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一章 ようこそ異世界学園へ(6)

 舞太刀茉莉の引率で四階にある勇者クラスまで戻ると、七台だった勉強机が九台に増えており、その一つに複雑そうな表情をした少年が机上に足を放り出すような形で着席していた。

「あっ……」

「あぁ?」

 着崩したブレザーを纏った不良然とした雰囲気の少年と目が合い、その見知った顔に稜真は思わず声を漏らした。

「お前、相楽!?」

「なっ、霧生!? なんでてめえがここにいんだ!?」

 ガタッと椅子と机を倒して立ち上がる不良少年――相楽浩平。反射的に警戒して身構える稜真に夏音が「知り合い?」と訊いてくる。稜真は全員を庇うように前に出てから、

「みんな下がれ! こいつはテロリストだ!」

「ハッ! てめえこそ悪の組織の戦闘員じゃねえか!」

 相楽も犬歯を剥いた凶悪な笑みを浮かべる。

 開戦の合図はなかった。

 両者ほぼ同時。足下に爆風を生んだかのように飛びかかる。互いに得物を持っていないため素手での殴り合いだ。拳と拳が衝突し、その衝撃波だけで並べてあった机が軒並み吹っ飛んだ。

「相楽、どういうつもりでここにいる?」

「勇者として召喚されたんだと。てめえの方はアレか? オレが倒すべき魔王の手下Aに鞍替えか? 戦闘員なら戦闘員らしくイーイー喚いてろッ!」

「お前が勇者だと!?」

 弾かれたようにお互い距離を取る。ボディーガードとして体術を習得している稜真は左手を開手に、右手を拳にして構える。相楽は両拳を握ってボクシングのように顔の前に置いた。

 緊迫した空気が教室を支配する。他の皆が息を飲む気配が背中から伝わる。

 誰かが喉を鳴らす。今度はそれを合図に、稜真と相楽は同時に床を蹴り――


「やめんかヤンチャ坊主ども!!」


 唐突に割って入った人影にあっさり組み伏せられた。

「「? ! ?? !! !?」」

 なにをされたのかも理解できない一瞬だった。うつ伏せに転がされた稜真は首に三角定規を押し当てられ、同じく倒されて床と熱烈なキスをする相楽は文字通り尻に敷かれていた。

 舞太刀茉莉――かつて魔王を倒した勇者に。

「霧生稜真だったわね? こっちのヤンキーはともかく、君はあの霧生家の人間でしょ? もう少し真面目な優等生だと思っていたわ」

「……う」

 幻滅したような目で見下され、確かにらしくなかったと気づく。知っている人間、それもこの世界に来る直前まで戦っていた敵と出会ったせいで冷静さを失っていた。下手をすれば誰かを巻き込んで冗談じゃ済まない怪我を負わせていたかもしれない。猛省する。

「反省の色あり。うん、素直な生徒は好きよ」

「……俺の実家を知っているんですか?」

「ん? ああ、霧生家は私があっちにいた頃から有名だったからね」

 舞太刀茉莉はなんでもないように答えたが、霧生家が有名なのは裏の世界だ。知っていること自体が裏の世界で生きてきた証左となる。

 三角定規から解放され、稜真は駆け寄ってきた夏音と大沢の手を借りて立ち上がった。

「大丈夫、稜真くん? まったく、暴れるなら一瞬で片をつけなさいよね」

「悪い、次からはそうする」

「え? そういう問題?」

 呆れた表情で冗談ぽく言う夏音に稜真も冗談で返した。大沢は真に受けたようだが……。

 稜真は舞太刀茉莉を向き、もう戦う意思がないことを態度で示すために頭を下げた。

「申し訳ありませんでした、舞太刀さん」

「わかればいい。あと、私のことは茉莉先生ね」

「はい、茉莉先生」

 彼女には恐らく敵わない。服従するつもりまではないが、目上と認めた相手にはしっかり敬意を払う稜真である。

 ついでに相楽にも一応謝っておこうと、床と口づけしたまま押さえつけられている彼を見る。

「ん~んぅ~んん~んんぉ~……………………ぁ……」

 窒息寸前だった。

「あっ、やば」

 気づいた茉莉先生が慌てて飛び退くが、轟沈した相楽は白目を剥いたまま動かなかった。そんな彼を「あちゃー」と言うような表情で見詰めること五秒、茉莉先生は何事もなかったかのように教卓の方へと歩く。

