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二章 狙われた青真珠(4)

 水路から飛び出した稜真は迎賓館の裏手に着地した。

「……くそっ、ノーフェイスはどこだ!?」

 迎賓館の方から聞こえた戦闘音と夏音の狙撃音が警護班との衝突を物語っている。今は静かになっているから上手く捕縛したのかもしれないが、相手は得体が知れない。万が一の事態も想定しておいた方がいいだろう。

「ウチらは表に回る。裏口は任せたぞ」

「挟み討ちだぁ! ヌォオオオオ!」

「うるさい黙れ」

「クルっち酷い!?」

 念動力で浮遊している今枝とフクロウに変身している侠加は入口の方へと飛んで行った。稜真は頷くと、びしょ濡れになった服を軽く搾ってから裏口へと走る。

「ん? なんか臭う――おわっ!?」

 なにかに躓いた。

「なん……ッ!?」

 つんのめった稜真は躓いた原因を見て絶句した。

 それは人間だった。小柄な体に銀の髪、赤いブレザーを纏った猫耳尻尾の少女が鼻を押さえて倒れ、ピクピクと痙攣していたのだ。

「――って紗々ぁあッ!?」

 稜真のクラスメイトである獅子ヶ谷紗々だった。

「どうした紗々!? なにがあっくっさ!?」

 稜真は咄嗟に彼女の上体を起こして呼びかけようとしたが、鼻を刺激した腐臭に思わず手を放してしまいそうになった。

 臭い。めちゃくちゃ臭い。女子には失礼だけども臭い。どれだけ臭いかというと、シュールストレミングとクサヤとカソ・マルツゥを掻き混ぜて百倍に濃縮したようなヤバさ。

「……みにゃあ」

 力なく鳴く紗々は、この臭いにあてられて行動不能になったのだろう。意識が混濁している。間違いなく怪盗ノーフェイスの仕業だ。

「もうちょっと我慢してくれ、紗々」

 稜真は視線を迎賓館の窓に向けた。あのまま〝超人〟の速度で走り抜けたら気づかなかったが、窓ガラスが割られている。怪盗ノーフェイスが侵入した形跡だ。

 稜真は紗々をそっと寝かせると、割れた窓から迎賓館の中へと突入した。

「こ……れは……?」

 そこは丁度『ディープムーン』の展示ホール。しかし嘘のように静かで、異様なほど()()()()

 まるで業務用の冷凍庫に入ったような感覚。窓から差し込む月明かりでキラキラとダイヤモンドダストが煌めいている。そして展示ホールの至るところに、芸術的な氷の柱がいくつも聳えていた。

 昼間、当たり前だがあんな氷は展示されてなどいなかった。

「……冗談だろ」

 近くの氷の柱に近づいた稜真は、その中にウォー・ハンマーを構えた相楽浩平が閉じ込められているのを見て現実を一瞬理解できなかった。

 警護班全員が、氷の柱に封じられている。

 一騎当千の勇者クラスが四人もいたにも関わらず、だ。稜真でなくともこの光景を見れば冗談だと思ってしまうだろう。

「おい、これは一体どうなってやがる?」

「わっひゃあ!? みんな氷漬けになっちゃってるデスヨ!?」

 入口から展示ホールにやってきた今枝と侠加もあり得ない光景に驚愕していた。

「わからんが、みんなノーフェイスにやられたってことは間違いないだろうな」

 稜真は二階部分の通路で凍っているシェリルを見て歯噛みした。守ってやると約束したのにこのザマである。

 この場にいなかった、など言い訳にもならない。

「後悔は奴を捕えてからにしろ」

 今枝が警戒の色を強めた声色で言う。彼女は展示ホールの奥を睨んでいた。そこには青真珠を手にしたレーシングスーツの女が白面をこちらに向けていた。

「怪盗ノーフェイス!」

 稜真は唸り、日本刀と拳銃を構える。この氷が魔法によるものなら、奴を倒せば溶けるかもしれない。

「……」

 怪盗ノーフェイスは静かに稜真たちを見据えると、その身体が四つに()()()

「分身!? 幻術か!?」

 四体のノーフェイスの内、三体が稜真たちへと飛びかかって来る。本物は高みの見物を決め込んでいる一体か、それともフェイントをかけて飛びかかってきた三体の中か。

 見分けはつかない。

 ご丁寧に青真珠まで分身しているのだ。

 存在の気配も同一。

 いや、これは――

「チッ!?」

 稜真は分身が放った回し蹴りを紙一重でかわした。空気が押し流れ、蹴りの直撃を受けたホールの柱が小枝のように砕け折れる。

 本物かと思ったが、違う。

 今枝や侠加を襲撃した残りの二体にも実体がある。幻術には違いないだろうが、それだけの技ではなさそうだ。

「だったら――」

 稜真は姿勢を低くして疾走してくる分身に、こちらも日本刀を刺突に構えて突撃する。自身が一本の矢となって走る稜真が分身を貫く――直前。

「その分身に触れちゃダメ!?」

 展示ホール内に銃声が三つ轟いた。

 眉間を正確に撃ち抜かれたノーフェイスの分身たちが爆発する。だがそれは熱もなければ衝撃もない。凍えるほどの冷気が解き放たれ、透き通るほど美しい氷が周囲の空気ごと一瞬で包み込んだのだ。

