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四章 精霊の泉の大騒動(7)

「くそっ、派手にぶっ飛ばされちまった」

 森のどこかにある開けた広場で相楽浩平は身を起こした。魔物の花弁から放出された光線をまともにくらったせいで制服の上着は消し飛んでしまったが、肉体的には軽い打ち身と火傷がある程度で特に問題ない。

 体は動く。早く戻らなければ誰かが魔物の餌食になってしまうかもしれない。いや、もう手遅れの可能性もある。

 ――畜生、ここはオレの新しい居場所になると思ってたのによ。

 幼い頃を施設で育った相楽は、舞太刀茉莉がいなくなってからは本当の意味での居場所なんてなかった。施設を自分から抜け出し、テロリストの仲間になり、身分を偽るために一般の学校に通ったこともある。だが、正直どこも居心地が悪かった。

 テロリストの仲間を心配していないと言えば嘘だが、奴らとの関わりも苦悩するほど深いわけじゃない。時間が経てば顔も名前も忘れてしまうだろう。

 勇者クラスは非常人を隔離する施設でもなければ、裏世界を知らない一般人の学校でもない。自分と同じような連中が裏世界から切り離されて自由に過ごせる場所だと相楽は思っている。悪くない。寧ろ今まで感じたことのない温かさがそこにあった。

 霧生稜真は敵だったが、そんなことは本気でもうどうでもいい。同じ〝超人〟としてちょっと対抗心があるくらいだ。

 せっかく手に入りかけた居場所を、あんなわけのわからん謎生物に破壊されるのは癪だ。

 手遅れじゃないことを信じて一刻も早く戻るべきだ。

 そう考えは纏まったが、一つ大きな問題がある。

「で? どこだ、ここは?」

 現在位置がさっぱりわからない。

 そこまで遠くに飛ばされたとは思わないが、龍泉寺夏音ほど感覚は超化していない相楽には気配で探れる範囲を越えている。

「勘で戻るしか――ってうおっ!?」

 目の前に広がる光景を見て相楽は軽く悲鳴を上げた。

 花畑だ。と言っても色とりどりのメルヘンチックな『お花畑』ではなく、牙の生えたチューリップ状の花弁を持つ怪植物――はみはみ草の栽培園だったが……。

 ――そういや、シェリルが魔法薬学科の管理している花畑があるとか言っていたな。

 粘液を垂らしてはぁはぁと息(?)を荒げながら風に揺れる怪植物の群れ。

「そ、想像以上にキモいな。あの中に吹っ飛ばされたらまたはみはみされるとこだったぜ」

 甘噛みされた時の異常な痒さを思い出して相楽は身震いする。魔法薬学科はどうやって粘液を採取しているのだろうか? 特殊な防護服でもあるのか?

「――って、んなこたぁどうでもいい! 早く戻らねえと!」

 そう正気づいて駆け出そうとした時だった。

 森の中から凄まじい輝きが立ち昇ったのは。

「あぁ? なんだありゃ?」

 割と近い。魔物の光線……とは違うようだが、あの辺りで戦闘が起こっていることは間違いなさそうだ。

 光が消える。

 だが方角は覚えた。

 あとは一直線にそちらへ向かうだけ……。

 そのはずだった。

「おいおい、こいつはなんの冗談だ?」

 森の中に突撃しようとした相楽の前に人影が立ちはだかった。豚のように肥えた小物臭漂う中年の男。相楽がテロリストとして最後に狙った悪徳政治家。

「なんでてめえがここにいんだぁ、殻咲さんよぉ!?」

 脅しつけるように怒鳴ると、殻咲らしき人影は下卑た笑みをより一層深めて相楽に背を向け、森の奥へと走り出した。

「逃がさ――」

 追おうとした相楽だったが、仲間たちがピンチだったことを思い出す。

 ――さっきの光、ありゃ茉莉ねえが聖剣を覚醒させた時のに似てたな。茉莉ねえが助けに入ったんなら大丈夫か。

 推測でしかないが、相楽はそう思うことにして殻咲らしき人影を追った。


         †


 妙だ。

 稜真は殻咲らしき人影を追いつつ違和感を覚えていた。

 常人であるはずの殻咲を〝超人〟の稜真が『追いかける』という状況が既に異常だ。本来なら一瞬で追いついて組み伏せていなければおかしい。

 ――アレは殻咲じゃないのか?

