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二章 狙われた青真珠(2)

 それは、レーシングスーツのような革製のツナギを着た女性だった。体の凹凸がハッキリとわかる服装のため、そのモデル顔負けの完成されたスタイルが隠すことなく押し出されている。長い髪が夜風に靡き、白い満月を背景としたその姿は一種の芸術のように見えた。

 服装も髪も夜に溶け込むような漆黒だが、唯一、顔につけているなんの装飾もないシンプルな仮面だけは純白だった。

 まるで『ノーフェイス』という言葉を象徴するように。


「〈抜剣(シュウェート)〉――〈目覚めろ(ウェイク)〉!」


 稜真は即座に聖剣を起動させた。鞘の役目を果たすカードからハリセンと輪ゴム鉄砲が出現し、それらが眩い光に包まれて日本刀とオートマチックハンドガンに変化する。

「お前が怪盗ノーフェイスか?」

 拳銃の銃口を突きつけ、詰問する。だが仮面の女は稜真の問いに返事をすることも頷くこともなく、ただ無言で四人を見詰めていた。

「……肯定と受け取った」

 今枝が仮面の女を睨みつつ侠加を枷から解放した。解き放たれた侠加は猟犬よろしくいの一番に仮面の女へと飛び掛かった。

「やっと自由になれたデスヨ! 異世界のノーフェイスさんはこのアタシがふん捕まえてやりますよ!」

 侠加の体がぐにゃりと歪み、次の瞬間には巨大なアナコンダへと変身した。そのまま仮面の女に巻きついて締め上げようとするが――

「なっ!?」

 仮面の女は素早い跳躍でアナコンダを回避した。そして稜真たちに背を向けて走り、立ち止まることなく水路に飛び込んだ。水泳のオリンピック選手のような綺麗な飛び込みだった。

「逃げたわ!?」

 稜真と同じく聖剣である狙撃銃を出現させた夏音だが、流石に水中に消えた人間を撃つことは叶わず苦い顔をする。

「チッ! 追うぞ!」

「夏音はここに残って奴が現れたら狙撃を頼む。あと、迎賓館にノーフェイスが現れたことを伝えてくれ」

「了解よ」

「水路ならアタシが船になるデスヨ! 二人とも乗って!」

 夏音を展望台に残し、稜真と今枝はモーターボートに変身した侠加に飛び乗って水路を下る。後ろから赤い照明弾が夜空に打ち上げられた。事前に取り決めていたノーフェイス出現の合図を夏音が行ったのだ。

 どういう理屈なのかしっかりエンジンのかかる侠加ボートは、大して広くもない夜の水路を四十ノット以上の速度で滑っていく。

「待て侠加!? 速すぎる!? とっくに追い抜いたんじゃないか!?」

「いや、これでいい。奴の狙いはわかっている。水中を捜すより目的地に先回りすべきだ」

 確かに、今枝の言う通りだろう。夜という時間帯にあんな暗い格好をした人間を水中から探し出すなんて不可能――とまでは言わないが、かなり難しい。相手も移動しているのだから、捜している間に到着されてしまう。

 水路は迎賓館のすぐ裏手を通る。ノーフェイスが現れるとすればそこだ。仮に別の場所から上がったとしても問題ない。来る場所がわかっているのならば待ち伏せした方が確実だ。

 そこまで考えたところで、稜真はまだ自分が敵を侮っていたことを自覚させられた。

「――ッ!? 避けろ侠加!?」

 逸早く気づいたのは今枝だった。前方の水面が夜光虫のように青く輝いたかと思った途端、鬼火のような魔力の弾丸が水中から射出されたのだ。

「オワッと!? 危ないデスヨ!?」

 侠加ボートが急旋回して魔法弾をかわす。その状態でどこから声を出しているのか不明なのだが……疑問に思っている暇はなさそうだ。

 青い魔法弾は一発だけではない。息つく暇もなく次々と的確に稜真たちを狙って撃ち放たれる。

「くそっ!?」

 稜真はボートの前方に立ち、侠加が避け切れなかった魔法弾を日本刀で弾く。侠加の荒い運転は常人ならば簡単に振り落とされているだろうが、〝超人〟の稜真であれば問題ない。

