本物の『宝物』について、王子様の考察
すみません、ユーザーページだとちゃんとアップできてるのに、開こうとするとエラーになる現象が生じているようです。
気付くのが遅れてすみませんでした(((・・;)
「あ、これなんてどう?スラに凄く似合いそう」
「どれ……ふん。その腕輪はスラには大きすぎるだろう。ずっと腕を持ち上げていなければならなくなるぞ。それよりも、これはどうだ、スラ?」
「げー、センスないなぁ。そんなオバサン臭い指輪なんて、スラには似合わないよ。だったら、こっちのブローチの方がいいんじゃない?」
「ほう。確かに、それならば……いやいや、しかしこの髪留めも捨てがたいぞ」
「どれどれ?あ、まぁ、お前にしては、良いの選んだんじゃない?スラ髪長めだし。んー、どっちも使いやすいし、甲乙つけがたいな……ねぇ、スラはどっちがいい?」
明るい笑顔と共に振られた問いに、しかしスラはジト目を返してしまう。
「……どちらも綺麗だと思います……けど……」
そのままスラの視線はジャックの後ろに置かれた袋に向かう。両手で抱えるほどの袋の中に、沢山の装飾品が顔を覗かせていた。
「……それは?」
「あ、これ?勿論、スラにあげるよ。心配しないで」
ニコニコと満面の笑みを浮かべるジャックに、当然とばかりの澄まし顔を決めるナイシュ。
スラは大きなため息をついた。
実は宝探しを始めて既に2時間が経っているのだが、この一人と一匹はずっとスラに似合う装飾品を選び競い合っていた。そして勝ったほうの装飾品を、袋の中に入れていたのである。
「……お二人の心遣いには感謝しますが、そんなに沢山持てませんし、僕に似合う物を探しているわけではないです」
結論から言えば、まったく作業が捗っていないのであった。
「えー、遠慮なんかしなくていいんだよ?一つだけ、なんてケチなこと言わないしさ、僕は(・・)」
「そんな言い方をすると、私がケチのようではないか。スラよ、案じなくとも良い。好きなだけ持っていけ」
「……だから、一つでいいですってば。主の宝物に似た、ネックレス一つで。それ以外は、いりません。その袋の中の物も、全部返却でお願いします」
その言葉に、一人と一匹は凄く残念そうな顔をして、でもスラがまったく譲る気がないのを見て取ると、すごすごと袋の中身を山の中へ戻した。
「……でも、さ。沢山持って帰ったほうが、スラの主さんも喜ぶんじゃない?」
喜ぶのは確かだ。だが、スラは知っている。あの人たちは喜ぶだけで終わらないということを。
「……僕は、盗まれた宝物を取り返して来いって、言われただけですから」
それに、スラは主を喜ばせたい訳ではないのだ。あくまで、自分の命が惜しいだけ。
それ以上の働きをする必要はないし、するつもりもなかった。
スラの言葉を聞いて、ジャックとナイシュは宝探しに戻ったのだった。
宝探しは、中々難しかった。まったく同じ物があるわけないので、可能な限り近い物を選ぼうとするのだが、なにせこの部屋にある宝物は皆質が良すぎる。
あぁでもないこうでもないと散々悩んだ結果、ようやく一つのネックレスを選んだ。
金貨程の大きさのあるサファイヤの周りを、植物を模したエメラルドとルビーで飾られたそれは、絶対に主の宝物より高価な物だったが、これが一番似てるし大人しいという結論に至った。
はぁ~と皆で同時に大きく息を付いて、誰ともなく笑い出す。
とてもありふれた、けれど優しい時間。
幸せだと、スラは思った。これが幸せなんだと、スラは分かった。それが、嬉しかった。泣きそうなくらい、嬉しかった。
自分の、こんな自分の人生の中で、こんなに嬉しいと思うことが起こるだなんて……
生きていれば良い事の一つくらい、神様はプレゼントしてくれるようだった。
(この時間が、ずっと続けばいいのに)
(ずっと、ずっと、続けばいいのに)
そう思った時だった。
ふいに、誰かに名前を呼ばれたような気がした。
しかし、ジャックは笑い転げているし、ナイシュはそんなジャックにちょっかいを出している。今このタイミングでスラを呼んだりはしないだろう。
(空耳?――あ、まただ)
どこから声が聞こえるのか気になって、スラは部屋の中を見回して――奥にドアが3つあることに気が付いた。
(まだ、部屋がある)
地下に入ってすぐに宝の山を発見したので、スラは奥の部屋にこの時までまったく気が付かなかった。
(あそこ、から?)
