美しき化物
お待たせしました。
今回も前話に引き続き、暴力表現が多数出てきます。苦手な方はご注意下さい。
では、どうぞ!
スラを見つけ、ジャックの顔に喜色が浮ぶ。しかし次の瞬間には顔から全ての表情が失われ、まるで精巧に作られた人形のような冷たい美貌に、スラはいいようのない恐怖を覚えた。
ただただ優しかった彼。
笑顔を絶やすことのなかった彼。
そんなジャックの変貌に、スラは付いていくことができずにいた。
「おい!てめぇ、黙ってねぇで、質問に答えろ!何者だ!」
「……スラ、顔、どうしたの?」
周囲の怒声を意に介さず、静かな声でジャックはスラに問う。
きっと腫れてしまった頬を心配しての言葉なのだと分かっているのに、その声に隠されたジャックの怒りに、スラの肩が大きく跳ねた。
「っ無視すんじゃねぇ!」
痺れを切らし、ジャックの背後から男が飛び出す。手に持つ大ぶりの剣でジャックの首を落とそうと斬りかかるが、剣が届く前にジャックの回し蹴りが男の腹部にきまる。メコ、という音と共に男の腹部が異様な程凹み、口から大量の血を吐きながら宙を舞う。首から地面に叩きつけられた男は、そのままピクリとも動かなくなってしまった。
しん、と静まりかえった世界。
屈強な男どもすらその体を縮こまらせ、息を殺して美しい侵入者に視線を向ける。それは、純粋な恐怖だった。男達の額には大粒の汗が滲み、膝が震えている者も一人や二人ではない。
しかし、元来耐え症のない男達である。いつ動くか知れない侵入者を相手に、緊張状態で待ち続けることなどそう出来るわけもなく。
「っうおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!」
雄叫びを上げながら、ジャックに襲いかかる男達。
弾き飛ばされ追い越され、多くの男達の背中越しに、しかしスラはジャックの顔に暗い笑みが浮かぶのをしっかりと見たのだった。
そのまま茫然と佇んでいては男達に踏みつけられる、とスラは混乱する場からどうにか抜け出すことに成功した。
少し離れた場所からジャックの方を見れば、自分に暴力を振るっていた男達が次々と宙を舞っているところだった。男たちの背に隠れて、ジャックの姿は見えない。
「……どうして……」
無意識に、言葉がスラの口から零れた。
なぜ、ジャックはここにいるのだろう?
なぜ、ジャックは男たちと戦っているのだろう?
答えの出てこない疑問ばかりが頭をぐるぐると周り、思考が上手く纏まらない。どうしていいかも分からず、スラは地面に座って人が宙を舞う様子を見ていた。
その時だった。地面を踏む音がすぐ側で聞こえて、スラは自然と視線をそちらに向ける。そこには、白銀の毛を夜の色に染め始めた獣がいた。
「……ナイシュ、さん?」
「あぁ。先程ぶりだな、スラ」
およそ4時間ぶりか、と呟いたナイシュの声が何だか懐かしくて心地よくて、スラの目にうっすらと涙の膜が出来る。
「……何が、あったんですか?」
途方に暮れたようなスラの言葉に、ナイシュは首を横に振る。
「私にも分からない。ジャックは何も言わなかったのか?」
頷いたスラの頬を、ナイシュの温かな舌が舐めた。ピリ、とした痛みが走って、そういえば御頭に叩かれたのだと思い出す。別に、特別な事でもないのだ。けれど、ナイシュの顔はスラの代わりというように痛みに歪んだ。
「……すまない」
「?何がです?」
「……とにかく、一旦ここを離れるぞ。ああなると、ジャックは見境がなくなる」
ナイシュはそう告げると、スラの首根っこを銜えた。しかし、スラはそれに抵抗を示す。
「で、でも……」
「ジャックは死とは無縁だ。それに、あんなゴロツキ程度、不死でなくともジャックの敵ではない」
その言葉を不思議に思い、質問をしようとしたスラだったが、「おい!てめぇ、どこに逃げる気だ!その犬は何だ!?」という野太い声が耳に届き、思わず身を強張らせる。
しかし、その男がそれ以上言葉を発することはなかった。突如、炎上したのである。まるで火の気配のない出火は、明らかに魔法によるもので、男たちの間に再び動揺が走る。
