第11部 戦後処理
陥落した砦に大谷勢・平塚勢・戸田勢・小野木勢の兵が次々と入城する。
まず先に行われたのは、城内に潜んでいる侯国軍の残党の洗い出しであったが、元々が小規模な砦であり捜索範囲は限られたほどしかない。
また占領する直前には城内に雪崩れ込んだ小野木勢により各所に火が放たれた為、炎に巻かれることを恐れた守備隊の多くが城内に潜伏することより降伏するを選んだこともあり、その洗い出し作業は短時間で終了した。
「予想はしておったが…、左程大きくはないな」
砦の中では比較的大きく、おそらく大将らしき人物が使っていたであろう館に向かいつつ、吉継が呟く。
そもそもこの砦は戦を想定して造られてはいない。
ルファス侯国軍の討伐対象が西夷国に逃げ込んだコボルトなどの亜人族や、南部・中央部での戦いに敗れた悠の国の残党であり、しかも北州そのものが人口が少なく要衝も少ないという観点から、大きな戦など起きる筈がなく戦のための堅牢な要塞を造る必要がないと思われていたためであるが、さすがにそこまでの事情は吉継と言えど知る由もない。
それでも、初戦のしかも一当て程度の戦で敵の砦を1つ落とすことが出来たという事実は大きい。
それは自分たちの戦がこちらでも十分通用することを意味しており、それは吉継を初め戦に参加した者たちにこれからに向けての自信へと繋がったからである。
しかし、勝利したとは言え初戦を戦ったことにより多くの課題も浮き彫りになった。
第1に、補給物資の輸送問題。
今回の初戦については、進軍途中での遭遇戦から砦の攻城戦に至るまでわずか1日で片が付いてしまったため大きな問題にならなかったが、やはり十分な物資を戦場に運び込むための手段が確立できなかったことは、これからの戦に大きく影響を及ぼす可能性が大きい。
特に本拠地である佐和山城から離れた戦場では、一度に多くの物資を如何に安全に且つ素早く運び込めるかが勝敗を左右する重大な問題となるため早急の対策が求められる。
第2に、あまりにも敵方であるベレンシア連合に対する情報の不足。
今回に限れば、コボルト族族長の娘・ハクからの情報により、事前にルファス侯国軍の砦の位置・大まかな戦力・武装の内容などを把握することが出来た。
しかし吉継にとって今回の遭遇戦から戦端を開くこととなった戦は、想定の範囲内とは言え決して好ましい戦の形とは言えない。
本来の戦とは、事前に敵方の動きを把握し、進軍経路を絞り、十分な陣を構築し、必殺の陣形を整えてから戦端を開くことが定石とされる。
勿論これら全てを整えることは難しく何かが欠けることが多いことも事実ではあるが、少なくとも敵方の動きを把握することは最低限必須の条件とされ、それが出来るようになれば少なくとも出会い頭での遭遇戦に突入することは避けることが出来る。
何より初戦は出会い頭の遭遇戦で済んだが、もし敵方がこちらの情報を十分に把握し戦略を立案していたなら、間違いなく奇襲を掛けたり伏兵を置くなどの対策を取ったであろうし、そうなれば敗れていたのは自分たちであろうと考えている。
第3に、軍全体の指揮権の問題。
いくら敵方の砦を落としたとはいえ、所詮の規模は小競り合い程度のものでしかない。
そのため先陣の大将は吉継、後陣の大将は三成という、割と簡易的な役割分担で事を進めることが出来たのだ。
しかし、武将各自が各々の手勢をそのまま指揮下において戦をする形では、やがて戦における指揮系統に混乱を期たす可能性がある。
(例えば、現状では吉継は平塚為広・戸田勝成自身に要請と言う形で戦場の指揮下に入って貰うことは出来るが、明確な命令は出来ず、まして両人の手勢に直接命令は出来ない。理由は、前世において3人とも大名であり格で言えばほぼ同格の為で、これでは急を要する指示や命令の伝達の遅れや、吉継や他の武将の意見が相違する場合などは、命令そのものを通すことが出来ない)
