五章 魔王の力と覚醒の謎(4)
振り下ろされた戦鎚がドラゴンの鱗を砕き割る。だが打撃は内部まで届いておらず、鱗はものの数秒で再生してしまった。
「でけぇ上に再生力が半端ねえぞ!? どうやって倒すんだ!?」
相楽はドラゴンブレスをかわして距離を取った。入れ替わりに辻村と紗々がドラゴンを殴打するが、聖剣を持たない二人は鱗に傷を残すことすらできない。
「ルルンの湖にいた魔物はここまで怪物じゃなかったわ。黒水晶で魔王の力を得てしまうとこうまで違うのね」
二振りの両刃大剣が閃く。鱗が切り裂かれ、傷口から紫色の血が噴射した。聖剣を使いこなす舞太刀茉莉だけがダメージを与えられているが、それでもすぐに傷が塞がってしまい倒し切るには至れない。
「鱗の薄い急所を狙いなさい!」
それだけ指示を出して茉莉先生は再びドラゴンへと斬りかかった。
「薄いところって、んなもんどこにあんだ!?」
蛇型のドラゴンだが、腹の方までびっしりと硬い鱗で覆われている。相楽も戦闘においては馬鹿ではない。弱点を探してあちこちハンマーで叩いてきたが、どこも硬さや再生力は変わらなかったのだ。
と、後ろで狙撃銃を構えていた夏音がニヤリと笑った。
「あら、あるじゃない二つ。赤く光ってるから狙い易いわよ」
ダァン! ダァン!
耳を劈く銃声が二つ。夏音の聖剣である狙撃銃から射出された弾丸は、激しく動き回っているはずのドラゴンの両目に寸分違わず吸い込まれていった。
血色の瞳が潰れ、ブシャッと紫の液体が迸る。
ドラゴンが苦しそうな唸り声を上げた。だが、瞬きをする間に両目は再生し、怒りの矛先をこちらに向けてブレスを吐き出す。
相楽たちは横に飛んでそれを回避した。
「効いてるけど、やっぱり復活するわね」
「物理攻撃が効果ないのでしたら……」
学舎の屋上に立った緋彩が懐から取り出した護符を扇状に広げ、空中にばら撒いた。
「御! 焔! 雷! 爆! 瞬! 天! 無! 撃! 戒!」
ばら撒かれた紙が不自然に空を飛ぶ。ドラゴンの頭上で円形に整列し、赤く輝く魔法陣を夜空に描いていく。
「神凪の巫女が奉ります! 神魔撃滅! 雷覇焔!」
轟!! と上空の赤い魔法陣から幾本もの炎雷が降り注ぐ。神凪緋彩の広範囲爆撃魔術に、さしものドラゴンも悲鳴を上げ――ることもなく、炎雷は鱗を貫通することなく平然と受け流されていた。
反撃のブレス。
「ひーん!? 魔術もあんまり通用してませーん!?」
ちゅどんと爆破される学舎から緋彩は涙目で飛び降りるのだった。茉莉先生が言うには、あのドラゴンは元々水生の魔物だ。緋彩が得意とする炎系の魔術は効果今一つなのだろう。
「勇者様!」
すると、そんな少女の声と共にたたたっと背後から複数人の足音が聞こえた。
「シェリルさん、エリザさんにフロリーヌさんも!」
振り向いた夏音が驚きに目を見開いた。銀のツインテールを振り乱して駆け寄るシェリルに、ドスドスとオーガが走るような地鳴りを響かせるエリザベート、風の精霊によって空を飛んでいるフロリーヌ。本当はもう一人変態マゾ野郎もいるのだが、夏音の視界には映ってないらしい。
「おい、ここは危ねえぞ! 下がってろ! 悪いがあいつはお前らでどうにかできる相手じゃねえ!」
相楽も生徒たちはとっくに避難したものだと認識していた。今回は雑魚が湧いているわけではないのだ。生徒が残っていても正直足手纏いである。
そう思っていた。
「いえ、あのドラゴンが魔物ならお力になれるかもしれません」
「んだんだ。白魔法の『浄化』なら魔物に有効だと授業で習っただ」
シェリルとエリザベート――白魔法科の証である白マントを羽織った二人が力強くそう告げた。確かに花の魔物の時もシェリルの魔法がかなり効いていた気がする。
「でも、あの巨体を包めるほどの浄化魔法は白魔法科の生徒を全員集めても難しいと思いますのよ。あとヒカリ様はどこですのよ?」
「そうだね。でも、勇者様に浄化魔法を付与することは可能ではないかな?」
精霊魔法科のフロリーヌは大沢光を探してここへ来たようだ。黒魔法科のシルヴィオはわからないが、単純に自分がお世話係を務める勇者の下へ馳せ参じたかったのかもしれない。
夏音は嫌そうにシルヴィオを一瞥してから、シェリルに手を差し出した。
「シェリルさん、試しにこの銃弾に付与できるかしら?」
