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5 - However, nothing could violate my way.

 「あ゛-あ゛-」


 熱は下がり、体の痛みもほぼ存在しなくなった。靴擦れは多少マシになり、挫いた足首も全快と言っても過言ではないだろう。頭痛は嘘のように霧消し、あれだけ酷かった吐き気も完全に消え去った。残ったのは、少しばかりの鼻水と喉のイガイガ。こればかりはまぁ仕方がないだろうと思いながらも座席から立ち上がる。

 今日の目標はどうしようか。そんなことを考えながら朝食を口にする。小川の近く、昨日まで来ていた服を脱ぎ捨て日光消毒、新たな服を身に着ける。初日の下着はもう手ぬぐい替わり、だいぶ汚れてきてしまってそろそろ捨てるべきだろうか。

 空の缶詰を洗い、そして布でふき取る。5日目、塩焼き鳥の缶詰はもう食べ終わってしまった。刻一刻と減っていく食料、30日は持つだろうとか適当なことをいっていたが、認識を改めたい。1日2食、しかも缶詰2缶のみでは量が全く持って足りない。それに加えて栄養価も壊滅的に酷い。肉、タンパク質のみ、それに塩分と糖分。

 延々と同じような食生活をしていたため栄養が偏っていたことと、食べる量が少なすぎることによるエネルギー不足、それに慣れない環境、そして急激な運動、これらの要素が組み合わさった結果昨日のようになったわけだ。これからはもう少し自分の体調に気を配りつつ動く必要がある。1日で直ったからよかったものの、もう2度と再発させたくはない。そんな思いから、今日から食事は日に3回に変更する。それだけ食事が持つ期間というものは圧倒的に短くなってしまうのだが、やはりそんなところで我慢していて死んでしまっては全く持って意味がないのだから。それに今日からは缶詰にふりかけをかけ始めた。少しでも栄養バランスを良くしようというささやかな試み、少しでも変わってくれるといいのだが。

 この風邪の原因はどこからきたのだろうか。恐らくウィルス性の風邪だろうが、そのもととなるウィルスはどこから?俺が地球から持ってきてしまったのか?それとも電車の中に生存していたのか?もしかして、この世界にいたのか?ウィルス学の専門家でもない俺にそんな細かな詳しいことはわからないし、考えるだけ無駄だろう。ただ、もしもこの世界にいたとしたならば、草に加えてウィルスの存在が確認できたというわけだ。そしてウィルスは何か他の生物を利用することでしか自身を複製できない。つまり、彼らが増えるためには生物の体が必要不可欠というわけだ。俺以外の生物、人間がいる可能性がほぼ100%にまで跳ね上がる。まぁ、これが皮算用にならないとうれしいのだが。


 そうして、自分の状況が変わってしまった以上、何時までもこの電車の周りでうだうだとしていても死を待つばかり、何か状況を好転させるために動くべきだろう。そう考え、スーツケースの中のものを整理する。ある程度のものはここにおいていこう、しかし、持っていかなければならないものは少なくない。川を上流に遡っていく、どれだけの距離があるのかは全く分からないが、それでも日数はかかることを覚悟していく。

 スーツケースにいれるのは、ポテチ、チョコレート2つづつ、缶詰8缶、ご飯のパック11個、缶詰の缶全て、プラスチックの容器全て、ジッパー式の袋全て、服を3着ほど。いらないものは全て電車の中に、金属製の電車、中は一番安全だろう。

 かなり軽くなったスーツケースを片手に小川に向かう。これでしばらくの間電車とはおさらばだ。たた5日しか泊まっていない宿舎ながら、人工物どころか生命の気配さえも見えない場所においてそれはかなり心強かった。必ず戻ってくるさ、そう言って歩き出す。


 歩き始めてから30分ほど、突然視界が暗くなる。先ほどまで地面は褐色の光を放ちながらじりじりと俺を焼いていたというのに、一瞬で気温が下がる。上を見る、太陽は、いや空は分厚いどんよりとした雲に覆われていた。いつの間に、そういう感情が心を埋め尽くす。先ほどまでは空は快晴だった筈、それがこうも短時間に雲に覆われるとはどういうことなのか。

 快晴故に上空は強風が吹き荒れていたということに気が付かなかったのだろうか。確かにそう思ってよく見てみると、薄暗くてよくわからないながらも雲は物凄い速度で移動していて。確実に空を見上げた時に見える飛行機の速度の数倍はある、これならば一瞬で視界が暗くなったのも頷けるだろう。恐らくは西から来たであろう雲は、俺が気付かぬうちに空の大部分を覆い、そして太陽を隠したのだろうか。

 