ある意味では軍と言う組織そのものが出来上がっていないことを意味しており、早急に答えを出す必要があった。
「ふぅ…」
思わず両目を押さえながら吉継は小さく溜息をつく。
考えることは他にも山のようにあるし、この戦の後処理も未だに終わっていない。
未だ敵方の動きが掴めていない以上、いつ新手の軍勢が現れるか知れたものではなく、警戒を緩めることも出来ない。
「まずは目の前、からだな。後のことは…、佐吉が着いたときにでも話せばよいか」
そう呟くと、吉継は向かっていた館の中に入って行った。
---翌日・南部砦の館---
砦の中に設けられた館の一室に吉継・為広・勝成・公郷の4名が集まっていた。
部屋は15畳程度の板張りの床、同じく板張りの壁、入ると縦に長く奥には小さな窓が1つあり、中央には対面8人掛け程度のテーブルと椅子が置かれている程度の簡素な造りである。
そのテーブルには、吉継と公郷・為広と勝成がそれぞれ隣り合うように座っていた。
ちなみにテーブルも椅子も、陣屋で使用する机・床几と似ているので違和感なく使用することが出来た。
「しかし昨日の戦は…、あまりに呆気なかったですなぁ」
騎馬隊を率いて敵を散々に追い散らした為広が事も無げに言う。
実際には柵一つ隔てて激しい攻防が展開され、一時は柵を破られる寸前まで押されたのだが、戦そのものは実に短時間で片が付いた。
「だが一つ気になっておるのだが…、何故公郷殿がこの砦の近くにおったのだ?」
今度は勝成が昨日から抱いていた疑問を口にする。
戦を短時間で決着を着けることが出来た理由の一つは、砦付近に潜んでいた公郷率いる小野木勢が門の開いた砦に一気に突入し制圧したからに他ならない。
しかし、佐和山西部の探索から戻らず今回の戦に参加していなかった筈の小野木勢が、何故自分たちより先に砦に到着し、潜んでいたのかが不思議でならなかったのだ。
「ああ、それは…」
勝成の疑問に、公郷が事の経緯を簡単に説明する。
ルファス侯国軍の砦を攻める旨の決定がされた軍議の後、その内容を直ちに早馬により知らされ、そのまま佐和山には戻らずに南下するよう要請を受けたこと。
そして砦の敵方に気付かれないよう付近に潜み、敵の動きを見張っていたこと。
やがて砦から主力部隊らしき軍勢が出撃していき、手薄になった砦に奇襲が掛けられないか思案していたところ、その主力部隊が追撃を受けながら敗走して来て、それを救援せんと砦の門が開き更に敵勢が出て行ったところで一気に勝負をつけるべく砦への強襲を決断したこと、等を順を追って口にする。
その小野木勢の南下の要請を出したのは吉継である。
砦に対する奇襲や強襲は当初考えておらず、あくまで敵方の情報を集めることを目的に砦付近に潜んでもらったのであったが、公郷の機転により大きな戦果を得ることができたため、公郷には大いに感謝していた。
「ところで…、捕縛した者共は如何なさいますか?」
説明を終えた公郷が、今度は吉継に質問する。
捕虜にしたルファス侯国軍の投降兵の処遇についてである。
昨日の一連の戦において、300人以上のルファス侯国軍の兵が捕縛され又は投降してきており、砦の隅に一か所に固められ監禁されていた。
これとは別に、最初の戦場から砦に至るまでの平原には、正確な数は把握できないが500人近くの敵兵の屍が転がっている状況であり、その中にはおそらく大将であろう一際立派な鎧を身に着けた男の亡骸も混じっていた。
当初遭遇した時点では約1000の兵力と見積もられていた敵勢の8割を壊滅させたことになり、如何に敵が大損害を被ったか想像できるというものである。