「ま、そのうち目覚めるでしょ。邪魔だから後ろにでも放っておいて」

 相楽の扱いは酷く雑だった。

 大沢に手伝ってもらって相楽の遺体(失神しただけ)を教室の後ろに運んでいると、興味を持ったのかトコトコと近寄ってきた野良猫少女・紗々が突っついてきた。

「……にゃ。コレ、生きてる?」

「ていうかソレなに? さっきテロリストって言ってたけど……今日召喚された勇者は稜真くんだけじゃなかったの?」

 コレとかソレとか指示語が使われるレベルで相楽の扱いの酷さが伝播していた。茉莉先生は『九人目』と言っていたし、相楽も稜真と一緒にトラックに轢かれている。認めたくはないが、彼も勇者クラスの一員となってしまったことはもう揺るぎない事実だろう。

 となれば、本人が気絶している今、彼を紹介できるのは稜真だけである。

「名前は相楽浩平。隠すつもりはないからこの際話すけど、俺は向こうで政治家とか偉い人間のボディーガードをやってたんだ。それで、俺の護衛対象を狙ってきたテロリストの一人がこいつになる」

 今思えば稜真の護衛対象――殻咲は結構あくどいこともやっていた。相楽を半ば悪だと決めつけていた稜真だが、彼の場合は『行き過ぎた正義』だと認識を改める必要があるだろう。

「根は悪い奴じゃない、とは思う」

 勇者クラスの面々はいきなり登場していきなり気絶した相楽の対応を決め兼ねている様子だった。するとその微妙な空気を打ち払うように教壇に立った茉莉先生が「注目!」と手を叩く。

「さっきの話の続きを始めるわ。みんな席に着いて……と、そういえばぐちゃぐちゃになってたわね。仕方ない、霧生稜真!」

「は、はい!」

「そこのヤンキーが目覚めたら責任取って一緒に片づけ。ついでに掃除。いいわね?」

「……了解です」

 大人しく稜真は首肯する。そもそも教室をめちゃくちゃにしたのは稜真と相楽なのだ。当然の責任である。

「さて、まずは勇者召喚の誤解から解いておくわ」

 皆の視線が集中したことを認めると、茉莉先生は教室の惨状にはもう触れず講義を開始した。

「龍泉寺夏音の仮説だけれど、実は当たらずも遠からずってところなのよね」

「え?」

 不意打ちをくらったように夏音が目を見開く。

「死んだ人間を召喚するという点だけはね。ただし、勇者召喚は英雄を殺して呼び寄せる魔法じゃない。死んで間もない英雄の魂を呼び寄せ、その魂に刻まれた記憶を元にこの世界で肉体を再構成させる魔法よ」

「魂の記憶……」

 思い出す。保健室で目覚めた時、稜真の体には傷一つなかった。そして制服も元通りになっていたことを考えると、服装も肉体の一部にカウントされるのだろう。稜真は〝術士〟ではないが、いくら魔法でもとてつもなく高度な技術だとは理解できる。

 緋彩がおずおずと控え目な挙手をした。

「あの、それって結局死んだ人間を生き返らせるってことになりますよね? そんなこと」

「ええ、正確には違うわ。肉体が損傷し、放っておけば助からない人間の蘇生……心臓マッサージみたいなものね。完全に死んだ人間を生き返らせるすべはこの世界にも存在しないわ」

 死者蘇生。それだけは常識でも非常識でも『あり得ないこと』だ。死体は息を吹き返さない。生ける死体はゾンビである。絶対的な理はどれほど優れた〝術士〟でも捻じ曲げることは叶わない。魔法も一緒だろう。

