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二章 お世話係はいりませんか?(9)

「かーっ! くそっ、負けた負けたっ!」

 シェリルの治癒魔法を受けていた相楽が吹っ切れたように叫んだと思えば、急にだらりと脱力してソファに凭れかかった。

「ひっ」

「おい相楽、シェリルが恐がるからその不良っぽい顔どうにかしろよ」

「無茶言うな! こいつがビビリ過ぎなだけだろうが」

「……す、すみません、勇者コウヘイ様」

 涙目になって頭を下げるシェリルに、相楽は少し罪悪感を覚えたのか頬を引き攣らせた。

「女の子泣かすなんてサイテーね、浩平くん」

「ああ、サイテーだな」

「てめえらはなんでそんな息ピッタリなんだ!?」

 稜真と夏音の真っ白い視線に貫かれ、相楽は激しくツッコミながら頭を抱えるのだった。

 武闘館での決闘は稜真の勝利で幕を引き(あの後すぐに相楽も立ち上がった)、ヒートアップした観客たちに囲まれる前に四人は武芸部を後にした。

 稜真も相楽も当然無傷ではなかった。どこか落ち着ける場所で手当てをと考え、稜真は勇者棟の保健室を提案したのだが――

「二人とも、寮にはまだ入ってないわよね?」

 夏音がそう言って、勇者棟の裏手にある広々とした二階建ての洋館に案内した。そこは召喚された勇者たち専用の寮らしく、シェリルの話だとお世話係は最初にここを案内する予定だったとか。

 この寮は通称、勇者寮と呼ばれている。

 安直すぎる名前に稜真は目眩を起こしそうになった。脳へのダメージが大きかったのかもしれない。

 そんなこんなで、勇者寮の大広間にて稜真と相楽はシェリルに治療してもらったのだ。

「つーか」

 相楽は空気を切り替えるように大きく息をつくと、シェリルを睨む。本人は睨んでいるつもりなどないだろうが、そう見えてしまうからシェリルの肩がまたビクリと跳ねた。

「そいつはなんなんだ? 霧生、お前もうこっちの世界で女作ったのか?」

「そんなわけないだろ。相楽こそ、召喚者には会ってないのか?」

「あ?」

 その辺の事情はまだ知らないらしい。稜真は自分が教えられたことを掻い摘んで説明した。

「つまり、女作ったんじゃなくてメイドを雇ったってことか」

「その例えは凄く否定したいが、だいたい合ってる」

 お世話係とはそういうことだと気づいてはいたが、稜真は考えないようにしていた。実家も使用人を雇っているが、稜真はできるだけ自分のことは自分でやる主義なのだ。

 相楽がシェリルをまじまじと見詰める。

「へえ、なかなか可愛いじゃねえか。霧生、てめえには勿体ねえぞ」

「まったくよ。羨ましいわ」

「「は?」」

 完全に予想外の方向から同意の言葉が飛んできて、稜真と相楽は声を合わせて夏音を見た。

「龍泉寺、お前、まさかレぎゅぶっ!?」

 なにかを言いかけた相楽は顔面を足裏で蹴られてノックバックした。

「違うわよ! シェリルさんは召喚者の中でもかなりまともな部類って話! あたしの召喚者なんてヘンタイよヘンタイ! 取っ変えてほしいわ!」

 自分自身を抱き締めてぶるっと身震いする夏音。彼女にそこまで言わせる存在を一度見てみたい気もするが……稜真は思い出す。大沢の召喚者――フロリーヌ・ド・ベルモンドも人間性が相当に濃かった。

「勇者カノン様の召喚者って……黒魔法科のシルヴィオ様ですよね?」

「やめてシェリルさん! あいつの名前なんて呼んだりしたら――」

「僕のことをお呼びかな? 白魔法科の可憐なお嬢さん?」

「こんな風に湧いて出て……あぁ、遅かった……」

 急激にげんなりした夏音は膝を折って床に両手をついた。

 大広間の開け放たれた扉。そこに貴公子然とした少年が凭れかかっていた。赤みがかった金髪に美形と呼べる端整な顔つき。なぜか手には一輪の赤い薔薇が摘ままれ、香りを嗅ぐように鼻に近づけている。

