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三章 聖剣は簡単に使えない(4)

 舞太刀茉莉は勇者棟の屋上テラスから屋根へと飛び移った。

 武芸部・魔法学部・魔法工学部が集合するこの学区で、最も全体を見渡すことができる建物がこの勇者棟だ。

 ゴシック建築の剣山のような刺々しい屋根を危なげなく走り、ある一点で茉莉は足を止めた。

 身を屈め、屋根を手で擦る。

「……消えた、か」

 先程感じた異質な気配は綺麗さっぱりなくなっている。生徒たちは気づかなかったようだが、それは別に彼らが未熟だったわけではない。感覚に置いて舞太刀茉莉は龍泉寺夏音には敵わないのだ。

 気配が魔法で隠蔽されていた。

 それでも茉莉だけが感知した理由は、一重に経験である。

 長年戦い続けた相手の気配は魔法で隠したくらいじゃ誤魔化されない。

「私がここにいたことは誤算だったようね」

 なにが目的かは知らないが、勇者の目が届く範囲で目立つ真似はできないだろう。だが、もしもの事態に備えておくことに越したことはない。

「あの子たちにも、早く聖剣を使えるようになってもらうから」

 この場にいた何者かに当てつけるように言い残し、茉莉は屋根から飛び降りた。


        †


「舞太刀茉莉は……オレの姉ちゃんみたいなもんだ」

 八人からの視線に観念した相楽はしぶしぶ口を開いた。訂正する前の呼び方からそんな気はしていたが、どうにもはっきりしない言い回しである。

「みたいなものってのは?」

「血は繋がってねえし、別に義理の姉弟ってわけでもねえんだ」

 相楽はバツが悪そうに目を逸らす。

「チッ、過去のことはあんま話したくねえんだが……この際だ。どうせ放っといても茉莉ねえの口から漏れる」

 ぼそっと呟き、相楽はなにかを決意した目で稜真と夏音を見た。

「霧生、龍泉寺、オレはてめえらみてえな血統書つきの〝超人〟じゃねえんだよ。突然変異かなんか知らねえが、親は普通に一般人だった」

 極稀にだが、〝超人〟と〝異能者〟は一般家庭から生まれることがある。〝術士〟は後天的な非常人だし、〝妖〟に至ってはただの人間同士の交配で誕生することは絶対にない。

「オレは物心ついた頃に、そういう異常者を収監する施設に連行されたんだ。茉莉ねえとはそこで出会った」

〝超人〟も〝異能者〟も表の世界からは隠さねばならない存在だ。そのような施設があることは稜真も知っている。裏世界の名家が施設から養子を取ることも珍しくない。霧生家も実子である稜真を失ったことは相当な痛手だ。今ごろは血眼になって代わりを探しているだろう。

「当時、オレは四歳、茉莉ねえは十一歳だった。茉莉ねえは十歳まで異常性を周囲に知られてなかったらしいぜ」

 それは凄い。舞太刀茉莉は幼い頃から既に力のセーブができていたということだ。

「めんどくせえから詳細は省くが、その施設にはオレと茉莉ねえしかガキはいなくてな。月並みに言えば姉弟のように育ったってやつだ」

 一般から非常人が生まれる確率は本当に稀で、収容人数ゼロという年なんて当たり前。同時期に二人もいたことは寧ろ驚くべきことだろう。

「そんで四年後だ。先に養子に貰われた茉莉ねえが事故死したって聞かされた時は信じられなかった。オレがテロリストの仲間になって悪徳政治家を狙ったのは、まあ、その事故を調べた結果だな。裏世界に関わったてめえらなら想像はつくだろ?」

「想像つくもなにも、俺たち全員その可能性があるだろ」

 事故死に見せかけて殺された可能性。

 稜真も相楽もトラックに轢かれた程度では肉体的にまず死なない。他の皆だって似たようなものだ。ならば、その後になにかされたのだと考える方が自然である。異世界に来てしまってはもう解明できない謎だが……。

 相楽は照れを隠すように頭をわしゃわしゃと掻く。

「つーかよぉ、オレだけ話すのはフェアじゃねえだろ。オレたちは同じ世界に飛ばされた仲間だぜ? 隠し事がなしとは言わねえ。長ぇ過去話も別にいらねえ。けどよ、せめて自分の異常性だけでも教えろ。なにかあった時の判断材料になる」

 相楽の言うことは道理にかなうが、「はい、わかりました」と簡単に教えられるような生き方を勇者クラスの面々はしていないはずだ。稜真もそこを察して自分から訊くことはなかった。