惹かれたように視線を奥に向けるスラに、ナイシュが気付いた。
「気になるか?」
「え、あ、はい。……あの部屋は?」
「一つはデルサトの研究室。一つは魔法の資料室。一つは、人がこの屋敷を『金庫』と呼ぶ、その意味を持つ部屋だ」
「それって……」
「そう。預かり物の保管場所。って、まぁ鍵も掛かっていないんだけどね。……見てみる?」
「い、いいんですか?!」
それは実に魅力的な提案だった。『金庫』の中を見られるということは、つまり選りすぐりの宝物を見れるということだ。驚きの声を上げるスラに、ジャックは苦笑する。
「いいよ、別に。僕たちは見られて困る物なんてないし、預けた人たちも、もう生きていない人がほとんどだろうしね」
「いいよな?」というジャックの確認に、ナイシュは一瞬考えるような仕草をした後
「……誰にでも許可するわけではない。スラだからだ」
と、お堅い返事を投げてくる。「はいはい」と肩を竦めて、ジャックはスラの手を取ると、右端の部屋の前へと導いた。近付くにつれスラを呼ぶ声はどんどん大きくなっていて、ドアの前まで来ると背中が疼き出した。しかし、ジャックもナイシュも平然としていて、ひょっとしたらこの声は自分にしか聞こえないのかもしれないと、スラは思った。
(何なんだろう……ドアを開けた瞬間呪われたりして……)
そんな呪われたアイテムを番犬たちが預かるとは思えないが、しかし片や不老不死の男、片や伝説のオオカミである。ひょっとしたらそんな所に頓着していないかもしれない。
危険は承知。それでも、スラはドアに手をかけた。
確かに、好奇心はあった。『金庫』の中を見てみたいという、好奇心。
でも、それよりも、ずっと呼ばれていた。この先の部屋で、何かが自分を呼んでいるのだ。
疼く背中が熱い。
心臓が、飛び出しそうな程脈打っている。
スラは深呼吸を一つ。
手に力を入れて、ゆっくりとドアを押し開いていった。
「え?」
目の前の光景に、スラは一瞬表情を失う。次の瞬間には、どこか困ったような、途方に暮れたような顔をしていた。
「まぁ、こんなもんだよ、『金庫』の実態なんて」
入口で固まってしまったスラの背後から、飄々とした声が降って来て、振り返れば、ジャックの微笑みがあった。
「でも、その……別の場所に保管されてる、とかじゃなくて……?」
「これで全部だよ。僕達が預かってる物は、これで全部」
その言葉を聞いても、スラには信じられなかった。
この部屋にも地下の階段同様、自働で明りがつく魔法が掛けられている。だから広々とした部屋の隅々までしっかりと見ることが出来るのだが、だからこそ、スラは戸惑ってしまった。
部屋の中には、金銀財宝などほとんどなかったのである。いや、それどころか、部屋にはほとんど物などなかった。
ダンスホールになりそうなほど広い部屋には、引き出しが沢山のタンスと、その上に乗った少しの装飾品。両開きの縦長の木箱に、布が被せられた置物(?)が複数と、純白の棺――そんなものだった。
600年。
600年もの年月があって、たったこれだけ。
「これ、だけ……」
「そうだ。ここに辿り着けなかった者も、大勢いたとは思うがな」
「これが、『宝物』……?」
「そう。これが、命を賭けてでも守りたい、大事な大事な、『宝物』」
ふらふらと、スラは部屋の中に入って、近くにあった置物の布をはがす。
布の下から出てきたのは、傷だらけの甲冑だった。
傷の無い面などないほど表面は刀傷に覆われ、左腕の肘から下は無く、腹部と胸部に穿たれた痕が残っていた。その部分を中心的に、甲冑は黒ずんでいて、それが夥しいほど溢れた出た血の痕だと、血を見なれたスラには分かった。でも、理解は出来なかった。
これが本当に『宝物』なのだろうか?これならば、さっきいた部屋に無造作に積まれていた物のほうがよっぽど『宝物』らしいし、納得できた。
混乱し、一言も発することなくただ甲冑に見入るスラに、ジャックは優しく教えてくれた。
「結局さ、大切な『宝物』なんて、人それぞれなんだよ。コレだって、僕から見ればただのガラクタだ。だって、こんなに穴開いてたら、甲冑の意味ないだろ?でも、コレを持ってきた騎士は、必死だったよ。良く覚えてる」
当時を思い出しているのか、ジャックは遠くを見つめるような顔をして、スラに聞かせる。この甲冑の、物語を。