「お初にお目にかかります、勇者リョウマ殿に勇者コウヘイ殿。僕はシルヴィオ・デ・ロス・アンヘレス。聖オーソニア教国の一級貴族にして、フォルティス総合学園魔法学部黒魔法科の三年です。ご存じの通り、勇者カノンの召喚者でもあります」

「あ、ああ、よろしく」

 どんな異常者かと思って身構えていた稜真だったが、あまりに普通な挨拶をされて拍子抜けになった。同じ貴族でもアリベルトとはまた違ったタイプだ。

「おい龍泉寺、こいつのどこがヘンタイだ? 全然普通じゃねえか」

「浩平くん、節穴って言われたくなければ第一印象で人を判断しないことよ」

「あ?」

 眉を顰める相楽に、立ち上がった夏音は実に嫌な顔をしてシルヴィオを指差す。

「こいつは――」

「おや? マイマスター、今日はいつも以上に汗の臭いが芳ばしい。運動でもしてきたのかな……くんかくんか」

「ひぃ!?」

 急接近を許してしまった夏音は首筋の臭いを嗅がれてゾワゾワと鳥肌を立てた。その移動は決して常人離れしていなかったものの、稜真たち〝超人〟でも反応できないほどに自然な流れだった。

「ええい臭いを嗅ぐなヘンタイめ!?」

「あふぅ」

 夏音の裏拳がシルヴィオの顔面に炸裂した。

「おい!」

 稜真は焦った。感覚超化型の〝超人〟と言えど、身体能力は普通の人間よりも上だ。加減はしているだろうが、そんなパンチを顔面に受けて無事なはずがない。

 稜真はすぐに彼を助け起こそうとしたが――

「えへ……えへ……マイマスターにぶたれた。ヘンタイって言われたえへへぇ……♪」

 鼻血を噴出してぶっ倒れたシルヴィオは、とてつもなく恍惚とした表情だった。

「……」

「……」

「……」

 稜真、相楽、シェリルの瞳からハイライトが失われた。

「マイマスター! 我が女神よ! もっと! もっと僕をぶって罵って蔑んでぇえっ!!」

「ひやぁあっ!? 近寄らないでよヘンタイってどこ触ってんのよ死ね死ね死ねぇえっ!?」

 カエルのような跳躍で飛び起きたシルヴィオは夏音の腰に抱き着き、次の瞬間には床に倒されて足蹴にされていた。花咲くような笑顔だった。

「あー、龍泉寺、なんかすまん。さっきの言葉は取り消す」

 相楽が目を逸らして謝罪するほど、そこには異常な光景が繰り広げられていた。

 夏音の折檻を受けるシルヴィオの気持ちよさそうな喘ぎ声がBGMとして流れる中、稜真たち三人は顔を見合す。

 目配せだけで伝わる。

『見なかったことにしよう』

 そういうことにした。

「そういえば、勇者コウヘイ様はエリザちゃんには会っていないのですか? 勇者コウヘイ様を召喚した子なのですが」

 シルヴィオのドMを見た後なら相楽なんて恐くなくなったのか、シェリルから話題を振ってきた。

「いや? オレは今日、ずっと茉莉ねえ……茉莉先生に捕まって明日の授業の準備を手伝わされていたが、そんな奴には会ってないぜ」

「そうですか。変ですね。私、エリザちゃんと一緒に勇者棟に来たのですが……」

 どうやら相楽の召喚者とシェリルは友達のようだ。いやそんなことより、気になる発言が相楽の言葉の中にあった。

「ちょっと待て相楽、お前今、茉莉先生のこと別の呼び方しそうになって――」

「気にするな」

「茉莉ねえってまさか」

「気にするな」

 触れてはならない部分らしい。稜真もその辺は弁えているので、特に必要がなければこれ以上踏み込む真似はしない。

「にしてもオレの召喚者かぁ。シェリルだっけ? あんたの友達ならそりゃもう可愛いんだろうな」

「はい、エリザちゃんはとっても素敵な人ですよ」

 ニコっと純心に、心の底からそう思っているようにシェリルは友人を語った。どんな想像をしたのか知らないが、相楽の顔がだらしなくニヤけていく。

