五章 魔王の力と覚醒の謎(2)
突如として発生した台地の揺れに、フォルティス総合学園は騒然となっていた。
深夜の時間帯だったこともあり、不意を突かれた生徒たちがパニックを起こしている。地面が揺れることに慣れていないらしい彼らは、悲鳴を上げながら鍋などを被ったりして寮の外へと飛び出していく。
学園の地面を喰い破るようにして、一体の巨大なドラゴンが出現した。
それは禍々しい瘴気を纏い、黒紫色の鱗と翼を持つ蛇のような姿であった。夜闇に爛々と輝く不気味な血色の瞳に睨まれた生徒たちは、恐怖で体が動けなくなり次々とその場にへたり込んでいく。
だが、そこは『勇者の仲間』を育てるための学園。中には恐怖に打ち勝ち、果敢にもドラゴンと戦おうと武器を手にする者たちもいた。
弓を引き、銃を撃ち、魔法を放つ。
そのどれもが夜空に浮かぶドラゴンに届くことはなく、届いたとしても鉄壁の鱗に阻まれてダメージにならないどころか気づいてさえもらえない。
ドラゴンがパカリと口を開く。
灼熱の光線が夜の闇を切り裂き、その先にあった勇者棟を一瞬で崩壊させた。学園の象徴とも言える場所が瓦礫の山と化すのを見れば、生徒たちの戦意は一気に挫かれてしまう。
誰もがこの世の終わりだと思ったその時――
「痛っつぅ……なんだなんだいきなり。おい大丈夫か、辻村!」
「……」
学園長室があった辺りから、瓦礫を押しのけて二人の男子生徒が立ち上がった。相楽浩平と辻村。崩落に巻き込まれたはずの二人はほとんど無傷だった。
さらに、保健室があった場所。
「なによアレ、ドラゴン?」
「この禍々しい気配は、魔族でしょうか?」
「……寝てる場合じゃなくなった。にゃ」
四方を覆う力場――結界の中にいた三人の女子生徒も無事だった。龍泉寺夏音、神凪緋彩、獅子ヶ谷紗々の三人は、夜の空からこちらを見下ろす巨大生物に臆することなく睨み返す。
「おいおい、まさかアレが怪盗ノーフェイスの正体とか言わねえよな?」
相楽はウォー・ハンマーの聖剣を構える。ドラゴンが逃げないということは、まだこちらと戦うつもりがあるということだ。
そこには明確な意思――敵意と殺意を感じた。
魔族であることは気配から間違いない。しかもただの魔族ではなく、ダンジョンの最奥部にあった魔王の遺産『睡蓮の黒水晶』が放っていた気配と同一だ。
ドラゴンが再び口を開く。その奥にオレンジ色の光が灯る。
「なんかやばいのが来そうよ!?」
「チッ! 全員逃げろ!」
夏音と相楽が叫ぶ。頷く暇もなく、五人それぞれ回避行動を取ろうとした、その時だった。
ドラゴンの真下からなにかが飛び上がり、顎下を強襲して強引に口を閉じさせた。
オレンジ色の灼熱が口内で爆発し、ドラゴンが苦しそうな悲鳴を上げて地面に落下する。その様子に呆然とする夏音たちの前に、翼の生えた靴を履いた女性が舞い降りてきた。
「困ったわね。まさかこんなことになるなんて」
二振りの両刃大剣を両手に握り、本当に困ったように眉を顰めている彼女は――
「茉莉先生!」
だった。
勇者クラスの担任である初代勇者――舞太刀茉莉は、駆け寄ってきた夏音たちに一瞥だけすると、視線を地面でのたうち回るドラゴンへと戻す。
「アレは怪盗ノーフェイスじゃないわ。彼女は魔族じゃないもの」
「なにか知っているのですか?」
緋彩の問いには答えず、茉莉先生はじっとドラゴンを観察する。
「どこかで見たことあると思ったら、ルルンの湖にいた水龍と似ているわね。あっちは綺麗な青色をしていたけれど……あー、なるほど、そうなっちゃったのか」
「おい、茉莉ねえ、どういうことだ?」
「……意味深。にゃ」
「……」
肩を竦めて溜息を吐く茉莉先生に相楽たちは怪訝そうな目を向けるが、答えを聞く前にドラゴンが回復してのそりと体を持ち上げた。
「話は後よ。とにかく厄介な事態になったことには変わりないわ。総員、戦闘準備!」
先生の号令で勇者クラス五人は気持ちを切り替え、迅速に行動へと移した。相楽、辻村、紗々は三方に散り、緋彩は護符を構え、夏音は後方へ下がって狙撃銃でドラゴンの頭を狙う。
「稜真くんたちは、大丈夫なのかしら?」
ライフルのスコープを覗きながら、夏音はドラゴンが出てきたと思われるダンジョンにいたはずの彼らを心配するのだった。