 けれど……。

「そうだな。明らかにしておいた方がいいことは早めに共有すべきだな」

 この世界で、同じクラスでこれから生活するのだ。本当に魔王が復活する時になってから知ったのでは遅い。

 すると、面白くなさそうに夏音がジト目になった。

「なんで新参者のあなたたちが仕切ってんのよ?」

「うっせえ。てめえらがコソコソし過ぎて気持ち悪ぃんだ」

「まあいいわ。でもその前にちゃちゃっと聖剣を出してしまいましょう。本来の目的を忘れてグラウンド五百週はしたくないでしょ?」

「ああ、いいんじゃないか」

 仕切りたがり屋の夏音に稜真は同意する。相楽も「それでいいぜ」と首肯した。他の皆にも異論がないことを認めると、夏音は自分のカードを高々と天に掲げる。

「念じるだけでいいって言ってたけど、失敗したらカッコ悪いからみんなで一緒に声を合わせましょう。辻村くんもいいわね?」

「……(コクリ)」

 黙って頷く辻村。稜真たちも夏音に倣ってカードを掲げ、


「「「「「「「「「〈抜剣シュウェート〉!」」」」」」」」」


 一斉に発動文言を唱えた。

 瞬間、全員のカードの魔法陣が輝き、茉莉先生がやってみせた時と同じように煌めきながら飛散した。

 目の前に出現した武器を掴む。

 稜真のカードからは現れた物は二つ。扇のように開くことのできる蛇腹状に折り畳まれた硬質な紙剣と、六発の輪ゴム弾を引っ搔けた木製の拳銃である。

「……」

 どうしてもただのハリセンと輪ゴム鉄砲にしか見えなかった。これが本当に聖剣だというのなら、稜真はまず自分の目を疑うところから始めなくてはならない。

「なあ、俺はどうも失敗したみたい……」

 そう結論づけた稜真が苦笑いしつつクラスメイトたちを見ると、そこは果てしないがっかり感の漂う空気に満ち満ちていた。

「稜真くん、これなんだと思う?」

 感情が欠落したような淡泊な声でそう言った夏音の手には、半透明なボディに貯水タンクを背負った大型銃が抱えられていた。

「水鉄砲だな」

「うん、ありがと。あたしの目がおかしいってわけじゃないみたいね」

 ピュッと、トリガーを引いた夏音の水鉄砲の銃口から水飛沫が飛び出す。数メートルしか飛距離のなかった水はグラウンドの地面一点を虚しく湿らせただけに終わった。

「おいおい、なんだよコレ? オモチャじゃねえか!」

 相楽の手には、赤色をした円筒形の打撃部分を持つ、叩くとピコピコ音が鳴りそうなハンマー。繋げてピコピコハンマー。ハリセンの仲間だ。

「……」

 相変わらず沈黙する辻村の手には、竹箒。

「あんたらのはまだマシだ。ウチのなんて武器にすらなんねえよ」

 稜真たちのオモチャをマシと言い張る今枝來咲は、うちわ。

「それのどこが聖剣よ!? うなぎでも焼くの!?」

「焼かねーよ!? 夏音らだってマシなだけで大差ねえだろうが!?」

「いやいや、クルっちのはまだ角で叩けば痛そうデスヨ。それより侠加ちゃんの聖剣を見るでござる」

 自信満々とも自虐的とも取れる口調の夜倉侠加は、両手の指の間にそれらを挟んでいた。

 色とりどりのクレヨンを。

「なんと十二色もあるんデスヨ!」

 知ったことではなかった。

「んなもん知るかぁーッ!?」

 実際に夏音が叫んでいた。

「あの、私はこれをどうしたらいいのでしょう?」

 困ったように眉をハの字にする神凪緋彩は、立派なこけしを包むように握っていた。稜真たちに訊かれても困る。こけしと聖剣を結びつけられる要素が根本的に足りない。

「むへへ、そんな卑猥な聖剣を生み出すヒイロっちは実はムッツリスケベさんデスヨ?」

「違います! ひ、卑猥なのは侠加さんの頭ですっ!」

 かああああ、と顔をリンゴのように真っ赤にする緋彩。彼女の意見に関しては全面的に同意する稜真である。

「ハリセン、輪ゴム鉄砲、水鉄砲、ピコハン、竹箒、うちわ、クレヨン、こけし……アハハ、なにコレ? あたしたちを馬鹿にしてるわけ? いいわ、その喧嘩買ったげる」

「落ち着け夏音。まだ希望はある。と言っても期待はできないが、大沢はどうだった?」

「う、うん。ボクもとても聖剣って呼べる物じゃなかったよ」

 そう言って大沢光が見せたものは、今の時代、元の世界ではとても馴染み深いタッチパネル式の携帯端末だった。

「なんでてめえだけそんなハイテクなんだよ!?」

「なんでそこにキレるの相楽くん!? ハイテクって言っても電話もメールもできないし、ネットだって繋がらないよ!?」

 確かに異世界で携帯なんて持っても使えた物じゃない。というか、大沢はもうその辺りの基本機能は一通りチェックしていたらしい。

「こうなったら最後の砦よ! 紗々ちゃん、あなたの聖剣を見せて!」

 夏音に言われ、皆の視線がまだ聖剣を見せていない獅子ヶ谷紗々に集中する。

 流れるような白銀の長髪をした彼女は、小柄な体をゆっくりとこちらに向け――両手に嵌めた肉球手袋を顔の横に持っていった。

「……にゃあ」

 悔しいけど可愛かった。


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