「だが、一向に現れないのは気がかりだな。あまり考えたくないが、なにかあったんじゃないか?」

「えっ……?」

 シェリルも今ようやくその可能性に気づいたようだ。可憐な微笑みが一気に不安そうな顔色に変わってしまう。

 相楽も血相を変えて立ち上がった。

「こうしちゃいられねえ! オレの召喚者がピンチかもしれねえってことだろ! ちょっと捜してく――」

 ドカッ。

 大広間から出て行こうとした相楽が、なにか巨大な物体にぶつかった。

 人だった。優に二メートルを超える背丈に、制服の上からでもはっきりわかる筋骨が隆々とした肉体。それでいて女性的な膨らみを備えた存在が相楽の前に立ちはだかっていた。

「なんだ、てめえ」

 一歩引いたところからドスと睨みを利かす相楽に、巨体の女性はふしゅうううと息を吐きつつ大広間に入ってきた。一歩一歩進む度にみしりと床が軋み、得も知れない威圧を放つ魔人的な存在感に相楽は気圧され、さらに後ずさる。流石の夏音も折檻を止めてこちらに注目するほど彼女は目立っていた。

 と、シェリルがぱああぁと明るい笑顔になった。

「エリザちゃん! よかった、無事だったんですね!」

「ホワッツ!? えっ!? これが俺の召喚者!?」

 相楽の中でなにかが崩れる音を稜真は聞いた気がした。

「はずめまして、勇者様。わだす、エリザベータ・ブルメルと申しますだ。どうか気安く『エリザ』とお呼びしてくんろ」

「お、おう」

 訛った言葉に生返事をする相楽は、プルプルと小刻みに震えながら白目でエリザベータの巨体を見上げ、

「えーと、ど、どこの狂戦士バーサー科の人でしょうか?」

 敬語まで使っていた。

「勇者コウヘイ様、エリザちゃんは私と同じ白魔法科の二年生ですよ?」

「白魔法!? ホワッツ!? 冗談だろそんな体つきじゃねえだろコレ!? 〝超人〟のオレがぶつかっても逆にオレの方が押されたんだぞ!?」

 相楽がエリザベータを指差して喚くと――じわっ。彼女の両目に涙が滲んだ。それが大粒となって頬を流れるまで約一秒。


「ふえええええええん!? 勇者様に嫌われただぁああああああああああああああああっ!?」


 ドスドスと豪快に足音を立ててエリザベータは大泣きしながら大広間から飛び出していった。

「……えー」

 相楽はもうなにがなんだかわからない様子だった。傍観していた稜真ですらちょっと展開に頭が追いつけないのだから、当事者の心境は計り知れない。

「勇者コウヘイ様! エリザちゃんはとても繊細なんです! ちゃんと追いかけて謝ってください!」

「おお、あのシェリルが本気で怒ってる……」

 いつもオドオドしていた彼女だが、友達を傷つけられたら相手が勇者で相楽であっても怒鳴れる心は持ち合わせていたようだ。

「女の子泣かすなんてサイテーね、浩平くん」

「ああ、サイテーだな」

「勇者コウヘイ様、サイテーです」

「覚えておきたまえ勇者コウヘイ殿。女の子は泣かすものではなく、泣かされるものさ」

「最後の奴おかしいだろ!?」

 この場にいる相楽以外の全員が『サイテー』を連呼すると、相楽のなにかがついに切れた。

「くっそが! 追いかけりゃいいんだろ追いかけりゃ!」

 ヤケクソ気味にそう叫び、相楽は〝超人〟の脚力でエリザベータの後を追いかけた。

 入れ替わりに、他の勇者クラスの面々がぞろぞろと大広間に入ってきた。

「やはやはー。カノンさんや、これは一体なんの騒ぎデスヨ?」

 代表して先頭にいた夜倉侠加が疑問符を浮かべて訊ねる。

「サイテーな男が一人いたのよ」

 そう言ってやれやれと肩を竦めた夏音は、再び這い寄ってきたヘンタイの顔面に拳を叩き込むのだった。

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