「どういうことだ? 奴はボート以上の速度で水中を進んでるってことか?」

「恐らくなんらかの魔法だろう。息継ぎなしで長時間潜水もできるようだな。――だが」

 念動力で自身を支えながら考察する今枝が、どこか犯罪者じみた凶悪な笑みを浮かべた。本当に警察関係者とは思えない。

「わざわざ自分から居場所を教えてくれたんだ。見えないと高括ってやがるなら後悔させてやる!」


 ぞぶっ!! と。

 今枝が睨みつけた前方数十メートルの水路の水が、根こそぎ空中へと持ち上げられた。


「ちょ!?」

「ぎゃああああっ!? やっぱりこの人無茶苦茶デスヨ!?」

 突然大質量の水を失った水路がその穴を埋めるためにもう荒れに荒れまくる。流されるままに水底に引き込まれようものなら大惨事である。ボートだからわからないが、恐らく侠加は涙目で必死に水の流れに抗っているのだろう。

「おい侠加、転覆したら縊り殺すからな」

「あんた警察辞めてヤクザに転職したらどうですかねぇ!?」

 ギャンギャン悲鳴を上げる侠加を気の毒に思いつつ、稜真は〝超人〟の視力で空中に持ち上げられた巨大な水塊を凝視する。

 と、見つけた。

 水塊の中に黒い人影があった。今枝の念動力で身動きが取れないのか、それともこの状況で冷静さを保っているのか、微動だにしていない。後者だとすればかなりの猛者だ。稜真は警戒レベルを引き上げることにした。

「今枝」

「ああ」

 空中の水塊が念動力により引き裂かれる。花火のように弾けたそこの中心に、例の白仮面黒服の女が現れた。

 稜真は船床を蹴る。

「怪盗ノーフェイス、ここで捕縛させてもらう!」

 白い仮面に穿たれた目の穴から一瞬薄ら寒い視線を感じたが、稜真は日本刀を返し、峰打ちでノーフェイスの胴を薙ぎ払った。

 が――

「なに!?」

 日本刀はノーフェイスの体をすり抜け、その体が陽炎のように歪んで消えた。

「幻だと!?」

 今枝も驚愕している。彼女は今の今まで確かに念動力でノーフェイスを拘束していたのだ。最初から幻ならばその時点で気づいていたはずである。

「どこかですり替わっていたようだね。たぶん、クルっちが盛大に水をぶち撒けた時だと思うデスヨ」

 侠加ボートの上に稜真は着地する。やはり侠加がどこから声を出しているのかわからないし、どうやって物を見ているのかも不明だった。

「じゃあ、奴はどこに――ッ!?」

 言いかけた次の瞬間、侠加ボートを中心に例の青い輝きが広がった。さっきまでの魔法弾とは違う。それよりも大きく、ハッキリとした図形を描いている。

 魔法陣だ。

「やばい!?」

 逃げろ、と叫ぶ暇はなかった。

 ボートの直下の水底から突き上げるように、水の竜巻が発生して暗天へと立ち上った。ボートも見事に巻き込まれ、上空でゴミのように放り捨てられる。

「おぎゃああああああああああっ!?」

「チッ、やってくれる」

 変身を解いた侠加が悲鳴を上げ、今枝が忌々しげに舌打ちした。稜真は〝超人〟の感覚でノーフェイスを探るが、流石に夏音ほどではないため見つけることはできなかった。

 自由落下が始まる。上空百五十メートルほどからの落下だが、稜真はそのくらいで傷を負う体ではないため心配はない。

 だが、異能はあれど肉体は常人である〝異能者〟の二人は違う。

「二人とも俺に掴まれ!」

 稜真自身の体をクッションにして少しでも衝撃を和らげようと手を伸ばしたが――そこには念動力で宙に浮かんだ今枝と、フクロウに変身して空を飛ぶ侠加がいた。

「〝超人〟ってのは不便だな」

「アハハ、そうデスネ。まあ、〝超人〟だからきっと大丈夫デスヨ」

「落ちるの俺だけかよぉおおおおおおおおおおおッ!?」

 特に助けようともせず眺めるだけの二人に、稜真は心の底から叫んで一人だけ水路にダイブするのだった。


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