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一章 勇者クラスの休日(1)

 フォルティス総合学園。

 この世界――リベルタースの中央大陸にある、学術自治州と呼ばれるどこの国にも属さない地域に設立された学園だ。その敷地面積は自治州の三分の二を占めており、周囲を囲んでいる四大国と一つの島国から大勢の生徒たちが身分も関係なく集まっている。

 学園が設立された真の目的のために。

 それは十年前に討伐した魔王がいつ復活しても対抗できるように、勇者とその仲間を育成することである。

 武芸部では勇者と前線で背中を預けられる戦士を、魔法学部では勇者たちを援護する魔法使いを、魔法工学部では彼らの戦いを支援できるアイテム開発の技術者を、それぞれのスペシャリストを教師として毎日研鑽している。

 無論、学部はそれだけではない。戦闘や魔法の才がなくとも勇者たちの助けになれるよう、衣食住から経済・法律などといった一般的な学部も数多く存在しているのだ。

 その中で、魔法学部にはとある高度で特殊な魔法を必須のカリキュラムとして組み込んでいる。

 勇者召喚だ。

 所詮は学生の授業。普通なら成功することなどあり得ないその実技演習で、二週間と少し前から本当に勇者が召喚され始めた。

 地球という世界の日本という国から召喚された少年少女たち。

 とても平凡とは言えない能力を持った彼らは、戸惑いながらも勇者クラスに入り、この異世界についての勉学にも励みつつ日々を過ごしているのだった。


        †


 勇者として召喚された日本人の少年――霧生稜真(きりゅうりょうま)は静かに目を閉じて集中していた。

 場所は武芸部の第一グラウンド。そこに稜真たち勇者クラスの全員が集合していた。

「すー……はー……」

 深く長く呼吸をする。意識を自分の内に落としていく。あの時(・・・)の感覚を思い出し、両手に握る一見オモチャにしか見えないそれらの本来の姿を呼び覚ます。


「――〈目覚めろ(ウェイク)〉!!」


 叫ぶと同時に眩い光が爆発する。すると、右手のハリセンは見事な反りをした日本刀に、左手の輪ゴム鉄砲は黒光りするオートマチックハンドガンにそれぞれ変異した。

 これが、これらが、霧生稜真の『聖剣』である。

 日本刀はまだしも拳銃が『聖剣』などとは妙な感じもするが、必ずしも言葉通りの形をしているとは限らないらしい。これは勇者召喚に付随して編み込まれた『聖剣創造』という魔法によって、勇者本人の魂を削って生み出された武器だ。つまり分身のようなものである。だからこそ、最も使い慣れた武器として具現するわけだ。

 その証拠に、稜真の他に覚醒させた二人もとてもじゃないが『剣』とは呼べない武器になっていた。

「ははっ、もうだいぶ自分の意思で覚醒できるようになってきたぜ。いいねぇ、この重さ。このリーチ。完璧以上にオレの手に馴染みやがる」

 相楽浩平(さがらこうへい)

 目つきが悪くて不良っぽい少年だが、彼も立派な勇者の一人である。元々はピコピコハンマーだった『聖剣』は、今は巨大な戦鎚へと姿を変えている。片側が相手を叩き潰すことに特化した平たい面、反対側が突き刺したり引っかけたりできる鉤爪状の長柄武器――『ウォー・ハンマー』だ。

「ちょっと浩平くん、そんな長いものあんまり近くで振り回さないでくれる? 鉛玉ぶち込むわよ?」

 龍泉寺夏音(りゅうせんじかのん)

 ツーサイドアップに結った茶髪に気の強そうな顔をした少女だ。彼女は勇者クラスの中では最古参であり、その『聖剣』は大型水鉄砲だったものから重厚なスナイパー・ライフルへと変化していた。大口径でショートリコイル式。キロ単位の超長距離からでも難なく狙撃する彼女に百二十パーセント似合った性能だ。

 霧生稜真・相楽浩平・龍泉寺夏音。この三人は元の世界で俗に〝超人〟と呼ばれていた非常人である。

〝超人〟とは身体能力や五感が常人を遥かに超越している存在のことを差す。〝異能者〟のような超能力もなければ、〝術士〟のように魔術などを使うこともない。〝妖〟のように人外へと変化することも当然ない。

