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三章 魔王の遺産(4)

 転がり迫る爆弾大岩から簡単に逃げ切れるほど、この大迷宮は侵入者に優しい造りではなかった。

 今枝が念動力で大岩を止めていれば歩いても問題ないかと思っていた。だが、通った先々で新しい大岩が落ちて転がってくるもんだから流石に止め切れなかったのだ。

 しかもそれだけじゃなく――

「リョウマっち右! カノンっちは上から来るよ!」

 侠加の声に稜真は緋彩を抱えたまま上半身を逸らし、夏音は咄嗟に横へ飛んだ。すると稜真の鼻先を矢が掠め、夏音がさっきまでいた場所にプレス機のような柱が落ちてくる。

「あっぶな」

「ナイスよ侠加さん!」

 爆弾大岩だけじゃなく、この通路にも至るところに罠が仕掛けられていたのだ。それをどういうわけか罠の配置を一目で看破できる侠加が指示することで回避している。本人になぜわかるのか訊くと「ヤハハ、怪盗の勘デスヨ♪」だそうだ。面倒臭いからそれ以上の追及はやめた稜真である。

「ぐっはケツに槍がっ!?」

「サガラっちごめん指示が遅れちった! てへぺろっ♪ でも槍の方が折れてるからだ大丈夫デスヨきっと!」

 グッとサムズアップとウィンクでミスを誤魔化す侠加。相楽が〝超人〟じゃなかったら串刺しだったわけだが、盗賊スキルもとい怪盗スキルも万能ではなさそうだ。

「相楽くん、やっぱりボクは自分で走るよ!」

 相楽に抱えられている大沢が困った顔でそう提案する。が、相楽は前を向いたまま大沢を放そうとしない。

「アホか! 体は常人と変わらねえ〝術士〟がオレらについて来れるかよ!」

「えっと、術で身体強化すればたぶん多少は」

「ただ逃げるだけでそんな疲れそうな真似すんな! いいからオレに掴まってろ!」

「相楽くん……」

 上目使いで顔を赤くする大沢に、相楽はフッとクールに笑って見せた。

「ブフッ!? サガラっちがなんか格好つけてるけど、お尻痛くてガニ股で走ってるから全部台無しデスヨ!」

「うっせぇてめえは罠の警戒だけしてろ!?」

 思いっ切り噴き出した侠加に相楽は恥ずかしそうに吠えた。だが、その吠えた先に侠加はおらず、ただ通路の壁が見えるだけだった。

「ホント、〝超人〟はつくづく不便だよな」

「まったくデスヨ」

 そう、罠を頑張って避けているのは稜真と夏音と相楽だけなのだ。今枝は自身を念動力の壁で覆って浮遊し、侠加は空気に変化して全ての罠を物理的に擦り抜けている。空気なのにどうやって発声しているのかは謎だ。ちなみに紗々も罠は回避しているが、持ち前の野性的察知力で悠々とかわしている。

「來咲さん! そのサイコバリアーって全員に張れないわけ!?」

 両側から噴き出す火炎放射をジャンプでかわした夏音は流石に堪らなくなったらしい。後ろの今枝に向かって声を荒げた。

 今枝は涼しい仏頂面で――

「やれんこともないが疲れるから却下だ。ウチは後ろの岩も追いつかれないように制御してんだぞ? てめぇらでどうにかしろ」

「ずいぶん余裕そうに見えるけど!?」

 夏音は不満そうだが、稜真的にはこのままで構わない。今枝がどれだけマルチタスクで念動力を使えるか知らないが、全部彼女に任せてしまうとバリアーの強度も下がるだろうし、移動速度も落ちるはずだ。そうなると一発で全滅の危機まであり得る。

 すると、先頭を走っていた紗々の猫耳がピクリと反応した。

「にゃ。風が変わった」

 呟いた紗々が走る速度を上げる。一応夏音や〝異能者〟たちの速度に合わせて走っていたわけで、これ以上加速すると彼女たちがついて来られなくなる。

 どうしたのかと思ったその時、稜真の視界から紗々が消えた。

 その理由はすぐにわかった。

「稜真さん、あそこに横道があります!」

「ああ、みんなこっちだ!」

 緋彩が指差した先に通路の分岐となる道があった。そこに入れば後ろから迫る大岩からようやく解放されそうだ。

 全員が横道に飛び込む。その直後に大岩が後ろを通り過ぎ、数秒後に大爆発の音が大迷宮内に轟いた。あのまま真っ直ぐ走っていたら行き止まりでゲームオーバーだったようだ。危ないところである。

