五章 魔王の力と覚醒の謎(5)
あれほどの質量で圧し潰したというのに、黒紫の龍はほぼほぼ無傷のようだった。
「気をつけろ。あの野郎、とんでもねえ再生力を持ってやがる。聖剣だろうと生半可な攻撃じゃ効かねえぞ」
身構える稜真たちに、ボロボロの相楽がふらつきながら忠告してきた。だからドラゴンは無傷に見えるということか。
「ほーん、硬い上に自己再生するなんて友達に嫌われる技構成デスヨ」
「再生力ね。零課時代にそういう〝妖〟と戦り合ったことならあるな」
絶望的とも思えるドラゴンの能力を聞いても、侠加と今枝は微塵も臆していないようだった。今枝はそういう相手との戦いを経験しているようなので、なにか対抗策があるのかもしれない。頼もしい限りだ。
「相楽、辻村、あと大沢も。みんなを連れて下がっていてくれ。あとは俺たちでなんとかする」
「……わかった。オレらも回復したらすぐ加勢する」
「……」
「あはは、今のボクじゃ足手纏いになっちゃうからね」
稜真が大沢も退かせたのは、ボロボロの相楽と辻村だけでは全員を運ぶのは難しいと判断したからだ。足手纏いだとは思っていない。
だが、それを伝える前にドラゴンがブレスを照射してきた。
「くっ、三人とも早く!?」
頑丈な〝超人〟である稜真が盾となるべく前に出るが――
「まだあいつらが撤退できてないんだ。もう少し待てよ」
今枝が念動扇を飛ばし、ブレスを受け止めた。いやそれだけではなく、受け止めたブレスを百五十度ほど捻じ曲げてドラゴン自身に反射してしまった。
「す、すげぇ……」
元からとんでもない念動力だった今枝だが、聖剣を覚醒させてから出力も持続力も異常にパワーアップしている。現状の勇者クラス最強なのではと思うほどに。
「それじゃあ侠加ちゃんの聖剣もお披露目タイーム!」
自分のブレスに苦しむドラゴンに、テンション爆上げの侠加がそう宣言して手に持っていた『それ』を突きつけた。
「ジャジャーン! このスマートで鋭利なフォルム、最高デスヨ!」
今まで見せてくれなかった侠加の聖剣は、指で挟めるほど小さく円筒状であり、先っぽは小さく尖り、逆側にはカチカチと押し込めるような突起がついている。紙に押しあてて滑らせれば綺麗な文字が書けそうなそれは――
「――ってボールペンじゃねえか!?」
「ノンノン、〈クーゲルシュライバー〉だよリョウマっち」
「ドイツ語にせんでいい!?」
「なんと十二色あります!」
「クレヨンの時と一緒!?」
侠加の聖剣は、今枝の鉄扇とは比較にならないくらい武器には見えなかった。
「え、なに? お前の聖剣失敗したの?」
稜真にはそうとしか思えなかった。未覚醒状態のギャグみたいなアイテムのままだからだ。
「失敬な! これは正真正銘侠加ちゃんの聖剣が覚醒した姿デスヨ!? あ、『侠加ちゃんの聖剣』ってなんだかイケナイ感じのエロスに聞こる」
「くだらねえこと言ってないでさっさとお披露目とやらをしやがれ侠加!?」
「イエッサーッ!」
ブレスを抑え込んでいる今枝から叱責され、侠加はそのボールペンをぽーんとドラゴンへと投げた。
綺麗な放物線を描いて地面へと落ちたボールペンが、一瞬にしてその体積を肥大化させる。ゴツゴツとしたパイナップルのようなフォルムに、鋳鉄で作られた無骨な質感。
「ボールペンが手榴弾になった!?」
ちゅどぉおおおん!! とドラゴンの足下で大爆発を起こすボールペンだったもの。聖剣ということで効果抜群らしく、ドラゴンは悲鳴を上げながら引っ繰り返った。
