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王子様は笑い上戸



 目の前に用意された薄茶色のお茶に、スラの心はかき乱されていた。


 こんな、誰かも良く分からない人間の淹れた物など、絶対に口にしてはいけない。それが、例え人の良さそうな笑顔を浮かべていようとも、まるで王子様のような美青年であっても、絶対に口にしてはいけない。そんなことはスラにだって分かっている。だがしかし、スラは干からびそうなほど喉が渇いていたし、ほんのりと立ち上る甘い香りが鼻孔をくすぐるし、可愛らしい花模様の茶器が「飲んで飲んで」とスラに訴えてくるし……


 スラの中で色々な葛藤が起こり、段々頭が痛くなってきたところで、スラを面白そうに観察していた青年が「プッ」と噴き出した。


 「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。何にも入ってないって。あ、いや、茶葉は入ってるけど、その、つまり君に害を及ぼすような物は何も入ってないってこと。そもそも、僕には君を殺す理由がないだろ?」


 優雅な動作でお茶を口に運ぶ青年を注意深く観察し、大丈夫そうだと判断してスラも少量口にする。そして、あまりの美味しさに目を剥いた。


 行儀悪くそのまま喉を鳴らしつつ一気飲みし、茶器を戻すと青年がすぐにお代わりを注いでくれる。それに小さくお礼を言って、スラは青年と目を合わせた。


 「貴方は、『番犬』ですか?」


 途端、再び青年が噴き出した。さっきと違うのは、お腹を抱えてソファを転げ回っているところだろうか。


 (そんなに可笑しなことを、言ったかな)


 なぜ青年がこれほど笑っているのかスラには分からなかった。だって、今の質問は普通に誰もが思うはずだ。


 『金庫』は『番犬』が守っている――それが、スラの持っている一般常識ともいえる知識だ。それは、決して偏ったものではなく、世の大半の人がそうだと信じている。だから、『金庫』に居るこの青年こそが『番犬』なのではないか、とスラは思ったのだ。人の形をとっているのに『番犬』という呼び名に違和感を覚えなかった訳ではないが(実際に、スラは犬がこの屋敷を守っているのだと思っていた)、しかし家を守るのは犬と相場が決まっている。ならば、『犬』という所ではなく『家を守る存在』という意味でそういう呼び名になったのだとスラは解釈したのだが……


 (なんだか、違うみたい)


 息も絶え絶え、という状態になってようやく青年の笑いが止まった。多分、10分くらいずっと笑っていた。どうやら、王子様は笑い上戸らしい。


 「あー、お腹痛いー、超可笑しいー、あははは……あぁ、疲れた……あんまり笑わせないでよ」


 そっちが勝手に笑っているのだ、という言葉を、スラは賢明にも飲み込む。


 「えーと、なんだっけ?あぁ、そうか。僕が『番犬』――ふっ――なのかっていう質問だっけ?結論から言えば、違うね」


 途中再び笑い出しそうになりながらも、青年は答えた。しかし、その答えにスラはますます混乱する。


 「……ここは、『金庫』、ですよね?」


 「その呼び方自体、人が勝手に付けたものだけどね。本当の名前は何だっけ?なんか、すごーく長ったらしい名前なんだよ。えーと『夢見がちな乙女、メイルルード・マド・フィディアン・カルダサに捧ぐ愛の序奏曲ラプンドマに因んだ箱庭付き大豪邸』だったかな?なんせ聞いたのが何百年も前だからね、ちゃんと覚えてないし、何より長くて不便だから『金庫』でいいんじゃないかな。で、結論から言えば、その通り。ここは『金庫』だよ」


 (……ふざけてる、の?)


 ニコニコと笑う青年からは何も読み取れなかった。ふざけているのか、誤魔化しているのか、嘘なのか……

 『金庫』に住みながら、しかし『番犬』ではないという。ならば――


 「……貴方は、何者ですか?」


 「うーん、難しい質問だね。何が難しいって、君がどんな答えを求めている質問なのか分からないところが難しいね。そうだな……名前はジャック。『金庫』でずっと暮らしている。何年経ったかは数えてないから分からないけど、多分、数百年はいるんじゃないかな」


 「す、数百年……?」


 思わず、男の言葉を復唱してしまう。だって、目の前の青年はどう見ても20代前半の若者で、とても数百年も生きているようには見えない。いや、そもそも人間が数百年も生きられる訳がないではないか。


 そんな馬鹿な、と驚愕の表情で固まったスラを見て、ジャックは楽しそうに笑った。


 「嘘じゃないよ。僕は不老不死でね。歳をとらないし、どんな怪我を負っても死なないんだ。便利なようで、不便な体なんだよ、これが。……ところで、君の質問に僕はちゃんと答えられただろうか?」


