4 - I suffer from sickness...
咳き込む、やってしまった。
ケホケホと止まらない、頭が痛く、体の倦怠感も凄まじい。熱っぽい頭に掌を乗せようとして、それすらも億劫に感じている自分に驚く。
昨日、西に西に移動していった。そして疲れ果て、片足靴擦れしたあげくにもう片足さえも挫きながらも必死に電車まで戻り、ある程度の作業をしたあとそのまま寝てしまった。
そして起きて見たらこのザマだ。吐き気がする、頭痛がする、熱っぽい、節々が痛む、咳が出る、鼻水が止まらない、喉が痛い、痰が絡まる、背骨が凍える、寒気が酷い。数え役満してお釣りがきそうなほど風の全症状を網羅している。
半分回らない頭でこの体調を整理してみようか。体の不調の根源たる原因は3つ。咳と熱と鼻水だ。まず咳、これは喉に炎症が起きているのが原因だろう。それ故に痰がでたり、喉が痛くなっている。次に鼻水、これは鼻炎気味になっているのだろう。ただこの2つはどうにか誤魔化せる、たしかに鼻水が出るのは厄介だがそこまで気にしなくとも大丈夫だろう。汚いが手でかむなりなんなりすればいい。咳が出て喉が痛いのは苦痛ではあるがそこまで重大なものではない。
最大の問題は熱だ。寒気が酷い、背骨が凍える、節々が痛む、これらは全て熱が原因だろう。しかもかなり高熱のそれだ。それに加えて、高熱があるので頭痛が酷い、頭痛が酷いので吐き気がするという結果になっている。上半身を起こすだけで頭が締め付けられるように痛い。鼓動に合わせて頭は締め付けられ、孫悟空もかくやというような地獄が俺を襲う。
それでも必死になって立ち上がり、座席を離れスーツケースを開ける。ごはんのパックと風邪薬、虎の子のペットボトルを取り出し、ふら付き、体を手すりなりドアなりぶつけながらも電車から飛び降りる。着地の衝撃で腹の中のものを全て吐きだしたくなる衝動、慌てて電車から少し離れたところに作った汚物入れ用の穴に走り、胃酸をぶちまける。水流を汚染しないように、電車の近くに臭気を放つであろうものを置かないように一昨日掘った穴。そこに新たに黄色い液体が追加されていく。
痰と鼻水と胃酸が存分に混ざったものを出し切り、電車の中でかんだ鼻紙なり痰を捨てたティッシュなりもそこに突っ込む。それにしても、紙も結構減ってきた。これも体調が落ち着き次第考えなければならないだろう。
小川まで這うようにして、四足歩行で歩いていく。はたして四足歩行が歩くと言えるのかどうかは不明だが、立って結構な距離を歩けるほど俺は元気ではない。視界が歪み、目を瞬かせながら、時折激痛に立ち止まり顔を歪ませながら進む。あまりにも体調が悪い、日光が暖かく、自然の恩恵を体で感じ取る。
蒸留された水をご飯のパックに入れて、そのまま放置する。本当は熱湯を入れれば10分20分で食べられるらしいのだが、そんな文明の利器は存在していない。日にあたり温くなった水、1時間ほどで食べられるようになっているだろうか。
使った水はしっかり補給の為にまたも服を濡らして穴の中に入れておく。だいたい3,4時間強で日中は水がある程度たまってくるようだ。それでも微々たるもの、かなり大きな量を手に入れるためにはもう少し工夫する必要がある。
太陽の光を全身で浴びれるように大地に横たわり、荒い呼吸を整えようとする。穴にものを入れるだけで息があがり、それに乗じて頭痛も酷くなる。太陽光は優しく俺の体を包んでくれる母性そのもの。暖房も布団もない今の俺にはこの陽気が唯一の熱源。ただし、この日差しは母性の象徴である一方、自然の持つ魔性の象徴でもある。確実に俺を甘やかすこの日差しは、刻一刻と体力を奪い去っていく魔物でもあるのだ。日差しに当たっている時間が長ければ長いほど、悪影響は強さを増していく。
