エピローグ
事件が収束し、数日が経過した。
フォルティス総合学園の地下から突如現れたドラゴンの亡骸は、核となる宝石を怪盗ノーフェイスが奪ったことで霧となって消え去った。ドラゴンが暴れた爪痕だけ残り、今は業者と学生たちが協力し合って復興作業に取り掛かっている。
怪盗ノーフェイスの正体は結局わからずじまいだった。
初代勇者――茉莉先生に話を聞こうにも、彼女は傷が癒えるや急な出張でどこかへと行ってしまったのだ。仕方なく、稜真たちは非常人としての力を存分に活用して復興作業を手伝うことにした。
今回聖剣を覚醒させた二人の働きっぷりは群を抜いていた。
念動力で瓦礫の撤去は一瞬、重い資材だろうとまとめて軽々と運ぶ今枝。永遠に変身状態が続くらしい聖剣で建築作業の補助や足りない部品の補填を行う侠加。彼女たちの大活躍に触発された稜真たちも無心で働き続けた。
というか、そもそもあのドラゴンが出現したのは稜真たちに原因の一端があるわけで、ここで復興作業をサボるのはなんとも無責任な話になってしまうわけで……とにかく稜真は申し訳ない気持ちを背負ったままひたすら頑張った。
そんなこんなでほとんどの瓦礫が撤去されて整地が進んだ頃、『それ』は突如やってきた。
ドゥルルルルルルルルゥ!!
元の世界では聞き慣れた駆動音と、タイヤが地面を滑る音。
一昔前のデザインをした黒いディーゼル車が正門から学園内に突入し、丁度そこで作業をしていた稜真たちの前で停車した。
「え、なんで車……?」
この世界に自動車があることを知らない夏音たちが目を見開く。稜真は一度見ているため驚きはしなかったが、あの車がシェリルとルルンの街へ向かう途中ですれ違ったものと同じだと気づいた。
助手席側のドアが開く。
すらりとした長い脚が先に見え、地面へと降り立ったその人物は――
「茉莉先生!?」
だった。
「なんで茉莉ねえが? その車はなんなんだ? つか、今までどこ行ってやがったんだ?」
皆がポカンとする中、相楽が混乱しながらも代表して質問を投げかけた。ぐっと伸びをしていた茉莉先生は、申し訳なさそうに苦笑して口を開く。
「ごめんなさいね。学園が大変な時に離れちゃって。でも、どうしても外せない用事があったのよ」
「外せない用事、ですか?」
「ええ、そうよ。ほら、出て来なさい」
車の運転席側のドアが開く。そこから現れたのは、サングラスをつけた黒髪の女。動きやすそうなジャケットとズボンを着ていて最初はわからなかったが、サングラスを外した彼女の夜色の瞳と尖った耳を見たことで稜真たちは一斉に気づく。
「怪盗ノーフェイス!?」
服装をレーシングスーツに取り換え、白面を被せたらまさに先日まで敵対していた怪盗そのものである。
誰もが警戒しつつも頭に疑問符を浮かべる中、茉莉先生は『その顔が見たかった』とでも言うように笑って事情を説明する。
「実は彼女と一緒に他にも回収していた魔石を処分してきたの。大陸の果てまで行ったりして大変だったのよ? ああ、もちろん各方面には初代勇者の私から事情を説明して承諾してもらっているわ」
「いや、そんなことより、どういうことですか?」
「先生と怪盗ノーフェイスは知り合いだったわけ?」
稜真と夏音の問い詰めに、茉莉先生は隣に並んだエルフの少女に視線をやり――
「彼女はエルネス・クレージュ。かつて魔王軍と一緒に戦った勇者の仲間の一人よ」
……。
…………。
………………。
「「「はぁああああっ!?」」」
とんでもないカミングアウトにしばし沈黙した後、素っ頓狂な声を上げる稜真たち。勇者の仲間ということは学園長と同じだ。初代勇者がゲームのようにパーティを組んでいたことは知っていたが、仲間の詳細までは聞いていない。まさかこのドッキリを仕掛けるために意図的に隠していたのだろうか?
今にして思えば、初めて怪盗ノーフェイスを見た時の既視感は当然だった。あの時すれ違った車に乗っていたのが彼女だったわけだから。
「じゃあ、怪盗ノーフェイスっていうのは……?」
勇者の仲間が怪盗というのは腑に落ちない――と思った稜真だが、よく考えたら怪盗やテロリストが勇者をやっているご時世である。そこにツッコミを入れる資格はない。
「ああ、それは彼女がまだ人間社会に慣れてなかった何十年も昔の黒歴史ね。私が頼んだのよ。今回だけ、あなたたちを試すために仮面を被ってくれってね」
「ウチらを試すって、なんのために?」
「合格とか不合格とか言ってたのはそういうことデスヨ?」
説明されてもまだ溜飲が下がらないらしい今枝と侠加が眉を顰めた。
「理由はいくつかあるわ。この世界の魔法に対する理解。その魔法を用いて非常人に対抗できる人間がいる事実。追い詰められて聖剣が覚醒すれば御の字。あとなによりも」
腕を組んで一つずつ理由を述べる茉莉先生は、最後にとびっきりの悪い笑みを浮かべ――
「これから勇者クラスの副担任になってもらう彼女との、顔合わせね」
「なるほど副担……は?」
稜真たちの時が再び止まった。
「「「はぁあああああああっ!?」」」
勇者の仲間だったことは、思い起こせばそれらしい匂わせがあったから納得できないこともない。だがしかし、副担任になるという話は完全に予想外である。
エルフの少女が黒髪を靡かせて一歩前に出る。
「……改めて、エルネス・クレージュだ。本当はそんなものやりたくなかったが、マツリにどうしてもと頼まれたから仕方ない」
怪盗ノーフェイス、もといエルネス先生は抑揚のない声でそう告げると、混乱と狼狽で状況についていけない勇者たちをざっと見回し――
「……よろしくしなくて構わない。だが、私の指導は厳しいぞ」
フッと僅かに、本当に注視しないと気づかないくらい小さく、彼女は微笑んだ。