「や、やってみます!」
シェリルは夏音の掌に乗った銃弾に手を翳し、目を閉じて集中。短く呪文を唱える。すると白い清らかな輝きが銃弾に纏った。
成功だ。
「紗々ちゃん! 辻村くん! 茉莉先生! 一旦離れて!」
夏音の呼びかけに、今までドラゴンを相手取ってくれていた三人が一斉に戦線を離脱する。彼らが充分離れたことを認めた夏音は、再びドラゴンの目に向かって狙撃銃の引き金を引いた。
相変わらず完璧な射撃はドラゴンの右目を容赦なく潰す。
「グルォオオオオオオオオオオオオオン!?」
ドラゴンは今までにない絶叫を上げて激しくのたうち回った。
「いい感じに効いてるわ!」
「さっきより苦しんでやがるな!」
「こ、これはいけるかもしれません!」
「……にゃ」
「……」
初めてのまともな手応えに集結した勇者たちは顔を喜ばせる。
しかし、茉莉先生だけが深刻な表情だった。
「ダメね。単発じゃすぐ再生されて意味がないわ」
言う通り、起き上がったドラゴンの右目はきっちり元通りに戻っていた。それでも今までよりダメージがあったことは事実だ。
「だったら再生できなくなるまで撃ち込んでやるまでよ! シェリルさん、エリザさん、どんどん付与しちゃって!」
「は、はい!」
「わかっただ!」
「白魔法は使えないけど、わたくしたちも手伝いますのよ!」
「ドラゴンの気を散らすくらいは僕らでもできるだろうね」
シェリルとエリザベートが浄化魔法を付与している間、フロリーヌとシルヴィオが庇うように前に立った。
風の精霊魔法と氷の黒魔法が放たれる。が、それらはドラゴンの周囲に発生した紫色の竜巻によって掻き消されてしまった。
ドラゴンの口が開き、禍々しい魔法陣が何重にも展開される。
今までのブレスとは違う。
「待て待て!? なんかやばそうなのが来るぞ!?」
ぞわりとした悪寒が相楽の背筋を凍らせる。
次の瞬間、紫色の膨大な魔力が巨大な光線となって吐き出された。
「マズいわ!? みんな私の後ろに!?」
「茉莉先生!?」
咄嗟に茉莉先生が前に飛び出し、両刃大剣をクロスさせて盾を作る。魔力光線は情け容赦なく彼女を、後ろで守られていた相楽たちを呑み込み、背後の大地を数キロ単位で抉り取った。
「くっ……そ……おい、お前ら大丈夫か!?」
瓦礫を押しのけて相楽は立ち上がる。肉体が頑丈な辻村は同じように立っていたが、他の皆は気を失って呻いていた。アレほどの一撃をくらって生きているだけでも奇跡だ。
その奇跡を起こしてくれたのは、膝をついて肩で息をしている茉莉先生である。
「予想外……だったわ。まさか、あの魔王の魔力砲もどきまで使えちゃうなんて……」
よろめきながらも、茉莉先生は大剣を杖に立ち上がった。流石は初代勇者であるが、ダメージが大きすぎる。これ以上の戦闘は厳しそうだ。
ドラゴンが再び多重魔法陣を展開する。
やばい。あんなのをもう一発くらったら、今度こそ相楽たちは全滅だ。
「……あ?」
その時、相楽は見た。
ドラゴンの背後から、なにか巨大な塊が飛んでくるのを。
「島?」
ドゴォオオオオオオオオオオオン!!
空飛ぶ島だと勘違いしてしまうくらい巨大な土の塊が落下。ドラゴンを頭から圧し潰し、展開されていた魔法陣が幻のように夜闇に溶けた。
その土塊の上で、能天気に手を振っているサイドテールの少女たちが見える。
「いやっほーい! お ま た せ! 侠加ちゃんド派手にとーじょー☆」
「おいコラ、やったのはウチだぞ侠加てめぇ!」
「悪いみんな! 生き埋めにされかけて遅くなった!」
「ほわっ!? ここどこアレなに!? ドラゴン!? これどういう状況!?」
夜倉侠加、今枝来咲、霧生稜真、大沢光の四人だった。それと、どういうわけか仮面を取った怪盗ノーフェイスも一緒のようだ。
「てめぇらはちょっと休んでろ」
「ヤハハ、あのドラゴンさんは侠加ちゃんたちが責任持ってどうにかしますよ」
なんとなく、ドラゴンが出現したのは奴らが原因ではないかと察する相楽。こっちはもうボロボロだ。どうにかできるというのなら、任せてしまった方がいい。
今枝の念動力で相楽たちの下まで飛んできた五人は、頑丈にも土塊を破壊して起き上がったドラゴンを見上げる。
「ま、ウチらの聖剣の試し切りには」
「丁度いい相手デスヨ!」




