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二章 お世話係はいりませんか?(3)

 学園の無駄に有り余った敷地をしばらく歩くと、やがて複数の建物が密集する景色が見えてきた。建物はどれも尖塔のような形をしており、中央に建つ塔の上空には魔法と思われる強い輝きで時計の盤面が描かれていた。

 稜真は規則的に時を刻む光の秒針を見て、

「おお……」

 思わず感嘆した。時計自体は稜真の世界と大差なさそうだが、それが明らかに非常識かつ神秘的に描画されていては改めてここが異世界だと実感してしまう。

「あは、ここが魔法学部だよ」

 感動を隠し切れない稜真を見て、大沢は嬉しそうに声を弾ませた。

「すごいな。学校の敷地の中に学校があるのか」

「これでも学部なんだけどね」

 建物は全体的にゴシック建築で荘厳な雰囲気を醸し出している。神聖な美しさと見る者を圧倒する壮麗さ。こんな場所が地球にあれば世界遺産認定されても不思議はないと稜真は思う。

「でも静かだな。人はあんまりいないのか?」

「まさか、今は授業中だからだよ。確か魔法学部の生徒は千二百人だったかな?」

「へえ」

 多いのか少ないのか判然としないが、敷地の広さを考えれば人口密度は低い。

「さてと、どこから見てこうか? やっぱり精霊魔法科からが――」

 きゅるるるぅ。

 大沢のお腹辺りから可愛らしい音が聞こえた。恥ずかしいのか、大沢は頬をほんのりと朱に染めて困ったように笑った。

「あ、あはは……そういえばお昼まだだったね。先になにか食べよっか?」

「賛成。学食でもあるのか?」

「うん、魔法学部の中に何箇所かあるんだ。ボクも前に案内してもらったけど、すごくおいしかったよ」

「それは期待できそうだな」

 実は稜真もかなり空腹だった。昨夜からずっとなにも食べていないのだ。正確にはどのくらい時間が経過しているのかは不明だが、体感的に半日は食事をしていない気分である。

 腹が減っては戦はできぬ。

 けれど、昼食前に一つ問題を片づけておくべきだ。

「で、さっきから後ろでこそこそしてる奴。俺たちに用があるなら今聞くけど?」

「ひゃいっ!?」

 短い悲鳴が聞こえた。

 稜真たちの背後に並ぶ植木――その陰に隠れていた人影が姿を現す。

 陽光に煌めく蒼銀の長髪をツインテールに結った、大人しげな雰囲気の少女だった。その道のプロが作った人形のような、思わず目を奪われてしまいそうなほど整った容姿。肌は白磁で、あどけなさの残った輪郭に収まるブルーの瞳は少し怯えたように揺れている。

 青い制服に白いマント……魔法学部の生徒で間違いない。

「白魔法科の子だね」

 大沢も気づいていたようだ。彼女は稜真たちが勇者棟を出た時からずっと後をつけていた。相手が夜倉侠加みたいなその手の非常人でなければ、熟練された探偵の尾行も即座に見抜く稜真である。素人丸出しのあからさまで下手糞な尾行に気づかないわけがなかった。

