第7部 出陣
---佐和山城大手門付近---
佐和山城内は早朝より喧騒に包まれていた。
昨晩開かれた軍議の中で、佐和山城南方25里ほどに位置する砦を攻め落とすことが急遽決定された為である。
「おい!矢が足りぬぞ!急ぎ持って参れ!」
「先陣の兵糧は全て握り飯にいたせ!後陣は翌日には進発する故、5日分もあればよい!あと塩を切らす出ないぞ」
戦支度に走り回る足軽や物頭たちの中、正家と行長が的確に指示を飛ばしつつ現場を監督している。2人とも豊臣秀吉の元、四国征伐・九州征伐・小田原征伐、更には朝鮮出兵などで戦支度から物資の調達、兵站線の維持などを担当してきており、まさに適任と言えた。
「兵糧・武具・弾薬共に十分な量がある、だが…」
城内の物資を記した帳簿を眺めつつ、正家が浮かない顔をする。
「運ぶ手段が限られる、ですな?」
その正家に、行長も眉間に皺を寄せつつ声を掛ける。
現状、元々三成が関ヶ原の戦いが長期化した場合に備えて蓄えていた分と、天照大御神がこちらに佐和山城を再建した場合に用意した分とを合わせ、物資は十分な量が確保されていた。
しかし、悠の国に派遣された兵力は全軍でも2100兵程度。しかもこのうち、城の整備や築陣などを担当する大工衆が100名、農村出身で耕作に秀でた者を集めた屯田衆が150名、城内の管理などを行う台所衆が100名、そして近江石田領の鉄砲の一大産地である国友村出身者で構成された鍛冶衆が50名と、合計で400名が実戦部隊から外れている。そうなると、実戦部隊の活動を維持するための兵站部隊に割り振ることが出来る兵数は限られており、物資はあれど戦地に運べないというジレンマを正家・行長は抱えていた。
「人力の荷車などでは足りませぬな。馬車の台数をもっと確保する必要がありますな」
「しかし、明日には先陣が出陣する。とてもそんなものを作る時間などは無い…。そうなりますと、直接馬匹に荷を載せて運ばせる方法となるが…」
「そうなると、今度はその馬を引く者の手が足りん。しかも戸田勢と平塚勢は騎馬武者が中心ゆえ、輸送に使える馬匹はそう多くはあるまい」
今回の戦に必要な物資の記された帳簿を前に、正家と行長の揃って頭を抱えていた。
---佐和山城大広間---
大広間では明日の出陣に備え、石田三成・大谷吉継・平塚為広・戸田勝成・島勝猛が集まり、軍議が行われていた。
そしてそこにはもう一人、コボルト族の族長の娘・ハクも呼ばれており顔を見せていた。理由は、南の砦にいる軍勢の情報を少しでも知りたかったということと、コボルト族との今後の関係について話し合うためであった。
「…すると、砦の軍勢はベレンシア大陸連合の本軍ではない。そう言うのだな、ハク?」
戸田勝成がハクに問いかける。
「はい。私たちを追って北州に派遣されたのはベレンシア大陸のルファス侯国の部隊だけと聞いております」
それにハクもはっきりとした口調で答える。さすがに族長の娘だけあり、昨夜の軍議に続き多くの武将に囲まれた状況においても落ち着いた表情をしており肝が据わっている。またかなりの教養も備えているようで、話の内容も分かりやすく具体的であったため、三成や吉継などはハクの事を高く評価していた。
「ルファス侯国は、聖ロレンツィア王国の大貴族であるジョゼ=ルファス侯爵が治めるベレンシア大陸東端の小国です。おそらく北州の人口が少なく、我々獣人族の生き残りを狩りだすことが大きな目的だったため、ルファス侯国軍のみで事が足りると判断されたのでしょう」
淡々と話すハクであったが、やはりその表情には迫害を受け続けた相手に対する苦渋の表情が浮かんでいる。
「ふむ。それではそのルファス侯国軍とやらはどれ程の戦力を有しておるのか?」
ハクの事を痛ましく思いつつも、三成が戦相手の情報を問いかける。
「悠の国侵攻にルファス侯国はほぼ全軍に近い戦力を送り込んだと聞いております。少なくとも5000人以上の兵士が派遣されているはずです」
ハクは曇った表情のまま三成の問いに答える。
「5000?お主たちコボルト族を狩り出し、北州を制圧するためにか?」
思わず三成が聞き返す。
「はい、左様でございますが…」
