五章 魔王の力と覚醒の謎(2)
ダンジョン最奥部。
青真珠と黒水晶がフュージョンして生まれたドラゴンは、強引にダンジョンの天井を突き破って外へ出てしまった。
その影響で崩壊が始まり、転移陣も潰され脱出不可能となった稜真たちだったが――
「ウチの聖剣が……」
今枝が取り出したカード――聖剣の鞘が呼びかけるように強烈な輝きを放ったのだ。いや、今枝だけではない。
「あわわ、侠加ちゃんもなんかピカーッってなってるんだけど!?」
侠加のカードも同じように輝いていた。爆発しそうな嫌な光ではなく、寧ろ優しさと温かさを感じる。
稜真はこの現象を見たことないが、予想はできた。
「聖剣が覚醒するんだ! 二人とも唱えろ!」
言うと、今枝と侠加は迷っている暇はないと言うように力強く頷いた。
「「〈抜剣〉!」」
二人が持っていたカードが弾け、今枝は団扇に、侠加は十二色のクレヨンに変わる。これが聖剣かと当時はずっこけそうになったものだが、稜真だってハリセンと輪ゴム鉄砲だった。
もう一段階。聖剣が覚醒したその時、そのギャグみたいな道具は真の姿を現す。
「「――〈目覚めろ〉!」」
唱えた瞬間、団扇とクレヨンが強烈な光を放って変容を始めた。あっという間に形が変わった己の聖剣を見て、今枝と侠加は目を丸くする。
「こいつは……」
今枝が握っていた団扇だったものは、身の丈近くもある巨大で重そうな鉄の板に変わった。一見失敗したのではないかと思うほど味気ない姿だが、今枝の警察とは思えない凶悪な笑みを見る限りそうではなさそうだ。
「ああ、そうだ。丁度こいつが欲しかったんだ!」
今枝は念動力で鉄の板を持ち上げ、バッ! と左右に開いた。鉄の板だと思っていたそれは、何枚にも重ねられていた鉄扇だったのだ。
鉄扇が今枝の頭上で旋回する。と、周囲に力場のようなものが発生し、稜真たちを床ごと繰り抜くように持ち上げた。
刹那、ダンジョンが一気に崩れ落ちた。
その勢いは凄まじく、あのままだったら〝超人〟の稜真ですら一瞬でぺしゃんこになっただろう。だが、全員無事だ。今枝が発生させた球状の力場のおかげで圧死を免れた。
「このまま地上に出るぞ」
くいっと今枝は人差し指を挙げた。潰れたダンジョンなど物ともせず、稜真たちを包む力場が真上へと移動していく。
さっきはできないと言っていたことだ。
稜真は今枝の頭上でくるくる回っている鉄扇を見上げる。
「今枝、それは?」
「ウチのために調整された念動扇だ。念動力の力をブーストさせ制御し、こいつ自体も武器になる特注品。ま、ウチの聖剣としては妥当だろう」
ただでさえ頭おかしい念動力を持っている今枝が、さらに強化されたということだ。〝超人〟の聖剣は頑丈で超高性能な武器だったが、〝異能者〟の場合は能力を補助する役割が強いらしい。
となると、もう一人。侠加の聖剣はどうなっているのだろうか。
そう思って彼女の方を振り向くと――
「ヤハハ、侠加ちゃんの聖剣のお披露目はまだもうちょっと先デスヨ」
侠加は勿体ぶるように覚醒した聖剣を背中に隠した。おかげでどんな形なのかもわからない。背中に隠れるくらいだから小さいものだと思われる。
「実は失敗したから隠したとかじゃ?」
「そんなわけないデスヨ! 怪盗は手の内を自分から見せたりしないもんだよ。ね?」
そう言って侠加は力場の端っこでずっと黙っている怪盗ノーフェイスに目配せした。
「……」
ノーフェイスはノーコメントだった。とりあえず侠加の聖剣は置いておくとして、ドラゴンと戦う前にノーフェイスをどうするのかだけは決めておくべきだろう。
「怪盗ノーフェイス、地上に出る前にあなたは拘束させてもらう」
「……不要だ。私の不始末は私がつけねばならない」
ドラゴンと戦うつもりだろうか? 確かにノーフェイスは強かったが、聖剣を持たない彼女が魔族と戦えるとは思えない。
「また力づくで捕まえるしかないデスヨ?」
「……その場合、私も抵抗させてもらう」
「悪いが、もうそんなことやってる暇はねえぞ」
今枝が頭上を見上げる。地中をガリガリ進んでいた力場は一気にその抵抗がなくなり――ドゴン! と勢いよく空中へと投げ出された。
「なんだ?」
異様に明るい。地上を見ると、夜の学園はオレンジ色に輝いていた。
その正体と原因は明白であり、稜真は思わず悪態を漏らす。
「くそっ、最悪じゃねえか!」
学園は、火の海と化していた。