「あの……えっと……」

「どうかしたのかな?」

 なかなか言葉を口に出せずオドオドする少女に、見兼ねた大沢が努めて優しい声音で訊ねた。

「ゆ、勇者ヒカリ様! あの、その、えっと……こ、こんにちは」

「はい、こんにちは」

 少女は深々と頭を下げる。大沢も優しく笑って挨拶を返す。コミュ力高いなぁ、と稜真は密かに感心した。

 大沢の笑顔で緊張が少し解れたのか、少女は気をつけの姿勢で稜真に視線を向けると、

「あの、私、魔法学部白魔法科二年のシェリル・ラ・コールフィールドと申します」

 丁寧な自己紹介をした。

「私、勇者様をお迎えに上がったのですが……その、勇者ヒカリ様と一緒に出てこられたので、声をかけづらくなりまして……」

「迎えにって、俺を? なんで?」

「あっ、もしかして君、召喚者?」

「はい」

 なにかを悟った大沢に彼女――シェリル・ラ・コールフィールドはこくりと頷いた。

「召喚者って……俺を召喚した人ってことか?」

「ひ、ひゃいっ! わ、私が勇者様を召喚した魔法使いです! すみません!」

 なんか謝られた。両肩をビクゥッ! と跳ねさせるほど凄んだつもりはないのだが、恐がらせてしまったようだ。そんなに恐い顔をしていただろうか? 相楽じゃあるまいし。

 横目で大沢を見ると、「もう! なにやってんの?」と言いたげにぷりぷりした顔で唇を尖らせていた。これはこれで可愛い……おっと血迷うのはそこまでだ。

 ツインテールも相まって怯える姿がウサギのように見えてきた彼女に、今度はできるだけ優しく言う。

「それで、シェリルだっけ? 君は俺に用があるんだよね?」

「あっ……はい。そうでした」

 シェリルはまだ微妙に怯えながら姿勢を正すと、ブリキ人形のようにカチコチになりつつも精一杯声を絞り出した。


「その、今日から勇者様のお世話係を務めさせていただきます! ふ、不束者ですが、よ、よろしくお願いします!」


「……………………へ?」

 緊張で赤面した彼女がなにを言ったのか理解するまで、数秒のタイムラグが生じた。

 わけがわからず隣の大沢を見る。

 大沢は苦笑していた。

「勇者を召喚した人はその勇者のお世話係に任命されるんだって。ボクも最初は霧生くんと同じ反応したなぁ。あはは」

「てことは、大沢にも?」

「うん、いるよ。ボクの場合は精霊魔法科の人だけど――」


「ヒカリ様ぁああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」


 その時、遠くからものっ凄い大声が突風のごとく押し寄せてきた。

 実際に突風も発生した。否、大気の渦を巻き起こしながら超スピードで接近したそれは突風というより旋風だった。

 霧散した風の中から現れたのは、金髪の少女。毛先から細かいパーマをかけて波打たせたソバージュとかいう髪型をしており、背は(男子として)小柄な大沢よりほんの少し高い。制服は青、マントの色は淡い黄色だ。

 顔立ちも整っていて充分過ぎるほどの美少女だが、稜真は寧ろ彼女の周囲に浮かんでいたモノに目がいった。

 妖精だ。小人の女の子に蝶の羽が生えたような、保健室で見たものと全く同じ姿をした妖精が三体も飛んでいる。大沢が風の精霊って言っていたから、恐らく先程の凄まじい風はこの精霊たちが起こしたものだろう。

