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一章 ようこそ異世界学園へ(2)

 武器がなくなっていることに気づいたのは保健室から百メートルほど離れた後だった。

 ワイヤー射出機もなければ、弾薬のストックまで綺麗になくなっている。保健室には見当たらなかったから、稜真を運んだ何者かに取り上げられたのだと思われる。

 だがそんなこと・・・・・はどうでもいい。

 いやどうでもよくはないが、とにかく武器の行方なんて考えていられない光景が目の前に広がっていた。

 まず山が見えた。はっきりと。その時点で都心ではないとわかる。

 周りはゴシック建築とでも言うべきか、西洋風の造りをした建物が空間的な余裕を持っていくつも聳えていた。保健室のあった建物は見える範囲で一際大きく、重要度の高い場所だということは一目瞭然だった。

 目の前は手入れの行き届いた並木道。その向こうには正門と思われる巨大なアーチが見え、そこから恐らく敷地全体を囲んでいるのだろう白い城壁が視認できない距離まで伸びている。

 そして、そこらを行き交う人々だ。

 十代前半から後半にかけての少年少女たちがほとんど。学校らしいから当たり前だが、軍服に近いキリっとした制服は人によって色が異なっていた。

 要人警護の癖でつい物陰に隠れて人間観察してしまう。制服の色は赤、青、緑。主にこの三色だ。赤服はガタイのいい連中が多く、武術を嗜んでいることは動きでわかる。青服は大抵マントを装着しており、それもまた人によって色が違う。緑服はイマイチ共通した特徴がないけれど、中には制服の上から白衣を羽織っていたり油まみれだったりする者がいる。

 ただ、見た限り日本人はいない。

「……ホントにどこなんだよ、ここは?」

 何度目かの自問。まず日本なのかも怪しい。ともすれば現在が何年何月何日なのかも不明。昨夜だと思っていた東京での戦闘が一ヶ月前の出来事だった、ということも充分にあり得る。

 ――でも、さっきの誰かは日本語を話してたよな?

 妖精の女の子はとっくに見失ってしまった。アレを追いかけていた誰かが日本人だとすれば、できれば最初に接触したいところである。もっとも、その誰かがどこに行ったのかは見当もつかないが……。

 稜真はその辺の外人に話しかけるかどうか悩み、ふと空を見上げた。

 巨大な翼を生やした大トカゲが飛んでいた。

 ――いやいやいや!

 目を擦ってもう一度よく見る。やはりドラゴン……いや、大きさ的にはワイバーンと言うべきか。とにかく空飛ぶトカゲがいて、それに人間が跨り馬のように操っている。

 夢でも幻でもない。

 けれど、あんな生物は今の地球上に存在しない。

 俄かには信じられないが、ここはまさか……。

「ふざけんなよてめえ!」

「君こそ大概にしてもらおうか!」

 突然聞こえてきた日本語の怒声に稜真は思わず振り返った。保健室のあった建物の正面入り口付近で、二人の男子学生が対立しているようだった。

 片や赤服を着た二メートル近い巨漢。

 片や青服に黒マントを羽織った痩躯の眼鏡男。

 対称的な二人は今にも爆発しそうな緊迫した空気を作り出して睨み合っている。赤服の巨漢は腰に佩いてある大振りの木剣に手をやり、青服の眼鏡は指揮棒のような短い杖を握っていた。

 ――なんだ? 喧嘩か?

 どうやらそうらしい。彼らの周囲にはギャラリーができ上がっているものの、誰も止めようとはしない。青服や緑服にはハラハラしている者も多いが、赤服は寧ろやれやれムードで二人を煽っているくらいだ。

「勇者ヒイロの最高の相棒はこの俺様に決まってんだよ! 魔法学部の枯れ木眼鏡が出しゃばるんじゃねえ!」

「ヒイロ様の隣に武芸部の野蛮人は似合わないとなぜ理解しない? ああ、脳みそまで筋肉だから理解する知力が足りてないのか」

「なんだとてめえ!?」

「ほら、理性がないからすぐ吠える」

 二人はどう見ても外人だが、聞こえてくる言葉は流暢な日本語だった。野次を飛ばすギャラリーも日本語を喋っている。ということは、やっぱりここは日本……?

 ――いや、違う。

 この感覚には覚えがあった。人間の発した言語を、聞き手側が最も理解できる言語の意味に脳内変換させる術式。つまり彼らが日本語を喋っているのではなく、日本語を喋っているようにこちらが錯覚しているだけだ。

 ――ていうか、勇者とか魔法とか聞こえたけど……。

 そこで稜真は考えることをやめた。これ以上は混乱しか生まれない。

 かくなる上は……。

「やっぱりてめえは一回叩き潰さねえといけねえらしいな! 今日こそ白黒つけてやんよ!」

「それはいい。獣を調教するにはまずどちらが上かハッキリさせておくべきだ」

 赤服の巨漢が木剣を抜き、青服の眼鏡が短杖の尖端で宙空に幾何学的な紋様を描く。一触即発の雰囲気。野次馬たちの輪が二回りほど広くなった。

「大怪我してから後悔すんなよ枯れ木眼鏡!」

「それはこっちの台詞だね脳筋野郎!」

 木剣が大上段から振り下ろされる。宙空に描かれた魔法陣が強烈に輝き始める。

 だが、そこまでだった。

「――一つ、わかったことがある」

 両者の間に割って入った稜真は誰にともなく呟いた。振り下ろされた木剣は右手で受け止め、左手は魔法陣の中心を貫いている。式を乱された魔法陣は急速に輝きを失ってやがて消えた。

