3 - Things go right without me.
西に歩く。太陽が落ちていく方向、小川とは反対側の咆哮に向かって歩いていく。時刻は朝、これで3日目。昨日は結局東側を適当に探索したところで終わってしまった。小川の奥には何もなく、大体5,6キロ程度歩いた時点で疲れ果てて引き返した。
行きは何があるか、塵芥でさえも見過ごさぬように必死に目を凝らして歩いた。電車を真後ろに置き、必死に歩き回ったのだが本当に何もなかった。全く変わらない光景、褐色の大地、時折薄汚れた黄緑色の草が生えているのみ。真白くなった木が本当にごくまれに生えていて、それか切り株のように木の痕跡が歩いている道すがらに存在するだけ。乾ききり、触るとカサカサしているそれの周りにはキノコさえも存在していなかった。乾燥していてどうしようもないらしい。木の枝は少し力を入れただけでぼきりと折れてしまった。ほぼ幹と言っても過言ではない太さだというのに。
直径6センチ近い棒を杖代わりにして進んだ。いかんせん太すぎるのだが、縦に綺麗に割く方法を知っているわけでもない。細くなっている一方を手に持ち、6センチ近いほうは地面に押し付けつつ。そうして地面にスタンプ、印をつけつつ歩いていくことで帰りの道しるべ代わりにした。そこまで深くにさしこめるわけでもないので信頼はできないだろうが、それでもないよりかはマシだろうと思って。
小川を超えて歩き続ける事1時間半ほどだっただろうか。運動をせずに不精な生活を送っていたからか、それともバスや電車などの文明の利器に頼り切っていたからか、腿がパンパンに張り、そして足首が痛くなり歩くことが苦痛になった。ここまでの間に見つけたものは何もなく、つまり成果は全くなかった。
座り込み、現実を直視して絶望した。そこからはふらふらと電車のほうに戻ることを選択した。水分を持っていくのを忘れてしまったので、日差しのなか付けた後を頼りに歩いていくさまは幽鬼の様だっただろうと思う。
必死に戻ってみるともう景色は赤ばんでしまっていた。穴からある程度蒸発した水を飲み、そこに水をまた追加するという作業を終えた後は電車に戻り、そのまま寝込んでしまったようで、起きたのは朝方だった。
そして今日、朝水を飲み缶詰を食べた後、もう2つ穴を掘った。昨晩食べた缶詰の缶、先ほど朝食として食べた缶詰の缶、濁り水で洗い、服の端でしっかりと拭った後穴の下に置いておく。これで手に入る水の量は増えるだろうと思って。それにしても電車と小川が結構近くて助かった。
昨晩から集めておいた蒸留水を取り出した。穴の底には乾いた服がある。もう一度濡らし、そこにプラスチックの容器をもう1つ置いた。歯ブラシなどを入れていた分だが、もうケースなどいらないだろう。
プラスチックのケースに集まった少しばかりの水を持ち、電車に戻った。そのまま西に歩みを進めることにして、その1歩を踏み出した。
そして時刻は今。電車を出発してまだ30分ほど。後ろにある電車はもう既に結構小さくなって、あと30分も歩いたら見えなくなるだろうか。足を前に前に、ふくらはぎにしても腿にしてもなんとなく筋肉痛。こんなことになると知っていたならば、もっと運動していただろう。全く運動などしてこなかった2日前までの自分が忌々しい。足は力を入れるたびになんとなく痛みが走り、ただそれでも最初よりかはマシになった。筋肉痛はストレッチなり、少し使ったりさえすればマシになるとはいうが、それでもすべては消えないものだ。
結局こちらにきても昨日とほとんど変わらない。地面は褐色で、時折草が生えている。木々は枯れ果てた物が周りを見渡しても両手で数えられるほど。しかもそのうち半分近くが途中で折れてしまっている。もう30分歩いたが川は見えない、それどころか川が流れそうな雰囲気さえもない。
