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三章 聖剣は簡単に使えない(3)

 武芸部の敷地内にあるグラウンドの一つに稜真たちは移動した。

 この時間はどこの学科も使用していないらしく、グラウンドはもちろん周囲にも人はいない。時折遠くから気合いの入った掛け声が聞こえてくるくらいだ。

「みんな、さっき渡したカードは持って来ているわね?」

 適当に整列した勇者クラスの面々を見回して茉莉先生が確認する。稜真はブレザーの胸ポケットに入れていた白紙のカードを取り出した。教室を出る前にもかなり念を押されたのだ。忘れた奴はいるまい。

「まさか、これが聖剣になるって言うつもりじゃないでしょうね?」

 夏音が指先でカードをくるくるっと器用に回転させる。カジノでディーラーを任せたら余裕でイカサマを働きそうな仕草だった。

「残念だけど違うわ。でも惜しい。それ自身は聖剣にならないけれど、聖剣を納める鞘の役割を果たすことになるの」

「聖剣の鞘?」

「まあ、実際やってみた方が早いでしょうね。――全員、持っているカードを左胸に、刻印と重なるようにあてなさい。服は着たままでいいから」

 凛とした声で指示され、稜真たちはよくわからないままカードを左胸に持っていき――

「ちょっと痛いけど、絶対にカードを放しちゃダメよ」

「「「えっ?」」」

 瞬間、左胸の中心から身を焼くような熱が全身に広がった。

「ぐ……ッ!?」

 ともすれば昼食をリバースしそうなほど猛烈な熱の痛みに稜真はもちろん、勇者クラス全員が苦しげに呻いた。

 ――熱い!? なんだ!? 俺の体でなにが起こってるんだ!?

 心臓が焼炉にでも変わったかのような感覚。体の中で暴れる熱量は『溶ける』を通り越して蒸発しそうな勢いだった。

 今すぐにでもカードを手放したい。が、どういうわけか手放せない。カードと左胸が溶接されたみたいに、自分の意思ではどうにもならない力が働いていた。

 そして気がついた時、稜真は地面に伏していた。

 いや稜真だけではない。勇者クラス全員が同じように倒れている。あれだけ猛威を振るっていた熱は嘘のように消えており、恐らく数秒の間だけ意識を失っていたのだと悟る。

 手足に力を込められるようになるまで十秒ほどかかった。

 まずは稜真と相楽が、続いて夏音と紗々と辻村、そして残りのメンバーが呼吸を乱しながらも立ち上がる。体の頑丈な順がだいたいわかった。

 全員が左胸を手で押さえ、茉莉先生を睨む。

「あんた、あたしたちになにをしたの……?」

 険のある表情と声で夏音が訊ねた。だが茉莉先生は皆の視線をどこ吹く風と流し、我が子の成功を喜ぶような笑顔で労いの言葉をかける。

「全員よく堪えたわね。これで第一工程は終了したわ」

「なにを言って」

「カードの表面を見なさい」

 稜真の言葉を遮って茉莉先生は次の指示を出す。従うかどうか迷う前に、稜真はカードを見てしまった。

 さっきまで白紙だったそこに、複雑な模様をした魔法陣が浮かび上がっていた。

「これは術式……? あ、この世界だから魔法だよね。う~ん、やっぱりボクの知ってる向こうの世界の魔法陣とは法則が全然違うみたい」

「そうですね。私もこんな式は見たことがありません」

 大沢と緋彩がカードの表面を指でなぞりながら解析しようと試みたが、無理だったようですぐに首を横に振った。

「それは収容魔法の一種よ。そして、そこには既に君たちの聖剣が入っているわ」

「聖剣が?」

 稜真たちはもう一度カードを見る。

「聖剣とは、勇者の魂を一部削り取って武器として具象化したもの。だから生成する時に激しい痛みを伴うのよ。言わば自分の分身みたいなものね。あ、魂を削ったと言っても後遺症は疲労程度だから安心しなさい」

 五つ目の恩恵――『聖剣創造』。

 まさか本当になにかしらの力が授けられるとは思わなかった。そして恐らく、これは魂を喚び込む勇者召喚に付随するからこそ可能な魔法だ。誰も彼もが聖剣を持つなんてことはできない。

「さあ、第二工程は聖剣を鞘から抜くことよ。今日はせめてそれだけでも成功させましょう。――手本を見せるわ」

 茉莉先生はそう言うと、胸の谷間に指を入れて自分のカードを取り出した。なんてところに仕舞っているのだ。

「よく見てなさい」

 全員が見やすいようにカードが構えられる。

 すると描かれていた魔法陣が淡く輝いた。かと思えば、カードが千切れ飛ぶように飛散し――代わりに別の物体が宙空に出現した。

 二本の三角定規だった。

「……は?」

 稜真の見間違いではない。茉莉先生が片手でそれぞれ握った二本の得物は、どこからどう見てもただの三角定規でしかなかった。けれど見覚えはある。学園長の頭を小突いたりダンボールを解体したあの三角定規だ。

