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一章 勇者クラスの休日(4)

 シェリルが教えてくれた通り、ルルンは海のように広い湖の畔に造られた綺麗な街だった。

 平地は少なく、山の斜面に沿うようにして家屋が並んでいる縦に広い街だ。登り下りが大変そうだが人通りは多く活気もあり、学園の制服を来た生徒の姿もちらほらと見えた。

 港には大小様々な船が停泊している。ほとんどが漁船のようだが、対岸を往復する客船もいくつかあるらしい。しかもただの帆船かと思いきや、大きな船になるほど魔法の力で動いているものもあるようだ。船尾に多重魔法陣が展開されている。

「いかがですか、リョウマ様?」

 馬車を街の入口にあった専用の駐車場に停めたシェリルが、街並みを眺めて感嘆する稜真の隣に並んだ。

「いい街だな。人もいて賑やかで、それでいて落ち着いた感じもする。東京とは全然違うな」

「トーキョー……リョウマ様が向こうの世界で住んでいた街の名前ですね」

「なにが違うって言われると全体的にだが、やっぱり一番は空気だな」

「空気、ですか?」

「ああ、こっちの方が断然美味い」

 これだけ人がいて活気もあるのに空気は汚染されず澄み渡っている。さっき見た魔動車も、湖を往来する船も、エンジン音はするが排気ガスのようなものは出ていなかった。魔法で動いているから自然に優しいのかもしれない。

「それではリョウマ様、どこから見て回りましょうか?」

「シェリルに任せるよ。せっかく調べてくれたんだから」

「は、はいっ!」

 シェリルは胸の前で気合いを入れるように小さく拳を握った。本当は男の方がエスコートすべきなのかもしれないが、稜真はこの街のことをなにも知らない。案内される側なのだ。

「では市場から参りましょう。新鮮な食材を目の前で調理してくれたりするんですよ」

「それはいいな。丁度小腹も空いてきたし」

 市場はシェリルもよく訪れるらしく、「こちらです」と心なしウキウキした様子で稜真の手を引いて案内してくれた。

 そして市場に着いてから手を繋いでいたことを意識したらしく、ボン! と顔を真っ赤にするシェリルだった。

「あ、朝一じゃないので人は少ないですが」

 と顔を赤くしたまま言うシェリルだが、別にそこまで少なくはない。普通に地方都市の商店街くらいの活気があった。恐らく早朝だと築地の市場並みに賑わっているのだろう。

 シェリルの言っていた調理をしている芳ばしい香りが漂ってきたところで――

「こちらですのよ、ヒカリ様!」

「ちょ、手を引っ張らないでフロリーヌ!?」

 聞き知った声が稜真たちの耳に届いた。

「この声は……」

 稜真は思わず身を隠し、声がした方向に視線を向ける。

 絹糸のような金髪をソバージュに仕立てたお嬢様然とした少女が、茶色のブレザーとズボンという男子の高校制服を着た少女を。

 強引に、猛然と、暴れ馬のような勢いで引っ張り走っているのが見えた。

「ヒカリ様ヒカリ様! 今日の勇者当番はわたくしですのよ! 島国(ウェルズス)にも劣らない西国(ガリアス)の新鮮なお魚料理を披露してあげますのよ!」

「わかった! わかったからフロリーヌちょっと落ち着こうね!」

 F1レースのようなエンジン音を幻聴しそうな勢いで稜真の視界を横切った二人は、やはり大沢光(おおさわひかり)とフロリーヌ・ド・ベルモンドだった。

 大沢光は稜真と同じこの世界に召喚された勇者であり、パソコンなどのIT技術を用いて魔術をプログラミングする『電脳魔術師』と呼ばれる〝術士〟だ。ITなど存在しないこの世界では力を使いにくいため、聖剣として顕現した携帯端末から簡単な魔術を駆使することしかできない。