「その、ルファス侯国軍の軍装はどのようなものなのだ?」
今度は吉継がハクに問いかける。
「歩兵はショート・スピアーとショート・ボウが主流です。士官になるとレイピアを持つ者もおります」
「しょうと・すぴあ?れいぴあ?」
聞き慣れない用語に目を丸くする三成たちであったが、ハクが短槍・短弓・細身の剣と言い直すと何となくイメージすることが出来た。
そしてそれらの話を総合した結果…、
「この戦、思っておった以上に戦えるやもしれんな」
三成の呟きに、ハクは驚いたような表情をする。
「ほ、本当でございますか!?相手は小国とは言え5000の大軍です!大変お聞き苦しいことでございますが、石田様方の兵は2000ほどではないのですか?」
数字の上では戦力は倍以上の開きがある。簡単に負けるとも思わないが、とても勝てるとも思えなかったのだ。
しかし、三成以外の者たちも落ち着いた表情をしており、為広や勝成辺りは薄ら笑みすら浮かべている。
「ハクよ、確かに兵力は多い方が戦は有利だ。それは間違いない。しかし、それが全てという訳でもない」
驚いているハクに吉継が語りかける。
「地形・陣形・天候・武具の差、他にも多くの要素が戦の勝敗に絡んでくる。要は…、戦い方よ」
「戦い方…」
吉継の言葉を、ハクは繰り返す。
「まあ見ておれ。これまでお主たちが奴らから受けてきた仕打ちの罪、多少でも償ってもらおうではないか」
そんなハクに、三成や吉継は優しく微笑んだ。
---佐和山城大手門---
「よし!皆の者!出陣じゃ!」
エイ!・エイ!・オウーーーー!!!
為広の号令に、先陣の将兵400人が鬨の声を返す。
皆、各々の主君に従って悠の国に来ただけのことはあり、末端の足軽に至るまで百戦錬磨の強者達であったが、流石に戦場に向かうその表情には張りつめた緊張感が感じられた。
「それでは佐吉、先に行く」
馬上から吉継が出陣の見送りに来た三成に声を掛ける。その姿は、かつて重い病を患い苦しんでいたものではなく、三成と同じく颯爽とした20代前半の青年武将のそれであった。
「うむ、我らも明朝出陣いたす。くれぐれも無理をするでないぞ」
「分かっておる。勝てぬ戦はせぬから心配いたすな」
三成の言葉にそう返すと、戸田勢・平塚勢に先導されるように大谷勢300を率いて吉継は馬を進めていった。
そして先陣が出陣した翌日の早朝、長束勢100・石田勢500の計600が同じく大手門から南に向かい出陣していった。
また大谷勢が出陣すると同時に、2騎の早馬がそれぞれ別の方角に向け大急ぎで駆け抜けていった。
---佐和山城より先陣が出陣した同時刻・南方砦---
「コボルトの生き残りの居場所が掴めたと?」
砦の中に築かれた小さな館の一室で、中年の小太りな男が偵察に出していた兵からの報告を受けていた。
「ハッ!この砦より北に60㎞ほどの丘陵の麓にコボルト族の隠れ家らしき集落を発見したと、偵察隊より報告が入って参りました」
小太りの男の副官らしき士官が、手元の書類に目をやりつつ偵察の成果を報告する。
中年の小太りの男---ルファス侯国軍の将、アルマン=オルゾーは報告を受けるなり、ニヤッと笑みを浮かべる。
「そうか!やっとあの犬どもの尻尾を掴めたか!これでようやくこの何もない糞田舎から帰れるのだな。思えばあの犬どもを取り逃がしたせいでこのような辺鄙な場所に来ることになったんだ。精々奴らにはその手間代を払ってもらわねばな」
そう言うと、これから狩にでも出かけるような気軽な表情を顔に張り付けながら、アルマンは壁に掛けておいた愛用の弓を手に取る。
「前回は5匹だったからな。今度は10匹は仕留めたいものだ」
そして報告を終え控えていた副官に、翌日討伐隊を出す旨の命令を言い渡すと、早速弓の手入れを始めるのであった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
横文字のネーミングに四苦八苦しています。
国名もそうですが個人名は特に大変そうで、
市販のネーミング集片手に日々唸ってます(汗)
誤字脱字・誤文など御座いましたら、
ぜひお知らせいただけますようお願いいたします。
またよろしくお願いします。




