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宝の山とはこういう事をいうのですね

この間よりは短めです。


では、どうぞ。




 ジャックがスラを連れて来たのは、1階中央の螺旋階段。その、ちょうど裏側に、地下に下りる階段があるのだそうだ。


 地下へ下りる階段は、一見すると壁のようなドアに隠されていて、ジャックが体で押し開けるとギシギシと悲鳴を上げながらそのドアが開いた。開いたドアからはカビ臭い空気が流れてきて、思わずスラは口元を手で覆う。


 「流石に、カビ臭いねぇ」


 「だから空気の入れ替えをしろと言ったのだ。……中は無事だろうな」


 「さぁ?」


 「貴様……!」


 低く唸るナイシュに、ジャックはまるで悪びれる風もなく言ってのける。


 「僕に頼むほうが悪いと思わない?」


 あ、跳びかかる。


 ナイシュの怒りの爆発をすぐ側で感じ、スラは思わずナイシュに抱きついた。スラ程度の体重ではナイシュを止める枷にもならないが、そんなことを考える前に体が動いていた。投げ飛ばされても仕方ない状況だったが、ナイシュはスラを弾き飛ばしたりはせず、その場で怒りに身を震わせている。逆立った毛からも彼が怒っていることが伝わってきて、スラは「ごめんなさい」と「ありがとう」を込めてナイシュの背を優しく撫でた。


 「……何か、ムカつく」


 ボソっとジャックが呟いた言葉はスラには届かなかったが、ナイシュにはしっかり聞き取れていたらしい。


 「貴様にそんな事を言う資格などあるものか。それよりも、貴金属にカビやら苔やらが生えていたら、どう責任を取るつもりだ?」


 「平気だよ。この先の部屋はデルサトが特殊な結界を張ってたから。空気は淀んでも、他は大丈夫――なはず」


 「無責任め」


 ナイシュはそう吐き捨てると、スラに薄紫の瞳を向けた。その瞳はひどく優しくて、そんな視線に慣れていないスラは恥ずかしさを覚えてしまう。もじもじし出したスラに、しかしナイシュは構うことなく言葉を向けた。


 「スラ。ここから先は少し足場が悪い。私の背に乗るといい」


 「へ?」


 あまりの提案に、スラは間の抜けた声を出してしまう。


 だって、考えてもみてほしい。ナイシュはオオカミなのだ。オオカミは、今はもう絶滅したと言われる、伝説の生き物である。その価値は要はドラゴンとかユニコーンとかと同じなのだ。その背に乗れと言われて、はい分かりました、などと軽く言える程、スラの神経は図太くない。


 スラの沈黙をどう取ったのか、ナイシュは安心させるように言葉を重ねる。


 「心配せずとも、そなたを乗せて駆けたりはせんし、仮に落ちそうになっても、私がフォローするから、安心するがいい」


 (い、いや、問題はそこじゃないんだけどな……)


 しかし自分の抱いている懸念をそのまま口にして、果たしてナイシュにその意味がちゃんと伝わるだろうか、と考えて、スラは口ごもってしまう。何となく、分かってもらえない気がした。


 そのまま動こうとしないスラに業を煮やし、ナイシュは強行策に打って出た。


 スラの背後に回り込むと伏せの姿勢を取る。そのまま前進し、スラの足元に体を滑り込ませて――


 「わぁっ!」


 突如体を襲った浮遊感に、スラは叫び声を上げる。バランスを失い、夢中でしがみ付いたのは自分の下にある白銀の毛――


 「ナ、ナイシュさん!」


 無理矢理スラを自身の背に担いだナイシュは、どこか機嫌が良さそうだった。スラに非難を込められて名を呼ばれても聞こえない風で、憮然としたジャックに短く告げた。


 「行くぞ」






 どういう仕組みになっているのか、地下へと続く長い階段は、スラたちが下りていく速度に合わせて、自動的に松明の明りを灯していった。それを不思議そうに見つめるスラに、ジャックは優しく教えた。


 「便利だろ?地下はね、昔デルサトが研究で使ってた場所なんだ。地下って外から光を取り入れることが出来ないから、普通はランプとか蝋燭とか持って歩くんだけど、あの人、極度の面倒臭がりだったからさ。魔法で自働的に明りが点くようにしちゃったの」


 「魔法って、そんなことも出来るんですか?」


 スラは魔法を使う人間を見た事があったが、それは指の先から火を出したり、そよ風を起こしたりする程度のものだった。これほど便利かつ広範囲での魔法など、存在することを今初めて知ったくらいだった。