「ヤハハ、説明しよう! これは侠加ちゃんの協力者が開発した変幻自在合金! 変身能力を使うことでどんなものにも変えられるまさに侠加ちゃん専用の武器デスヨ! 普段は持ち運びしやすいようにボールペンにしてるのさ!」
振り返った侠加が三本のボールペンを指に挟んで笑った。そんな合金が存在しているなど稜真は聞いたこともないが、今の光景を見せられてはアレが間違いなく彼女の聖剣だと認めざるを得ないだろう。
「チッ、そういうことかよ……」
今枝はなにか昔の嫌なことでも思い出したかのように舌打ちしていた。
「あれ? でも変身すると身体だけじゃなく服とかも変わってたよな?」
「勘のいいリョウマっちは嫌いデスヨ」
疑問を指摘すると、バッ! と侠加は光の速さでそっぽを向いた。
「えーと、その辺はアレだよ、アレ。服は身体の一部だから的な?」
「実はお前自身もよくわかってないんだろ?」
「ぎくぅ!? そんなことよりドラゴンをぶっ飛ばすぞオラ―ッ!!」
話を逸らされた。確かに今はその辺を追及している場合ではないが、なんか釈然としない稜真である。
侠加が三本のボールペンを投擲する。また手榴弾になるのかと思いきや――
「対戦車ミサイルどーん!」
ボールペンは三本とも体積を膨張させ、材質もなにもかも変化し、ミサイルとなって急加速。丁度起き上がったドラゴンの腹部に全弾命中し、その鱗ごと容赦なく吹き飛ばした。
「おいおい、ミサイルってデタラメすぎんだろ」
「クルっちにだけは言われたくないデスヨ!?」
どっちもどっちだと稜真は思う。このデタラメ〝異能者〟二人がいれば稜真の出番はないかもしれない。
とはいえ、そう簡単にはいかないようだった。
「効いてるが、やっぱり相楽の言う通りすぐ再生されちまうな」
ミサイルで砕いた腹部の鱗が動画を逆再生するように元通りに戻っていく。あの速度では鱗を剥いだ後に近づいて斬りつけることも難しい。
「対処法はある。おい侠加、もう一発奴のどてっ腹にミサイルぶち込んでやれ!」
「イエッサー少佐!」
「誰が少佐だ!?」
侠加がボールペンを投げる。即座にミサイルに変身して加速するが、流石にドラゴンも同じ手は何度もくらわない。ミサイルに向かってブレスを吐く。
そのブレスを今枝が念動力で上空へと逸らした。
「グルォオオオオオオオオオオオオオン!?」
抵抗虚しくミサイルは直撃。ドラゴンの鱗が爆ぜ、柔らかい肉が剥き出しになる。本来ならそれもほんの一瞬ですぐに再生が始まるだが、どういうわけかいつまで経っても傷口は塞がらない。
今枝がクツクツと妖しく笑った。
「どうだ? 再生できないだろ? ウチが念動力で傷口を広げ続けてるからなぁ!」
「対処法が脳筋すぎやしませんか!?」
「うるせえ! さっさとトドメを刺しやがれ霧生!」
「あ、ああ、わかった」
方法がどうであれ再生しないならこちらのものだ。稜真は地面を蹴って一瞬でドラゴンの懐へと飛び込む。今枝の念動力に抵抗して僅かに再生しかけていた鱗を拳銃で弾くと、日本刀を横薙ぎに一閃。
「鱗さえなければ、刃は通る!」
ドラゴンの巨体を、真っ二つに斬り裂いた。紫色の血が周囲に迸り雨となる。
「やったやった! 流石リョウマっち!」
喜びにぴょんぴょん飛び跳ねる侠加。すると、なにかに気づいた今枝が剣呑な表情をして周囲を見回した。
「おい、待て、怪盗ノーフェイスの奴はどこ行った?」




