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二章 狙われた青真珠(5)

 翌日。

 勇者クラスの初めての課外活動は失敗に終わり、誰もが不貞腐れながらフォルティス総合学園へと戻った。

 あの後、すぐに辻村と緋彩が自力で氷から脱出した。緋彩が炎の術式で他の皆を解放し、動ける者が怪盗ノーフェイスを追ったのだが、結局逃げた痕跡すら見つからなかった。

「お風呂……嫌いだけど今だけは入りたい。にゃ」

 学園に戻るや否や、嗅覚が完全にマヒした紗々はフラフラしながらも馬車から飛び降りた。紗々の悪臭は軽く水浴びをした程度ではどうにもならなかったのだ。馬車の中だと臭いが大変なことになるので、ずっと屋根で寝そべってもらっていたのは追い出したみたいで悪い気もしている稜真である。

「……寮の大浴場、使える?」

「すぐに準備するだ」

 青い顔の紗々に言われ、エリザベータがドシドシと大急ぎで寮の方へと駆けて行った。その後を紗々もよろけながらついていく。

 稜真たちも馬車から降りる。

「それではわたしたちで馬車を戻しておきますので、リョウマ様たちも寮でお休みください」

「ああ、頼む。それが終わったらシェリルも休んでくれていいからな?」

「わたくしの目がないからとヒカリ様にちょっかいかけたら許しませんのよ!」

「あはは、大丈夫だよ、フロリーヌ」

 馬車を返却するために馬屋の方へと向かうシェリルとフロリーヌを見送り、稜真たちは一旦その場で輪になって集合した。

「つーか、なにもんだったんだあの怪盗?」

「完全に私たちの負け、でしたよね……」

「でもこれで侠加ちゃんの疑いは完全に晴れたわけデスヨ」

「そいつはもうどうでもいい。問題は、今後どうやってあのコソ泥をパクるかだ」

「來咲さんの言う通りよ! やられっぱなしじゃあたしの虫唾がフルマラソンだわ!」

「……」

「うーん、流石にもう遠くに逃げられちゃってないかな?」

「とにかくまずは茉莉先生に報告……しないわけにはいかないよな。誰がする?」

 稜真が言うと、全員が顔をバッ! と勢いよく逸らした。それはそうだろう。初めての課外活動と言っても、それは稜真たちが学園とは関係なく勝手にやらかしたことなのだ。絶対に怒られる。

「侠加ちゃんはササっちのお風呂を手伝ってきまーす!」

 有無を言わさず真っ先にダッシュで逃げ出したのは侠加だった。

「きょ、侠加さんだけに任せちゃ紗々ちゃんが危ないです! 私も一緒に行きます!」

「いやいや、緋彩さんが行っても同じだと思うわよ? だからあたしもお風呂! ほら、來咲さんも!」

「あぁ? ウチは別にって無理やり引っ張んな夏音!?」

 あっという間に女子たちがいなくなった。ホント、あっという間。〝超人〟の稜真でも止める暇がないくらい一瞬だった。

 残ったのは男子四人だけ。

「仕方ない。俺たちだけで報告するか」

「あの、霧生くん、辻村くんがいないんだけど」

「いつの間に!?」

 と思ったら辻村が消えていた。つい二秒前まではいたような気がしたのだが、勇者クラスの面々は逃げ足も迅速すぎる。

「はっ、オレもパスするぜ。報告なら霧生一人で充分だろ」

 くだらなそうに去っていく相楽だが、その動きを読んでいた稜真は即座に彼の首に腕を回した。

「ぐえっ!? なにしやがる霧生!?」

「相楽、俺たち親友だろ?」

「やめろ放せそんな都合のいい時だけの言葉で茉莉ねえにぶっ飛ばされて堪るかぁあッ!?」

 暴れようとする相楽だが稜真はがっしりと間接も極めて封じた。絶対逃がさない。こいつだけは絶対に逃がしてナルモノカ。

「あはは、もう諦めて三人で怒られようよ」

「大沢はいい奴だよな」

「嫌だ!? 絶対オレだけ茉莉ねえから雷落とされる奴じゃねえか!?」

 逃げようとしない大沢だけが勇者クラスの良心かもしれないと思う稜真だった。


        †


「話は聞いているわ」

 職員室に入ると、腕を組んで仁王立ちした舞太刀茉莉が険しい顔で待ち構えていた。もうそれだけで回れ右したくなる稜真たちだったが、今さら逃げられるわけもないので素直に頭を下げた。

