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三章 聖剣は簡単に使えない(7)

 グラウンド千週の刑をあっさり完走した〝超人〟の稜真と相楽、〝妖〟の紗々と辻村にはさらに追加で五百週が言い渡された。鬼だ悪魔だと喚きながら走っていると、先に〝術士〟の大沢と緋彩がぶっ倒れてしまい、そこで理不尽な懲罰は終了と相成った。

 既に夜の帳は下りていたが、茉莉先生の授業はまだ終わっていない。終わらせてはいけない。

 どうしても、聖剣について知らねばならないのだ。

「あたしたちの聖剣、ポンコツの方がまだマシなオモチャだったんだけど?」

 やはり一番荒れていた夏音が率先して訊ねた。茉莉先生は稜真たちが持つそれぞれの聖剣を一つずつ検分するように見回し、「やっぱり」と言うように肩を竦めた。

「まあ、そんなところね」

「どういうことですか?」

 稜真が問うと、茉莉先生は腰に挿していた自分の聖剣を取り出した。

「私の聖剣も見ての通り三角定規でしょう? これは聖剣の力が眠っている状態だと思えばいいわ」

「これが眠っている状態?」

「そう。聖剣を覚醒させてあげることが第三工程よ。こればっかりはそう簡単にはいかないし、覚醒する条件も正直なところわかってないの」

 茉莉先生は両手の三角定規をクロスさせるように構え、


「――〈目覚めよウェイク〉!」


 短く、鋭く唱えた。

 その瞬間だった。三角定規が眩い光に包まれ、稜真たちは驚くより前に目を反射的に庇う。そして次に目を開いた時、そこに三角定規の姿は陰も形もなかった。

「……えっ?」

 誰かの声が漏れる。もしかすると稜真自身だったかもしれない。

 茉莉先生が握っていた物体は、三角定規よりも遥かに歴然とした武器だった。短めの柄に飾り気のない鍔、広い身幅を持つ両刃直刀の大剣。それが片手に一本ずつ。

 見ただけで重々しいと感じる大剣二本を軽々と構える茉莉先生は、何者をも薙ぎ倒すような圧倒的な迫力があった。

「これが覚醒した聖剣よ。眠っている状態でも慣れればある程度力を引き出すこともできるけれど、せめてここまで到達しないことには聖剣の勇者とは呼べないわ」

 茉莉先生は軽く片手の聖剣を縦に振るった。たったそれだけで、稜真たちが整備したばかりのグラウンドに亀裂が走り、真っ二つに両断。底が見えないほどの裂け目を形成した。

 ……。

 …………。

 ………………。

 誰もなにも言えなかった。いくら稜真たちが常軌を逸した非常人だとしても、これほどの力をひょいひょい出せるほど馬鹿げてなどいない。割れたグラウンドは誰が整備するのか? そんなことも今はどうでもよかった。

「茉莉ねえ、そいつが聖剣の力なのか?」

 呆然とした状態から口を開けるまで復帰した相楽に、茉莉先生は少し瞠目し、ふふっと優しげに微笑んだ。

「やっと昔の呼び方をしてくれたわね、コーちゃん」

「「「コーちゃん!?」」」

 不意打ちだった呼び名に相楽以外の勇者クラス全員が吃驚した。あの見た目不良の相楽浩平が『コーちゃん』……寧ろ聖剣の威力よりも衝撃的だった。

「相楽に『コーちゃん』だなんて呼ばれる時代があったなんて……」

「おい霧生てめえ失礼だな!?」

 まあ、考えてみれば茉莉先生は相楽の幼い頃を知っているのだ。不思議ではない。

「だけど、ここでは『茉莉先生』と呼びなさい。私は先生で君は生徒なのだから」

 ようやく本当の意味で感動の再会になるのかと思えば、茉莉先生は冷淡にそう告げた。様子からして、そういう段階は既に稜真たちが知らないところで済ませたようだ。

「浩平くんのことはどうでもいいとして」

 夏音が適当に切り捨てて自分の聖剣――大型の水鉄砲を見やる。

「聖剣の覚醒方法はわからないって言ったわね? じゃあ、あなたはどうやって覚醒させたのよ?」

 夏音の疑問は当然だろう。茉莉先生は実際に聖剣を覚醒させている。前例があるなら方法もわかっているはずだ。

「私の場合、魔族との戦いで死にかけた時にどういうわけか覚醒したのだけれど……誰かちょっと死にかけて試してみる?」

「浩平くん、出番よ」

「いやふざけんな!? 誰がやるか!?」

「浩平くんが嫌なら相楽くんにやってもらうことになるわね」

「それ同じだぁあっ!?」

 真剣に相楽を死にかける方向に持っていこうとする夏音だったが、流石にその方法を取るにはリスクが大き過ぎる。

 稜真は聖剣覚醒の瞬間を思い出す。

「聖剣を覚醒させる時、なにか唱えてませんでしたか?」

「ああ、アレも発動文言の一種だけれど条件ではないわ。一度聖剣本来の力を呼び覚まさないと反応しないはずよ」

 稜真は自分のハリセンを見詰め、

「――〈目覚めよウェイク〉」

 少し小さめの声で唱えた。だがやはり、茉莉先生の言うようになにも変化はなかった。となると、今試せることは一つしかない。

「本当に死にかけるしか……」

「おい霧生、なぜオレを見る。戦るんならいいぜ。ただし、死にかけんのはてめえだがな!」

 稜真相手には戦闘狂剥き出しに突っかかる相楽は、手をポキポキと鳴らしながら凶悪な笑みを顔面に貼りつけた。

 そこで稜真は一つ閃いた。

「そうか、戦いの中で目覚めるってのはあるかもしれない」

「あぁ? だったらさっきオレら戦ってたじゃねえか」

「一回使っただけでガラクタ認定しただろ。もっと聖剣を使って真面目に戦えば――」

「なるほど、眠ってんなら叩き起こせってことか。おもしれえ!」

 稜真と相楽はお互いの聖剣を構える。と言ってもハリセンとピコハンだから傍から見るとギャグでしかない。

 戦闘開始の空気を読んで皆が輪を広げる。茉莉先生も今回は止めずに見守っていた。

 その茉莉先生はどこか呆れたような顔をしていたが、稜真と相楽は気にせずお互い接近し、己が聖剣をわざと乱暴に振り下ろす。

 ピコッ!

 バシィイイン!

 ピコッ!

 バシィイイン!

 ピコッ!

 バシィイイン!

「痛ぇーよ!? てめえのハリセンだけ地味に痛ぇーよ!?」

「やっぱダメか」

 実はそんなに期待していなかった稜真である。あまりにマヌケな戦闘は夏音や侠加がこっちを指差して爆笑しているほどだった。

 だが、一つわかったことがある。ハリセンもピコピコハンマーも、〝超人〟の稜真たちが打ち合っても壊れなかった。これがただの木剣と木鎚なら今の攻防だけで弾け飛んでいただろう。

「気はすんだかな? はい、みんな集合!」

 パンパンと手を叩く茉莉先生に飼い慣らされた犬のように集まる勇者たち。

「『聖剣創造』は一応成功したのだから、今日のところは目標達成よ。何度も言うけれど、聖剣は君たちの分身。これ以上は他人の私が踏み込める領域じゃない。あとは各々が自分の聖剣と向き合って覚醒させるしかないわね」

 茉莉先生はもう一度グラウンド全体に響くような拍手を打つ。

「はい、ということで――解散!」

 異世界に来て二日目の夜が更けていく。


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