 それより問題はこの横道――いや、通路ではない。

「なんだここは?」

 そこは光る苔が群衆しているせいか異様に明るい、ドーム状の大部屋だった。周囲と天井は土の壁で覆われているが、地面には異様な光景が広がっていた。

「地下迷宮の中に、花畑?」

 稜真はその光景を見渡す。太陽の光など届くわけがないのに、大部屋の中には多種雑多な草花が所狭しと繁っているのだ。

「綺麗だけど、不思議な場所ね」

「なんだか甘い香りがします」

 夏音が稜真と同じように辺りを見回し、やっと地面に下ろしてもらった緋彩が鼻をすんすんさせた。相楽たちも同様に困惑している様子だ。

 先にこの部屋に入ったはずの紗々はというと――

「……にゃ」

 稜真たちに背を向け、なにやらぼーっと立ち尽くしていた。

「紗々ちゃん?」

 夏音が呼びかけてその小さな肩に手を置こうとした――瞬間、いきなり紗々は地面を蹴ってダッシュした。

 紗々は草花を踏み倒しながら真っ直ぐに疾走していく。

「あそこのベッド、ふかふかで寝心地よさそう。にゃ」

「あ? ベッドなんてどこに――って!?」

 眉を顰める今枝が、いや、稜真たちも同時に驚愕した。


 走っていた紗々が、チューリップに牙を生やしたような巨大植物の花弁へと()()()()()()()からだ。


「なにしてんの紗々ちゃん!?」

 紗々の奇行に慌てて稜真たちは駆けつける。花弁の中から足だけ出してぐでんと脱力た紗々は、なにやら気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らしている。

 その花弁、牙みたいな棘がめっちゃ生えているのに痛くないのだろうか?

「ササっち、それベッドじゃないデスヨ! なんか気持ち悪い花デスヨ!」

 侠加が紗々の足を引っ張ろうとするが、それを蹴り弾いて紗々は完全に怪植物の花弁の中に入ってしまった。だがすぐに体を反転させて顔だけ外に出す。まるでベッドに入って布団を被っているかのような体勢。そして心地のよい表情。絵面はシュールだ。

「き、気のせいか? オレはこの花に見覚えがあるんだが……うっ、痒くなってきたぜ」

 相楽が自分を抱き締めるようにして手をわしゃわしゃする。

「はみはみ草、だよな? それにしてはでかいし模様も違うような……」

 稜真たちが森で見たはみはみ草は赤一色の花弁をしていて、全体でニメートルほどだった。なのに、紗々を咥えているそれは花弁の部分だけでもニメートルを越えている。しかも黄色に斑模様でずっと見ていると平行感覚がおかしくなりそうだ。

「あっ、そういえばフロリーヌから聞いたことがある」

 と、大沢がなにかを思い出した。

「はみはみ草にもいろいろ種類があって、中には危険だからって栽培を禁じられてる種もあるらしいよ。その特徴がこれにそっくりなんだけど……えーと」

 大沢は顎に手を持って行き、召喚者のフロリーヌから聞いた話を一つずつ言葉にしていく。

「確か、『極楽はみはみ草』って名前だったかな。甘い香りで人や動物に欲望を刺激するような幻覚を見せて誘い込み、一気にがぶっと――」

「た、食べちゃうんですか!?」

「甘噛みするんだ」

「やっぱり甘噛みなんだな」

 稜真はひとまず安心した。青褪めていた緋彩はポカンとしている。

 つまり紗々にはこの怪植物がベッドに見えていて、だからこんなにも安らいだ表情をしているのだろう。一番に部屋に入ってしまったこともあるが、紗々は稜真たちより嗅覚が鋭い。そのせいで幻覚の効果が早く出てしまったようだ。

