ずっと・・・・・恋してた
おれだけをその瞳に映して。おれだけを見ているように。
おれだけが緋色の唯一、無二の存在。
「お兄ちゃん」
おれを呼ぶ時の、幼さの残る少し高めの甘い声。その声で呼ばれると自然、顔が緩んでしまう。おれの大好きな声。
おれを見つけた緋色は嬉しそうに満面の笑顔で駆け寄ると、手を広げたおれの腕の中に飛び込んでくる。小柄な緋色は、おれの腕の中にすっぽりとおさまってしまう。
柔らかい体を抱きしめると、背中に回した緋色の手に力が入る。ぎゅっと抱きしめられると、幸福感に満たされ、おれの心に灯がともる。求められるたびに心の奥底まで温かい光が差し込んでいく。
ほんの小さい頃から、繰り返される数え切れないほどの抱擁。教えたのはおれ。
おれだけを見ていてほしくて、おれのそばにいてほしくて、おれだけを頼って、おれだけに甘えて。他の誰にも心を移させないように。
そのためにどれだけの努力をしたことか。
毎日家に行き、一緒に遊んで、一緒に眠って、一日の大半を緋色の家で過ごした。おれが緋色から離れたくなくて。緋色もおれと同じでいてほしかった。
果たして、その通りになった。
緋色は、誰といても何をしていても、おれを見つけるとまっ先におれの腕の中に飛び込んでくる。それから腕を絡め、手を握り、おれのそばを離れない。
おれだけが緋色の特別。おれだけが緋色に触れられる。
優越感。緋色の兄の晃希でもなく、おれの弟の翔でもなく。遠野亮、おれだけに許された行為。
緋色はおれだけを見ていてくれる。それがどれほどの悦びと充足感を与えるのか、きっとおれにしかわからない。
緋色が中学生になっても、それは変わらなかった。
さすがにちょっとこれはまずいかなとは思った。
おれは高校生、緋色は中学生。その二人が公然と抱き合っているところを見られたら―― おれたちにやましいことはなくても、第三者から見たらどう思われるんだろうと。
里花ちゃんからは困ったような顔でしらっとした目で見られたし、晃希からはいい加減にしたらみたいな呆れた顔だったし、藤井と佐々田にはびっくりされたし、翔にいたっては、顔を背けられる始末。
緋色が小学生だった頃までとあきらかに違う反応。
それまではなんとなく容認されていたような気がしていたから。
中学生になったらこんなに反応が違うのかと、こちらの方が驚いてしまった。
だからといって、手を振りほどけるはずがない。
抱きしめるのをやめられるはずがない。
おれが教えた小さい頃からの習慣。
当たり前のように抱き付いてくる緋色を振り払ってしまったら。
ほんの少し、大人になったという理由だけで、拒んでしまったら。
もう二度と触れられないかもしれない。心を閉ざしてしまうかもしれない。
まだまだ子供で無邪気な緋色。
屈託のない笑顔が消えることが、おれだけに向けられる一途な瞳が、閉ざされてしまうことが何よりもつらくて、息もできなくなるくらい苦しい。
やめる時は、緋色がおれを拒んだ時、他に好きなやつができた時。
おれより誰かを選ぶ緋色なんて、考えたくない。
だから、やめられない。誰になんと思われても。
おれだけの緋色でいてくれる限り。
「お兄ちゃん。お帰り」
今日もおれを呼ぶ声がする。親愛の情を込めた甘い声。
かわいくて、かわいくて、何でもいうことを聞いてあげたくなる、おれだけに向けられる純心な笑顔。
心が蕩けてしまうような快感に酔いしれながら、今日も緋色を抱きしめる。
かわいくて、かわいくて、愛おしくて、離せない。
緋色の瞳に映るのはおれだけでいい。
この気持ちに名前があることを知らなかった。
初めて緋色に会った時は、まだ、生後一か月の赤ちゃんだった。
寝ていた緋色がゆっくりと目を開け、おれを見た瞬間。
緋色の瞳に吸い寄せられるように、瞬きもできないほどに。目が離せなくて、それでいて、じっと見つめる緋色がとても綺麗で愛らしくて、ずっと、おれだけを映してほしくて。おれだけを見ていてくれたらどんなに幸せだろうと思ってしまった。
それが始まりだった。
その時おれは四歳。
あまりに幼くて、その気持ちが何なのかわからないまま時が過ぎて。
『初恋』だと、名前を知ったのは、高校二年生の夏の初め。
ずっと緋色に恋をしていたのだと、初めて自覚した瞬間だった。
読んでくださりありがとうございます。先日完結しました「普通の学校生活を送るための傾向と対策」ではたくさんのアクセスありがとうございます。今までにないことだったので、嬉しいやらびっくりするやら、何が起きたんだろうと思ってしまいました。たくさんの方々に読んでいただくことは幸せなことです。それからお気に登録してくださった方々もいらっしゃって、重ねてこの場でお礼申し上げます。ありがとうございました。




