第5部 神樹
---佐和山城---
小野木公郷・戸田勝成・平塚為広の3将を見送った後、三成は自室へと戻っていた。
理由は、天照大御神から託された神樹の若木を早々に植樹するためである。
「やはり、どこか山の奥の方が良いのだろうか…?」
「さて?植樹などしたことがない故、拙者には何とも…」
若木の苗を目の前に、三成と正家は首を捻りつつ相談をしていた。大手門で共に3将を見送った大谷吉継は、早速城内の縄張りの確認をするためここには来ていない。
「そもそも、これが一体何の木なのかも分かりませぬ。松の様ではないようですし、杉でもないような…」
正家は何度も若木に顔を近づけては木の種類を確認しようとしているが、未だに分からずにいる。種類が分かれば、植樹する場所の参考になるのではないかと考えたからである。
「確かに長束殿の言われる通り、今まで見てきたどの木とも種類が異なるようだが…。しかし、ずっとこのままという訳にも参らぬし…」
三成の部屋に置かれていた若木の苗は、長さが1尺(約30cm)程の細い若木が小さな丸い土の塊に刺さっている様な状態であり、早々に植樹をしなければ数日も持たずに枯れてしまいかねない。それ故に三成は、見送りを済まして早々に部屋に戻ってきたのである。
「…どうですかな、三成殿。とりあえずはこの本丸の中庭で最も日当たりの良いところに植え直すというのは?」
未だ種類が分からず渋い顔をしていた正家が、結局最も無難な答えを提案してくる。中庭には観賞用の松やその他の植物が多少植えられている関係上、それなりには植樹には適した環境ではあったからである。
「中庭でございますか?しかし、それでは後々別の場所に植え直すことになりませぬか?」
正家の提案に、三成が難色を示す。何度も植樹を繰り返すことで神樹が弱ってしまうことを心配したのである。
「確かにその必要が出てくるかもしれませぬが…、この城の外に植えるにしては我らはあまりこの辺りの地理に詳しくはございません。それにこのような若木故、下手な場所に植えて鹿などに喰われては目も当てられませぬぞ」
そう正家に指摘されると、三成としても目に届く範囲に置いておく方が得策と考え直し、結局本丸中庭の中央部分に苗を移し替えることとなった。
---佐和山城西部---
佐和山城を出発して20里ほど進んだところで、小野木公郷率いる偵察隊は海に到達していた。
「うん、やはり異世界とは言っても海の水は塩辛いものなのだな」
小さな砂浜で休止を取りつつ、公郷は僅かに海水を手に掬い上げ口に含みながらそんな呟きを漏らした。
ここまでの行程は順調すぎるほど順調であった。途中、北側から流れていた幅が2町(約200m強)程度の河川が行く手を阻みはしたものの、それ以外には障害と成り得そうなものは一切なく、日がやや西に傾く程度の明るい時間の内に海に到達することが出来た。
「しかし、やはり誰もおらぬようだな…」
砂浜を見回しつつ、公郷がこぼす。
この近辺を配下の兵たちに確認させたところ、海に安全に下りられそうな浜辺はここしか見当たらなかった。そのほかの場所は、無理やり下りようと思えば下りられなくもないが、どこも1間(約1.8m)以上の高さがあり、場所によっては10間を超える断崖のような海岸線が続いているところもあった。もし、海の稼業を営む者たちが漁村などを造ろうと思えば、必然的にこの砂浜が最有力の候補に挙がるようなものであるが、見たところ人の手が入ったような形跡はない。
「殿、やはりこの佐和山城一帯には人が住んではいないのでございましょうか?」
公郷の傍らに控えていた側近の一人が、公郷に声を掛ける。半日以上時間を掛けても誰も見つけることが出来なかったことに不安を感じているようであった。
「それは分からぬよ。偶々我らが進んできた西側に居なかっただけで、北側や南側を進んだ平塚殿や戸田殿が誰か見つけたやもしれない。とにかく我らは役目通りにこの辺りの地形や資源となりそうなものを入念に調べ、石田殿たちに報告することだけ努めればよい」
側近の者にそう返すと、公郷は改めて周囲の探索と浜辺の調査を命じた。
また、別の側近を呼び寄せると野営の準備をするよう指示を出した。
「今日はここより少し東に下がった場所で陣を張ることにする。どこか適した場所を探し、準備せよ」
「ハッ!」
公郷の命を受け、その側近は共に来ていた小荷駄隊の兵たちと共に後方へと向かっていった。
---佐和山城---
およそ酉≪とり≫の刻(18時前後)を過ぎた辺りになり、北部と南部に物見に出ていた平塚為広と戸田勝成が佐和山城に帰城してきた。
いち早く戻った為広は、迎えに出てきた三成と正家に、湿地で刈ってきた大量の葦とその周囲で狩ってきた猪や鹿などを早速とばかりに披露していた。
「いやはや為広殿、早速大収穫でしたな」
正家が為広に笑顔を向けつつ声を掛けると、為広も思わず笑みを溢す。
「確かに。為広殿、ご苦労をお掛け申した。特にこの葦は、これより兵たちの長屋を増築するのに使えまする。それにこれだけの獣を狩ってきてもらえれば、兵糧の消費も抑えられましょう」
三成も、早速葦を数本手に取りつつその質の良さに感心していた。