 肉体的な能力以外は普通の人間と変わらない。だがそれ故に、彼らはシンプルに強いのだ。

「おう、霧生。これでオレもてめえと対等だ。次勝負する時は負けねえぞ」

 相楽が好戦的な笑みを浮かべて戦鎚の切っ先を稜真に向けてきた。同じ身体能力特化の〝超人〟であるためか、相楽は稜真をライバル視しているところがある。

 もっとも、理由はそれだけではない。

「なに言ってんだ。東京でぶつかった時も、武闘館で決闘した時も対等だったじゃないか」

 稜真は元々、日本の裏世界で要人のボディーガードをしていたのだ。その護衛対象を狙って襲いかかって来たテロリストが彼――相楽浩平である。今となっては同じ異世界に召喚された勇者仲間だが、決闘で因縁をチャラにしたところで敵同士だった過去が消えることはない。なんやかんやで張り合ってしまう。

「東京じゃ邪魔が入っただろうが。決闘も素手で殴り合っただけだろ? 今はお互いに得意な獲物を持ってんだ。どっちが勝つかわかんねえぞ。まあ、十中八九オレだろうけどな」

「それはどうかな? 案外、俺が圧勝するかもしれないぞ」

「じゃあ二人が戦ってる間にどっちも撃ち抜けばあたしが最強なのかしら?」

 夏音が悪戯を思いついたような企み顔でライフルに銃弾を装填した。彼女は稜真たちと元の世界で直接面識こそなかったが、龍泉寺家の〝超人〟についてはよく知っていた。

 五感に優れた〝超人〟であり、裏の世界では諜報や暗殺などを請け負っていたと聞く。実際、彼女の狙撃の腕は噂以上であり、先日の魔族襲撃事件でもあり得ない長距離から確実に獲物を撃ち抜いていた。

「あぁ? おい、龍泉寺」

 水を差された相楽がこめかみをピクつかせながら夏音を睨んだ。

「男と男の勝負だぞ。女でしかも狙撃手(スナイパー)が横から割って入んじゃねえっての」

「古いわねぇ、浩平くん。今時そんなんじゃ腐女子だって喜ばないわよ?」

「誰がBLだ!?」

「ちょっともう少し離れてくれませんか? 俺はノーマルですので」

「引くな霧生!? 敬語になってるから!? オレだってノーマルだから!?」

 なんとか弁明しようと詰め寄ってくる相楽から稜真はすすーっと下がった。絶対に五メートルは距離をキープする。当たり前だが稜真も夏音も冗談でやっていることだ。クラスの中で弄られキャラのポジションを確立してしまった相楽が悪い。

「チッ、すぐそんな思考になる龍泉寺が一番腐ってんじゃねえのか?」

「パーン」

 相楽の鼻先を銃弾が掠めた。

「うわ危ねえッ!? マジで撃ちやがったこいつ!? オレじゃなかったら当たってなかったか今の!?」

「わざと外したのよ。本気で撃てば浩平くんごときに避けられるわけないじゃない。で、誰の頭が腐ってやがるって?」

「こんにゃろ……」

 相楽が苛立たしげに拳を握ったその時――乾いた柏手の音がグラウンドに響いた。

「はいはい、そこまで」

 勇者クラスの生徒は九人だが、グラウンドの中央には稜真たち三人だけが立たされている。他の六人は端のベンチで見学中。なぜなら、今は授業中であり、その内容は聖剣を覚醒させた者の実力テストだからだ。

 テストの試験官は稜真たちの担任――かつてこの世界に召喚され、魔王を討伐した初代勇者――舞太刀茉莉(まいたちまつり)だった。

 鮮やかな赤い髪に化粧っ気のない肌、胸元や太腿を大胆に露出させた若い美人教師である。髪の色こそ日本人離れしているが、彼女も稜真たちと同じく歴とした日本生まれ日本育ちの〝超人〟だ。

「三人とも準備はいいわね? それじゃあ、あなたたちの聖剣(ちから)を見せてもらうわ」

 茉莉先生が腰に挿してあった二本の三角定規を抜く。そして覚醒文言もなしにそれは二振りの両刃大剣へと姿を変えた。

 とてつもない存在感と威圧感に、さっきまでじゃれ合っていた稜真たちも沈黙する。三人が冷や汗を掻きつつ意識を切り替えるのを認めると、茉莉先生は形のいい唇を斜に歪めた。

 その口が開かれる。


「一人ずつ見るのは面倒だから、まとめてかかってきなさい!」


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