「その騎士はね、ナイシュの罠にかかって体中穴だらけになったんだけど、執念で這いずって僕の所まできたんだ。不死の僕ですら痛みで動けないだろう、っていうくらいの傷なのにさ。……コレは、彼の仕えていた王が亡くなる時に身につけていた物らしくてね……僕に渡しながら、彼は護れなかったと言って泣いてた。命だけでなく、遺体も敵に渡って、辱められたって……この甲冑は、ゴミとして捨てられてたんだって。生ゴミとかと一緒に、一般市民も使う共同のゴミ捨て場に。そのゴミを、命がけでここに持ってきた彼を、でも、僕は馬鹿だなんて思わないよ」
淡々と、でもどこか懐かしそうに話すジャックの目は、慈愛に満ちていた。
その目を見て、スラは思った。その騎士は、きっとその後すぐに死んでしまって、でもきっと幸せそうな顔をして逝ったのだろう、と。だって、本当なら主を失った時に死んでいたかったはずだから。死にたいと思うほどの屈辱を、きっとその騎士は味わったはずだ。でも、彼は楽になる道を選ばなかった。これ以上主が辱められないように、貶められないように、せめて残された甲冑だけは、これ以上汚されないように、と――その想いを遂げたから、彼はきっと安らかに眠れたはずだ。
だから、今頬を流れているのは、憐れみの涙なんかじゃないと、スラは自分に言い聞かせた。
「……コレだけじゃない。ここにある『宝物』は、皆そうだ。一見ただのガラクタのようだけど、でも持ってきた人にとっては、かけがえのない『宝物』なんだ」
「うん」
「ねぇ、スラ。僕は思うんだけど、きっと『宝物』ってそういう物のことを指すんだよ。思い出とか、想いとか、愛とか、そんなものが沢山詰まった物を『宝物』って言うんだって、そう思う。実際、ここまで辿り着くのは、全部そういう物だしね」
「うん……うん」
流れ落ちる涙を、スラは乱暴に手で拭った。泣くのは間違っている。それは、失礼だと、スラは思ったから。けれど、その手をジャックに優しく取られ、頬をナイシュに舐められた。
「あんまり擦らぬほうが良い。赤くなるぞ」
「ごめんね、柄にもなく、なんか偉そうだったね。別に、お説教したかったわけじゃないんだ。ただ、何となく、スラには知っておいて欲しかっただけ」
どこまでも優しい番犬たち。それがまたスラの涙を誘うけど、それには気付かないフリをして、ゆっくりと頭を振った。
「ううん。ありがとう。心配してくれて。ありがとう。教えてくれて。ありがとう」
スラがそう言いつつ微笑めば、ジャックは手を離し、ナイシュは舐めるのを止めた。
自由になった腕で、スラはもう一度だけ目元を拭う。もう、涙は止まっていた。
「……全部、覚えてるの?ここにある『宝物』が、どんな風に大切な物なのか」
「うーん……どうだろう?ちょっと自信ないかな……」
「ふん。不甲斐無い奴だ。私は覚えているぞ。スラよ、話して欲しいのか?」
大きく頷くスラに、ナイシュもジャックも微笑んだ。
「そうか。では、どれが良い?スラには睡眠も必要だからな。全てを語る時間は無いから、どれか選ぶと良い」
快諾してくれたことが嬉しくて、スラは顔を輝かせると室内を物色しだした。ここに来てから初めてみせるスラの歳相応の姿に、ジャックもナイシュも頬が自然と緩んでいる。
(どうしよう、どれにしよう)
スキップしてしまいそうなほど浮かれていたスラだったが、両開きの縦長の木箱の前を通った瞬間、忘れていた背中の疼きが再発した。
(――また?)
立ち止まったスラを見て、ナイシュがゆっくりと近づいてきた。
「ほう、それか。実はそれが一番新しい預かり物だ。恐らく、この部屋の中にある物の中では財産的価値も一番であろう」
目が良い、とスラを褒めるナイシュだったが、その言葉はほとんどスラの頭には入ってきていなかった。ドクドクと、自分の心臓の音ばかり耳に響いて、煩かった。
(何、何、これ……?)
未知の感覚に足が竦んでいるスラに気付かず、ジャックはスラに中身を見せてやろうと木箱の取っ手に手を掛けた。
「ま、待って――!」
しかしスラの制止も虚しく、ジャックは木箱を開けてしまう。その、中にあった物は――
4枚の、翼。
淡く黄金に輝く、それは――
「うわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
幼い喉が張り裂けてしまいそうな絶叫が、木霊した。
読んでいただき、ありがとうございました!