四章 再戦!怪盗ノーフェイス!(2)
日が沈み、夜がやってきた。
「本当に月の光が変色するんだな」
世闇に浮かぶは黒い月輪。それを明かりと呼ぶには些か暗すぎた。星明りと人工の照明だけが頼りの中、シェリルが用意してくれた夕食を済ませた稜真たちは作戦通りに各々の配置についていた。
「ダンジョンの中からは見えないがな」
巨大な漆黒のクリスタル――『睡蓮の黒水晶』の傍に控えながら、今枝がなんの味気もない天井を見上げた。
「怪盗ノーフェイスは本当に来るのかな?」
「……にゃ?」
大沢と紗々も所定の位置について警戒している。紗々は床に丸くなって欠伸なんかしているが、猫の警戒心は稜真たちよりも数段優れているから心配いらないだろう。
「わざわざ予告状を送りつけてきたんだから来るとは思うが」
「来なけりゃ来ないでウチらにビビったっつうことだ」
もしくは、ダンジョン入口を守っているチームが対処してしまったか。どこに現れてもこちらに連絡は来るため気は抜けない。
刻々と時間が過ぎていく。
そろそろ日付が変わる頃だが、まだなんのアクションも見られない。
「そういえば今枝、ダンジョンを攻略していた時になにか言いかけてなかったか?」
「あぁ? なんのことだ?」
流石に時間を持て余してきた稜真は今枝に話題を振ってみた。無論、警戒を緩めたりはしていない。
「いや、元の世界に帰るかどうかって話をしてた時だよ。お前、向こうでやり残したことがあるとかなんとか」
「あーはいはい、それな。つまんねえ話だぞ。てか、今話す必要あんのか?」
「暇潰しだよ。まあ、今枝が話したくないなら聞かないけど」
今枝も公安とはいえ裏の世界に関わっていた〝異能者〟だ。他人に話したくない事情の一つや二つ抱えていても不思議はない。だから本当に雑談感覚で話せないのであれば稜真に追及するつもりはなかった。
今枝は少し逡巡した後、小さく息を吐き出した。
「親の仇を追ってる。それだけだ」
稜真はもちろん、こっそり耳を傾けていた大沢と紗々も息を呑んだ。
「ウチの親も公安で、まあいつかそうなることは覚悟してたんだが、犯人は非常人っぽくて一向に捕まらねえんだ。だからウチは零課に入った。この手で犯人をシメるためにな。どうだ? ありきたりでつまんねえ話だろ?」
「いや……」
「あはは、思ってた以上にヘビーだったけど……」
裏の世界では割と日常茶飯事だ。だが、実際に聞かされると反応に困る。稜真から聞いておいてなんだが、そういう事情なら喋ってくれなくてよかったのではないだろうか?
あるいは、喋ってもいいと思える程度には信用されているのかもしれない。
「異世界に飛ばされたまま二度と帰れませんって言われて、はいそうですかと納得できるほどウチは諦めがよくねえんだ。霧生、大沢、獅子ヶ谷、てめえらにその気があろうとなかろうと知ったことじゃねえが、ウチが元の世界に帰るために手だけは貸してもらうぞ」
聞いたからには手伝え、ということだ。
「前にも言ったが、帰れるなら俺も帰るつもりだ。シェリルに俺たちの世界を見せるって約束もしたし」
「ボクも帰る手段は持っておきたいかな」
「……にゃ」
稜真たちに否はない。誰もが帰れるなら帰りたいと願っているはずだ。たとえ、その後でまたこの世界に戻ってくるつもりだったとしても。
「って、ウチの話はもうやめだ! 予告状に細かい時間の指定はなかった。いいかてめえら、一晩中気を抜くんじゃね――」
その時、今枝の言葉を遮るように水晶裏にある転移魔法陣が輝き始めた。
これは魔法陣に登録している人物しか反応しない魔法だ。茉莉先生か、他の誰かか、少なくともノーフェイスではないはずである。
だが、抜け道がないとも言い切れない。稜真たちは魔法に疎いのだ。
だから警戒は解かず、全員が戦闘態勢に入って魔法陣から現れる存在を待つ。