「私は犬ではない。オオカミだ」
低く、地を這うような声がすぐ側から聞こえてきて、それでスラは今の火炎魔法はナイシュによるものだったと知ることが出来た。
攻撃されている男たちにも、どうやらナイシュの言葉は届いたらしい。新手の登場に、恐怖を原動力として動いていた男達の攻撃の手が止まった。
「……何なんだよ……何なんだよ、お前らはっ!!なんだってんだよ!一体、何が目的だっ!その餓鬼か!?その餓鬼が欲しいのか!?欲しいなら、とっとと持って行け!!そんな餓あああぁぁぁぁぁぁ!!」
響き渡る断末魔の声。
湧き起こる悲鳴。
そんな騒音を、一つの飄々とした声が斬り裂いた。
「うん。じゃあ遠慮なく、スラは連れて行くね。ナイシュ」
ナイシュはジャックの言葉に頷くと、スラの首を締めない程度の速度で走り出した。
しなやかな肢体が森に向けて消えるのを黙って見送った後、男達の視線は残ったジャックに向けられた。早く行け、と訴えてくる視線を、しかしジャックは無視した。
「……用が済んだんなら、とっとと行け」
動かぬジャックに痺れを切らし、頭を剃りあげた男が口を開いた。その声は低く凄むような響きを持ってはいたが、かすかに震えていることにジャックは気が付いていた。
「うーん。最初は、僕もスラを連れて行ければ、それでよかったんだけどなぁ」
ゴクリ、と誰かの喉が鳴った。
「なーんか、スッキリしないんだよなぁ。納得出来てないんだよなぁ。なんでだろう………………あぁ、そうか」
ジャックは、ゆっくりと唇の端を持ち上げる。
ゾク、と背筋が凍る程の、冷たく鋭利な微笑みが、そこにはあった。
「――血が、足りないんだ」
「……何なんだ、何なんだ、何なんだ……何だってんだよ、畜生っ!!」
無くなった右足からは心臓の鼓動に合わせて血が噴き出し、痛みに全身から汗を噴出させながら、御頭は地面を這いずっていた。もう、動いているのは御頭と美しい化物だけだった。大勢の部下は、既に男によってただの肉塊になり果てている。最初こそ肉弾戦だった化物は、スラが居なくなった途端手に斧を持ち、男たちの首を一撃で狩っていった。まるで作物でも刈っているかのように、簡単に迅速に、化物は首を狩った。
御頭には分からなかった。なぜこんなことになっているのか。何が起きているのか。これっぽっちも分からなかった。
逃げ場のない憤りを、唾を飛ばしながら撒き散らすことしか出来ず、そうやって、ただ自分の首が狩られる瞬間を待っている現状を御頭は憎悪した。
「畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生!!!!何だ、お前は!何で俺達を狩る!あの伯爵令嬢の仇か?それとも、あの餓鬼に頼まれたのか?幾らで雇われた?俺が、その倍でぇっ!!」
「煩い。もう黙れよ。最後まで、無様な奴だ」
残っていた足も切断され、御頭は痛みに地面をのたうち回る。それを冷たく見下ろしながら、ジャックは最後に男の質問に答えてやった。
「お前らを殺るのは、スラに手を上げられて腹が立ったから。てめぇらが生きていたら、スラが気にしそうだしな。頼まれたのは、スラにじゃない。スラを大切に思う人にだ。金で俺は雇われない。俺は――『番犬』だからな」
その言葉に、御頭は目を剥く。
そんな様子を気にもかけず、ジャックは「あぁ」と思い出したようにズボンのポケットを漁り、それを御頭に投げた。
キラリと光る、サファイヤのネックレス。
「スラが探してたのって、それだろ?良かったな、戻ってきて。あの世でスラに感謝しろ」
すっと、持ち上げられたのはたっぷりと血を吸った斧。ついに自分の番が来たことを理解した御頭の目に、涙が浮かぶ。
「お前は……お前は一体なんなんだ」
「『番犬』、もしくは――」
「『首狩りジャック』」
シュ――ゴトン。
読んでいただき、ありがとうございました!
あと少しで完結です!
もう少しお付き合いください!