 それにしても気温が急激に下がってきている。これからわかることは、太陽の偉大さ。確かに夕方になると気温はゆっくりと下がっていたが、太陽が1つ隠れるだけでここまで冷えるとは思ってもいなかった。俺は今まで全て太陽が沈むとほぼ同時に寝付いてきた、故に夜のこの世界のことはよく知らない。これを機に気にしていく必要があるだろう。

 空を覆う雲はどんどん厚くなっていき、もう今すぐにでも雨が降りそうだ。慌てて進んできた道を戻り始める。このまま歩いていても構わないだろうが、雨が降ってきた場合どうする?傘なども持っていない、つまりビショビショになるわけだ。病み上がり、異郷の地、体力も回復していない状態でずぶ濡れになったらどうなる?考えるまでもない。


 慌てて戻る俺をあざ笑うかのように雨がぽつりぽつりと降り出してくる。焦りを抑え、早足で電車のほうに向かう。電車がもうすぐ近くに見えてきたころ、一気に本降りに代わる。

 まるでゲリラ豪雨、東南アジアのスコールのような勢いで降り注ぐ大量の雨。ヤバい、完全に手遅れだ。走って電車に向かうも、たった数百メートル強の距離を進む間に下着までずぶ濡れになる。

 電車に戻るなり、先ずは車両部と車輪部の間の隙間と先頭部の連結部の凹みにプラスチックのケースと缶詰をはめ込んでおく。これで自然の綺麗な水が集まることだろう。そしてほうほうの態で電車の中に逃げ込む。


 ガラスを割らんばかりに叩きつける雨は轟音となり電車というホールの中に木霊し、俺の鼓膜を振動させる。それだけではない、凄まじい暴風は1トンはあるであろう車体を揺らしている。もしも人がいたとしても、この音の中では話すことすら困難かもしれないと思ってしまうほどの音量になり、ガラスには滝のような雫が流れ落ちている。濡れたドブネズミのようになった俺、服を全て脱ぎ、車両の端っこで絞る。気が付いたことがある、この電車は平坦な場所の上にあるのではない。もしかしたら、車体の重さによってかもしれないが、片方に少しだけ寄っている。服から滴る雫は1方向に向かって流れていく。

 体を拭き、電車の中に置いておいた着替えに着替える。それにしてもあまりにも酷い勢いの雨、タイミングも最悪だ。いや、もしかしたらこれが最高のタイミングだったかもしれない。もしももっと遠くに行った後だったならば、遮るものも何もない中で暴風と豪雨が叩きつける、想像もしたくない最悪の状況だ。

 ペットボトルの水をぐびりと飲む。とりあえず落ち着こう、何をするのが最適解だ?



 空はゴロゴロとうめきながら相も変わらず大量の雨と驚異的な強さの風を吐きだしている。俺は座席の上にちょこんと座り、壁にも接さないように寝転がっている。

 刹那、耳をつんざく様な爆音。あまりの音に耳を一瞬で抑え、それでも耳に痛みが走るほどの。反射的に目を閉じ丸くなる。それからゆっくり目を開ける。何も変わらない光景、ただ命を脅かした出来事が起きたことは想像がつく。雷が電車に落ちたのだろう。金属製であったため地面に逃げてくれたようだが、それにしてもよく感電しなかったものだ。

 もしも感電していたら……死亡していただろう。ただ何も苦しみも感じずに即死できることだけが救いだろうか?ガタガタと音を立てる歯を抑え、震え鳥肌の立った腕を抱く。本当に死が身近にありすぎる。このまま振り続けたら洪水になるのではないか?そうなったらどうしようもない、それも死だ。俺にできることは唯1つ、この状況が早く良くなってくれるように電車の中で丸まって怯えることだけ。




 それからどれだけの時間が経っただろうか。いつからか雨は弱くなり、落雷の心配もしなくてよくなり、強風も収まってきた。ただそれでも雨が降っているので外にでれず、かたかたと電車の中で震えていることしかできない。少し遠くにあったはずの小川の位置付近は水に覆われている。いや、地面全体が水に覆われいる。まるで絶海の孤島。明日には落ち着いているだろうか。川幅が広くなり遡ることがより容易になっているはずだ。そうポジティブに考えていこうと思いながら。

 またそこから数時間。やっと雨はやみ、雲は晴れてくる。太陽はもう既に夕方を告げる位置に移動していて。電車からは降りれない。ドアから覗く大地にしても、ガラス越しに見える大地にしても、褐色の大地は酷くぬかるんでいて歩けそうもない。


 「どうすりゃ、いいんだよ……」

 

 俺の口は歪み、そこからへらへらとした音が漏れていた。

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