 だが、醜く走る後姿はどう見たって悪徳政治家の殻咲隆史である。

「まさか侠加じゃないだろうな……」

 変身能力者の彼女を疑ってみたが、稜真が殻咲を護衛していたなんて話した覚えはない。たとえなんらかの事情で知られていたとしても、〝異能者〟の夜倉侠加に追いつけないことはないはずだ。

 追跡を始めて既に数分が経過している。あのでっぷりとした体躯のどこにそんなスタミナがあるのかまったくもって謎だった。

 ――もっと速く。

 加速する。そろそろどこをどう通ったのか怪しくなってきた。実は森に住む精霊の悪戯で、稜真を迷わすことが目的なら可愛げもあるのだが、あの時感じた殺気は本物だった。

 ――まだ追いつけない。もっと速くだ。

 さらに加速。密林でのサバイバル訓練を受けたことのある稜真にはまだ余裕があるものの、なるべく早く鬼ごっこは終わらせたいものだ。

 と、稜真の視界から殻咲の姿が消えた。

「――なにっ!?」

 新たな気配が後ろに出現する。最小限の動きで振り向くと、気持ち悪い笑みを貼りつけた殻咲が握った拳を稜真に振り下ろしていた。

「チッ!?」

 稜真は咄嗟に横へ飛んで回避する。拳をスカした殻咲は地面を殴って小規模なクレーターを形成した。

「〝超人〟!? ……いや、そんな話は聞いてないぞ!?」

 ただ捕縛して話をするつもりだった稜真だが、相手に戦闘の意志を確認して身構える。右手に刀、左手に拳銃。ただの人間相手に使うには過ぎた武器だが、あの殻咲はもうただの人間ではない。

 殻咲隆史は常人ではなかったのか?

「一体、どうなってるんだ……?」


         †


「一体、どうなってやがんだ?」

 相楽浩平も霧生稜真と同じ感想を漏らしていた。

 常人外のスピードで森の中を逃走することにも驚かされたが、こちらが仕掛けた攻撃もことごとくかわされてしまう。さらには反撃までされ、一撃一撃が木々を薙ぎ倒す様を見て相楽は好戦的に笑みを深めた。

「殻咲さんよぉ、てめえこんなに強かったか?」

 どこから取り出したのか右手に蛮刀を持った殻咲は、ゲヒゲヒと汚く嗤いながら踊りかかってくる。振り下ろされる蛮刀を相楽は体を横に開いてかわし、顔面をぶん殴ろうと拳を放つが殻咲は高くジャンプして避けてしまった。

 左手が動く。

 やはりどこからか取り出した拳銃が火を噴いた。

「チッ!」

 相楽は体を僅かにずらす。銃弾が足元に刺さる。

「ハハッ! なんだそりゃ? 霧生の真似事か? あぁ?」

 着地した殻咲が再び襲い掛かってくる前に、相楽はその辺の木を引っこ抜いて槍のようにぶん投げた。

 が――

「ゲヒッ」

 地面に逆さに突き刺さった木を掻い潜り、殻咲は一瞬で相楽との間合いを詰めた。通り抜け様に滅多切りに振るわれた蛮刀が相楽の体を斬り裂く。

「ぐっ!?」

 速いだけじゃない。どうにか急所は回避したが、奴の巧みな剣技は一撃が凄まじく重い。もはやアレを常人だとは思わない方がいいだろう。

「この――ッ!?」

 振り返った時には既に、目の前数センチ先に刃が迫っていた。

 殻咲が冷酷で獰猛な笑みを刻む。

「てめ――」

 深い緑の森に赤々とした鮮血が飛び散った。


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