第6部 置かれた状況
---佐和山城大広間---
子≪ね≫の刻に差し掛かる頃(23時頃)、佐和山城の大広間には深い沈黙が広がっていた。
先ほど、ハクと呼ばれるコボルト族と呼ばれる犬の姿をした少女を勝成に紹介された時も、あまりの衝撃にその場にいた者たち全員が言葉を失ったものであったが、今はそれとはまったく別の意味で全員が言葉を発せずにいた。
「……どうしたら良いものか…」
長く続く沈黙に耐えられなかったのか、正家が呟く。
一刻(30分)程前、この佐和山城が悠の国の北州・西夷国と呼ばれる地にあること、この周辺一帯は悠の国で最も辺境に位置しており人が殆ど住んでいないこと、そして本来であれば悠の国の住人ではない自分たちコボルト族が何故この地に集落を造っていたのか、そしてコボルト族以外にも獣人族・亜人族などの種族が存在していること、などをハクの口から聞かされたばかりである。
その説明は理路整然とし、三成や吉継、勝猛などの問いにも淀みなく返答していたことから、とても嘘をついているようには思えなかった。
そしてハクによって伝えられた内容に、三成らは頭を抱えていた。
「よもやコボルト族を追って、悠の国を侵した者たちがこの北州にまで来ているとは…」
広間に広げられた悠の国の地図を眺めつつ、石田家の重臣である舞兵庫が呟く。
ハクによって伝えられたこと、それは悠の国を侵略した国ついてであった。
まず悠の国へ侵攻してきた国の多くは、西側の海を渡った先にあるベレンシア大陸と呼ばれる地にある国々であることが分かった。
それらの国々の中では、聖ロレンツィア王国と呼ばれる国が最も強大な国力を有しており、実質的な盟主の立場として悠の国への侵攻を主導しているそうである。
そしてその侵攻に対し、当初は悠の国も各地の豪族や領主たちが抵抗をしていたが、聖ロレンツィア王国率いるベレンシア大陸連合軍の圧倒的な戦力を前に敗北、すでに北州の一部を除く悠の国のほぼ全土を制圧されてしまっていたのであった。
「北州でもすでに豊夷国と東夷国は奴らの勢力下に入っておる。我らがいる西夷国も…、このままでは時間の問題であろうな」
吉継が地図を指さしつつ、皆に聞こえるように言う。
吉継が指さした先には、地図上の佐和山城より南側に離れた位置に置かれた赤い色の駒があった。
ハクの話によれば、ハクたちコボルト族の一部はベレンシア大陸連合の追手から逃れるため、悠の国中央部から北州に渡り、更に北州に上陸してきた連合軍から逃れるために西夷国の最西端近くにまでやってきたそうであった。しかし、その西夷国も安住の地ではなく、すでにハクたちの集落から南に15里ほどの場所に砦が築かれ、いつでも西夷国を制圧すべく軍が出せるよう準備されているとのことであった。
「まだ我らは悠の国は元より、この辺り一帯の事すら知らぬことばかり。このような状態で戦となると…、少々厄介ですな」
行長が吉継に答えるように言う。
「あまりに情報が不足しておりますな。少なくとも、その…、べれんしあ大陸連合でございましたかな?その者らの戦力だけでも分かればよいのだが…」
「そして、もし出来るならば…、こちら側の状態が整うまで和議などで時間を稼げれば良いのだが」
「いや、それは無理だろうな」
行長と正家の会話に、三成が割って入る。
「既に悠の国の大半を抑えたというのだ。未だにその手中に収まっていない西夷国をベレンシア大陸連合の連中がこのまま放置しておくとは到底考えられん。それにハクの話によれば、奴らは軍事力に物を言わせて悠の国を侵略したと言う。今更、我らと和議を結んで侵略をやめようとは思うまい」
三成の言葉に、2人は黙り込んでしまう。自分たち自身は悠の国の人間ではないが、それは飽くまでこちら側の事情であり、相手側にとっては自分たちは悠の国の人間と変わりはない。ましてや、天照大御神の神託を受けて悠の国を助けるためにこちら側に来た以上、大陸連合とは初めから相容れるはずもない。
「としますと…、今後の議題は、如何にしてこの佐和山城一帯を守るかということになりますな」
和議が初めから問題外なのであれば今後の戦略を話し合うべき、と勝猛が提案する。
