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三章 魔王の遺産(2)

 稜真たちは入念に準備を整えてから本学舎(まだ一部修繕中)の裏庭に集合していた。誰もがリュックサックを担いだ探検スタイルである。

 そこは園芸が趣味だという学園長によってちょっとした農園と化している。地球にもあったようなものから異世界ならではの見たことのないものまで様々な作物が植えられている畑は、先の魔族の襲撃で荒らされているものの、少しずつ手入れを行っている様子が窺えた。

「こんなところに大迷宮の入口があるんデスヨ?」

 キョロキョロと侠加が辺りを見回し、実っていたトマトっぽい作物を勝手に千切って齧った。他の面々も半信半疑な様子で稜真たちを見る。

「あるのは畑と趣味の悪い学園長の銅像だけじゃない。稜真くん、茉莉先生に騙されてたりしないわよね?」

 夏音が裏庭の中央に佇む学園長の銅像をペシペシ叩いた。上半身裸でボディビルダーみたいなポーズを取っている学園長の銅像は、夏音じゃなくても趣味が悪いと思ってしまう。

「その銅像の下に入口があるらしいんだ」

「ふぅん、まあ、定番と言えば定番ね」

 稜真が教えると、夏音は納得したように銅像を叩くのをやめ、勇者クラスの面々を見回した。

「てことで、大迷宮に潜る前に準備の最終確認をするわよ。それぞれ持って来たものを見せてくれるかしら?」

「お? 今回は意外と慎重だな」

「言ったでしょ、あたしだって反省してるって」

 そう言って苦笑する夏音に稜真は感心した。人は失敗を経験して成長する。夏音とて例外ではないらしい。

「じゃあ、稜真くんから見せてくれる?」

「ああ」

 夏音に言われ、稜真は自分のリュックサックを地面に下ろし、中身を一つずつ取り出す。

「まずは聖剣だな。これがないと俺たち〝超人〟は満足に戦えないから必須だ。あとは懐中電灯の魔導具とロープ、何日潜ることになるかわからないから携帯食と水も持って来た」

「模範的な解答ね。面白くないわ。十点」

「模範的でいいだろう!? 何点満点だよ!?」

「百点満点よ」

 低すぎる。模範解答が点数低すぎる。

「次、浩平くん。聖剣はどうせみんな持って来てるからそれ以外を教えなさい」

「あぁ? 聖剣だけありゃいいだろ?」

 相楽は自分の聖剣が収まっているカードだけを手に持ってヒラヒラしてみせた。

「は? あたしたちは大迷宮に潜るのよ? そんな装備で大丈夫なわけないでしょうが! 馬鹿なの死ぬの? 零点!」

「なっ!? 霧生より下だと!?」

 愕然とする相楽だが、そこは妥当だと稜真は思った。いや、この点数評価になんの意味があるのかは謎であるが。

「次、大沢くん」

「ぼ、ボクも食料とかタオルとか、あとはコンパスやマッピングするための紙とペンかな」

 大沢が最後に紙とペンを取り出すと、夏音の目の色があからさまに変わった。

「マッピング! 大迷宮の醍醐味よね。わかってるじゃない、大沢くん。九十点」

「あは、やった!」

 稜真の荷物と大差ないのにやたら点数が高い。

「なあ、霧生、やっぱり龍泉寺の奴なんも反省してない気がするんだが?」

「思いつきのまま突撃しないだけマシになったと考えれば……」

 相楽の耳打ちに稜真もげんなりと溜息をつく。こうなったら夏音の気が済むまでやらせた方が後々面倒にならない。

「はい、男子最後。辻村くん」

「……」

 無言で自分のリュックサックの中身を見せる辻村。そこには携帯食などの他に、ツルハシやスコップ、スパイラルディガーなんてものまで入っていた。長物ばかりだからリュックサックからめちゃくちゃはみ出ている。

