僕の帰る場所
大変お待たせしました!!
今回の話は暴力表現が多々出てきます。
苦手な方はご注意下さい!
では、どうぞ!
陽が西の地平線に消えたころ、スラは視界に村を捉えることに成功した。
木の杭と鉄網で作られた、簡素な村の境界線。魔の森とそれほど距離があるわけでもないこの地には、あまりに頼りないソレ。しかし、国に認められていないこの村が自力で作れる壁などこんな物だった。
この村は、この界隈を荒らす盗賊団の根城だった。
そんな村の、スラは奴隷だった。
村を視界に入れて、スラは思わず口に手を当てる。胃の中の物が拒絶のあまり逆流しそうになったのだ。喉元までせり上がった物を、スラは気合で嚥下した。喉が焼けて、涙が滲む。
(ずいぶんと、涙腺が弱くなったな……)
『金庫』を訪れる前は、これほど涙は簡単に出なかったとスラの顔に自嘲の笑みが浮かぶ。
ここは、涙の許されぬ場所だ。涙なんて見せれば、もっと殴られる。殴られて死んでいった奴隷たちを、スラは何人も見てきた。
ぐっと拳を握り、スラは覚悟を決める。
ここ以外に、スラに帰る場所はないのだから。
境界線の裂け目、村の入り口に男が一人立っている。焼けた肌に荒んだ目をした男は、スラの姿を見て嫌悪感を覚えるような笑みを浮かべた。黄ばんだ歯の間から紡がれる言葉に、スラの体は小さく震える。
「何だ、生きてたのか。逃げたか食われたかで、皆賭けてたんだがなぁ。まぁ、どうせこれから御頭に殴り殺されるんだろうが。ククク」
卑下た笑みに、スラの心が凍っていく。
(あぁ、そうだ)
なぜ忘れていたのだろう、とスラは自分が不思議になった。
(ここは、こういう場所だ)
自分は常に蔑まれ、貶められ、いいように扱われる、ただの人形。ただの玩具。
(分かっていたじゃないか)
スラの顔から感情が消え、体の震えも納まる。それを見て、男はつまらなそうに鼻を鳴らしたが、それ以上スラに何か言うことはなかった。ただ体をずらしてスラが通れる道を作る。
スラはその僅かのスペースから村の中へと入っていく。振り返ることも、躊躇うこともせず、ただ動く。その様は、まるで人形のようだった。
御頭のいる小屋に入って、すぐに横からの衝撃がスラを襲う。目の前を星が飛び、脳が頭蓋骨の中で踊る。思わずその場に膝を付いたスラは、しかし上から床を踏み破る勢いで踏みつけられ、地面に倒れた。自分の側頭部の骨が軋む音を聞きながら、スラは必死に視線を彷徨わせ、多くの男達の中からその人物を見つけた。
「お、かし、ら……」
スラの視線の先には、頭を剃り上げた30代後半とおぼしき男の姿があった。他の男たちと同じように焼けた肌をしていて、腹周りには贅肉もついていたがまぁ鍛えられた体の持ち主だった。裸の上半身の上にコートを羽織り、御頭はこんなテントには不釣り合いの大きな椅子に足を組んで座って、地面に踏みつけられているスラを洞窟のように暗い目で睥睨していた。
「随分、遅かったじゃねぇか。待ちくたびれたぞぉ。どんくらい待ちくたびれたかっていうと、つい苛々して最近買って来た奴隷を一匹、解剖しちまったぐらいだ。分かるかぁ?」
多分、最近やってきたスラよりは少し歳上の女の奴隷だろう。彼女は泣いてばかりで、よく男たちの怒りを買っていたから。殺されてから解剖されたのか、生きながらに腹を裂かれたのか――恐らくは後者だろうとスラは思った。
そのことに、スラは寂しさも憐れみも悲しみも、感じない。ただ、自分じゃなくて良かったと、安堵の思いだけがあった。
「申し訳、ありま、せん……」
「どうすっかなぁ。奴隷だって、結構高いんだよなぁ。まぁ、お前がちゃんとお使いできたってんなら、手加減してやるけどよぉ」
御頭の言葉に、周りに控える男達から暗い笑みがこぼれる。
盗賊というだけあって、皆暴力を振るうのが好きなのだ。弱い者を傷つけ、自らの優位を確認するような、そんな連中だった。
「で?物は?」
御頭の言葉に、スラは不自由な身体を動かし何とかポケットからネックレスを取りだす。
