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一章 勇者クラスの休日(6)

「遅い!!」

 シェリルの回復を待ってから迎賓館に向かうと、イライラした様子の夏音が腕を組んで眉を吊り上げていた。

 場所は展示ホール。例の青真珠――『ディープムーン』の展示台の正面である。夏音と共にいた今枝來咲の姿は見当たらない。雰囲気からして、彼女になにかあったというわけでもなさそうだ。

「そこまで遅れてないだろ。呼ばれてから十分も経ってないはずだ」

「あたしが集合って言ったら二分で集まりなさい!」

「お前は勇者クラスの暴君か!?」

 しかも〝超人〟の稜真がシェリルを担いで移動していれば本当に二分で辿り着けてしまう。その単なる無茶ぶりじゃない辺りをちゃんと計算して発言しているから困る。

「ていうか、俺たちが最後だったのか」

「すみません、私のせいで」

「いや、シェリルは悪くないよ」

 ホールを見回す。他の面子は全員揃っているようだった。それぞれ思い思いの場所から夏音の声を聴く体勢でいる。稜真たちが最後だったから夏音の叱責をいただいてしまったわけだ。

「あはは、結局勇者クラスみんなが来てたんだね」

「わたくし、ヒカリ様とデート中だったのよ! くだらないことでしたら許しませんのよ、勇者カノン!」

 稜真たちのすぐ傍で助かったという顔をする大沢と、不満そうに唇を尖らせるフロリーヌ。彼らの周囲には大量の食材を詰め込んだ袋を風の精霊たちが宙に浮かせている。荷物持ちをさせられているらしい。

「ヒイロっちのおっぱいさんは堪能したし、カノンっちがどんな面白いことやらかすのか楽しみデスヨ」

「もう、二度と侠加さんの誘いは受けませんからね!」

 こちらも展示台からすぐ近くで愉快そうにニヨニヨと笑う侠加と、豊満に膨らんだ胸を隠すように抱いて顔を赤らめる緋彩。あれからボートの上で一体なにをされたのかは……聞かない方が賢明だろう。

「よう、霧生。てめえは馬車で来たらしいな。オレは――兎跳びだ!」

「コウヘイ様、頑張っただよ」

 階段に腰かけて親指で自分を指し意味のわからないドヤ顔をする相楽と、その後ろに立って拍手喝采するエリザベータ。どうでもいいから「あっそう」とだけ返しておく。

「ふあぁ、もっと寝たかった。にゃ」

「……」

 大欠伸をする紗々と、相変わらず無言の辻村。二人とも館内の隅の方に立っているが、そういえば教室でも中心にいることは滅多にない。〝妖〟にはそういう習性でもあるのだろうか?

「それで、俺たちを呼びつけてなにをやらかす気だ?」

 夏音のことだからまた面倒そうなことを企んでいそうだ。そう内心で諦めながら問いかけると、夏音はムッとして組んでいた腕をほどいて腰に手をあてた。

「やらかすとは人聞きが悪いわね。なにかをやらかすのはあたしたちじゃないわよ」

「あ? そりゃどういうことだ?」

 相楽が眉を顰める。

「それはウチから説明する」

 と、ホールの奥からこの場にいなかった今枝が現れた。彼女の後ろからは迎賓館の責任者と思われる中年男性が続いてくる。

 今枝は……いつも仏頂面な彼女には珍しく、どことなく真剣な顔をしていた。

 どうやら、夏音が思いつきで決行したレクリエーションではなさそうだ。

「クルっち、どこ行ってたんデスヨ?」

「なにかあったんですか?」

 侠加と緋彩も今枝の雰囲気からそう悟ったらしく、やや表情を引き締める。今枝は『ディープムーン』の展示台まで歩み寄ると、視線だけで全員揃っていることを確認してから口を開いた。


「この迎賓館に怪盗から予告状が届いた」


 瞬間、勇者クラスの面々がざわつく――ようなことはなかった。伊達に元の世界で裏家業をやっていたわけではない。『怪盗の予告状』と聞けば驚く前にその意味を冷静に吟味する。

「あわわわ! か、怪盗だなんて……た、大変です!」

「んだんだ、衛兵さんに報せねえど!」

 そういう事態に慣れていないシェリルたちだけが慌てていた。

「怪盗かぁ。この世界にもそんな人がいるんだね」

「まあ、コソ泥はどこの世界にだっているだろうさ」

 呑気にそんなことを口にする大沢だが、実際、わざわざ予告状なんてリスキーな代物を送り付ける怪盗なんてほとんどいない。稜真も歴史とフィクションを除けば知っている有名な怪盗は一人だけだ。