「辻村くんは温泉でも掘る気なの? 六十点」

「面白さ重視かよ!」

 相楽が思わずツッコミを入れる。が、夏音は涼しい顔をしてスルーした。

「次は女子ね。緋彩さんから。食料とか水とか飽きたから、今まで出てきてないものだけでいいわ」

「飽きたってお前……」

 そこが一番大事なところだろう。もう稜真は諦めることにした。

「はい、えっと、私は神凪式陰陽道の護符を大量に持ってきました。これだけあればストックが切れて足手纏いになることもないかと思います。皆さんにも通信用の術式を込めた護符をお渡ししておきますね」

 稜真たちは緋彩から一枚ずつ幾何学模様の描かれた護符を受け取った。通信用。なるほど、これを持っていれば仮に迷宮内で離れ離れになっても大丈夫そうだ。

「そうよね。〝術士〟はそういう準備が必要だものね。三十点」

「低いです!?」

 かなり便利なアイテムだったと思うが、夏音基準ではそうでもないらしい。早々に興味を失った夏音は眠い目を擦っている紗々を見る。

「紗々ちゃんはなにか持って来た?」

「……枕。迷宮の中の寝心地を確かめる。にゃ」

「絶対最悪だと思うわよ。八十点」

「いやだから評価の基準どうなってんだ龍泉寺コラ!?」

「相楽、諦めろ」

 稜真は相楽の肩に手を置いて首を振った。これから大迷宮の探索をするのに、こんなところで無駄にエネルギーを使うこともない。

「來咲さんは? なにか面白いもの持ってない?」

「おい夏音、荷物検査の趣旨変わってきてねえか?」

 今枝はジト目で夏音を睨むが、ワクワクニコニコした笑顔に小さく息を吐く。

「まあいいや。ウチが持って来た変なモノといやぁ、こいつだな」

 リュックから今枝が取り出したのは、吸盤状の小さな機械だった。

「來咲さん、それは?」

「前々から魔法工学科の連中に作らせておいた魔導式のセンサーだ。こいつを大迷宮内に仕掛けておけばノーフェイスの野郎がいつ来てもわかるようになる」

 そうか。今回の大迷宮探索は怪盗ノーフェイスに備えるためである。そういうことなら今枝の対策はかなり重要だと言っていい。

 が――

「ププーッ! 怪盗相手にセンサーなんて無駄もいいところデスヨ! 零点!」

「なんでてめぇが採点してんだ侠加! つか、本来はてめぇが勝手にウチらの部屋に侵入しないようにする対策だったんだがな」

「うげ、今度から気をつけないといけませんな」

「まず侵入すんな!?」

 今枝の念動力のゲンコツを侠加はヒラリとかわす。仲がいいのか悪いのかわからないが、そんなことより――

「今枝刑事、今度そのセンサーを俺ら男子部屋にも取りつけてください」

「そりゃ名案だぜ霧生。いつ変態に襲われるかわからないからな」

「あはは、夜寝る前に結界を張るのも大変なんだよね」

「……」

「だから野郎の部屋に侵入してもなんも面白くないデスヨ!?」

 男だって変態から身を守る権利くらいあるのだ。今まで襲われたことなどないけれども、対策はしておいて損はない。

「わーわー喚いているけど、侠加さんはあたしがワクワクするようなもの持って来てるんでしょうね?」

 話を脱線させられた夏音は不満そうに侠加に問う。もはや完全に夏音の趣味百パーセントになっていた。

 侠加は顔の前で立てた人差し指をチッチッチと振る。

「ノンノン、侠加ちゃんは手ぶらでいいんデスヨ。サガラっちと同じく聖剣だけだね」

「はぁ? あなたも大迷宮を舐めてるわけ?」

「ふっふっふ、カノンっちは侠加ちゃんの能力をお忘れデスヨ? 変身能力者は手荷物なんて用意しなくても――」

 侠加は自分の髪の毛を一本だけ抜く。するとそれがみるみる体積を膨らまし、あっという間に瑞々しいリンゴへと姿を変えた。

「なっ!?」

「こんな風に、髪の毛を食べ物に変えたりできるんデスヨ!」

 目を見開いた夏音に侠加はドヤ顔で語った。これには稜真たちも驚きだった。侠加は自分の一部であれば体から離れても能力が使えるようだ。