「おい、聖剣ってそれか? この世界の魔王は三角定規に倒されたってのか? ハッ、馬鹿みてえ。草が生えるぜ」

「はいそこ、なにか言いたいことがあるならみんなに聞こえるようにハッキリどうぞ」

「……あ、いや、なんでもないっス」

 鼻で笑った相楽だったが、ニコっとした笑みを向けた茉莉先生に萎縮して黙り込んでしまった。笑顔の裏に潜んだ殺気に稜真まで身を竦めそうになる。あの三角定規が凶器になることは稜真も相楽も体験済みなのだ。

「まあ、気持ちはわかるわ。どうしてもこれだけじゃ聖剣には見えないものね。その辺の説明は後の段階になるから、とりあえず君たちも自分から生まれた相棒を手に取ってみなさい」

「あの、そう言われましても見ただけではやり方がわからないのですが……」

 おずおずと緋彩が手を挙げると、茉莉先生は「それもそうね」と逡巡し――すぐに考えが纏まったのか三角定規を腰の剣帯に挿して腕を組んだ。

「剣を鞘から抜くようなイメージをカードに流し込む気持ちでやってみなさい。補助としてイメージし易い掛け声があるといいわね。呪文を必要としない魔法でも、言霊を発することで発動しやすくなるらしいから」

 茉莉先生はそこでまた少し考え、

「そうね……相楽浩平、試しに『出でよ! 俺の最強の聖剣エクスカリバー!』って言ってみて」

 無茶振りを飛ばしてきた。

「ちょー待て!? なんでオレなんだよ!?」

「いいからやりなさい」

「ハッ、やなこった!」

「やれ」

「ひっ!?」

 当たり前に反抗した相楽に茉莉先生は有無を言わさず命令する。怖気づいた相楽は小さく舌打ちすると、一歩前に出てカードを構えた。

「い、出でよ! オレの最強の聖剣エクスカリバー!!」


 しーん。


 なにも起こらなかった。

「おいふざけんな!? なんも起きねえじゃねえか!?」

 相楽の顔は怒りと羞恥心で真っ赤だった。

「もしかして聖剣の名前が違うんじゃない? クスクス」

「ふむ、その可能性はあるわね。なら次は『エクスカリバー』を『デュランダル』に変えてみて」

「関係ねえだろ!? 龍泉寺の奴明らかに嘲笑してたよな今!?」

「あら酷いわね。あたしはそんなに人の失敗を笑うような人間に見えるのかしら? せいぜいごはんが美味しくなるくらいよ。ニヤニヤ」

「同じじゃねえか!? あといちいち『ニヤニヤ』とか口に出してんじゃねえよ!?」

「どうでもいいけど侠加ちゃん的に『俺の最強の聖剣』ってエロく聞こえます」

「腐ってんのかてめえの耳は!?」

 ここぞとばかりに相楽を弄り倒す夏音は、未だに自習の時のことを根に持っている節があった。彼女の機嫌だけは損ねないように気をつけようと稜真は心に誓う。

「ぎゃーぎゃー喚いてないでやりなさい、相楽浩平」

「あーくそ! やりゃあいいんだろやりゃあ!」

 三角定規に手をかけた茉莉先生を見て相楽はもうヤケクソ気味に怒鳴った。

「出でよ! オレの最強の聖剣デュランダル!!」


 しーん。


「ほらなんも起きねえ!?」

 うがーと頭を抱えて思いっ切り仰け反る相楽だった。

「まあ、冗談はこのくらいにしましょう」

「冗談かよ!?」

「本当は正式に発動文言が設定されているの。〈抜剣シュウェート〉ってね」

 茉莉先生は三角定規で地面に『抜剣』と書いた。ご丁寧にルビまで振って。

「基本は念じるだけでいいわ。聖剣は私たちの分身だもの、それでちゃんと応えてくれる。でも最初は口に出した方がやり易いと……?」

 言葉の途中で茉莉先生はなにかを察知したように明後日の方向へと視線をやった。稜真たちも釣られてそちらを見る。が、特になにかあるわけでもない。感覚超人の夏音も怪訝そうにしているから、稜真が知覚できない範囲になにかあるというわけでもなさそうだ。

 それなのに茉莉先生は深刻そうに目を細め、ゆっくりと息を吐いて稜真たちに向き直る。

「ごめんなさい。ちょっと用事ができたわ。三十分くらいで戻ると思うから、それまでに全員聖剣を出せるようになっておくこと。できなかった人はグラウンド五百週ね」

 なにかを誤魔化すようにそう言って、彼女は足早に立ち去った。

 いきなり置き去りにされた勇者クラスは困ったように顔を見合す。

「茉莉先生、なにかあったのでしょうか?」

「さあ? 少なくともあたしはなにも感知してないわ」

「腹でも壊したんじゃねえの? 『お花を摘みに~』の茉莉ね……茉莉先生版」

「相楽、それ聞かれてたら後が恐いぞ?」

 茉莉先生も〝超人〟だからもしかすると音声を拾われている可能性がある。相楽も言われて気づいたのか、さっと顔色が青くなった。

「ていうか浩平くん、いい加減に教えてもらいたいのだけど」

「あ?」

 どこか改まった様子で腕を組んだ夏音は率直に訊ねた。

「あなた、茉莉先生とどういう関係なわけ?」

 それは稜真も含め、この場にいる全員が気になっていたことだった。


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