「これがその予告状だ。一応和訳してある」

 今枝が予告状の写しと思われる用紙を皆に見せた。この世界の文字と、その横に日本語が書かれてある。


【今宵、白の宝珠が湖に浮かぶ時

 いと高き羨望の燭台より深き水底を通り

 蒼の秘宝『ディープムーン』を頂きに参上する

              怪盗ノーフェイス】


 ぱっと読んでわかるのは、二行目と三行目。今夜、『ディープムーン』を盗みに来るという内容だが……そんなことより、稜真は最後に書かれていた名称に驚きを禁じ得なかった。

「怪盗ノーフェイスだと!?」

「なんだ霧生、知ってんのか?」

 階段から立ち上がって予告状が見える距離まで近づいていた相楽が稜真を見る。知っているもなにも、さっき『怪盗』と聞いて思い浮かんだ名前がそれだ。

「怪盗ノーフェイス――あたしたちの世界でちょっとばかし有名な義賊の通称よ」

 夏音が代わりに答えてくれた。生まれた瞬間から裏の世界で生きてきた稜真たちと違い、相楽は世間から隔離された施設で育てられ、すぐにテロリストとなったはずだ。知らないのも無理はない。

「ボクが知ってる情報だと、最後に現れたのは鮫乃木財閥の美術展だったかな?」

「まさか、また魔族が私たちの世界から魔王候補を連れてきたのでしょうか?」

「だったら狩る。にゃ」

「……」

 皆が不安な表情になったのは、緋彩が言ったように魔族によって魔王候補とされてしまった可能性があるからだ。悪徳政治家・殻咲隆史がその結果どうなったのか、稜真たちは忘れてはいない。

 だが、今枝は首を横に振った。

「いや、魔族が関わっている可能性はない」

「なぜわかる?」

 稜真が心なし声のトーンを低くして問い詰めると、今枝は面倒そうにおさげの頭を掻いた。

「もう隠す意味もないから言うが、ウチは向こうじゃ零課のメンバーだった」

「うげ、マジか……」

「コウヘイ様? どうしただ?」

 露骨に嫌な顔をする相楽。稜真も驚きはしたが、そこまであからさまな反応を示すほど悪いことはしていない。

「リョウマ様、ゼロカってなんですか?」

「警視庁公安部特務零課。表沙汰にできない俺たち非常人の犯罪者を主に取り締まる警察の裏部隊だ」

 実質的に警察組織からは独立していて権力が通用しないため、ヤバイことやってる政治家なんかも証拠をもみ消される前に問答無用で逮捕できる。メンバーはほぼ全員が〝超人〟〝異能者〟〝術士〟〝妖〟で構成され、その武力は彼らだけで小国を攻め滅ぼすことも可能という噂だ。日本で活動する以上、敵には回したくない組織である。

 もっとも、そんなことを説明してもシェリルたちこの世界の住人は首を傾げるだけだった。

「――という感じで要するに、人知れず活動する正義の組織ってところだな」

「リョウマ様の世界にはそんな組織があるんですね」

「なんだかカッコイイですのよ」

 要点だけ砕いたざっくりとした説明を、こちらの世界組のシェリルとフロリーヌは興味深々な様子で聞いていた。

「似合わねぇ。どう見てもヤンキーなのに」

「あぁ? なんか言ったかテメェ相楽?」

「ひっ!?」

「コウヘイ様? なしてそんなビクついてるだよ?」

 相楽はテロリストだったわけだから、当然、零課から追われる立場にあった。相楽の仲間たちを捕縛したのも零課だと稜真は聞いている。その後すぐに異世界に飛んでしまったから真相はわからないが……。

「怪盗ノーフェイスは〝異能者〟だ。ウチは奴を追っていた」

「捕まえたのですか?」

 緋彩が問う。捕まって牢獄にいたから魔族には手が出せない……とは流石に稜真も楽観できない。零課を甘く見ているわけではないが、魔族は稜真たちの想像を遥かに超える非常識だからだ。