「本来であれば少々の米を与えて国へ帰らせるのが常道であろうが、流石に難しかろう」
勝成が眉を顰めて発言する。
群雄割拠の戦国の世においては、捕えた捕虜は貴重な労働力という戦利品としての価値が高い時代もあった(武田信玄などは捕えた兵を金山の探鉱夫として使役した)が、戦国時代末期となると地位の高い武将は別として基本的には雑兵の捕虜は国へ強制的に帰国させるのが一般的であった。
しかし、現在捕虜としているルファス侯国兵は国がそもそも海の向こうであり、帰国させることはまず不可能である。
そのような中で解放したとしても、再び敵方の陣地に戻りこちらに攻め込んでくる恐れすらあり、解放は難しいと言わざるを得ない。
逆にそのまま捕虜として拘束を続けるとなると、今度はそれだけの食料の調達や捕虜を収容する施設の建設、監視のための人員など、多くの費用と手間が掛かることになる。
「捕虜の処遇については、佐吉や長束殿の到着を待って相談した方が良かろう。そこら辺の処理は、我らより2人の方が心得ているだろう」
吉継がニヤリと笑いながら答えると、他の3人は若干の苦笑を浮かべる。
詳しいから相談する、と言いながら面倒なことは三成と正家に丸々押し付ける気であろうことが読み取れたからである。
「話は変わるが、この砦以外に敵の軍勢が潜んでいることはなかろうか?」
吉継が他の3人に問いかけると、今度は為広が答える。
「戦が終わった後に周囲に物見を出したが、今のところ近辺に他の砦や陣が築かれた様子はない。また砦に新手の軍勢が向かってきたとの知らせも受けてはいない」
「うむ、砦の東側は相変わらず山が連なっているし、西側も海岸線まで偵察させたが敵勢は確認されていない。となれば平地続きの南側以外からの敵襲は考えずとも良かろう」
為広の答えに、更に勝成が補足する。
「なるほど。では他に意見・具申はありますかな?」
為広・勝成の話を聞き納得した表情を浮かべると、吉継は集まった面々に確認する。
そして3人ともこれ以上の意見は無いことを確認すると、夕刻に佐和山の後発部隊が到着した後に改めて評定を行うことを伝え、この話し合いを散会することを伝えたのだった。
---南砦・夕刻---
後発部隊として佐和山城を発った石田勢と長束勢が砦に到着した。
城門まで出迎えに出ていた吉継・為広・勝成・公郷の姿を目敏く見つけた三成が、急いで馬から下りると4人の元に駆けつけてきた。
「平塚殿、戸田殿、小野木殿、此度の戦、見事なお働きでございました!お蔭でこちらの被害が大きくならずに済みました。紀之介、やはりお主の戦は隙がないな!」
それぞれの手を取り労を労いながら、吉継に賞賛の声を掛ける。
「何を言っておる佐吉。このようなもの戦のうちには入らぬ。精々が小手調べ程度であろうよ」
少々興奮気味に4人に話しかける三成に、吉継は苦笑を浮かべつつ答える。
しかしいくら小規模の戦とは言え、悠の国での初戦で大勝利で終わることができたことが純粋に嬉しかったのであろう三成の気持ちを、吉継は理解していた。
悠の国救援の実質的な責任者である三成の抱える心労が、自分を含め他の者たちとは比べ物にならないであろうことも。
「まあ立ち話も何であろう。まずは奥の館で少々休むと良い。軍議はその後でも良かろう?」
「うむ、異存はない」
吉継の言葉に頷き返すと、三成と吉継は2人連れだって館に向かって歩き出した。
最後までお読みいただきありがとうございます。
更新が滞りがちになってしまい、反省しきりです。
よく毎日1万字近くの小説を投稿している人を見かけますが、本当に尊敬してしまいます。そしてそのクオリティの高さ…。
自分も少しでも多く更新していきたいです。
またよろしくお願いします。