 だが、聖剣が覚醒すれば恐らく一番()()()存在じゃないかと稜真は思っている。

 フロリーヌはそんな勇者ヒカリの召喚者。魔法学部精霊魔法科の優等生だ。

「腕がなりますのよ! ヒカリ様にはうんと美味しいお料理を、他の勇者様方には……まあ適当でいいですのよ」

「雑いよフロリーヌ!? みんな一緒でいいよ!? ていうかボクはみんなと一緒に外出するつもりだったんだけど!?」

「ヒカリ様とデートするのはお姉さんだけの特権ですのよ! 他の殿方には指一本触れさせませんのよ!」

「デートじゃないよ!? あとボクも男の子だから!?」

 大沢の悲鳴が走り去ってからも明瞭に聞こえる。

「うん、シェリル、市場は後にしようか」

「そ、そうですね。お二人の邪魔しちゃ悪いですし」

 デート気分で浮かれ切っているフロリーヌの前に稜真が現れると殺されかねない。割とガチで。

「でしたら、えっと……あ、この先に貸しボート屋があるんです。その、リョウマ様が嫌でなければ、一緒に……で、でででデート、みたいですけどごにょごにょ」

「ボートか。それもいいな。湖上から見る街並みもまたよさそうだ」

「わ、わかりました! すぐに手配しますね!」

 なんか〝超人〟の耳を持ってしても聞き取りづらい声でごにょごにょ言っていたシェリルだったが、稜真が頷くと飛び跳ねるようにして貸しボート屋の方へと小走りで駆けて行った。

 稜真も彼女の後を追いかける。

 すると、湖の方から――

「ひゃん!? や、やめてください侠加さん!?」

「うぇへへ、エエじゃないかエエじゃないか! ボートの上で二人っきり、ヒイロっちのオッパイさんを誰にも邪魔されず揉み放題デスヨ!」

 またしても聞き覚えのありすぎる声が聞こえてきた。

 稜真とシェリルは反射的に立ち止まる。湖の上では、二人の少女が小さなボートに乗ってくんずほぐれず絡み合っていた。いや、正確には一人が一方的に絡んでいるのだが……。

「こ、これのために私を誘ったのですか!? 怒りますよ!?」

「野外プレイはそそるものがあるんデスヨ! ヒイロっちに気を遣って他の人は誘わなかったんデスヨ?」

「そこは皆さんを誘ってくださいぃ~!?」

 勇者クラスの神凪緋彩(かんなぎひいろ)夜倉侠加(よくらきょうか)だった。

 豊かな黒髪に巫女装束を纏った、大沢とは違い古き伝統を重んじる陰陽系の〝術士〟である神凪緋彩。

 サイドテールに結った青みがかった髪にセーラーワンピ、空気や炎といったものにまで変幻自在に姿を変えられる変身能力者(メタモルフォーゼ)の〝異能者〟である夜倉侠加。

「げへへ、ここか? ここがエエんデスヨ?」

「ひーん!? 誰か助けてくださいぃ~!?」

 見た目は美少女、中身はおっさんの侠加にセクハラされる緋彩の悲鳴が湖面に波紋を残して虚しく消えていく。

 この二人の絡みはよくある光景だ。場所は違えど日常だ。

 だからこそ――

「……よし、ボートはやめよう」

「お、お邪魔になりますよね」

 全力で関わりたくない。

 稜真とシェリルは迷わず回れ右をした。

「えっと、えっと……そうです、展望台に行きましょう。街並みと湖がすごく綺麗に見られるんです」

「なるほど、あそこからだと相当景色がよさそうだな」

 シェリルが指差した山の上の展望台を見て稜真は確信した。そもそも高低差のある街だ。上から回る方がいろいろと楽だろう。

 後ろからの悲鳴は聞こえなかったことにし、稜真たちはえんやこらと階段や坂道を上って行った。

 そうして辿り着いた木造家屋の展望台には――またしても先客がいた。

「……ここ、ポカポカして気持ちいい。にゃ」

「……」

 日差しが差し込むテーブルの上で、銀髪に赤いブレザーの小柄な少女が猫のように丸くなっていた。そのすぐ傍では学ランを纏った糸目の少年が無言で景色を眺めている。

 獅子ヶ谷紗々(ししがやささ)辻村(つじむら)だ。紗々は猫又の〝妖〟であり、辻村は鬼の〝妖〟だ。〝妖〟同士とはいえ、どちらも人付き合いはあまりよくない。この二人が一緒とは、正直謎の組み合わせだった。