「いや、逮捕はできなかった。その前にウチがこっちに来ちまったからな」

「ふふん、当然デスヨ。神出鬼没にして変幻自在の大泥棒さんがそんな簡単に捕まるわけないデスヨ」

 なぜか自慢げに胸を張る侠加を、今枝が鷹のように鋭い視線で睥睨した。

「ああ、だから大人しくしてるなら見逃すつもりだった。世界が違うからな。こっちで捕まえたって意味がねえと思っていたんだが……」

「およ? クルっちどうしたデスヨ? なんで侠加ちゃんの方に歩み寄って――」

 ガシッ! と。

 冷や汗を掻く侠加の手首を今枝が力強く握った。


「こっちでも懲りずに人のもんパクるっつうなら話は別だ。夜倉侠加――いや、怪盗ノーフェイス!」


「ホワッツ!? イダダダダ!? ギブ! ギブ!」

 瞠目する侠加の手を後ろに回して関節技を極める今枝。その様子には流石の勇者クラスも目を丸くするしかなかった。

「侠加さんが、怪盗?」

「驚いたわ。まさか怪盗ノーフェイスがあたしたちと一緒に異世界転移してたなんてね」

「おいおい、そりゃ本当か? 怪盗が勇者ってギャグじゃねえか」

「テロリストよりはマシだと思うぞ」

「あはは、義賊だから素質はあったんだよ。たぶん」

「にゃ? 侠加が犯人で決着?」

「……」

 そのまま床に組み敷かれた侠加に、今枝は警官とは思えない凶悪な笑みを向ける。

「ウチが会った時は男の姿だったが、変身能力者だとわかれば見た目は関係ねえよなぁ?」

「いやいやいや、なにかの間違いデスヨ!?」

「その口調、性格、隠す気あったのか? お前レベルの変身能力者が二人といてたまるか!」

「ぎゃあああっ!? 全力でバレてた!?」

「逃げようったって無駄だぞ。空気に化けれるってわかれば捕まえ方はいくらでもある」

 侠加はなにかに変身しようとしたらしいが、その前に今枝が念動力で抑えつける。恐らく、侠加に触れる空気諸とも。

「た、確かにアタシはノーフェイスって名前で怪盗やってたデスヨ。でも今回は予告状なんて送ってないデスヨ! 侠加ちゃんは無実だーッ!!」

「館長に頼んで取調室を用意してもらった。話はそこで聞こうか」

「ノー!? だから侠加ちゃんはやってないデスヨ!?」

 ついに認めたが犯行を否認する侠加を今枝は念動力で空中に浮かせ、捕縛したままどこかへ連行しようとする。

 しかし――

「あ、あの、來咲さん」

「なんだ、神凪?」

 緋彩がおずおずと手を挙げて今枝を呼び止めた。

「その予告状って、いつ届いたのでしょうか?」

「今日の正午くらいか。そこにいる館長のズボンのポケットに入っていたそうだ」

 今枝に指を差された中年男性――迎賓館の館長は勇者たちの視線を一斉に受けてペコペコと頭を下げていた。

「でしたら、侠加さんには無理だと思います。今日はずっと、私と一緒でしたから」

「ヒイロっち!?」

「なるほど、つまり侠加さんにはアリバイがあるってことね。でもそういう場合、たいていアリバイ工作してるってのがミステリーのセオリーよ」

 なんか探偵気分でそんな台詞を呟く夏音はひとまず無視が正解だろう。反応すると付け上がるタイプだ。

「侠加さんが元の世界でなにをしていたとしても、少なくともここでは無実です。神凪の名において私が証明します」

「ヒイロっちマジ天使!? ヒイロっち!?」

「ええい、やかましい!?」

 空中の侠加は感激したようにジタバタしていた。

「わたくしからもいいですのよ?」

 すると、今度はフロリーヌが今枝に進言する。

「怪盗ノーフェイス。そう呼ばれる方でしたら、元々この世界にもいましたのよ」

「なんだと?」

「何十年も前の話ですが、わたくしの祖国『ガリアス』で活動していたと聞いていますのよ」

 何十年も前となると同一人物かどうかはわからないが、前例があるならば名を騙ることもできるだろう。

「ほら! ほら! これは侠加ちゃんの名を騙った偽物デスヨ!」

「侠加さんを騙っているわけではないと思いますが……」

 苦笑する緋彩。どうやら侠加が予告状の犯人という線は限りなく薄くなったようだ。となると、いつまでも捕縛されたままでは侠加が不憫に思えてくる稜真である。

「放してやれよ、今枝。侠加はこの世界じゃ怪盗なんてやってないんだろ?」

「そりゃあ、侠加ちゃんは勇者に生まれ変わったわけデスヨ。怪盗は廃業しました」

「チッ」

 舌打ち一つ。今枝は渋々といった様子で侠加にかけていた念動力を解除した。唐突に重力が戻った侠加は床に腰から叩きつけられて「ぎゃん!?」と鳴く。

 だが、当たり前の問題として、侠加でないならば真犯人が別にいることになる。青真珠が盗まれる危険は相変わらずであるわけで、それを黙って見過ごせるほど非情な連中は勇者クラスにはいない。

 夏音が皆に言い聞かせるように声を張り上げる。

「そういうわけで、この怪盗ノーフェイス(偽)をあたしたちで捕まえるわよ!」

「どういうわけだか知らんが、そう言ってくるだろうと思ったよ」

「その話乗った! 怪盗ノーフェイスを騙ってアタシを陥れようだなんて侠加ちゃんも激おこデスヨ! プンプンガオー!」

 痛めた腰を摩りつつ侠加が賛同する。元零課だった今枝は面倒そうに見えて恐らく最もやる気があるだろうし、稜真もこれと言って異存はない。

「みんなもいいわね? これはあたしたちの初学外勇者活動よ! 張り切ってやりましょう!」

 他のメンバーからも反対の声は上がらず、寧ろ全員が力強く頷くのだった。


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