「なっ!? 分身が氷に!?」

 展示ホールの窓から狙撃した夏音があと少しでも遅れていたら、稜真もシェリルや相楽たちの二の舞になるところだった。

「なるほど、全員コレにやられたのか」

「カノンっち助かったデスヨ」

〝異能者〟の二人も間一髪だったようだ。

「あいつは実体のある分身を生み出せる上に魔法を仕込めるみたいよ。非常に厄介だわ。三人とも気をつけなさい」

 窓越しに夏音から忠告を受ける。彼女は展望台から警護班が全滅するところを見ていたから知っていたのだ。実体のある分身体ですらとんでもないというのに、そこに魔法が仕掛けられていたとなるといくら稜真たちでも初見で回避することは不可能に近い。

 いや、魔法に疎い稜真たちだからこそ初見殺しと成り得たとも言える。

「……」

 稜真たちを仕留められなかったノーフェイスは無言。焦った様子も悔しそうな様子もない。感情どころか魔力や気の乱れも伝わって来ないとなると、本当に人間なのか不気味に思えてくる。

「タネがわかればこっちのもんデスヨ!」

 侠加が片腕を炎の鞭に変身させてノーフェイスに振り下ろす。無謀かもしれないが、流石にさっきの今で油断するほど彼女もマヌケではない。

 ノーフェイスは炎の鞭を高く飛んでかわす。

 そこに――

「――くたばれ」

 今枝が念動力で圧縮した空気の槍を飛ばす。内部で対流しているのか青白いプラズマまで発生させたそれに、ノーフェイスは銃の形にした指から放った魔法弾をぶつける。

 しかしエネルギーが違い過ぎる。相殺目的ではなく、軌道を逸らしたらしい。ノーフェイスの脇を掠めた空気の槍は展示ホールの壁を穿って巨大な風穴を開けた。

 舌打ちする今枝に代わり、プラズマの陰に隠れて接近していた稜真が日本刀を袈裟斬に振り下ろす。冷静にバックステップで避けられるが――

「遅い!」

 その時には左手の拳銃が火を吹いていた。

 乾いた破裂音と共に射出された聖剣の弾丸は、しかしノーフェイスは上体を背中側に九十度近く折り曲げて回避した。

「嘘だろ!? 今のを避けるのかよ!?」

 動きがもはや稜真たち〝超人〟のレベル、否、それ以上かもしれない。

 稜真はまだ心のどこかでノーフェイスを舐めていた。こちらの世界の住人を、無意識に勇者よりも下だと侮っていた。

 認識を根底から改める。

 最上位の〝妖〟を相手にしていると思って戦え。

「三人とも俺より前に出ないでくれ! 俺に攻撃をあてることは気にせず――」

 ぴちゃり、と。

 足下に冷たい感触があった。

「……水?」

 床上数センチ程度だが、気づかない間に展示ホールが浸水していた。嫌な予感がし、それは水の中に巨大な青い魔法陣が輝き出したことで確信に変わる。

 刹那、ホールの床のほぼ全域が氷結し、鋭い氷の棘が突き出してきた。

「がっ!?」

 急所はどうにか守ったが、稜真は肩や足などを貫かれて呻く。他のみんなはと思って視線だけで周囲を見回すと、全員が同じような状況だった。

 油断はしていなかった。

 それでも隙を突かれてしまった。

「……」

 怪盗ノーフェイスは二階の窓へと飛び移り、そのガラスを砕き割る。

「待て!?」

 叫ぶも、稜真たちは氷の棘に体を貫かれているため下手に動けない。侠加だけは空気などに変身すれば棘から逃れられるだろうが、だからと言って受けた傷が再生するわけではない。

「……」

 誰も追えないことを確認するように見下すノーフェイスは、どことなく失望した様子でその白面に手を持って行く。

 仮面を、外す。

 艶やかな黒髪を靡かせて月明かりに照らされるノーフェイスは、整った顔立ちに夜闇のような深く冷たい黒色の瞳をしていた。黒髪だが日本人とはまた違う美貌。気のせいかもしれないが、稜真はどこかで見たような覚えがあった。

「……」

 彼女の形のいい唇が微かに動く。声は小さすぎて届かない。

 稜真は読唇術でなにを言ったのか読み取り――


『不合格』


 内容の意味までは、理解できなかった。

「どういう意味だ?」

 稜真は問いかけるが、怪盗ノーフェイスは答えることなく、そのまま破った窓から姿を消してしまった。


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