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王子様は名探偵




 森の中を疾走する一つの影。


 その姿を見ることは出来ない。なぜなら、その影は風よりも早く駆け抜けていってしまうから。ただ何かが通ったということだけが認識出来る、そんなレベルであった。それにも関らず、森に住まう魔物たちはその影から身を隠す。その一瞬でも分かってしまう、その影の実力。それに恐れをなして、魔物たちは隠れるのであった。もっとも、影の方はそんな魔物たちのことなどまったく気にしていなかったが。


 影は急いでいた。


 全速疾走など何十年ぶりだろうと頭の隅で考えながら、必死で駆けていた。木々を薙ぎ倒さんばかりの勢いで、走っていた。それくらい、彼には時間がなかった。


 いや、正確には、彼に時間がないのではない。彼が会いたい人に、時間がなかった。もう、陽はとっくに一番高いところを通り過ぎ、普通に考えてあの子がいる時間ではなかった。だから、彼は自分の相棒が足止めしてくれているという一縷の望みに賭けて、とにかく急いでいた。


 手にサファイヤのネックレスを握りながら。






 「スラ!!」


 ジャックは自室のドアを破らんばかりの勢いで開けた。しかしそこには誰もいなくて、ジャックの顔が失望に歪んだ。


 (せっかく、見つけたのに……)


 スラが皆で選んだネックレスに納得していないことは分かったから、きっと本物を見つけてあげれば喜ぶと思ったのだ。だから、視界の悪い夜の森に出てまで探しに行ったのに。


 爪が突き刺さるほど、ジャックは自分の拳を強く握りしめる。


 (……あんの、馬鹿魔物!お前の所為で、間に合わなかったじゃないか!!)


 スラの主からネックレスを盗んだ者の最後と思しき場所は、割と簡単に見つけることができた。森の入口近く。そこにまだ新しい血の跡があった。でもそこにネックレスは無くて、肉と一緒に飲み込まれたのだ、と判断したジャックは喰らった魔物を探さなくてはならなくなった。


 複数の足跡や爪の形状から、恐らく群れを成して行動する魔物だ。この時点でジャックの心は折れかかった。なんせその魔物は、最低でも15匹の群れを作り、しかも足が速い。本気を出せば追いつけないこともないのだが、正直面倒くさい。


 どうしよう、と躊躇うジャックの脳裏に浮かんだのは、小さな子どもが見せた無邪気な笑顔。すぐに消えてしまった、年相応の笑顔――


 (もう一度、見たいな)


 子どもは苦手だった。自分が触れただけで壊れてしまいそうで。弱くて頼りなくて、見ているだけで不安になる。


 でも、スラは違った。


 『金庫』が怖かったはずだ。『番犬』が怖かったはずだ。それなのに、あの子は自分を見ても取り乱したりせず、微笑みすら浮かべて「こんにちは」と返事をした。自分が黒こげになっても普通に接してくれた。自分が筋の通らないことをすれば諌めてくれた。自分の話を涙を流しながら聞いてくれた。そんなあの子が、どうして弱いなどといえるだろう。


 優しくて強くて賢い、大人のような子ども。


 その子のあの笑顔が、もう一度見たかった。



 はあ、とため息をついて、ジャックは走り出した。少しだけ足に魔力を込めれば、どんどん景色が遠ざかる。その速度は、人が出せる限界を超えていた。




 結局、2つ目の群れの21匹目の腹を裂いて、サファイヤのネックレスを見つけることが出来た。お陰様でジャックの体はすっかり紫の体液に塗れて、生臭さに鼻を抓みたくなる程になっていた。間に合わなかったことに肩を落としていたジャックだったが、とにかく自分が臭くて我慢ならなかった。


 (まぁ、こんな状態でスラに合わなくて良かったと思うしかないか)


 こう見えて、ジャックは綺麗好きである。面倒臭がりなので、自分の身近な場所しか掃除しないが。


 ネックレスは後でスラのいる村に届けに行こう、と思い直して、ジャックは外の井戸に向かう。部屋に浴室はあるが、こんな紫の生臭い体液をそこに流したら掃除が大変である。


 外に出て水を汲み、頭から被る。数回繰り返せば体液自体は流れていって、服や肌に付いた臭いだけが残った。


 (シャワー浴びて服着替えよう)


 ジャックは屋敷の中へ入った。但し、1階の部屋の窓から。なぜなら、玄関はナイシュの罠がこれでもか、というほど仕掛けられているからである。なので、この玄関は出入り口の役割を果たさない、ただの飾りとなっていた。


 (そういえば、スラはどこから入ったんだろう?)


 今ジャックの使った窓枠には、他の誰かが使った形跡は見られなかった。


 気になって、ジャックは一度外に出た。屋敷の周りを一周して、そして首をかしげる。


 1階のどこにも、外部から侵入した形跡がないのだ。


 (じゃあ、どこから?)


 もう一度、ジャックは屋敷を一周して。


 そして、ある場所で止まった。屋敷の正面玄関から2つ右の窓。ただし、ジャックの目は3階の窓に向けられていた。


 かすかに、泥が付着している。だが――


 (……どうやって?)


 明らかに人間の、それも子どもが届く高さではない。でも、もしスラがそこから入ったというのなら、罠に引っ掛からなかった理由にも、納得がいく。


 ナイシュの縄張りは、2階。そして、ジャックの縄張りは、3階だ。


 ジャックは罠を避けながら生活するのが億劫で、ナイシュに言っていた。3階には罠を仕掛けるな、と。大体の侵入者は1階から順に周り始めるので3階まで来ないし、不老不死のジャックに負けは存在しない。だから必要ないと、そう言った。


 だから、スラが3階から入ったのなら罠にかからなかったことにも頷ける。


 (でも、どうやって……――ッ!)


 雷に打たれたような衝撃が、ジャックを襲う。


 ジャックは急いで手短な窓から屋敷へ入る。途中いくつか罠が発動したが、全力で走るジャックには追いつけない。そのまま一気に地下室へと駆け抜け、『金庫』の中へと突入する。


 乱れた自分の呼吸を聞きながら、ジャックはゆっくりと目的の物の前へと移動する。心臓の音がいやに大きかった。ひょっとしたら緊張しているのかもしれない、とちらりと思ったが、緊張など遠の昔にしたきりでその感覚を覚えてはいなかった。


震える手で、ジャックは木箱をゆっくりと開いた。


 開かれた隙間から洩れる、黄金色の光。


その光に、ジャックは手を伸ばした。






 ナイシュは気が重かった。劣悪であると分かっている場所に幼子を帰したことは彼の中に大きな罪悪感を生み、これで本当に良かったのか、と柄にもなく自身に問いかけていた。それに、帰ったら絶対にジャックの小言が待っているだろう。それを思えば、自然とナイシュの足は重くなった。


 これでも、ナイシュは頑張ったのだ。元々ジャックのようにおしゃべりが得意な訳ではなく、子どもの相手だって慣れていない。というか、人間と話す機会そのものがほとんどないのだ。


 はぁ、と本日何度目になるかも分からないため息が口をつく。もうため息を飲み込むことにも疲れてしまっていた。


 その時だった。


 突然森がざわめいたと思った瞬間、横の木々をふっ飛ばしながら何かが通り過ぎた。


 飛んでくる破片を避けつつ、ナイシュは叫ぶ。


 「ジャック?!」


 しかしその声に応えることなく、ジャックは背中も見せずに行ってしまった。


 「……何が……くそッ!」


 何が起きているか分からないまま、ナイシュはジャックの後を追った。


 






読んでいただきありがとうございました!


次ちょっと更新空きます。すみません・・・



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