「ヒカリ様!!」

 精霊を従えた少女はクリッとした翠眼になぜか涙を滲ませて大沢を睨んだ。

「フロリーヌ、どうしたのそんなに慌てて。今は授業中じゃ……」

「授業なんてどうでもいいんですのよ!!」

 叫ぶや、彼女は豊かに膨らんだ胸元のポケットから一枚のメモ用紙を取り出た。

「勇者カノンが教えてくれましたのよ!! ヒカリ様、同じ勇者とはいえ男の子とデートするなんてお姉さん許しませんのよ!!」

「ええっ!?」

 メモ用紙にはこの世界の文字が書き連ねられていて稜真には読めない。夏音が書いたのだとしたら、彼女はたった二週間である程度の読み書きができるようになったってことだ。

「『新しい勇者と勇者ヒカリがラブラブデート中。勇者カノンより』――って違うよ!?」

 ご丁寧に日本語に訳してくれた大沢が自分で言ってさらに驚愕していた。というか大沢はまだ五日しかこの世界にいないはずだが、既に文字が読めるらしい。

 勇者は天才しかいないのか。

 稜真も職業柄、日本語を除いて五ヵ国語をマスターしている。が、新しい言語を覚えるには一ヶ月は欲しいところである。

 かぁあああああっと大沢の顔が赤信号のように紅潮した。それから両手と首をぶんぶんと全力で振り回す。

「誤解だよフロリーヌ!? ボクと霧生くんがでででデートだなんてそんなえへへっ」

「待て大沢! その反応は誤解を助長し兼ねない! あとなんで嬉しそうに笑った!?」

「勇者様と勇者ヒカリ様はおデート中だったのですか!? 私、そうと知らずに申し訳ありませんでした!!」

「ほらぁ! シェリルにまであらぬ誤解が飛び火した!」

「これはこれは新しき勇者様。わたくしはヒカリ様の召喚者でお世話係をさせていただいております、フロリーヌ・ド・ベルモンドと申しますのよ。学部は精霊魔法科。学年は三年。出身は西国のガリアスですのよ」

「なんでこのタイミングで自己紹介始めた!?」

 マイペースにもほどがある。あとそのどことなく敵意を感じる笑顔が超恐かった。

 超恐かったからこちらもとりあえず自己紹介を返すことにする。

「霧生稜真だ。まあ、なんだ、よろしく」

「いいえ、よろしくなんてしませんのよ」

 打てば響くように却下された。

「わたくしとよろしくする勇者はヒカリ様だけ。間違えてはいけませんのよ、勇者リョウマ様。あなた様とよろしくする相手はそこにいる白魔法科の彼女ですのよ」

「ふぇ?」

 ビシッと指を刺されたシェリルが困惑したような声を出した。言いたいことを遠慮なく口にできるフロリーヌは、控え目な性格のシェリルとは真反対な存在である。

 お互いの紹介が終わったと見るや、フロリーヌは大沢の手首をがしっと力強く握った。

「さあヒカリ様、魔法学部に来たのならお姉さんと一緒に精霊魔法科の授業を受けるのよ」

「いや、ボクは霧生くんの案内を」

「それこそ白魔法科の彼女の役目ですのよ。お姉さんデートは許しませんのよ」

「デート違う!? それにボク男の子……」

「はぁ……ヒカリ様、いつも言っておりますが、そのご冗談は笑えませんのよ?」

「はうっ」

 トドメの言葉を突き刺されて撃沈した大沢は、ぐったりと力尽きて引きずられるがままになった。負けるな勇者、と稜真は言いたかったがフロリーヌの笑顔が恐かったので黙った。

「そういうわけですので、勇者リョウマ様に白魔法科の彼女、ごきげんようですのよ」

 フロリーヌは最後にそう言うと、周りを飛んでいた精霊たちに手振りでなにかを命じた。すると不自然な旋風が巻き起こり、それが収まった時には既に彼女の姿は消えていた。もちろん、大沢の姿も。

 まるで嵐だった。

「……」

「……」

 残された稜真とシェリルの間に堪え難い沈黙が下りた。嵐の後の静けさである。

 なにか喋らないといけない。そういえばシェリルにはちゃんと自己紹介していなかった気がする。

「あーと……改めまして、霧生稜真です」

「え? あ、はい。ゆ、勇者リョウマ様……ですね」

「あ、勇者とかつけなくていいから」

 勇者だなんて言われると背中が痒くなる。五日も経てば大沢みたいに気にならなくなるのだろうか? ならない気がする。やっぱり自分の図太さには微塵も自信のない稜真だった。

「す、すみません! わかりました、リョウマ様」

 シェリルは素直に呼び方を訂正してくれたが、どうも稜真に怯えている感じが否めない。

「様ってのもなんかアレだけど……まあいいや。大沢がいなくなったし、学園の案内、君にお願いしても大丈夫かな?」

「は、はい! 喜んで!」

 緊張で裏返った声を出す彼女を見ていると、自分が無理やり道案内させている感が酷かった。


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