 そんなスラの素直な質問に、ジャックは苦笑を交えつつ答えた。


 「結論から言えば、出来るよ。ただし、デルサト並の魔法に関する知識と行使する技術、それに膨大な魔力が必要だけどね」


 つまり、現実的に出来る人間は皆無ってこと、とジャックは言う。


 そうこうしている間に、長かった階段が終わる。

 目の前に現れたのは、この湿気とカビの臭いが漂う地下にありながら、まったく鮮やかさを失っていない深紅の扉だった。まるで宮殿にでもありそうな立派な扉は、およそこの空間に合っているとは言い難かったが、それでもこの先の部屋が凄く大事な部屋なのだ、ということが伝わってきて、知らずスラの体が緊張に強張る。その緊張が伝わったのだろう、ナイシュがクスリと笑う。


 「そう緊張せずとも良い。何も出てこぬし、仮に出てきたとしても、スラには我らが付いているのだ。何を恐れることがある。……それと……あまり強く引っ張られると、多少は痛いのだが……」


 言われて初めて、スラはナイシュの毛を強く握りこんでいることに気が付いた。慌てて離し、乱れてしまった毛を撫でつける。


 「すみません」


 「いや、構わぬ」


 「いっそもっとグチャグチャにしてやってよ。いや、僕が後で丸刈りにしてやる」


 その言葉に思わず後ずさったナイシュをおいて、ジャックが深紅の扉を開いた。




 「うわぁ」


 開いた口が塞がらない、とはこういう状態のことをいうのだと、スラは目の前に積まれた金銀財宝を前にそう思った。


 金貨や銀貨のみならず、スラの親指ほどの大きさダイヤモンドの指輪、エメラルドやサファイヤの散りばめられたブローチ、付けた耳が重さに耐えられないだろうという程の真珠のイヤリングに、絵画でしか拝めないような王冠まであった。


 それが、地下の入ってすぐの部屋に無造作に積まれている。そう、積まれている。高さはスラの身長以上。それが、5つ。


 (これだけあったら、遊んで暮らせるな……)


 自分の主たちの宝庫にも宝はあったが、これほどの質も量もなかった。


 「……これが、全部預かり物なんですか?」


 これだけの宝なら預けにくるのも納得だ、と思ってスラが聞くと、ナイシュが首を横に振った。


 「これは森で拾った物だ。持ち主は……魔物にでも喰われたのだろう」


 「……これ、全部ですか?」


 「そ。全部」


 「…………」


 いったい何人が魔物の餌食になったのだろう、と考えて、スラは途中で止めた。運が悪ければスラもこの宝の持ち主たちと同じ運命を辿っていたのだ。そう思うと、今さらながらに背筋が凍った。


 「……まぁ、スラは運が良かったよ。魔物に食べられることもなかったし、罠に引っ掛かることもなかった。きっと、ここに来る運命だったんだね」


 そう言って、ジャックはナイシュの上からスラを抱き上げると、壊れ物のようにゆっくりと山の前に下ろした。


 「さて、と。気に入ったのある?」


 「すぐに見つかるわけがなかろう……スラよ。主の宝物とは、どのような物だったのだ?似たような物があれば、それを持っていくのがいいだろう」


 「え、えと、確かサファイヤのネックレスです。大きなサファイヤの周りに、ダイヤモンドが付いてて……」


 チラリと見ただけの宝物を、スラは一生懸命記憶の中から引っ張り出す。そう、確かそんな形。それを身につけていたどこかのご令嬢がどうなったかなど、スラには分からなかったけど、気にしないようにしていたけど、あの綺麗な黒髪の少女は、きっともうこの世にはいないだろうとスラは頭の片隅で思った。


 「ふむ。ではその様な物がないか、探すとしよう……だから、たまにはここの整理をしろと言ったのだ。まったく……この中から探すのは、骨が折れるぞ」


 金も宝石も関係なく積まれた山を、嫌そうな目で見て、ナイシュが言う。それはきっとジャックに向けて言った言葉なのだろうけれど、元はと言えば、これはスラの問題である。


 「あ、いえ、僕一人で探します。これ以上二人にご迷惑は――」

 「なーに水臭いこと言ってるの」


 コツン、と頭を小突かれる。


 「遠慮など必要ないぞ、スラよ」


 「そうそう。一人で探してたら一日掛っちゃうけど、皆でやれば、すぐに終わるさ」


 「どっかの馬鹿が、常日頃から整理整頓というものに精を出していれば、もっと早く終わるのであろうが」


 「いちいち煩いな。過ぎたことを言っても仕方ないだろ?ほら、さっさと探せよ。お前はそっち」


 端の山を指さし、ジャックがナイシュに命じる。それにナイシュが異を唱えようとしたので、スラは新たな争いの種が生まれる前に言葉を発した。


 「あの!ありがとうございます!」


 一人と一匹は、その言葉に嬉しそうに頷いたのだった。

 





読んでいただき、ありがとうございました。



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