あの小川、源流はどうなっているのだろうか。今日はもうこちら川まで来てしまったのでもう後戻りは面倒くさいが、よくよく考えれば源をたどることができれば何かわかるかもしれない。非常に弱弱しい濁った水流ながらも、それは源と流れる先があってこその水流。ただ、下流に行っても何も得られないだろう。今の時点であんなに弱弱しくては、下流に下って行ったとしてもいつの間にか蒸発しているか、地に吸われているか、どちらにしても海まではたどり着けないだろう。ただ源は確実にある、だったら上流に向かえばいい。泉から湧き出た水があそこまで流れているのか、それとも大きな川の支流か。
前者だったならば、あそこまで流れてくるということは2つの可能性が考えられる。まずは、泉がごく近くにある場合。それならば辿ることは容易いがそれで終わりだろう。次に泉から湧き出る水が途方もない量の場合。この場合相当遠くまで歩いていく必要があるので大変だろう。ただ綺麗な水を大量に入手できる機会になる。
後者だったならば、弱弱しい本流か若しくは離れたところにある巨大な川か。どちらにしても、またそこから上流に向かって遡っていく必要がある。どちらにしても、結局は湧水地を求めて歩くことになるわけだ。
ただ、湧水地さえ見つければこれからの生活は楽になるだろう。清涼な水を入手できるうえに、湧出しているあたりには草木が生えている場合が多い。多量の水さえあれば草木は生えるだろう。たとえ地表が栄養のない枯れた土地だとしても、地下には確実に栄養が詰まっているのだろうから。
とりあえず、今日はこのまま西に歩いていこう。その間にもしかしたら湧水を見つけることができるのかもしれないし、食料となり得る何かを見つけるかもしれない。ただ、この調子だとどちらもあり得そうもないが。
それから2時間、かなりの距離を歩いた。やはり、というべきか結局こちらがわにも何もない。ただただ褐色の立ちが広がっているのみ。建造物等何も見えず、左右には山が広がっている。どちらかの山にでも向かってみようか、そう思う。ただ行くとするならば右側だろう。水の流れを思い出す、あちら側から流れていたからだ。ともすれば坂道を登っていくということになるわけだが。それが少し憂鬱だ。ただただ平地を延々と歩いているだけでここまで消耗してしまっているというのに。
そう、昨日失敗したばかりだというのに、自分は勉強をしない男だ。つくづく思い知らされる、馬鹿はこんなところで生き延びていけないということを。
2時間も経ち、何もないということに半ばイライラとした感情を抱えつつ歩いていると足に痛みを感じる。靴を脱ぐと少しばかり靴擦れを起こしていた。
「あぁ糞ッ!」
とうに空になったプラスチックのケースを地面に叩きつけ、鬱屈とした感情の吐きだし先にする。そしてふと冷静になり、プラスチックのケースに穴が開いていないかどうか慌てて確認をする。ケースは大事な品、水を保存するのに使っているというのに。一時的な感情に身を任せ軽薄な行いをしてしまった自分に苛立つ。
足を電車のほうに向ける。靴擦れを起こしてしまった以上、もうきょうは進むのをやめておいたほうがいい。
何もない光景を見ながら電車のほうに戻る。痛む足のせいで歩行速度は落ち込み、確実に行きよりも時間がかかる。しかも、痛んだ足を庇っているうちにもう片足も挫いてしまった。遅々とした進み、苛々が募っていく。
杖代わりにしている木の棒に当たることはできず、そこらに生えていた白く乾燥した枯れ木を殴りつける。
「痛ッ!……糞ッ……」
幹は自分の拳のかたちに陥没し、拳は木にすれて血まみれになる。それだけでまた苛々が募っていく。堂々巡り、尽きることのない苛々。狂ってしまいたい。
この世界は何かがおかしい。太陽は昇り降りし、夜は恐らく月が輝くのだろう。大地があり、平地があり、山がある。水があり草が生えていることからも生物は存在しているだろう。世界の歯車はうまく回っているように見えるが、俺という歯車は錆びつき止まったままだ。どこかで油を見つけてささなければくるくると動く見込みはない。