「……すぅすぅ」

「……」

「……」

「……」

 特に会話はなかった。紗々は完全に眠ってしまっているし、辻村は置物かと思うくらい微動だにしない。謎すぎる。なにがしたいのだこの二人は?

「戻るか」

「はい、起こしちゃ悪いですので」

 稜真とシェリルは静かに展望台を後にした。

「シェリルさん! 次は!」

「はい! えっと、あの……す、すみません! 実は、馬車にガイドブックを持って来ていました! 取りに行ってもよろしいでしょうか?」

「ガイドブックとかあったのか! ならそれに従えば間違いないな!」

 せっかく登ったのに下りることになるが、もう仕方ない。こうなったらこの移動だけでも楽しんでやろうという気概で入口付近まで戻ると――

「ふっ……ふっ……ふっ……」

「勇者様、大丈夫だべか?」

 街道をこちらに向かって進んでくるなにかが見えた。

 いや、『なにか』とか曖昧にぼかしてはいけない。稜真には見えている。

 筋骨隆々とした巨体の女子生徒を背中に担いだ相楽浩平(さがらこうへい)が、兎跳びで街道をぴょんぴょんしていた。それはもう馬車と同じくらいの速度で。滴る青春の汗。やかましい。

「おうよ! 馬車で移動なんて温いこたぁしねえ! こうしてエリザを背中に乗せることでいい修行になるぜ! そして俺は霧生の野郎を超える! ふっ……ふっ……」

「もうルルンの街は目の前ですだ。がんばってけろ勇者様!」

「ふっ……ふっ……しゃあ! 着いたぁあッ!!」

「おめでとうございますだぁあッ!」

「ぐぉおおおおおハグはやめろエリザ潰れるッ!?」

 召喚者であるエリザベータ・ブルメルが丸太のような腕で相楽を熱く厚く抱擁した。ギシギシと〝超人〟であるはずの相楽から骨が軋む音が漏れる。そんな彼女は白魔法科でシェリルの親友なのだ。

「出入口を塞がれた、だと……?」

「リョウマ様、迎賓館です! 最後にするつもりだったのですが、『ディープムーン』を見に行きましょう!」

 なんかもうシェリルがヤケクソになっている気がした。

 迎賓館は山の中腹――港と展望台と丁度中間辺りに建っていた。白い石造りのゴシック調な建物であり、『迎賓館』というが他国のお偉いさんだけが入館を許可されているわけではなく、その一部は開放されていて誰もが自由に出入りできるようになっているらしい。

 そこに展示されているルルンの工芸品や歴史資料に並んで、この街の目玉としても扱われている青真珠――の前に見知った二人が立っていた。

 一人は龍泉寺夏音(りゅうせんじかのん)、もう一人のおさげ髪でセーラーブレザーを着ている少女は今枝來咲(いまえだくるさき)だった。

「なるほど、これが『ディープムーン』ね。奥に行くほど深い青色の巨大真珠。思ってたより綺麗じゃない」

「盗んなよ、夏音」

「え? 勇者の特権は家探し押収が合法なところじゃないの?」

「なわけねえだろ!? この世界はゲームじゃねえんだよ!?」

「冗談よ。相変わらず不良っぽいのに堅物よね、來咲さんは」

 感覚型〝超人〟と念能力者(テレキネシス)の〝異能者〟――勇者クラス古参の二人はなんだかんだで仲がよろしいらしい。

「ああ、いると思ったよ」

「戻りましょうか、リョウマ様」

 万策尽きた。

 そんな顔をして、稜真とシェリルは疲れたような足取りで迎賓館を去るのだった。


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