 言われて、スラはハッとした。


 「あの、貴方は『番犬』ではないということですが、でも、僕は、『金庫』を守るのは『番犬』だと聞いています。……『番犬』以外にも、ここには人が住んでいるのですか?」


 「あぁ、成程ね。そういうことか……んーとね……どう説明しようかな……確認なんだけど、君は『金庫』のことを、宝の隠し場所、みたいに思っている?」


 スラは素直に頷いた。


 「で、その宝を『番犬』が守ってるって、思ってるんだね?」


 これにもスラは頷いた。


 「うん。結論から言えば、それは大きな勘違いだね」


 「勘、違い……?」


 「そう。『金庫』に住んでいるのは、僕ともう一匹いるけど、僕たちは別に宝を守る為に居る訳じゃない。この屋敷の留守を守っているんだよ。要は留守番。屋敷自体も、別に宝の隠し場所として存在してるわけじゃないよ。ここは、あくまで個人の屋敷。なのに、なんでか宝物をここに預けようとする人間が多いんだよねー、正直な話迷惑してるんだ。でもこの屋敷の主が、『面白そうなら預かってもいいよ』って言ってたから、まぁ運良く僕たちに出会えて、且つ面白そうな物は預かっていたりはする。けど、基本放置だよ。鍵とかかけてないし。自分達で面倒みてたほうがよっぽど安全だと思うんだけどね」


 飄々と告げられる『世界一の金庫』の真実に、スラは眩暈を覚えた。


 (御頭の宝は、ちゃんとここにあるんだろうか……)


 この様子だと、どこに預かった宝物があるかも把握していそうにない。


 (でも、さっき(トラップ)があるって言ってたし……一人で探せるかな……)


 「あーと……その、夢を壊しちゃったんなら、その、ごめんね?」


 黙りこくったスラに、ジャックは自分が幼い子の夢を壊してしまったと勘違いしたようで、謝罪を口にした。眉が下がった顔は本当に困っているようで、こちらの方が罪悪感を覚えてしまう。


 「いえ、驚きましたけど、落ち込んではいません」


 「そ、そう?なら良かった……。ところで、君はどうしてここに……」


 言っている途中で、はっとジャックの顔が強張った。そして俯いて頭を横に振ると、滝のように言葉が流れだした。


 「いやいや、ごめん。本当に、ごめん。何でって、そりゃ宝物預けに来たんだよね?それ以外に用なんてないよね。で、その前に、僕は君の心を粉砕しちゃったんだよね?あぁ、本当に、ごめんなさい!魔の森を抜けるなんて危険を冒してまで来たのに……大丈夫!君の宝物だけは、僕が責任を持って守るよ!せめてもの償いに!」


 身を乗り出し早口に捲し立てるジャックはどこか泣きそうで、スラの方が慌ててしまう。


 「あの、僕は宝物を預けに来たわけではないので、安心してください」


 「へ?」と間の抜けた声を出して、ジャックが停止する。


 「じゃあ、どうしてここに?」


 「探し物が、あるんです」


 「探し物?」


 こんなところに?という彼の無言の問いに、スラは頷いた。ひょっとしたら探すのを手伝ってもらえるかもしれない、という期待を胸に抱きながら。


 「3日前に、僕の仕えている主の宝物が盗まれてしまって、その盗人が、『金庫』に逃げ込んだっていう情報が寄せられたんです。それを返してほしくて、僕はここに来たんです。心当たり、ありませんか?」


 「3日前?」と怪訝そうな顔をして、ジャックは首を横に振った。


 「僕が記憶している限り、そんなに最近人間は来てないよ。多分、君が10年ぶりくらいの来客じゃないかな」


 その言葉に、スラは鈍器で頭を横殴りにされたような衝撃を受けた。


 (そ、んな……)


 宝を持ち帰らない限り、スラの命はない。


 では、その宝が目的地になかった場合は――?


 『金庫』には来てなかったそうです、なんて言葉、信じてもらえるわけがない。『金庫』に行かなかったのだろう、と罵られ嬲られ殺されるだけだ。


 目の前が真っ暗になった。


 蒼白になり小さく震えるスラを見て、ジャックは再び慌てた。


 「え、えと、そ、そうだ!」


 名案が浮かんだ!とばかりに手を叩き、ソファから飛び上がるとジャックはスラの腕を引いた。


 「あいつに会いに行こう!もう一匹の居住者に!ひょっとしたら僕が気付く前にあいつが食べちゃったのかもしれないし、ね!」


 言い終わるや否や、ジャックは物凄い勢いで歩き出した。腕を掴まれたままのスラはその勢いに付いていけず、足はステップを踏んでいるかのように床についている時間のほうが短い有様だ。


 しかし、それ以上にスラの頭を占める問題は――



 (食べるって……食べるってなにーーーー!!??)






読んでいただきありがとうございました!


次は明日更新できると思います(^^)

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