そして――
「ヤハヤハ、みんな警備がんばってますかな?」
気の抜けた口調で手を振って挨拶してきたのは、遊撃隊として特定の持ち場もなく自由に行動している夜倉侠加だった。
大沢がほっと胸を撫で下ろす。
「夜倉さんも遊撃隊お疲れさま」
「待て大沢」
安心して彼女に近づこうとする大沢を稜真は手で制した。警戒は解かない。寧ろ、稜真は先程よりも視線を鋭くして侠加を観察する。
「おい侠加、てめえ、本物か?」
それは今枝も同じだった。いつでも念動力を発動できるように構えながら侠加に問いかける。
「なに言ってるんデスヨ? こんなプリチィーな姿は本物の侠加ちゃんに決まってるじゃん」
侠加はお道化たように肩を竦めた。見た目はもちろん、仕草や口調も本人と変わらない。だが、それで本物と決めつけるのは危険だ。
だから――
「てめえが本物の侠加なら、合言葉を言え」
「あ、合言葉?」
今枝の指示に侠加は目を丸くしてたじろいだ。
「作戦会議の後、俺たち三人で合言葉を決めたはずだ。俺たちはダンジョン攻略時からほぼ一緒だったから信頼できるってことでな」
「……」
そして、それを提案してきたのは侠加自身である。
「ついでに侠加、お前はこうも言っていた。『怪盗ノーフェイスというくらいだから、変装ができないはずがない。仮に怪盗ノーフェイスが変装するなら、一人で行動することになった自分が一番成り代わり易いだろう。だから本物の自分は戦闘が始まるまでダンジョン最奥部には近づかない』ってな」
稜真と今枝の追及に対し侠加は――フッと体の力を抜いて笑った。
「あーあ、一瞬で見抜かれるなんて、なかなかやるじゃん」
侠加の姿が変わっていく。セーラーワンピからレーシングスーツのような革製のツナギへ。髪は漆黒に染まり、顔にはなんの装飾もない純白の仮面が現れる。
怪盗ノーフェイスだ。
「大沢! 紗々! 戦闘準備!」
「了解!」
「にゃ!」
一気に緊迫する稜真たち。下手に戦って水晶を破壊してしまうと大爆発ということもある。ノーフェイスはそれを知ってか知らずか余裕の佇まいだ。
「怪盗ノーフェイス、てめえを逮捕する!」
今枝の言葉が号令となり、稜真たちは一斉に攻撃を仕掛けた。
†
ダンジョン入り口――裏庭の学園長像前。
「くぁ……警備って暇だな」
学園長の銅像に凭れかかって座る相楽浩平は大きな欠伸を漏らしていた。
「霧生の野郎、よくボディガードみてぇな退屈な仕事ができるもんだぜ」
なにも起こらなければただただ突っ立って見張りをするだけのお仕事。待つことが苦手な相楽にとっては非常に退屈でしかなかった。
早くノーフェイスの野郎来やがれ、と思っていると――パァン!
股の間の地面に一発の銃弾が減り込んだ。
「どわっ!? なにしやがる龍泉寺てめえ!?」
飛び起きた相楽は顔を上げて睨んだ。学舎の屋上から狙いをつけている狙撃手は、不機嫌そうな顔で大声を出す。
「真面目にやりなさいよ浩平くん! 油断してると死ぬわよ!」
「お前に撃たれてな!?」
相楽だって敵が来ればちゃんとやるつもりである。というか、夏音も暇すぎて手持ち無沙汰だったからむしゃくしゃして相楽を撃った説。濃厚すぎる。
「あの、一応深夜なのであまり騒がしくしない方が……」
まあまあと二人を仲裁する緋彩に免じて相楽はそれ以上嚙みつくのをやめた。
と――
「……」
辻村がなにかに反応して学園長の銅像を見た。
「ん? どうした辻む――ッ!?」
すると――ゴゴゴゴゴゴゴ!
入る時は落とし穴のようにパカリと空いた地面が、ゆっくりとスライドして開いていく。
「だ、ダンジョンの入口が」
「……」
緋彩が護符を、辻村が角と鬼火を出す。この場の全員が警戒する中、ダンジョンの入り口からにゅっと出てきた存在を見て相楽は瞠目した。
「なっ!? てめえは……ッ!?」




