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四章 精霊の泉の大騒動(10)

 黒い霧のようなものを噴出する魔法陣から一人の男が現れる。

 脂肪をたっぷり詰め込んだ丸っこい体型に刺々しい黒い鎧を着込んだ中年の日本人男性。血走った眼はどういうわけか爛々と輝き、全身から視認できるドス黒いオーラを漂わせている。

 稜真もよく知る顔。さっきまで見せられていた顔だ。

「……殻咲さん」

 下手すれば人間を辞めかける変貌を遂げたかつての護衛対象に、稜真はなんと言えばいいかわからなかった。なにも知らず魔族に利用されていただけならば憐みの一つでも覚えるところだが、恐らく違う。

 殻咲は突然力を手にした者が見せる、酔い痴れた感じの笑みを刻んでいたからだ。

「まさかまた会うことになるとは思わなかったぞ。霧生家の生意気なボディーガードに糞テロリスト」

 はっきりとした殺気が稜真たちにまとわりつく。その声は確かに殻咲隆史のもので、正気を失っている様子でもない。

「他にも殺してやったはずの邪魔者どもがうじゃうじゃと……殺したんだからしっかり死んでおけこのゴキブリどもめ!」

 殻咲は勇者クラスの面々を血色の双眼で睨め回し、忌々しげに吐き捨てた。

「邪魔になりそうな非常人を殺してたのは、やっぱりてめえか殻咲!」

 相楽が憤りを露わにする。

 

『それに最近、二週間くらい前からか、オレたちみたいな若い〝超人〟や〝異能者〟たちが不自然に死んでいる。邪魔者になりそうな連中をこいつらが片っ端から消してんじゃねえのか?』


 向こうの世界で聞いた相楽の予想は当たっていたわけだ。

 龍泉寺夏音がこの世界に召喚されたのも二週間前。時期はだいたい一致する。殺されたが召喚はされなかった者もいるかもしれないが、殻咲が魔族の力を借りていたのだとすれば、稜真たちが簡単に死んでしまったことにも納得はいく。

「こそこそと私を嗅ぎ回っていたキサマらが悪いのだ。私に逆らう馬鹿どもはどいつもこいつも死んでしまえ! ああ、ちゃんとキサマらを雇った奴らも消してやったからな。安心して後を追うといいぞこのゴキブリどもがぁあっ!!」

 発狂したように叫んだ殻咲が片手で空気を薙ぐ。すると彼の体に纏っていたドス黒いオーラがその手に合わせて動いた。

「避けなさい!?」

 茉莉先生の咄嗟の指示で稜真たちは左右に散った。明らかに触れてはいけないオーラがさっきまでいた場所を通過する。

 その先には精霊の泉が――

『いけない!?』

 水上に浮かんでいた流水体の女性がオーラの軌道に身を投げた。稜真は知らないが精霊と思われる彼女は、オーラに触れた途端、脳内に直接響く絶叫を上げて弾けるように霧散してしまった。

「精霊が!?」

「ヒカリ様は下がって!? この、よくもやってくれましたのよ!?」

 フロリーヌが大沢を押し退けて前に出る。風の精霊になにかを命じ、凄まじい暴風の槍を殻咲に向けて放った。

 黒いオーラが壁となって暴風の槍を防ぐ。その向こうには殻咲の怒り狂った顔があった。

「私に歯向かうなクソガキがぁあっ!?」

 憤慨の叫びと共に、殻咲を中心にオーラが爆発した。木々が宙を舞い、雲が裂け、地面が引っ繰り返る。その規格外な波動には、いかに猛者揃いの勇者クラスといえ無力に吹き飛ばされてしまった。

「ゲヒッ、人がゴミのようだとはこのことだな! 実に清々しい……ん?」

 聖剣を盾にして凌いだ者たちを除いて。

 舞太刀茉莉と霧生稜真、そして稜真が庇ったシェリルだけが無事だった。

「りょ、リョウマ様……」

 今にも泣き出しそうなシェリルを手振りで落ち着かせ、稜真は殻咲を睨む。

「殻咲さん、あなたがそこまでクズだったとは護衛していた身として恥ずかしいです」

「へえ、霧生稜真だけは聖剣を覚醒できたみたいね。ずいぶんと早いじゃないの」

 稜真の日本刀と拳銃を見て茉莉先生は安心したような笑みを見せた。けれどそれも一瞬で、すぐに表情を険しくして殻咲を睨む。

「殻咲なんとかさん、あなたはなんなの? 独裁者になりたいの? 人の上に立つ器じゃないって自覚してる?」

「キサマ……私を愚弄する気か?」

「いえいえ、だからこそ魔王に相応しいのです」

 ベルンハードが空から舞い降りてきた。浮遊魔法だろうか。 オーラの爆発を事前に察知して回避していたらしい。

「魔王とは、世界の全てを枯渇するまで貪り尽くす存在。あらゆる『負』を取り込み、糧とし、圧倒的な力で持って世界を蹂躙する破壊者なのですよ!」

 選挙の演説でもするかのように両腕を広げるベルンハード。言ってることは要約しなくても『世界を滅ぼす』という内容だったが……。

「そんなことしたらお前たちの居場所もなくなるぞ?」

 稜真は身構えながら問う。滅んだ世界では魔族だって生きられないはずだ。そう思ったが、ベルンハードは嫌らしく口の端を吊り上げた。

「その心配はありません。先ほども言いましたが、我々魔族には次元を渡る術があるのです。搾取し尽くした世界など捨てて、次の世界に進攻すればいいだけの話。世界とは無限に存在するのですから!」

