表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/21

第4部 異世界の住人

―――――佐和山城南部―――――


 佐和山城南側の探査を任された戸田勝成は、手勢50騎と共に馬を南へと進めていた。

 北側とは違い、南側は所々小高い丘陵が見える程度であり、あとは平坦な草原が続いていた。そのため、勝成の率いる物見部隊は瞬く間に10里ほどのところまで駒を進めて来ていた。

 「よし!一度ここで小休止をとる。各々馬を休め、兵糧を取るぞ」

 勝成は一度行進を停止する。今回の目的はあくまで佐和山城周辺の探査であり、あまり遠方まで足を延ばす必要もない。また日の傾き具合からして大体未の刻(13時過ぎくらい)であり、日暮れまでに佐和山城に引き返すことを考慮すれば、これ以上の前進は難しいと判断したのである。


 「ふむ…、これだけ来たにも関わらず誰にも会わぬか…」

 馬を近くの木に繋げ、その木陰に腰を下ろしながら勝成は呟く。周囲には馬廻りの者が数名集まってきており、思い思いに腰に下げた握り飯を齧り、竹筒の水で喉を潤していた。

 「殿、我らはひたすら真っ直ぐ南に進んで参りました。戻りは多少遠回りにはなりますが、多少進路を西側に取ってみてはいかがでございましょう?」

 「そうじゃのぉ…」

 一人の馬廻りの進言を受け、勝成が考え込んでいると、周囲の探査を命じておいた斥候の一人がこちらに駆けて込んできた。

 「申し上げます!前方に見えます丘陵の周りを調査しておりましたところ、集落らしき物を発見いたしました!」

 「何!真か!」

 その報告に、思わず勝成は勢いよく立ちあがった。


 「皆の者!休止はこれまで!急ぎ向かうぞ、案内せい!」

 昼食もそこそこに、勝成に急かされるように兵たちは物見を再開した。




―――――丘陵麓の森付近―――――


 斥候からの報告を受けた勝成が30町(約3㎞強)ほど進んだところに、話に聞いた丘陵らしきものがあった。大きさは東西に2町半ほど、決して大きいものではない。

 「ふむ、あれか…」

 丘陵から3町ほど手前の森の中から、勝成とその手勢が報告にあった集落を確認していた。

 決して大きな集落ではない。周囲を1間(約1.8m)程の粗末な柵で囲った中に、50~60程度の住居らしきものが建っているのが見える程度である。


 「ここからでは中の様子までは分からんな…。よし!」

 何かを決めたように言うと、勝成は1人集落の入り口らしき柵の切れ目に部分に向かって歩き出した。

 慌てて数名の馬廻りが後を追いかけ、勝成を止めようとする。


 「と、殿!いきなり何をなさるおつもりですか!?」

 「うん?集落の者に会いに行こうとしておるのだが?」

 あまりに自然にそう言われ、思わず頭を抱えそうになる馬廻りたちを余所に、勝成はサッサと集落の入り口付近まで進むと、中までよく聞こえるように大音声で声を発した。


 「頼もう!拙者は戸田武蔵守勝成と申す!ここより北にある佐和山の城より使いとして参ったものである!どうか戸をお開け頂きたい!」

 自ら名乗り上げると、勝成は中からの返事を待つため、そのまま集落の入り口である木でできた戸の前に立った。


 しばらく集落の中は静まり返り勝成の言葉に反応しなかったが、やがて集落の中で一際大きめの住居らしき建物の簾が上に上がると、中から一人の人物が姿を現した。

 そしてその姿を見た勝成は…、思わず声を失った。

 いや、勝成どころか、その一部始終を見ていた平塚勢50名全員が、己の目を疑ってしまった。


 「どうもご挨拶が遅くなり誠に申し訳なく存じます。私はここの集落の長を務めております、“トク”と申します」

 そう言い、勝成に深々と頭を下げた人物は…、


 “犬”だったのである。


 「な、何故犬が言葉を…。いやそもそも犬の集落だと…」

 余りの事に言葉が出てこない勝成に、トクと名乗った犬の姿をした人物が自嘲気味の笑みを浮かべ答えた。


 「我らはコボルトという種族の者でございます。ここ悠の国では犬族≪けんぞく≫とも呼ばれておりますが…」

 「こぼると?」

 聞いたことのない言葉に勝成が少し困惑したような表情を浮かべる。

 「元々の悠の国の者ではございません故、知らぬのも無理からぬことと…」

 そんな勝成の様子に、トクは今度は何か諦めたような表情を浮かべた。


 「まあ、立ち話も何でございます、どうぞお入りくださいませ…。何もないところではございますが、せめて茶ぐらいはお出しできましょう」

 トクに促され一瞬考えた勝成ではあったが、その言葉に甘えることにする。兵たちは心配したが、言葉を交わして敵意が感じられなかったことに加え、言葉を喋る犬であるコボルト族というものに興味が湧いたのである。

 そして僅かな供回りの者を連れて集落に入った勝成は、その集落に漂う異様な雰囲気に思わず眉を顰めた。

 集落にはトクの他にも大勢の犬の顔をした人であるコボルト族の者がいた。しかしその表情には生気が全く感じられず、勝成たちに対しては怯えたような視線を向けてきたからである。