シャラ、と涼やかな音を立て、ネックレスが皆の目に映る。途端、場に息を飲む音が響いた。そりゃそうだ。これほどの価値のある宝など、絵画の中でしか見たこともないだろう。
御頭がガタン、と音をたてて立ち上がり、スラの手からネックレスを奪い取る。
「おま、これは……これは、どこで?」
目の前にネックレスを翳し食い入るように見入る男は、普段見せる冷酷な様子など微塵もなく、ただ欲に塗れていた。それを、汚いと思いながらスラは答える。
「『金庫』で」
「……盗んできたのか?」
「……もらいました」
「『もらった』……?」
なぜ正直に話してしまったのか。しまった、と思った時には遅かった。
御頭はスラの頭を踏みつけていた男をどかすと、スラの胸倉を掴んで引き上げる。足が宙に浮き、締まった喉が苦しかったけれど、スラは顔には出さずに目の前の汚らわしい目を見た。ギラギラと、油ぎったその目に嫌悪を覚える。
「誰に、もらったってんだ?」
「……『番犬』に」
二人にこれ以上迷惑をかけたくなかったのに、それ以外に答えを思いつかなくて、スラは答えた。
「『番犬』だぁ……?」
御頭の視線が鋭くなる。嘘は許さないと、その目はいっていた。
「はい。……噂は本当でした。彼らは、子どもには手を出しません。僕の事情を察してくれて、それを持たしてくれました。それは、彼らが個人的に所有していたもので、預かっている物ではありません。だから、彼らが取り返しに来ることも」
「他にも、奴らの所有していた金目の物はあったか?」
御頭がスラの言葉を遮って、聞いてきた。
ひやり、と冷たい手で心臓を掴まれたように、スラの心臓が縮んだ。分かっていた反応ではあるけれど、いざその時になると緊張に体が固まる。
(うまく、やるんだ。大丈夫。出来る)
自分に言い聞かせ、スラは声が震えないように言葉を吐き出す。
「いいえ」
バシンッ!
鼓膜が破れるのではないかという大きな音が耳を襲い、遅れて頬にジンジンとした痛みを覚えた。それでようやく、頬を叩かれたのだと気が付いたが、気が付いた瞬間今度は逆の頬を衝撃が襲う。
抵抗することもなく、ただ衝撃に耐えた。
しばらく肉を打つ乾いた音が響いたが、5往復程して、ようやく御頭の手が止まった。
「……目ぇ、覚めたか?あぁ?」
次の瞬間には体が宙に浮き、壁に激突した。内臓が軋んで、体内の空気が一気に吐き出される。しかし空気を吸う前に、御頭の足がスラの鳩尾を踏みつけた。
「っが、は!」
堪え切れずに出たうめき声を踏み消すように、御頭は踵でスラの腹部をグリグリと抉る。胃が悲鳴を上げた。
「……今すぐにでも殺してやりたいが……まだお前には仕事があるからなぁ」
「……御頭?」
周囲から上がる疑問の声に、御頭はにやりと唇の端を吊り上げた。
「野郎ども、出立の準備だ。久々に、でかい獲物にありつけそうだぞ」
ククク、と楽しそうな御頭の様子に、しかし周りの男たちはついていけていないようだ。
「ど、どういう……?」
「あぁ?お前は馬鹿か?この餓鬼は、嘘をついてんだよ。ってことはだ、まだ宝があったんだろうよ。そうだろう?」
スラを踏みつける足に力を入れて、御頭が笑う。スラはうめき声を堪えるのに必死で返事などできないが、元々返事は期待していないようだった。
「つ、つまり……」
「おうよ。『金庫』を襲う」
その言葉に、スラは凍りついた。
「で、でも『金庫』っすよ?」
伝説の『金庫』を襲うと聞いて、男たちも動揺しているようだ。
御頭はスラの上から足をどけると、動揺を口にした男の元へ行き――男を殴り倒した。
巨体が吹っ飛び、その様子に周りの男達に緊張が走る。
「てめぇ、俺に楯突くのか?あぁ?!」
「そ、そんなんじゃありません!ただ、化物がいる所に、いきなり乗り込んでも」
御頭の拳骨が再び男を捉え、その口を塞いだ。
「俺がそんなことをするとでも思ってんのか?俺は無能とでも言いたいのか?この脳なしが!」
「がふっ!」