 興味なさそうな〝妖〟組と、どうやら知っていたらしい今枝だけが平然としている。

「侠加さんの能力は素直に凄いと思うけれど、それ食べられるの?」

「むふふ、試してみるかい?」

「そうね。食べてみるわ。浩平くんが」

「なんでだよ!?」

 侠加は悪戯っ子のような顔になって相楽の下へと歩み寄る。

「はい、サガラっち、あーんして」

「いやいらねえよ!? それてめえの髪の毛だろうが!?」

「今は見た目も中身もリンゴだよ。まあ、時間切れになったら髪の毛に戻るけど」

「髪の毛じゃねえか!?」

 相楽は自分の髪の毛を食わせようとする変態からどうにか逃げ出す。次は稜真たちがターゲットになるんじゃないかと身構えたが、その前に夏音が愉快そうに笑った。

「アハハ、なるほどね。そういうことなら面白いわ。侠加さんには百点あげる」

「オゥ! 満点貰っちゃいましたよ」

「なにも準備してないのに!? だったら夏音、お前はどうなんだよ?」

 ここまで散々面白さで点数を決めてきたのだ。夏音自身もそういう変わった道具かなにかを準備しているはず。

 その予想を裏づけるように、夏音はニヤリと口の端を吊り上げた。

「ふふっ、いいわ。見せてあげる。あたしの百二十点の装備――ピクニックセットを!」

「またかお前!?」

「大迷宮の奥地で今度こそティータイムするのよ!」

「反省しろ!?」

 ダメだこいつ頭ティータイムだ。早くなんとかしないと。

「ほらほら稜真くん、みんなの荷物は見終わったからちゃちゃっと入口開けちゃって」

「くそう……まあ、一応みんな最低限は準備してるようだし」

 相楽と侠加だけが聖剣以外手ぶらであるが、他は夏音に見せなくていいと言われただけで水や食料、探索に必要そうなものはある程度揃えていた。

 ならば、このまま潜っても問題はあるまい。相楽と侠加だけは自己責任だ。

「押すぞ」

 稜真は銅像に両手をつき、ぐっと力を入れる。

 だが――

「ぐっ、なんだこれ、ビクともしないぞ」

「おいおい、〝超人〟の霧生が押しても動かねえとか、どうなってやがんだ?」

 今枝が僅かに瞠目する。稜真が力加減を誤ったわけではない。なんなら銅像が壊れてもいいような力で押してみるが、やはり一ミリたりとも動かなかった。

「相楽、悪い、手伝ってくれ」

「ハッ、だらしねえなぁ霧生は」

 援軍を呼ぶ。頼られた相楽はどこか嬉しそうに稜真の隣に並ぶと、二人揃ってふん! と銅像を押し込む。

「ぐぐぐぐぐぅ」

「うぉおおおおおおおおっ!」

 しかし、〝超人〟二人合わさったパワーでも銅像を押しやることは叶わなかった。

「なんだよこれ、マジで動かねえぞ」

「本当にこの下に入口があるのか?」

 ここまでだと流石に疑問になってくる。だが、ただの銅像ではないことは確かだ。

「押してダメなら引いてみるか」

「スライドって可能性もあるな」

 稜真たちが一旦押すのをやめてあれこれ考えていると――

「あれ? こんなところにスイッチがあるデスヨ。ポチッとな」

 銅像の裏に回った侠加が発見したなにかのスイッチを躊躇いなく押してしまった。


 瞬間――ゴゴゴゴゴゴゴ!


 なにかの仕掛けが作動したような駆動音と共に、裏庭の地面が大きく揺れる。

「なんだ? 地震――」

 バカリ、と。

 稜真の足下から地面の感覚が消えた。裏庭自体が蓋を押し込んだように下がり、滑り台みたいにそこにいた全員を大迷宮の中へと滑落させる。

「どわぁああああああああッ!?」

「きゃあああああああああッ!?」

 誰の物ともわからない悲鳴が轟き、勇者たちを呑み込んだ裏庭の地面は何事もなかったかのように元に戻るのだった。


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