四章 再戦!怪盗ノーフェイス!(1)
この世界の月は自力で発光している。それは魔力を帯びているためであり、普段は白い光だが、年単位の周期で一日だけ他の色に変わる日があるという。
それが今夜。色は予告状に書かれていた通りの――黒。
月蝕でもないのに黒い月なんて不気味すぎるが、異世界だからそういうものだろうと稜真は納得する。それよりも怪盗ノーフェイスが今夜のいつ、どこから学園に侵入するのかわからないことが問題だった。予告状にはそういうことが一切書かれていないのだから。
「怪盗対策会議を始めるわよ!」
教室に戻って早々、仕切りたがりの夏音が教壇に立ってそう宣言した。
「緋彩さんは書記をお願いね」
「は、はい! わかりました!」
「ほらほら、他は早く座った座った!」
夏音は緋彩以外の面々が各々の席に着いたことを確認すると、満足げに頷いてからわざとらしく指でコンコンと教卓を小突いた。
「まず、怪盗ノーフェイスの能力についてわかってることを挙げてちょうだい」
稜真は腕を組んで瞑目する。あの夜、ルルンの街で戦った時を思い出す。
展望台に出現した怪盗ノーフェイスは、稜真たちの攻撃をかわして水路へと逃げ込んだ。ボート以上のスピードで潜水し、魔法弾などで稜真たちを翻弄しつつ迎賓館に侵入。警備をしていた勇者クラスと交戦するが、まんまと青真珠を盗まれてしまった。
「身体能力はかなり高かった。俺たち〝超人〟ほどじゃないにしろ、達人級ではあるな」
「ああ、戦い慣れしてやがった。単純な殴り合いなら負けねえが、搦め手で攻められちゃ厄介だぞ」
「……にゃ。道具も使う。臭い玉は死ぬかと思った」
「魔法も凄かったよ。魔法弾に水流に氷。種類はあまりなさそうだけど、どんな応用をしてくるかわからない」
「そうですね。なによりも魔法の対策をしないことにはまた出し抜かれそうです」
「魔法もだが、問題は奴の分身だ。実体がある上に破壊すると魔法が発動する。チッ、ただの幻術ってわけじゃねえぞありゃあ」
「仮面の下は美人さんでしたヨ!」
「……」
稜真たちは怪盗ノーフェイスと戦ってみて各々感じたことを口にした。それらを緋彩が掻い摘んで黒板に箇条書きしていく。
「なるほどなるほど、こうしてまとめるとあたしたちが初見で負けるのも頷ける強敵だったってわけね」
夏音は緋彩がまとめた怪盗ノーフェイスの能力を見て唸った。勇者クラスの非常人九人+お世話係三人を相手にした上で青真珠を盗んだのだ。稜真たちが過信から油断していたことを差し引いても手強い相手である。
「もし分身が技術だとすれば、魔法は水と氷に絞って考えてもよさそうじゃないか?」
稜真が顎に手をやってそう提言する。魔法の種類が多くないようなら、その二つの属性を対策するだけでかなり戦い易くなるだろう。
「稜真くんは分身が魔法じゃないって思ってるのね?」
「ああ、元の世界に忍者の知り合いがいてな。そいつは〝超人〟なんだが〝術士〟かと思うレベルの技術を使う。分身もできた」
「ああ、そういや零課と提携してる秘密結社にもそういう奴がいたな。伊賀の里の出身だとかなんとか」
「さらっと秘密結社とか出てくる辺り警察の闇が深いデスヨ……」
今枝の言葉に侠加が顔を青くした。稜真としても警察と秘密結社が裏で繋がっているなんて異世界じゃなかったら知りたくなかった事実である。
黒板に『水と氷・注意』と書いた緋彩がおずおずと挙手する。
「あの、決めつけで考えるのはよくないと思います。魔法でも技術でも分身が厄介なことには変わらないかと」
