱落者がいないか確認しつつ下山を再開させる。
「ギギギ!」
「グギッ!」
「どこへ行く!お前らの相手は自分だ!!」
武器や防具を持たない丸腰の捕虜へ襲いかかろうとしたゴブリンたちの前に、既に5匹のゴブリンを切り捨てた九兵衛が立ちはだかる。
「グイィィィ~~!!」
“邪魔をするな”とでも言っている様な叫び声を上げ、3匹のゴブリンが錆びた鉄剣を手に一斉に九兵衛に切りかかってくる。
「うん?」
そのうちの一匹のゴブリンの姿に、九兵衛は一瞬目を向ける。
他のゴブリンが武器以外は粗末な腰布のを身に着けているだけなのに対し、そいつはボロボロながらも何かの動物の皮で作られているらしき鎧と盾を身に着け、その身体つきも一回り程大きいように見える。
「グゥゥ…、オオオオ!」
その鎧を身に着けたゴブリンが真っ先に錆びた鉄剣を右手に振りかぶり九兵衛に襲いかかる。
「ふぅ!!」
他のゴブリンとの違いを確かめる為、その太刀筋を敢えて大太刀で受け止める。そしてそのまま大太刀を上段に左半回転させ相手の剣を弾き飛ばし、返す刀でゴブリンの首を跳ね飛ばす。
「確かに他よりも力だけは多少ある…、でも大したこともないか」
跳ね飛ばした首に目だけ小さく呟く。
そして他の2匹のゴブリンに目を向けるが、その皮鎧を身に着けたゴブリンが討ち取られたのを目にして明らかに動揺したようで動きが止まる。
その瞬間を見逃さず、一気に間合いを詰めた九兵衛が瞬く間に袈裟懸けに切り倒す。
「ふぅ~」
大太刀を構えつつ息を整え、周囲の様子を確認する。
木々が生い茂り見通しの効かないなか、九兵衛を中心に50人近い石田兵がゴブリンと戦い、辺り一面喧騒に包まれている。
実力では石田兵が武者・足軽問わずゴブリンを圧倒しているようだが、見通しが利かず斜面上を取られるという地形上の不利と、散発的に飛んでくる矢を、そして限りなく湧いてくるゴブリンの数に徐々に苦戦を強いられている。
「森様!このまま踏み止まるのは危険でございます!下山した者たちも、それなりに距離は稼げた様子!我らも引くが得策かと!」
九兵衛の背後を守るようにゴブリンと戦っていた武者の一人が叫ぶように進言し、九兵衛もそれに頷く。
「よし山を開始しよう!まずは自分が殿をするから手の空いた者が後方に下がって陣形を整えろ。そしたら今度は自分らがそこまで下がり更に陣を敷く。それを繰り返しつつ引き上げる!」
ここで先に九兵衛に殿をさせる訳にはいかないと武将との間に一悶着あったが、殿は譲れないという九兵衛の言を受け、速やかに撤退が開始された。
―――――佐和山城南東部 伐採現場山麓―――――
「舞様!前方に人だかりが見えまする!木材の伐採をしていた捕虜とお味方の兵と思われます!」
援軍を指揮し伐採現場に向かっていた兵庫の元に、前方を進んでいた騎馬武者が駆け込んでくる。
「よし!味方は無事か。急ぎ合流するぞ」
その表情にホッとしたような笑みを浮かべ、率いる軍勢を進める。
森 九兵衛よりやや年上、10代後半ほどの顔つきで体格は5尺半(175cm)程度、その表情は穏やかそうに見える。
しかし、その表情とは裏腹に石田家筆頭家老にして猛将の島 勝猛と並ぶ戦上手であり、自身も十文字槍の使い手として多くの敵を屠ってきた強者である。
「あれは…、援軍だ!佐和山からの援軍が来たぞ!!」
兵庫たちの軍勢を真っ先に見つけた石田兵が大声を上げ、援軍の姿を確認した者たちから歓声が上がる。その歓声は、護衛の石田兵ばかりでなく捕虜であるルファス侯国兵たちからも上がっている。
「舞様!よくぞお越しくださいました!」
「うむ、ご苦労であった。我らが来たからにはもう安心して大丈夫だ」
駆け寄ってきた武将に労いの言葉を掛けつつ、兵庫は周囲を伺う。
「九兵衛はどうしたのだ?姿が見えないようだが…」
捕虜の監視部隊の指揮を執っていた筈の同僚の姿が見えず、その武将に問いかける。
「そうなのです、舞様!至急森様の救援をお願いいたしまする!我らを逃がすため森様以下半数の兵が山中に残り、あの化け物どもと戦っておりまする!」
「何?ではまだ九兵衛殿は戻っておらぬのか?」
まだ九兵衛以下殿の兵が山中で戦っていることを聞き、兵庫の表情が一気に引き締まる。
そしてその視線を山と麓の境である森林の切れ目に向けたとき、見覚えのある甲冑や胴丸を身に纏い、その森林から飛び出してきた石田兵たちの姿を視界に捉える。
その飛び出してきた石田兵たちの更に後方では、やはり見覚えのある小柄で軽装な甲冑姿の九兵衛が自慢の大太刀を振り回し、次々と山中から湧いて出てくるゴブリンたちから味方を逃がすため、必死に切結ぶ姿が見えた。
「まずい、急ぎ九兵衛殿を援護する!弓隊100はこの場に留まり捕虜を守れ!残り長柄隊200は100ずつの2段陣形で進むぞ、展開!」
兵庫の号令一下、長柄隊が素早く隊伍を整え2段構えの陣を敷き、弓隊はいつでも支援射撃が出来るよう、捕虜集団と長柄隊の間に陣取る。
「よし!かかれ~~~!!」
オオオオオ~~~!!
こうしてゴブリンと舞 兵庫率いる石田勢との戦いが始まったのであった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
いよいよ魔物との戦いが始まりました。
ルファス侯国との戦いでは書けなかった武将の姿や武将ごとの戦いを、少しでも表現できればと思い、書いてみました。
もちろん武将の姿や武器などは完全に私の妄想オリジナルです。
あと、今回から口調をもっと砕けたものにしていこうと思います。
理由は、折角若返ったのだから口調も若く!というのを口実に、本当は私自身の学がないため、難しい言い回しが大変になったからです。
あと、武将ごとの口調をもっとしっかり統一したいなと思いました。
だらだら言い訳を書きましたが、少しずつでも良くなるように頑張ります。
誤字脱字・誤文のご指摘をお願いします。