「ここは俺にとって『良』でも『悪』でもない。どっちかって言えば状況は『悪』だが、それは単純に情報が不足しているだけだ」

 故に稜真は接触を試みた。大参事になりそうだった喧嘩を止めたかったという気持ちも大きいが、話をするにしても場の上がり切ったボルテージを冷ます必要があったのだ。

「なんだ、てめえ? くそ、動かねえ。どうなってやが……えっ? てめえ、いや、あなたは」

「その服装……まさか、君は」

 赤服の巨漢と青服の眼鏡が同時に目を大きく見開いた。ギャラリーたちも沈黙していたが、それは一瞬だけですぐにザワザワと騒がしくなっていき――


勇者様・・・!?』


 何人もの驚きの声が重なって稜真に浴びせられた。

「……は?」

 なにを言われたのか理解できずポカンとする稜真。学生たちはお構いなしに騒ぎ始める。

「勇者様だ!」「勇者様よ!」「あの服装間違いない!」「キャー!」「勇者様こっち向いてー!」「でも見たことない顔だけど」「あ、そういえば」「確か今日も魔法学部で実技やってたよな?」「召喚に成功した奴がいるって聞いたぞ」「どうなんだ、お前魔法学部だろ?」「いや僕は場所が違ったから詳しくは」「とにかく新しい勇者様ってことよね?」

 雪崩のように押し寄せる黄色い声。稜真に喧嘩を止められた二人も、さっきまでのいがみ合いなど嘘のように勇者勇者と口にしている。

「え? なに? 俺が勇者? え? どゆこと?」

 男女問わずキラッキラとした羨望の眼差しを向けられ、稜真はわけがわからずつい半笑いで一歩後ずさった。

 ――あれ? なんか思ってた展開と違う。

 いきなり部外者が現れたのだ。最悪、通報されるところまで稜真は考えていた。それはそれで落ち着いて話ができるとポジティブに割り切っていた。

 でも実際の扱いはまるで凱旋した英雄のようだった。稜真がなにをしたかと言えば、本当にただ喧嘩を止めただけである。ここではそれだけで英雄視されるのか? いや、雰囲気からして稜真がフラリと前に現れただけでも同じ状況になっていた気がする。

 意味がわからない。

 ついにはアイドルのコンサートのように勇者コールを繰り返し始めた学生たちに、稜真はもう恥も外聞を捨てて声を荒げた。

「俺が勇者ってどういうことだ!? 誰か説明してくれ!?」


「そのままの意味よ、八人目・・・さん」


 声は背後から聞こえた。

「誰だ……ッ!?」

 振り向き、稜真は驚きに目を瞠った。

 扉の開き切った建物から一人の少女が歩み寄っていた。年齢は普段高校二年生をしている稜真と同じくらい――十六か十七だろう。赤みがかった茶髪を白いリボンでツーサイドアップに纏めている。小柄で整った輪郭には猫のように吊り上った双眸が収まり、勝気な光を宿した瞳は稜真をまっすぐに見詰めている。

「勇者カノンだ」「勇者カノンよ」「ステキ」「俺、あの人の仲間に入ることが夢なんだ」「俺は断然勇者ヒイロだけどな」「僕もヒイロ様かな」「踏まれたい」「てか、なんであんなに自信満々なの?」「そこがいいんじゃないか」「蹴られたい」

 盛り上がっていた学生たちが声量を落として先程とは違う意味合いでざわつき始めた。一部変な台詞が聞こえた気もするが……スルーすることにした。

「へえ。新しく召喚された勇者が保健室で寝てるって聞いたから迎えに来てみたけど、なんかさっそく英雄っぽいことしでかしたみたいね。アハハ、これは大物だわ」

 稜真から五歩手前で立ち止まり、明るく笑う彼女は腰に手をあてて主張し過ぎない程度の胸を張った。全体のプロポーションとしてはその辺のアイドル顔負けの美少女である。

 ただし、稜真が驚いたのは彼女が見目麗しい美少女だからではない。

 着ている制服が赤でも青でも緑でもなく、稜真がこの学校で目覚めてから最も見覚えのあり過ぎる物だったからだ。

 独特な形状をした襟が特徴的な、日本の学校で多く採用されている制服。

 セーラー服。

「まさか、日本人か?」

 訊くと、彼女はニヤっとした笑みを口元に浮かべた。

「ええ、そうよ。あたしは龍泉寺夏音りゅうせんじかのん。夏音でいいわ。あ、『夏』の『音』と書いて『カノン』ね。あなたの名前を訊いてもいいかしら?」

「……田中太郎」

「そう、田中太郎くんね。――ってそんな適当なわけあるかぁあっ!? 本名名乗りなさいよ本名を!? 別にあなたの名前を使って危害を加える気なんてないわよ!?」

「お、おう……霧生稜真だ」

 稜真も咄嗟に口にしたにしても適当過ぎるとは思ったが、まさかここまで憤慨されるとは思わず勢いに押されて名乗ってしまった。

 ――にしても、龍泉寺?

 心当たりのある名字だった。彼女がそうだとは限らないが、少なくとも裏の世界を知っている人間だとは今の遣り取りでわかった。

 詮索はすべきだろう。ただ状況が状況だ。先に訊かねばならないことが山ほどある。

「霧生稜真……うん、稜真くんね。よろしく」

「ああ。ていうか、ここはどこなんだ? 君が知っていることを教えてほしい」

「そんなに警戒しなくていいわ。あたしはあなたの味方よ。その様子だとまだなにも聞かされてないみたいね」

 やれやれと肩を竦められた。それから彼女はクスッと見透かしたように笑う。

「でも薄々は勘づいてるってところかしら? いいわ。このあたしが説明役になってあげる。まあ、元々そのつもりでここに来たんだけど」

 龍泉寺夏音は愉快そうに、はっきりと、その事実を口にする。


「お察しの通り、ここは異世界。あたしたちはこの世界に勇者として召喚されたのよ」


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