「神凪の言う通りだな。だが、一度見た技ならいくらでも対策できんだろ。奴が他にどんな技を隠してやがるのか。オレらが想定すべきはそこだ」
「あら? 珍しく冴えてるわね浩平くん。ハッ! まさ怪盗ノーフェイスの変装!?」
「なんでだよ!?」
「稜真くん! 浩平くんのほっぺを引っ張って!」
「了解」
「ふざけんなきりゅんほふひゃほふほほおおう!?」
「本物のようね」
「てめえら覚えてろ!?」
容赦なく稜真に抓り上げられた相楽は片頬を真っ赤に腫らしていた。
「えーと、簡単にまとめると」
と、大沢が黒板を眺めながら指を一本ずつ立てる。
「水と氷の魔法と搦め手に注意。分身は実体があるから破壊しないといけないけど、その後で魔法が発動する可能性もあるからやっぱり注意。あとボクたちに見せていない技があると仮定して、できる限り想定しておくこと――って感じかな?」
「ええ、一旦はそれでいいわ。みんなちゃんと忘れないように板書しといてよ。テストに出るから」
「なんのテストだよ」
実際今夜には使うことになるだろうから、それがつまりテストなのだろうかとテキトーなことを考える稜真だった。
「じゃあ次は今夜の配置を決めるわよ。ていうか、あたしが独断と偏見でもう決めてるわ」
「おい」
相楽が手でツッコミを入れるが、夏音は構わず続きを述べる。
「今回はチームを三つに分けるわ。まずAチームはダンジョン入口の警備。メンバーはあたし、緋彩さん、浩平くん、辻村くん」
「理由を聞いても?」
稜真が訊ねると、夏音はふふんとドヤ顔で胸を張った。
「簡単よ。狙撃手のあたしと大技が得意な緋彩さんは外の方が本領を発揮できるでしょ? 前衛には誤射や誤爆してもまあ大丈夫でしょってことで浩平くんと辻村くんをチョイスしたわ」
「待てコラ」
「……」
相楽と辻村がとても不服そうな顔で夏音を見る。が、そんなものがこの独裁者に届くはずもなかった。華麗にスルーされる。
「続いてBチームはダンジョン最深部――宝物庫の警備。こっちは稜真くん、來咲さん、紗々ちゃん、大沢くんの四人ね」
「うん、俺も護衛対象の傍の方が守り易い」
「まあ、妥当だな」
「……にゃ」
「バランスはいいと思うよ」
残りの面子から考えればそうなるだろう。ただ、勇者クラスは九人。四人ずつ分かれると一人余ってしまう。
「あの、カノンっち、侠加ちゃんはどうすればいいんデスヨ?」
キョトリと小首を傾げて余り者の侠加が質問した。
「侠加さんには遊撃隊として動いてもらうわ。怪盗の経験を活かしてノーフェイスが来ると予想できるところに自由に行ってほしいの」
夏音はこう見えて馬鹿ではない。人選もテキトーそうでちゃんと考えられている。
「遊撃隊! なんかカッチョイイ響きデスヨ! おっと、さっそく共用大浴場の女湯に現れる気がしてきた! じゃあ行ってきま――」
「行かせるか変態が!」
「ぐえっ!?」
教室を飛び出そうとする侠加の首根っこを今枝が念動力で掴み抑えた。本当に侠加一人で遊撃隊をやらしても大丈夫なのか不安になる稜真である。
「というわけで、各々準備は怠らず、日が落ちる前に配置についておくように! 解散!」
パンパン! と夏音が柏手を打ち、勇者クラスの会議は終了した。日没までそれほど時間はない。せめて武器の手入れくらいは入念にしておこうと稜真が寮へと戻ろうとしたところで――
「リョウマっち、クルっち、ちょっといいデスヨ?」
隠れるような小声で呼ばれる。振り返ると、侠加が教室の隅っこで普段はあまり見ない真剣な表情をして手招きしていた。