脱水症状が進めば体調は悪化の一途をたどる。ただでさえ水分不足気味で脱水症状になりかけているのに、日差しなんかに当たっていてはそれが加速する。日焼け、それは皮膚の火傷と同じような物で、人間の体力を奪い去っていくものの1つ。たとえば海岸で甲羅干しをしたとしよう。ただただ寝転がって日焼けをしていただけのはずなのに、家に帰って次の日起きたら疲れがたまっていることに気が付くはずだ。それに日差しは体温を上昇させる。ただでさえ高熱を発しているというのに、これ以上体温をあげたらそれこそ死んでしまう。それだけではない、熱射病の原因にもなり得る。いや、これは前述の理由と被っているだろうか。
それでも体調不良には勝てなかったのか、いつの間にか意識を消失してしまっていた。起きると太陽が少し頭の上のほうに移動していて、体から発する熱はどうも先よりも上がっているように感じる。服を全て脱いで、そのまま小川に浸かりたいような衝動が俺を覆う。耐えなければ、こんなところで裸になって水に浸かってでも見ろ、あとでふくものもない体は冷え、また日差しで温められる。急激な温度変化は今の体に甚大なダメージを与えるだろう。それこそ真面目に死に直結する程の。
ごはんのパックを手元に手繰り寄せる。しっかりふやけている、付属のスプーンを使い口に運ぶ。量は少ないが、それでもしっかりとしたごはんを食べるのはどれだけ振りか。虎の子のペットボトルを開けて中の飲み物を飲む。スポーツドリンク、1本だけ買ってあったそれは海外旅行の時に風邪をひいたとき用に買ってあった品。栄養価が高く、優れた給水性能を誇るそれは出来ればとっておきたい品であった。しかしながら、風邪をひいてしまったなら仕方ない。今それを温存してここで死んでしまっては元も子もないだろうから。吐き気を抑えながら、ご飯を食べ、飲み物を飲む。全て食べ終えたら風邪薬を飲む。あぁ気持ちが悪い、今にも吐いてしまいたい。
またそのまま横になる。少々休みたい、電車まで戻る体力は食事で使い切ってしまったのだ。少し涙が零れるのも仕方ないだろう。あぁ、日本が恋しい、飲食がいくらでもできて、文明に囲まれた日本に帰りたい。
また寝てしまっていたらしい。太陽は先ほどよりも西に移動している。起きて、あたりを見回す。良かった、どうやら寝ているうちに吐瀉していたなんてことはなかったようだ。ペットボトルに残った温いスポーツドリンクを飲み干す。これで虎の子はなくなってしまった。
体調は少しばかり回復したようで、風邪薬が効いたのだろうか。ただ、風邪薬が効いたといっても、風邪薬は症状を緩和することしかできない。未だ体の節々は痛いし、頭は煉瓦で殴られた後のように痛む。
ただ、悪いことだけではない。ペットボトルは水をたくさんためられる。これで水筒が確保できたわけだ。あとは蒸留した水をそこにつめれば、これから歩き回る際に持ち運びが楽になる。
とりあえず、蒸留できていた分だけ詰め込み、また新しい水の準備をして電車に戻る。行きよりかは確実に楽で、足取りはおぼつかず千鳥足ながらも、四足歩行で進むなんてことは必要はない。
電車に辿り着き、車内になんとか昇り込む。あぁ、辛い。座席に横たわり、水を一口含んだ後、スーツケースの中に入っていた洋服を布団代わりにして寝込むことにする。1日ぐっすり寝れば体調は回復するだろう、もしも回復せずに次の日にも長引いた場合……命の危険を覚悟しなければならないと思いながら。
結局、そのときの覚悟は無駄になる。瀕死の態で夕食を口に詰め込み、夜も悪夢にうなされ、熱に苦しみながら眠り続け、次の日起きた時にはすっかり体調は復活していた。少しばかりの喉の痛みと、少しばかりの咳の2つを残して。