「なんだと……」

 もしベルンハードの言っていることが全て真実なら、彼らは次元規模での下衆集団だ。

「霧生稜真、説教しても無駄よ。善悪ってものは見る者によって変わるけれど、魔族だけは存在そのものが根本的に『悪』なの。人間だけじゃなく、世界全てにとってね。これは一方的な決めつけじゃないわ」

「その通りです、勇者マツリ」

 ベルンハードはあっさり肯定した。自分たちを『悪』だと断じられても、寧ろそれが最高の褒め言葉だとでも言うように。

「だが、殻咲さんは魔族じゃない。人間のはずだ!」

 稜真はベルンハードの隣で幻と同じようにゲヒゲヒと嗤う殻咲を見る。姿も力もおかしくなっているし、裏の世界に関わっていたが、殻咲隆史は普通の日本人だ。彼の経歴をざっくりとだが調べた稜真は確信を持って言える。

 しかし――

「ただの人間が魔族の魔力を取り込むことで、魔族となることがあるのですよ」

「魔族の魔力……?」

 よくわからないが、吸血鬼に噛まれた人間が吸血鬼になる話と同じだろうか?

「無論、失敗する方が多いですがねぇ。成功率を上げるため、カラザキ様には他者を殺め、奪い、踏み躙る『悪』の愉悦を精神に染み込ませてから魔力を注入させていただきました。かつての我が主――勇者マツリに倒された魔王の魔力をねぇ!」

「……どうりで、感じたことのある気だと思ったわ」

 茉莉先生が奥歯を噛む。殻咲は文字通り魔王の力を手に入れて魔王になったのだ。彼女にとってはかつての仇敵が姿を変えて現れたようなものだろう。

 これが、『魔王が復活する』ということか。

 馬鹿げている。

「私の前にこのベルンハードが現れて、魔王がどうのと話を持ち込んだ時は阿呆かと思ったが、今はおかげで素晴らしい気分だぞ」

 黒いオーラを纏う殻咲が勝ち誇ったように言う。

「見ろ! キサマら化け物が私の力に平伏し苦しげに呻く様を!」

 稜真は殻咲たちを向いたまま視線だけ周囲に飛ばす。夏音、相楽、大沢、今枝、緋彩、侠加、紗々、辻村、フロリーヌ。聖剣に守られなかった者たちが傷つき、倒れ、それでも立ち上がろうと足掻いている。

 まだ誰も死んでいない。恐らく最初の犠牲になったあの精霊も。

 ――護ってみせる。これ以上、誰も傷つけさせない!

「ゲヒ、慌てなくてもすぐに楽にしてやろう! 私の力で!」

「お待ちください、カラザキ様。聖剣を覚醒させた者はあの程度では倒れません。聖剣には我ら魔族に対抗する力があります故、もう少し魔力を制御できるようになってから出直す方が得策かと」

「私に意見する気かベルンハード!?」

 指摘されることが大嫌いらしい殻咲は唾を飛ばして激昂した。しかし、ベルンハードは落ち着き払って執事のように頭を下げる。

「いえいえ、当初の予定通り勇者どもはここに集めましたので、まずは学園の方を徹底的に破壊して魔力の練習をなさってはどうかと」

「なっ!?」

 最悪の提案が聞こえた。

 殻咲の笑みがさらに下卑ていく。

「なるほど。ゲヒヒ、こいつらの今の居場所を目の前で奪ってやるのは実に楽しそうだ」

「くそっ! させるか!」

 稜真は日本刀を強く握って飛び出した。ここで奴らを逃がせば学園が大参事どころでは済まない。

 だが、数メートル進んだ先で見えない壁にでも激突したように弾かれてしまった。

「な、なんだこれは!?」

「落ち着きなさい、霧生稜真。結界魔法よ」

 茉莉先生が冷静に言って空間をノックした。強化ガラスでも叩いたような音が鳴る。

 ――結界……いつの間に……?

 隙があったとすれば、殻咲に皆が吹っ飛ばされた時だろう。

「くく、一人でも多く助けたければ逸早くこの結界を破ることです」

 嫌味全開な笑みを向けてから、ベルンハードは踵を返した。

「では、参りましょう、カラザキ様」

「待て!」

 稜真は追おうとするが、やはり見えない壁に阻まれてそこから先へ進めない。

 目の前で殻咲とベルンハードが転移魔法と思われる魔法陣へと足を踏み入れ、そして消えた。

「くそっ!」

 結界を殴る。核シェルターに手形を残す〝超人〟の力だったが、結界はビクともしなかった。

 茉莉先生が稜真の肩に手を置く。

「霧生稜真、君はみんなをお願い。結界は私がなんとかするわ」

「……く、わかりました」

 とにかく今は、全員の力を合わせてでも結界をなんとかする必要があった。


 こうしている間にも、学園では既に魔族の襲撃が始まっているのだ。


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