「えっと、ボクたちはこの世界に命を救われたってことなるのかな?」

 大沢が変わらぬソプラノボイスで独り言のように呟いた。

「どう考えるかは自由。まあ、そもそも私としては君たちが死にかけた原因に疑問があるのよ」

「全員がトラックに轢かれたことですか?」

「それも疑問だけれど……君たち、トラックに轢かれたくらいで死ぬ人間じゃないでしょう?」

 ピクリ、と。この場にいる何人かが明らかに微かな反応を示した。

 空気が変わる。知られたくない事情を抱える人間が少なからずいる。彼らと出会って数時間と経っていない稜真ですら、自己紹介の時点でその異常性には気づいていた。

 全員が勘づいていたはずだ。けれど、口にはしなかった。

「〝超人〟〝異能者〟〝術士〟〝妖〟」

 茉莉先生は一つ一つ確認するように言葉を紡ぐ。

「向こうの世界だと、常人離れした非常人は大別してこの四つに分類されていたはずよ。〝超人〟は身体能力、技術力が化け物レベルの人間。〝異能者〟はそのまま超能力者。〝術士〟は式を描いて超常現象を発現できる者――魔術師。〝妖〟は鬼や人狼みたいな『人から超越した存在』」

 夏音や今枝は隠すつもりもないようだったが、他の連中は違う。巧みなポーカーフェイスで平静を装っているが、内心では狼狽している者もいるだろう。

「ガレス……学園長も言っていたけれど、勇者召喚で呼ばれる者は力と心の両方を兼ね備えた英傑の器。心は己の『正義』をしっかり持ち、幼過ぎても育ち切って頑固になってもいけない。力はもちろん常人を遥かに超えていることが条件。つまり、この世界に召喚された時点で君たちは〝超人〟〝異能者〟〝術士〟〝妖〟のどれかに当て嵌まる若者ってわけ」

 勇者クラスの全員が非常人。一見無害そうな大沢ですら。稜真は既に正体を明かしてしまったが、他の者の素性は全く知らない。相楽についてもテロリストの〝超人〟ってことだけだ。

 自分がカテゴライズされる非常性はともかく、元の世界での立場については守秘されてしかるべきである。非常人のほとんどは裏の世界の住人だからだ。深入りもしてはならない。

 ――俺も含めて、そんな奴らが『勇者』か。

 まるで暗闇の地下から陽光降り注ぐ地上に連れ出されたかのようだ。

 それはとても眩し過ぎて、気をつけないと目を灼いてしまいそうである。

「まあ考えても無駄ね。……さて、他に聞きたいことはある?」

 沈みそうなほど重くなった空気を読んだ茉莉先生は、自分で振った話を自分で流してから皆に次の話題を求めた。

 夏音が静かに腕を組む。

「まだ一つ、あなたがいるのにあたしたちが召喚された理由を聞いてないわ」

「あー、そうだったわね」

 学園長室で最後に出てきた疑問だ。

「君たちが召喚された理由なんだけれど……」

 茉莉先生はそこで一度言葉を切った。皆がごくりと生唾を呑み込む中、彼女はどこか妖艶でいてニヒルな笑みを浮かべてはっきりと声に出した。


「ないわ」


 簡単な、聞き逃したと思ってしまうほど短い答えだった。

「……………………………………………………………………………………………………は?」

 半眼になる夏音。稜真も含め、他の勇者たちもポカンとしていた。

「よく考えてみて。魔法学部でやっている勇者召喚は『授業』よ。『練習』よ。『知識の拡散』よ。本番じゃない。普通は成功なんてしないわ。たとえ本番だとしても、正義の心を持って常人離れした若い人間が都合よく死にかけている時に都合よく召喚魔法を発動させる、なんてとんでもない確率だと思わない?」

「だけど実際に俺たちは召喚されたわけですが」

「そこが不可解なところその二なの。目下調査中、ということで保留にしてくれない?」

 茉莉先生は投げ遣り口調だった。あっけらかんとし過ぎてそれ以上の質問や抗議の声が出てこない。本当に調査しているのか怪しいところである。

「まあ、安心しなさい。君たちに『この世界のために尽くせ』なんて強制するつもりはないし、私がさせない。元の世界に帰る方法を探すもよし、この世界に骨を埋めるもよし。選択肢は各々の意思で選び取って未来を歩むことね。……でも、これだけは覚えておいて」

 教卓に両手をつき、茉莉先生は皆を一人ずつ見回す。

「どんな未来を選ぼうとも、卒業するまではこの勇者クラスが君たちの帰る場所よ」

 最後に優しく微笑みながら、彼女は講義を締め括った。

 結局、なにをするにしても、稜真は夏音が言ったように『転校生』としてこの学園に入学するしか道はなかった。


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