 「こちらです。どうぞお入りくださいませ…」

 トクの後に続くように集落の中を進み、先ほどトクと名乗ったコボルト族の家らしき建物の前まで案内される。

 「うむ、邪魔をいたす」

 軽く礼をしつつ開けられた戸から中に入ると、入ってすぐ目の前にあったのは土間である台所であった。そしてその左側に一段上がるように座敷が広がっており、さらにその奥にいくつか部屋のあるような造りになっていた。

 「どうぞこちらにお掛け下さいませ。お供の方々もどうぞ、すぐに茶を入れさせましょう…」

 座敷に勝成と供回りの者たちの人数分の座を用意すると、トクは自ら茶をたてるべく台所へと向かった。


 「殿…、何やらおかしなことになったようでございますが…」

 供回りの武者が、周りに聞こえぬよう勝成の耳元で囁く。

 「うむ、誠じゃな。言葉を交わし、しかも衣を着て歩く犬など、物の怪≪もののけ≫の類かと思うたわ」

 「いえ!まだ某は物の怪ではないかと思っておりまする」

 勝成の言葉にその武者は油断のない様、周囲に注意を払いながら返事を返す。

 「まあ落ち着け。そのようにきつい態度を取っておったら、折角茶を振舞ってくれるという相手に失礼というものであろう。まずは話をしてみようではないか。敵か味方か判断するのはその後でも良かろう」

 供回りのその態度に苦笑いを浮かべつつ、勝成は居住まいを正しつつ家主であるトクが戻るのを待った。


 「お待たせいたしました」

 しばらくして、茶の入った湯呑を盆に載せたトクともう一人の同じくコボルトの者が姿を現した。

 「どうぞ、大したものはお出しできませんが。蓬茶≪ヨモギちゃ≫でございます」

 勝成たちの前に茶の湯のみと茶うけの漬物を置くと、トクは勝成たちの下座に、もう一人のコボルトはトクの左後ろにそれぞれ座った。

 「改めまして、私はこの集落の長・トクでございます。後ろの者は私の娘・ハクと申します」

 そう言うとトクとハクと紹介された少女は静かに頭を下げた。


 「これはご丁寧な礼をいただき痛み入りまする」

 勝成も胡坐から領の手を左右の床につき深く頭を下げ返礼し、供回りの武者たちをそれに倣い礼を返す。

 その姿にやや驚いた様な表情を浮かべたトクであったが、直ぐに思い直したように居住まいを正し勝成たちと相対した。

 「ところで…、先ほど北からの使いと申されておりましたが…、これより北に人が住む場所などございましたかな?」

 トクが勝成たちを見据えながら言う。その言葉には明らかに疑いの色が込められていることを感じる。

 「は!これより10里ほど北に向かったところに、我らの居城・佐和山城がございます」

 下手に嘘をついてもボロが出るだけ、と考えた勝成は正直に答えることにする。

 「ほほう、佐和山というのですか?初めて聞く名のお城でございますな、我らはてっきりこちらは人の住まぬ最果ての地と思っておりましたが…」

 勝成の答えに興味深そうな表情を浮かべる。

 「最果ての地?ここはそのように呼ばれているのでございますか?」

 トクの答えに気になる言葉を聞き、勝成が聞き返す。

 「はぁ、悠の国の北州・西夷国の最も西側の地。多くの者たちはここを悠の国・最果ての地と呼んでおります」

 勝成の疑問にトクは答える。


 トクの話によると、佐和山城の地図で見た北側の島を悠の国では《北州》と呼ぶらしい。更にその北州は西側から西夷国・豊夷国・東夷国と三つの国に分かれており、そのうちの西夷国の最も西側の地に佐和山城はあることが分かった。そして北州は悠の国では寒冷な地であり、人が住むにはあまり適さないということで元々人口が少なく、さらに西夷国はその中でも特に人口が少ない。その西夷国の中でもこの山脈の西側は全く開拓が進んでおらず、人の寄り付かない最果ての地と言われていた。

 「それ故に、我らコボルト族はこの場所に移り住むようになったのでございます」

 トクが更に話を続ける。

 コボルト族は元々この悠の国の民ではなく、かつて住んでいた地で人間や他種族からの迫害を受けそこから悠の国へ落ち延びてきたこと。

 しかしその逃れた先の悠の国もまた他の国々や種族の者たちからの侵略を受け、コボルト族にとって安全な場所ではなく、やむなく人が寄り付かないこの最果ての地に移り住んできたこと。

などである。

 「しかし戸田様の仰る通り、この地にも人が住んでいるというのであれば…、我らはまたここを去らねばなりませんなぁ…」

 トクの諦めたような言葉に、勝成は首を傾げる。

 「はて、何故でござるか?」

 

 勝成の問いにトクが静かにその理由を語りだす。

 その話を聞くうちに、勝成の表情が険しいものへと変わっていった。



最後までお読みいただきありがとうございます。

人の会話というものは難しい、などと思いました(今更?)

もう少し会話の流れも自然なものに出来ないかと考えつつ、

今回は書きました。


誤字脱字・誤文などございましたら、ぜひご指摘ください。

またよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