幸せな夢も、いつかは終わるものです
メッチャ短いです。
それでは、どうぞ。
ゴーゴーと、耳元で風を切る音がする。
景色を楽しんでいる余裕はなかった。木も草も花も、すべてを置き去りにするようにナイシュは駆けていたから、スラの目は色しか認識できなかったし、振り落とされないようにするので精一杯だった。
では楽しくなかったのかと聞かれると、そうではない。これ以上ないほどスラは興奮していた。
馬にすら乗ったことのないスラは、こうして動物に跨り疾走したのは初めてだった。自分で走るのとは比べ物にならないスピードに高揚し、このままどこまでも駆けていけそうな気がした。どこまでもどこまでも、主も自分も放り投げ、名前すら捨て去り、一からやり直せるような気がしてくる。
たまに主が気分転換に馬を走らせることがあったけれど、その気持ちが少しは分かったような気がした。最も、今スラが跨っているのは伝説のオオカミだし、ナイシュとて馬と比べられるのは嫌だろうが。
「楽しいか?」
自分でも意識せず歓声をあげていたらしい。ナイシュに指摘されて、スラは風に負けじと叫んだ。
「とっても、楽しいです!!」
「ならば良かった!」
そう一声吠えて、ナイシュは走るスピードを上げた。それに比例するように、子どもの笑い声も大きくなり、魔の森に響き渡った。
「ここまでが、限界だ」
そう言って、ナイシュは森の入口で立ち止まった。目の前には人が作った道があり、その先が人の住む場所だということを教えてくれた。
スラはナイシュの上から降りると、ふさふさの毛に顔を擦り付けた。
「何から何まで、本当にありがとうございました」
ぎゅ、と首にまわした腕に力を入れれば、応えるようにナイシュもスラに顔を擦り付けてくる。それだけのことが、嬉しかった。涙が滲むくらいに、嬉しかった。
でも泣くわけにはいかない、とスラは奥歯を噛みしめる。
涙で別れると、良くないことが起きる――そんな迷信めいた言葉が頭をよぎったせいかもしれないし、いつかの悲しい記憶のせいかもしれないかった。でもとにかく、スラは泣きたくなくて、一生懸命我慢した。
「……ジャックさんにも、ありがとうございました、と伝えて下さい」
「……分かった。必ず伝えよう」
ナイシュの耳に心地良い低い声をしっかりと耳刻んで、スラはナイシュから離れた。
顔が離れてナイシュの薄紫の瞳が見えた。その瞳に映る自分の顔がなんだか悲しそうに見えて、スラはありったけの力で笑顔を作り出す。
「お元気で」
そっと、薄紫の瞳が閉じられた。
それを見て、スラはナイシュに背を向ける。
お別れだ、と悟ったから。
神様がくれたプレゼントは、もうお終い。
もう、夢から覚める時間。
(ありがとう、……ありがとう)
たった半日、過ごしただけだったけれど。
(とても、とても楽しかった。貴方達は)
こんな、何の取り柄もない自分に。
(美味しいご飯をくれた)
こんな、価値のない自分に。
(高価なネックレスをくれた)
こんな、つまらない自分に。
(沢山の驚きと、笑いをくれた)
沢山、沢山、
(優しく、してくれた)
その中で、確かに自分は
(幸せだった……)
ポロリ、と頬を伝う温かな雫。
それは、後から後から流れ出て、スラの顔を濡らしていく。でも、拭ったら泣いていることがバレてしまうので、スラは顔を顰めて涙を止めようとした。
それなのに。
「スラよ」
耳に届いたのは、心を包み込んでしまいそうなほど優しく、自分を呼ぶ声。
スラはその場で立ち止まる。振り返りはしなかった。振り返れば、そちらに駆け戻ってしまいそうだったから。
「また、おいで」
スラの小さな肩が大きく跳ねて。
小さな足は道を全力で駆け出した。
涙が止まらなくて、嗚咽が止まらなくて、スラは顔を顰めて唇を噛みしめた。腕を精一杯ふって、足を限界まで開いて、村へと一心不乱に駆けた。
泣いてる分息があがって苦しかった。でも、この胸の苦しさは、きっと走っているせいではなかった。胸が苦しい。温かくて苦くて、今にも胸が張り裂けそうだ。
スラは走った。いっそ、心臓が破れてしまえばいいと思う程、スラは走った。
幸せな夢の後遺症を、振り切るように……。
読んでいただき、ありがとうございました!
一個前と一緒にしてもよかったかなって思ったんですが、まぁ、いいですよね!




