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僕の秘密




 「……そう、ですか」


 掠れた声で、スラはそう言った。それ以外の言葉は、出てこなかった。


 恐らく、村でのジャックを見なければ、スラは今の話を信じなかっただろう。だって、ジャックはとっても優しくて、人懐っこい人だったから。そんな面しか『金庫』では見なかったから。


 (でも……ナイシュさんの話は、本当なんだろうな)


 光りの差し込まない暗黒――村の男達を蹂躙していたジャックの姿は、それがぴったりと当てはまった。


 人を殺すことに慣れているのだと、そうスラは思った。無駄のない動きに、躊躇いのない攻撃に、それを感じた。


 でも。


 だから、どうしたというのだろう。


 「……それで、その話は今必要だったんですか?」


 スラの質問に対する答えは、何もそんなジャックの過去を話さずとも良かったはずだ。ただ、巨大な魔力で身体強化している、とそう説明すれば事足りる。それなのに何故、と問えば、ナイシュは視線を和らげ優しく微笑んだ。


 「いや、必要はなかった。ただ私が聞いて欲しかっただけだ。ジャックはあれで、引っ込み思案な所がある。今さらながらに、スラに嫌われたらどうしよう、と悶々と悩んでいるだろうと思ってな。少しは、同情を引いておいてやろうとしたのだが……要らぬ世話だったようだ」


 「そうですね。僕は、暴力に慣れていますし、それに、力は使う人間によって善にも悪になる物だって思います。僕はジャックさんが優しいんだってこと、知っているから、ジャックさんが昔どんな風でも、今は無闇に力を使う人じゃないって、そう信じます。あの程度で嫌いになんか、なりません」


 「……そうか」


 ナイシュは、スラの方へ近づくとその額に鼻を寄せる。湿った鼻先から温かな何かが流れてきて、体中の痛みがどんどんと引いていきスラは驚いた。


 「えっと、」


 「治癒魔法だ。……折れた肋骨は、くっついているがまだ脆い。安静が必要だ」


 「あ、ありがとうございます」


 慌てて頭を下げたスラに、ナイシュは言う。


 「先の言葉への礼と、せめてもの詫びだ。……すまぬ、スラ。辛い目に合うのではと、危惧していたのだが……やはり、無理にでも留めておくべきだった」


 「そんなこと、ナイシュさんが責任を感じることじゃないです。あそこが、僕の帰る場所ですから…………もう、無くなっちゃったけど…………」


 寂しくなどないし、未練など欠片もない。しかし、それでもまだ子どものスラが誰の手も借りずに生きて行くには、世界は厳しかった。


 漠然とした不安を覚え俯くスラ。そんなスラの頭に、温かな何かが乗る。


 反射的に顔を上げたスラは、そこに優しく微笑む王子様を見つけて、言葉を失う。


 「ジャック、さん……」


 村で血を洗い流してきたのか、彼はもう血に染まってはいなかった。ジャックは先程までの殺戮を感じさせないカラリとした笑顔を向けると、とても明るく言ってのけた。


 「うん。ごめんね、何の説明もなく連れて来ちゃって。あと、村、潰しちゃって」


 そんな軽いノリで言うことではないとスラは思ったけれど、あの場でジャックが来なければ死んでいた身としては、彼を諌めることも出来なくて「いえ」としか返せなかった。


 「それで?」


 ナイシュが苛々した様子でジャックに問う。ナイシュもまた何も聞かされることなくあの場にいてスラを連れてきたのだから、訳を聞きたいと思うのも当然だった。


 ジャックはスラの頭から手を離すと、跪いて視線を合わせた。澄んだ碧の瞳に見つめられ、スラは一瞬ドキリとする。


 「あのね、スラ。説明する前に、確認したいことがあるんだ」


 いつになく真剣な様子のジャックに、スラは緊張した。




 「――スラは、3階から屋敷に入ったんだよね?」




 ドクン、とスラの心臓が人生で一番大きな鼓動を刻んだ。体が緊張に震えだす。震えを止めようとすればするほど、冷や汗が流れた。


 「何を言っている?届く訳がないだろう」


 震えるスラに気付かず紡がれたナイシュの怪訝そうな言葉を、しかしジャックは自信を持って否定する。


 「いいや、スラは3階から入ったんだ。だから、罠に掛からなかったし、ナイシュじゃなくて僕に遭遇したんだ」


 「……確かに、3階から入ったのなら罠に掛からないだろうが、しかしそんな事で」


 「それだけじゃないよ。泥が3階の窓に付着してた。そこ以外に、誰かが入った形跡がないんだよ」


 「……それが本当だとして、どうやって入ったというのだ?」


 ふわりと、ジャックが微笑んだ。




 「飛んだんだよね?」




 ビク、とスラの肩が跳ねる。誤魔化さなければいけない場面で、何故反応してしまうのだ、と後悔しても遅かった。




 「スラは、有翼人種なんだよね?」


 「…………」


 沈黙が、答えだった。


 ぎゅ、と爪が食い込むほど硬く握られた拳を、ジャックは優しく手で包み込む。すっかり冷たくなってしまったスラの手に自分の温度を分けるように、ゆっくりと摩ってやると、スラの目に涙が浮かんだ。