「館長さんから連絡があったわよ? 『ディープムーン』をまんまと盗まれた上に、迎賓館をめちゃくちゃにしたらしいわね?」

「……」

「……」

「……」

 これは頭を下げるだけじゃ足りない。

 三人は全力で土下座の姿勢を取った。

「でも茉莉ねえ、そのめちゃくちゃにした大体の原因はノーフェイスって奴でごぶふおッ!?」

「言い訳を聞くつもりはないわ、あと、茉莉()()でしょ?」

 上げようとした頭を踏みつけられた相楽はミシリと床に顔が減り込んだ。それを土下座の姿勢のまま横目で見ていた稜真は、一瞬ブルリと震えてから畏れながら口を開く。

「俺たちは、まだ負けたとは思っていません」

「ほう? どういう意味かしら、霧生稜真?」

 茉莉先生の圧力が言葉となってのしかかる。稜真は顔を上げず、ノーフェイスと戦った経緯を詳細に説明した。

「ノーフェイスは最後、俺たちに『不合格』だと言ってきました。思い起こせばどことなく俺たちを試すような戦い方をしていたように感じます」

 氷で閉じ込めたのなら、そのまま砕いてしまえば命を断てる。氷の棘も急所だけは防げるような『甘さ』だった。

 あれほど派手に暴れておきながら、怪盗ノーフェイスは稜真たちを殺すつもりがなかったとしか思えない。

「それに奴は最後、わざわざ隠していた顔を見せました」

 勇者クラスの実力を測るつもりだったのなら昨夜の戦いでは不十分だろう。昨夜は『不合格』だったのかもしれないが、それが勇者クラスの『全て』だと驕る程度の実力者ではなかった。

 顔を見せたのは恐らく、挑発。

「怪盗ノーフェイスはまだ近くにいて、必ず再び俺たちの前に姿を現すはずです」

 探してみろ。捕まえてみろ。取り返してみろ。

 稜真にはそう言われているようにしか思えなかった。

「……あなたたちの敗因は、その怪盗ノーフェイスが数枚上手だったってこともあるけれど、なによりこの世界の『魔法』を甘く考えていたせいよ」

「そんなこと――」

 否定しようとした大沢を、稜真は手で制する。茉莉先生の言ったことは事実だからだ。

「頭では魔法を見下しているつもりはなくても、やっぱりどこか自分たちの世界の『非常識』と比べているところがありました」

「なるほど、霧生稜真はわかっているようね」

 茉莉先生の表情が少し柔らかくなる。

「そう、あなたたちは魔法を『学生レベル』でしか知らない。だから大したことないと無意識に感じてしまい、ひいてはこの世界には自分たち『勇者』に届き得る人間などいないと錯覚していたのよ」

 強力な魔法を見ていないわけではない。だがそれは魔族が使っていた。人間が聖剣なしでは敵わない魔族だから特別なのだと思っていた。

「あなたたちは強いわ。それは間違いないことよ。でなければ勇者としてこの世界に召喚なんてされないもの。でも、よくある小説や漫画みたいに『勇者=最強』だと己惚れないように。上には上がいることを知りなさい」

 痛感している。日本人で勇者だが、既に茉莉先生という上が目の前にいるのだ。

「私だって、正直聖剣なしで学園長と一対一で勝負したら三回に一回は負けるわね」

 それは結局茉莉先生の方が強いということではないだろうか?

「俺たちにチャンスをください。今回の失敗をバネにして、次は必ずノーフェイスを捕まえて見せます!」

「お願いします!」

 稜真と大沢はさらに深々と頭を下げた。相楽はこれ以上下がらないくらい減り込んでいるし、さっきから反応がないのでたぶん気絶しているのだろう。

「今の話、ここにいない子たちにも伝えておきなさい」

 茉莉先生は最初の怒りが消えた穏やかな口調でそう言うと、おもむろに胸の谷間へと手を突っ込んだ。男子学生の前でそれはやめてもらいたい。

 取り出されたのは、一枚のカード。


「実はね、怪盗ノーフェイスからあなたたち宛ての挑戦状が届いているのよ」


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