「ハハハ!お二方からそう言っていただけたのであれば、儂も嬉しい限りでございますな」
そんな為広が笑い声をあげているところに、今度は戸田勝成が姿を現した。しかし、その表情は為広とは打って変わってやや眉間に皺を寄せた渋い表情を浮かべている。
「おお!勝成殿、貴殿もご苦労でございました。…どうなされました?何やら難しい顔をしておられるが…?」
勝成の姿を見つけた三成が労いの言葉を掛けつつ、問いかける。
「む?何か良からぬことでも?」
寸刻前の笑顔を消して為広も勝成に声を掛け、正家も真剣な表情になる。
「皆様方、出迎え頂き痛み入りまする。いや、全てが悪い報告という訳でもないのでござるが…、少々込み入った話となります故、出来れば場所を変えて改めてご報告させていただきまする」
そう言うと、勝成は軽く頭を下げる。
「ふむ、勝成殿がそう仰るのであれば今宵広間にて評定を開きましょう。しかしお二方も戻られたばかり。まずは湯に浸かるなどして疲れを癒してくだされ。後ほど使いの者を向かわせます」
そうして勝成・為広の2人をそれぞれの館に戻るように伝えると、為広が集めてきた物資については正家に任せ、三成は早速評定の準備をすべく、本丸へと戻って行った。
---佐和山城大広間---
「お?儂が最後でございますかな?」
そう言いながら為広が大広間に姿を現した頃、すでに主だった者たちが思い思いの場所に腰を下ろしつつ談笑していた。
今宵表情に集まった者は、三成・正家・吉継・為広・勝成らの他、三成の重臣である島勝猛・蒲生頼郷・舞兵庫・渡辺勘兵衛・大山伯耆・森九兵衛。更に正家の重臣である家所帯刀・松田秀宣も姿を見せていた。小野木公郷は、つい先刻早馬が到着し、今宵は野営をして明日帰城する旨の報告が来ていた。
「ふむ、どうやら皆様御揃いの様でございますな」
為広が勝成の隣に腰かけたのを確認し広間を一度見回すと、評定を始める旨を告げる。
「まずは為広殿に集めていただいた物資について、正家殿お願いいたしまする」
三成の指名を受け、正家が報告する。
「為広殿の持ち帰ってきた葦は長屋の建築資材として十分使用可能であることが確認できました。また、道中狩猟で集めて来ていただいた獣につきましては干肉として保存食にするのが適当と判断し、台所方にその旨指示を出してあります」
「儂が見てきた限りでござるが…、この城の北部は広大な湿地帯が広がっており、おそらくはこの城にとっては貴重な水源になるであろうことは間違いない。また、今回の葦の他に木材も豊富であり、多くの鳥獣の他、湿地には魚も多い。今後の資源や食糧確保の上でも、至急北部の湿地帯を押さえておく必要があると愚考いたす」
正家の報告に、為広が言葉を重ねる。
この結果、湿地帯確保のため出来るだけ早急に佐和山城北部に砦若しくは城を建造し、兵を詰めることが決まった。
「次は勝成殿ですな、南側の物見の話をお願いいたします」
為広の報告を黙って聞いていた勝成に、三成が声を掛ける。
「うむ…、されば報告したいと思うが、その前に皆にお会い頂きたい者が来ているだが…、その者をここへお連れしてよろしいですかな?」
今一つ歯切れの悪い物言いをする勝成に不思議そうな視線を送っていた三成であったが、勝成の問いに首を縦に振る。
「忝い。それでは…、もう良いぞ!こちらへ来るが良い!」
大広間と廊下を隔てる障子に向かい、勝成が中に入ってくるよう声を掛けると、一人の小柄な足軽が静かに姿を現した。そして障子を閉めると、その場で正座をし礼をとる。
「む?お主…、そのような姿をしているが足軽ではないな?もしやと思うが…、女子か?」
廊下から広間に入り礼をするまでの動作を観察して、為広が声を上げる。他にも吉継や勝猛などもそのことに気付いたようで、軽く頷いている。
「ハッ!皆の申す通り、この者は拙者が物見の途中で見つけた集落の長の娘で名は“ハク”と申す者。我らよりも悠の国やこの辺り一帯について詳しく知っております故、請うてここまで御足労願ったものでござる」
勝成が事情を説明すると、三成や他の者たちの表情が明るくなる。やはりこの国の実情を知るには、現地の者の声を聞くことが最も良いだけに、無事に人を発見することが出来たことに皆安堵したのである。
「おお!それは態々御足労をいただき忝いことでございます。私がこの佐和山城の城主をしております石田治部少輔三成と申す者でございます」
大広間の下座に控えるように座るハクに対し礼を取る。そしてそれに倣うように、他の者たちも自己紹介と共に礼を向ける。
すると、慌てて顔を隠すように被っていた陣笠を外すと、ハクも改めて深々と頭を下げる。
そしてその姿を見た者全員が…、昼間の勝成と同様に、一瞬にして呆気に取られたような表情を浮かべるのであった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
サブタイトルが神樹となっていますが、ほとんど中身では触れられずに終わってしましました。話が進むにつれて、重要な役割が出てくるのですが…(予定)
誤字脱字・誤文などございましたら、どうかお知らせください。
またよろしくお願いします。