「まずは密偵を放ち、敵方の戦力と動きを調べさせます。そして時間のある限りで曲輪・櫓などの城内整備を急がせます」
「北部の湿地周辺には質の良い木材が豊富にあった。それらを急ぎ城に運ばせよう」
「刀槍・矢玉・弾薬・兵糧を再確認し、籠城になった場合にどれほどの時間籠れるかも…」
「城の南側に出来るだけ多くの陣を築き、時間を稼ぐ手だても考えた方が良かろう」
勝猛の提案を受けて、広間は一気に騒がしくなる。いざ戦となれば、早急に今後の方針を決めねばならない。それ故に、皆がそれぞれ思いついた案や手立てを披露していく。
「…佐吉」
広げられた地図を前に皆が喧々諤々の議論をしているとき、吉継が三成にそっと耳打ちをしてきた。
「お主に確認せねばならんことがある。佐吉、お主本気でこの…、悠の国を守ろうと思っておるか?」
周囲に聞こえないよう静かに、しかし誰よりもハッキリとした口調で、吉継が三成に問いかける。
「儂の予想じゃが…。これから間違いなく戦になる。それも今まで儂らが戦ってきた者たちとは明らかに違う者たちとな」
チラリとハクが下がって行った廊下を見やりながら、吉継が口を動かす。
「前世では…、ある意味で分かりやすかった。内府(徳川家康)相手の関ヶ原の戦にしても、少なくとも相手は人間であったし戦力も計りやすかった。使っていた武具も我らと大差はなかったし、兵力も石高が分かっておれば計算も出来たというものだ」
しかし…、と続ける。
「此度はまったく事情が異なる。我らは悠の国に来て数日、この国の事も相手の事も、そして何より誰が敵で誰が味方かも明確に分かってはおらん。そしてこちらの兵力は2000程度、うち城普請や鍛冶・屯田に従事する者を差し引けば、戦に動員できる者は精々が1800程、関ヶ原の時とは比べ物にならん」
ジッと三成を見つめ、吉継が問いかける。
「それでも…、お主はこの国のために戦えるか?」
真剣に問いかける吉継の視線を三成は真正面から見つめ返していた。そしてしばしの後、三成が吉継に言葉を返した。
「紀之介、私がここに来た理由…、それはただ豊家の安泰を願ってのもの」
吉継への視線を外さず、しかし表情は穏やかに答える。
「天照大御神と私は約束した。私がここ悠の国を救う代わりに、大御神が豊家の天下を救うと。おそらく彼の者は豊家を救ってくれようぞ、なんと言うても日の本の頂点に立つ神なのだからな」
実際、三成たちは知る由もないが、天照大御神は徳川家康を滅ぼし、そして豊臣秀頼を救ってくれた。しかし、三成は豊家の安泰が約束されたことを疑ってはいない。
「ならば、私とて約束を守らねばならん。皆を巻き込んだことは今でも申し訳なく思っておるが、私はどんなことがあろうとこの悠の国を救ってみせる。実際にどうすれば良いかは、まだ分からん。だが少なくとも、今目の前にいるであろう悠の国の侵略者を野放しには出来まい」
例えどんなに厳しい戦になろうともな、そう三成は吉継に語りかける。
三成の答えを聞きしばらく無言であった吉継だが、やがてニヤリと笑みを浮かべる。
「うむ!佐吉、お主の覚悟しかと心得たぞ!お主が豊家の為に悠の国に尽くそうというのであれば、儂とて太閤殿下に大恩を受けた身じゃ、最後まで悠の国の為に戦おうではないか」
そう言うと、吉継は徐に立ち上がる。そして未だに熱く議論を重ねる者たちに向き直ると、口を開いた。
「各々方、まだ議論は尽きぬ様子ではあるが、しばし時間をいただきたい」
広間で広がる議論を制し、何事かと視線を向ける者たちに吉継が話し出す。
「此度の戦だが、儂は直ぐにでも打って出るが得策と考える。各々方、如何であろうか?」
吉継の発言に、多くの者たちが呆気に取られた表情を浮かべる。
「ぎ、刑部殿、それはあまりにも拙速すぎるのでは…」
正家がやや慌てた口調で吉継に言葉を返す。
「左様ですぞ。兵書でも『彼を知り己を知らば、百戦危うからず』と申します。まずは許す限りの時間を掛け相手を知ることが肝要かと存ずる」
為広も吉継を諌めようと言葉を掛ける。他の諸将も、急ぎの戦は危険と吉継に言い募る。
