三章 聖剣は簡単に使えない(8)
「えっと……それが、リョウマ様の聖剣ですか?」
勇者寮の稜真の自室にて、ハリセンと輪ゴム鉄砲を見たお世話係の蒼銀ツインテール少女――シェリル・ラ・コールフィールドはとっても困ったような反応をした。聖剣と言われてオモチャが出てきたら稜真だって黙るかツッコミを入れる。
「す、ステキですね。よく似合って……ますよ?」
「最後疑問形になるくらいなら無理して誉めなくていいからな?」
シェリルはいい子だった。とてもいい子だった。でもハリセンと輪ゴム鉄砲を持った姿をステキとかお似合いとか言われてしまうと、稜真の繊細な部分がチクチクと痛むからやめてほしい。
「で、でも、すごい力があるんですよね? 聖剣ですもんね?」
「あ、いや、どうにかして覚醒させるまでツッコミにしか使えそうにないんだよ」
自分の聖剣になにもフォローができず、稜真は心の中で『戻れ』と念じる。すると聖剣は淡い光に包まれ、元の魔法陣が描かれたカードへと変化した。
そのやり方は茉莉先生が帰り際に教えてくれた。仕組みがどうなっているのかは知らないが、カード状態だと持ち運びが大変楽で便利である。ハリセンと輪ゴム鉄砲を常時携帯する勇者を誰が見たいと思うだろうか。いや思わない。反語。
「魔法使いのシェリルに見せればなんかヒントを得られるかなって思ったけど、そう都合よくはいかないよな」
稜真はシェリルが淹れてくれた紅茶を啜る。勇者の召喚術を習った魔法使いでも、それから先のことまでは知らないらしい。あくまで召喚術を発動できるだけの基礎を学習したに過ぎない。
「すみません、私ではリョウマ様のお役に立てなくて……」
「え? あっ! いやいや、そんなことはないって!」
しょんぼりと俯くお世話係のシェリルに、稜真は慌てて身振り手振りでフォローを入れた。
「シェリルは充分役に立ってくれてるからな? ほら、洗濯物とかやってくれたし、シェリルの作ったごはんも美味しかったし」
「ほ、本当ですか?」
「ああ、もちろんだ。勇者ウソツカナイ」
ついどこかの原住民みたいな胡散臭い台詞を口走ってしまったが、本当に嘘はない。基本的に自分のことは自分でする稜真だが、それでも掃除や洗濯など一人だとなかなか手が回らないことをしてくれると助かるし(下着だけは稜真が洗う。そこは譲れない)、彼女の作った魚介類をふんだんに使用したスープは稜真以外にも大変好評だった。訊けば彼女の故郷の料理だとか。
シェリルはまだ俯いていたが、先程とは違い、朱に染まった頬が嬉しそうに緩んでいた。
「……私、勇者様のお役に立ててる。えへへ」
小声だったが、その弾んだ声音は稜真の耳にもしっかり届いた。ちょっとドキリとしてしまった稜真は、照れを隠すように昨夜シェリルと約束したことを口にする。
「えーと、俺のいた世界のことが知りたいんだっけ?」
「え? あ、はい!」
バッと顔を上げたシェリルの青い瞳にはお星様がキラッキラしていた。それだけでどれほど楽しみにしていたのかわかってしまう。期待外れにならなければいいが。
「俺たちの世界っていうか星は地球って呼ばれていて――」
稜真は自分の知っている範囲で世界の――地球のことを語った。できる限り悪い面は省略し、技術の発展、世界の名所、自分が経験したことからテレビで見たちょっと泣ける話まで。意外とネタは尽きないものだ。
「――あ、夏に発売するシリーズ物の新作RPG予約してたんだった!? 俺こっちにいたらできないじゃん!?」
唐突に心残りが見つかってしまった。あのシリーズの前編は非常に切りの悪いところで終わったから続きが気になってしょーがなかったのに。これはなんとしてでも帰らねばならない気がしてきた。
ちなみに話の後半はだいたいゲームに偏っていた。
「すごいです。リョウマ様は多くの世界で勇者様になっていたのですね」
「その発想が出てくるとは思わなかったよシェリルさん」
シェリルは嫌な顔一つせず、寧ろニコニコと楽しそうに微笑んで稜真の話に耳を傾けていた。オドオドしていた昨日が嘘みたいだ。
「あの、リョウマ様はあちらの世界ではずっとその……たいせんかくとう? あーるぴーじー? をされていたのですか?」
「うん、待って。その質問だと俺が社会的に残念な人に聞こえるからちょっと待って」
稜真はようやく話が趣味方向に傾き過ぎたことを自覚した。普通に学校に行って仕事もしている稜真が趣味に使える時間はせいぜい一~二時間が限度だ。ゲームについてもだいたい俄かのライトユーザーでしかない。
「俺は向こうじゃ偉い人の護衛――ボディーガードをやってたんだ」
「ボディーガード……ですか? えっと、危ないお仕事じゃないですか?」
「まあ、家業って言えばそれまでだけど……護衛職は俺が自分で選んだ道でもあるんだ」
稜真は霧生家の嫡子として生を受けた。
〝超人〟としての才は五歳の頃には既に開花し、小学校には通わず自宅で義務過程の三分の二を修了した。霧生家の次期総帥となるべく英才教育を施され、戦闘技術、護衛技術など必要となる様々な技術を叩き込まれた。
中学は一般の学校に通った。力を制御しつつ表の世界で生活することに慣れるためだ。
ただの一般人と過ごしていると、自分がいかに異常な存在なのかを嫌ってほど思い知る。化け物、怪物、人外。周りにそう認識される前に自分でそれを理解する。
吹っ切れるのにそう時間はかからなかった。
力を持つ自分が彼らを『護る』仕事に就いている。次期総帥のくせに霧生の家自体にはそれほど関心のなかった稜真だが、ボディーガードという職には誇りさえ持てるようになった。
そう思うようになるきっかけをくれた人間は、もういない。
稜真が唯一、護れなかった少女。
戒めの記憶……。
「……」
「あの、リョウマ様?」
話が途切れてしまったため、シェリルが不安そうに稜真の顔を覗き込んだ。
「あ、いや、なんでもないよ」
笑って誤魔化す。
「俺はこの力を自分が正しいと信じることに使うって決めたんだ。俺にできるのは人を護ることくらいだからな。もう誰も、目の前から失わないために……」
「すみません、つらいことを思い出させてしまったようですね」
申し訳なさそうに言うと、シェリルはゆっくりと静かに立ち上がった。
「私、今日はもう帰りますね。リョウマ様、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
気を遣わせてしまったようだ。本当に彼女はいい子である。
「シェリル」
昔を思い出してしまったせいか、稜真は自分でもわからないまま退出しようとするシェリルの背中に呼びかけた。
「もしシェリルになにかあったら、その時は俺が絶対に護るから」
「え? ……ええっ!? えと、あの……は、はい!」
振り向いたシェリルはポカンとするが、すぐに顔を真っ赤にして驚き、かと思えばしおらしくコクンと俯いた。なにか変なことを言っただろうか?
「え、えっとそのあのあの……お、おやすみなひゃいです!」
「あ、ああ」
なんか酔っ払いのように呂律が怪しくなりながら、シェリルは逃げるように稜真の部屋を後にするのだった。