 「スラ……安心して。僕らは君を傷つけない。君の事を公にするつもりもない。ただ、確証が欲しいんだ。君を守る、理由が欲しい。だから、お願い。信じて」


 真っ直ぐに自分に向けられる瞳はとても真摯で必死だった。こんな目を誰かに向けられたのは初めてで、こんな言葉を向けられるのも初めてだった。


 だから、スラは今まで誰にも打ち明けたことのなかった秘密を、明かす決意をした。



 「………………うん。……うん。信じ、るよ」


 消えそうな程の小さな呟き。


 スラはジャックの手を握りしめ、自分の額に押し付けた。そして――




 ふわりと、スラの背中から生える2枚の翼。まるで鼓動するかのように黄金色の光を放つ翼は、それ自体が生きているかのように魔力に満ち溢れ、見る者を圧倒する。身に巨大な魔力を宿すジャックも、伝説の生き物であるナイシュも、その翼の神々しさに圧倒され、感嘆のため息を零した。


 「…………綺麗だ」


 その言葉に、スラは怖々と目を開く。怯えるスラに、ジャックは蕩けそうな笑みを向けて告げた。


 「とっても綺麗だよ、スラ。本当に、綺麗だ。生まれて初めて、こんなに綺麗だと思えるものに出会った」


 熱っぽくそう言われて、スラの顔に熱が集まった。今が夜で本当に良かったと、スラは思った。


 「あり、がとう」


 「しかし、解せんな。これだけの魔力を感知できないとは……」


 「私の鼻はどうしたのだ?」とナイシュが不可解そうに首を捻るので、スラは種明かしをすることにした。


 「ナイシュさんの鼻は、正常だと思います。僕たちは、翼に魔力を溜めるから、仕舞ってしまうと感知しずらいんです。特に、僕はまだ4枚生えていないから、魔力も弱いし……だから、今まで隠すことが出来たんです」


 もしバレたら、きっと翼を捥がれていただろうとスラが言うと、二人の顔が苦いものへと変わった。その優しさが嬉しくて、スラの顔に笑みが浮かんだ。


 「もう、良く覚えてないけど……多分、母がそう言っていたと思います。絶対に、翼を出してはダメだって」


 「成程な。地下で倒れたのは、同族の魔力に当てられたからか……男の振りをしているのも、母親に言われたのか?」


 「はい、女と分かったら、酷い目に遭うと」

 「ちょっと待った!!」


 手を挙げて、ジャックが会話に入ってくる。その顔は、信じられない、というように目を見開いていた。


 「……スラは、女の子、なの……?」


 「……気付かなかったのか?」


 「いやいや、むしろ何でお前は知ってるんだよ!?」


 「匂いで分かる」


 「……うわー、変態」


 「何故そうなる!?私はオオカミだぞ!!匂いで判別するのは普通だ!!」


 「えー」


 「納得いかないのは私だ!!」


 「ま、まあ落ち着いて下さい。バレないように僕も気を付けていましたし、ジャックさんが気づかなくても仕方ないかと……」


 「……でも何か悔しい……」



 「ふん。だからスラという名を聞いた時、疑問に思ったのだ。スラは男児の名だからな。……で、スラが有翼人種であることは分かったが、それがスラを迎えに行くこととどう繋がるのだ?」


 ナイシュの問いに、ジャックは視線を彷徨わせた。迷うような仕草に、スラは繋いだままだった手に力を込めて、ジャックに乞う。


 「教えて下さい」


 「………………スラには辛い、ことかもしれない」


 「構いません。こう見えて、僕は結構打たれ強いんですよ」


 そう胸を張れば、ジャックは少しだけ体に入れていた力を抜いた。


 「…………『金庫』には、有翼人種の翼がある。ナイシュいわく今から8年前に預かった物なんだけど、その、翼は………………」


 一度、言葉を切って。


 息を吸うと、ゆっくりとジャックは告げた。







 「君の、母親の物だ」













読んでいただき、ありがとうございました!


次回はまだ書き終わってません……

なるべく早く、アップします。

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