御頭の足が男の顔面に直撃し、男の鼻から大量の血が流れ出る。
「いいか?この餓鬼は、どうやら『番犬』に襲われないらしい。だけじゃなく、宝をもらえる位には気に入られてる……こいつを使わない手はねぇ!こいつに良くしてくれた礼を言いに来たってことにすれば、向こうもいきなり攻撃はしてこねぇだろうさ。隙を見て大勢で攻撃すりゃ、いくら『番犬』でも対処しきれるわけがねぇ!ははは!どうやら俺たちにも、運が向いてきたみてぇじゃねえか!」
御頭の言葉に、男達の瞳に欲の光が宿る。顔も上気し、乗り気になっているのは見ればわかった。
床に転がったまま、スラは絶望の思いでそれを見ていた。
(敵う訳がないのに)
ジャックは不死だ。ナイシュはオオカミだ。
人が、どれほど大勢でかかったとしても、敵う訳がない。
そのことを、スラは教える気にもならなかった。こんな連中は死んだほうがいいと思うのだ。人類の為に。
ならば何に絶望したのかと言えば――自分が囮になる事にだ。
結局、自分は彼らに迷惑をかけることしかできないのだ。あんなに優しくしてもらったのに、あんなに嬉しかったのに、自分は裏切るのだ。
優しく頭を撫でてくれた人を、美味しいご飯をくれた人を、自分は裏切るのだ。
温かな舌を持つオオカミを、「また、おいで」と言ってくれたオオカミを、自分は裏切るのだ。
視界が歪んだ。
嗚咽が喉元まで上がって来ていた。
(どうして、僕はこんなに弱いのだろう)
非力な自分が憎かった。こんな自分が大嫌いだった。
(こんな、こんな自分なんて……)
いらない。
それは、自分でも驚く程自然に出てきた、答えだった。
迷いはなかった。だって、スラは見つけたのだ。自分の命より大切な、『宝物』を。
二人に出会うまで、スラは自分の命だけが大切だった。生き残る為だけに必死になっていた。でも、もういらないと、思えた。
二人と過ごした、たった半日の短い、けれど幸福な記憶。
二人から受けた、羽毛のように柔らかな、少しだけくすぐったい好意。
それを、穢したくなかった。
今なら、傷だらけの甲冑を預けた騎士の気持ちを理解出来ると思った。
死を覚悟したスラは、己の命を断つ物を探し、視線をさ迷わせる。
近くに立つ男の腰に下がったナイフに狙いを定めたスラは、音を立てないよう体を起こす。体のいたる所が痛んだ。けれど、そんなことに気をつかっている余裕はスラにはなかった。失敗したら、悟られたら、終わりだ。
息を殺し、男に近づく。
もう少しで、ナイフに手が触れる――その時だった。
バタン!と大きな音を立ててドアが開き、男が小屋に転がりこんできた。
皆が驚き、「何だってんだ!?」と声を荒げた御頭に、男は白くな顔を向けた。そのあまりの白さに、御頭すらも言葉を失くす。
「ば、化けもんが、化けもんが……化けもんがっ!化けもんがきました、御頭ぁぁああ!」
目をひん剥き、喉が破れんばかりに絶叫する男。その男の背から、血柱が上がる。
誰も動けず、誰も話せず、ただ男が地に倒れるのを呆けたように見ていた。
倒れた男の背には、深深と斧が突き刺ささっていた。
最初に動いたのは御頭だった。
青筋を立てて外に飛び出していった御頭の後を、男たちが次々に追って行く。
誰もいなくなった小屋で「てめぇ、何者だ!」と激高する御頭の声を呆然と聞いていたスラは、しかし信じられない声を聞いてしまった。
「こんにちはー。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
その緊張感のない言葉に、声に、スラは小屋を飛び出した。
もつれそうになる足を動かし、体の痛みを忘れ、脈打つ心臓を抑えながら、スラは男達を押しのけ、輪の中心に向かう。
そして――
血染めの王子様を、見つけた。
読んでいただき、ありがとうございました!
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早くあげれるよう頑張ります!