「甘噛みって……じゃあ別にやばくはねえだろ? こいつから幻覚剤でも作れるとかか?」

「違ぇぞ今枝。経験者は語ってやる。こいつにはみはみされるとな、粘液で全身が死ぬほど痒くなるんだよ! うっわ思い出したひぃーっ!?」

 思い出し痒みを発症した相楽は顔を苦渋に染めてその辺を転がり始めた。アレも極楽はみはみ草による幻覚じゃないことを祈る稜真である。

「いや、幻覚剤とかは作れないし、粘液にもそういう効果はなかったはずだよ。なんだったかな? 確かに危ない理由が他にあったはずなんだけど」

「おいおいそこが重要だろ。思い出せ大沢」

 今枝に急かされるが、大沢は俯いて「う~ん」と唸るだけでもうしばらくかかりそうだ。

「なんにせよ危険なんだろう? だったら先に紗々を助けるぞ」

「そうよ。ほら紗々ちゃん、そこから出て――」

「シャーッ!」

 引っ張り出そうと伸ばした稜真と夏音の手を、紗々は鋭い爪で思いっ切り引っ掻いた。その切れ味を稜真たちは知っている。咄嗟に手を引っ込めなかったら二人とも手首から先がなくなっていただろう。

「さ、紗々さんが人慣れしてない野良猫みたいに!?」

 緋彩が再び青褪める。人慣れしてない上に寝床を守るため殺意剥き出しだった。これでは下手に近づけそうにない。

 大沢がハッと顔を上げた。

「思い出した! この花が危険だと判断された理由。恐ろしいことにそれは――」

「それは?」

 ごくり、と稜真は唾を呑み込む。

「甘噛みが絶妙に人体のツボを刺激して、最高のマッサージみたいになって気持ちよくて出るに出られなくなるんだよ! 通称『人をダメにする花』って言われてるらしいよ!」

「そういう危険!?」

 命の危険どころか寧ろ健康になりそうだった。

「んにゃ~♪」

「見て、あの紗々ちゃんがマタタビもないのに緩み切った顔をしてるわ」

「そりゃやべーな……」

 夏音と今枝がげんなりした目で幸せそうな紗々を見る。これにはみはみされると稜真たちもこうなってしまうのだろうか?

「はあ、やっと治まったぜ……」

 思い出し痒みから解放された相楽が戻ってくると、はみはみマッサージの魔力に囚われた紗々を見てやれやれと肩を竦めた。

「馬鹿みたいだが、確かにこいつは恐ろしいな。オレたちも気をつけ――あんなところに水着姿の綺麗な姉ちゃんが!」

「うっひょグヘヘたまらんデスヨ!」

「待たんかあんたら!?」

 言った傍から別の極楽はみはみ草へと駆け出そうとした相楽と侠加をガッ! と夏音が無理やり引っ掴んで引き戻した。さらにビンタで張り倒して正気に戻す。

「ハッ! ここはどこだ?」

「侠加ちゃんは誰デスヨ?」

「元気そうだな」

 幻覚に惑わされても正気に戻れば後遺症なんかはなさそうだ。とりあえず、稜真たちは鼻を摘まんで甘い香りを防ぐことにした。

「それで、どうしましょう? この部屋ごと全部燃やしますか?」

「あはは、物騒なこと言うね神凪さん……」

 護符を取り出す緋彩に大沢が苦笑する。

「ここは地下迷宮よ。そんなことして逃げ場がなかったら、あたしたちまで丸焦げか一酸化炭素中毒になるわ」

 夏音は首を横に振り、未だお寛ぎの獅子ヶ谷紗々さんを見やる。

「仕方ないから、紗々ちゃんは置いて行きましょう」

「無理に引っ張り出そうとすると腕を落とされるからな」

 猫の引っ掻きレベルで済まないからもう放置するしかない。帰りにまだこの状態だったのなら、その時になにか対策を考えればいいだろう。

「辻村に紗々……〝妖〟組が早々にリタイアするとは意識を変えないとマズイな」

「ええ、この大迷宮はかなりやばいわ。今後は一層気を引き締めていくわよ!」

 稜真たちは草花を掻き分け、極楽はみはみ草に注意しながら慎重に大部屋を横断した。


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