それらを一通り確認した吉継は、真剣な表情を崩さぬまま語りかける。
「うむ、皆様の存念は十分に分かり申した。確かに儂も普段であれば皆と同じことを考えたことであろう。しかし、此度は状況が違う」
一度言葉を区切り、広間を見回す。
「我らには後詰が無い」
吉継の言葉に、その場にいた者たちの表情が変わる。
そもそも時間を掛けて戦の準備をし、情報を集め、守りを固めるというやり方は、こちら側と相手側の戦力が同等か若しくはこちら側に援軍や後詰があることが前提で成立するものである。今回の場合、相手の戦力は不明だがこちら側に後詰がない以上、仮に相手の戦力がこちら側より大きかった場合、守りの戦ではジリ貧に陥りかねないリスクを孕んでいる。
「まず籠城は論外。確かに備えは必要ではあろうが、こちら側は援軍も物資の補給も望めない以上、籠城での消耗戦は避けねばならん。そして時間を掛けるべきではない。時が経てば補給のある敵方に利するばかり、これ以上相手の戦力が大きくなる前に一気に叩くべきだ」
吉継が時が経つことの不利を含めて、速戦を訴える。
「だが、相手の戦力も砦の城割も分からぬまま攻めたとして、果たして勝てるのか?敵方が籠城した場合、攻め落とすのに3倍の兵力がいると言うではないか」
吉継の言葉に、情報がないままでの戦の危険を指摘して勝成が反論する。
「ハクの言葉を信じるならば、ハクたちコボルト族がここに流れてきたのが凡そ半年ほど前。その時にはまだ砦は無かったそうだ。であれば戦を前提にした戦城ではなく、あくまで兵を入れるための急造の砦と考える方が妥当であろう。それなら兵力が3倍ある必要はない」
「しかし、いきなり戦を仕掛けるのは如何なものか?向こうはこちらの存在すら知らぬはず。いきなり戦など仕掛けようものなら卑怯者の誹りを受けましょうぞ}
宣戦布告なき戦をすることに抵抗を感じる行長に対し、吉継が答える。
「ならばしばらくの間、我らはこの地に隠れ住んでいた悠の国の民、とでも言っておけば良かろう。既に悠の国と大陸連合は交戦状態。今更、布告も何もあるまい」
「しかし、もし敗れるようなことになれば…」
備えのないまま戦をして敗北した場合のリスクを語ろうとした正家に、間髪入れず反論する。
「今、ここで戦わねば間違いなく我らは負ける。時間を掛けたところで、それが遅いか早いかの違いでしかない」
その後も吉継と他の諸将との間で議論が交わされたが、吉継の速攻策に変わる案も出なかったため、明日早々に南砦に向けて複数の密偵を放つこと、そして2日後に先陣、3日後に本隊を兼ねた後陣がそれぞれ出陣することが決まった。
先陣… 大谷吉継勢 300騎
平塚為広勢 50騎
戸田勝成勢 50騎
総大将は、大谷吉継
後陣… 石田三成勢 500騎
長束正家勢 100騎
総大将は、石田三成 他に石田家重臣から島勝猛・舞兵庫・蒲生頼郷・渡辺勘兵衛
長束家重臣から家所帯刀・松田秀宣らが付き従う。
以上の陣割りなども決まり軍議が散会になったころ、立ち去ろうとした吉継に三成が声を掛けた。
「紀之介…、お主らしくないな。少々急ぎ過ぎではないのか?」
三成の心配を吉継は軽く笑って返す。
「ふふ、だが急がねばならぬのは嘘ではない。少なくとも時間が経てば経つほど不利になるのは事実じゃしな」
だが…、と言葉を繋ぎ
「佐吉、安心しろ。お主のためにもこの戦、必ずや勝って見せようぞ」
(関ヶ原ではお主に勝たせてやれなかった。だから今度こそ必ずな…)
そう心で呟くと、吉継は広間を後にする。
その顔は、普段の温和な表情ではなく、太閤・秀吉をも感嘆させた精悍な武将のものであった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
いよいよ悠の国最初の戦に突入いたします。
もちろん戦闘シーンなど書いたことないので、物凄く不安です(汗)
結構強引に話を進めすぎた感が否めないので、反省ばかりしています。
誤字脱字・誤文などございましたら、ぜひご連絡下さい。
内容のダメ出しも、よろしくお願いします。
次回もまたよろしくお願いします。




