1 - I lost in a barren land.
玄関の鍵を閉めて、エレベーターに乗る。1階のボタンを押しつつも口にくわえたパンを押し込み飲み込み、靴ひもを絞める。2階でいつものおっさんが乗り込んで来るのを横目に見ながら最後の1口を飲み込む。
1階につき、スーツ姿のおっさんがエレベーターから出るのを見送りスーツケースを引きつつも外に。昼寝だろうか、うとうとしている管理人に軽く会釈、自動ドアを抜けて外にでる。
交通量の多い幹線道路に面した8階建てのマンションをから離れ、強い日差しを手で隠しながらバス停まで歩く。5分ほどでバス停に着き、数分も待たずにバスは来る。乗り換え補助サイトの指示通りの時間、このままいけば待ち合わせの30分前につくだろう。
空席の目立つバスの座席に深々と腰かけ、スーツケースを座席の横において手で固定する。あと5時間後には飛行機に乗ってパリへ。春休みに折角だから海外行こうぜ、という友人の誘いに乗って友達5人と欧州2週間の旅。
バスで駅まで、軽く20分の道のり。忘れ物チェックでもしようじゃないか。下着は持った、Tシャツも12枚持った、ズボンも4着、着ているのを合わせて5着か。少し肌寒いと聞いたから上着もしっかり持ったし、洗剤や洗濯ロープも持った。タオルはしっかりと持ったし、洗面具もあるときた。旅券の控えも持っているし、パスポートもある。金は10万持ったから多分足りるだろう。最悪向こうでカードを使えばいい話だし。胃腸薬や風邪薬は少ないながら持ったし、他にいるものはあっただろうか。まぁ何か足りないものがあったら買えるだろう、忘れ物があってもまず問題ない。
あぁ、そうだ食料を買うのを忘れていた。駅で買おう。
バスは定刻通りに駅に到着し、そこのスーパーに向かう。スーツケースを持ってスーパーに入ると買い物をしている主婦たちから嫌な視線が飛んでくる。狭いのはわかっているさ、申し訳ないね我慢してくれ。
まずふりかけ3袋。水を入れるだけでふやけるごはん12パック。絶対口に合わないなんてことあるだろうし、あいつらが持ってきてるわけない。スーツケースの空きもあるから入るだろう。缶詰も買っておこう、鯖の水煮を6缶、タレ焼き鳥缶を6缶。欲を出して塩焼き鳥缶も6つ購入。最悪酒のつまみにすればいい、欧州はビールの本場、ワインの本場、想像しただけで楽しみだ。
あとは買うものはないだろうか。ポテチを2袋、チョコレートを4枚、飛行機の中で食べようか。10時間を超えるフライトだから小腹もすくだろうし、何よりも飛行機の機内食は食えたもんじゃあない。あぁ、袋を買うのを忘れていた。スライド式ジッパーが付いている袋を1箱、18枚入り。
スーツケースの空きを考えてもこのくらいかな?会計をしてスーツケースにぶち込む。ちょっと重くなったが重量オーバーはしないだろう。手荷物にお菓子を入れる。
空港までは電車を3回乗り継ぎ、もう1回乗り換え補助サイトで時間を検索し直す。うーん、待ち合わせの4分過ぎにつくことになっている。どうも乗り換えが悪いらしい。友人たちに遅れる旨の謝罪メールを送りつつも改札を抜ける。
ホームで待つこと5分、電車がホームに滑り込む。全く、10分に1本しか急行が来ないとか勘弁してくれ。空席に座り、スーツケースを股の間に挟む。ポケットからイヤホンと音楽プレーヤーを出そうとして……無い。
上着、ズボン、手荷物、必死に探したが見当たらない音楽プレーヤー。ふと家のコンセントで充電しっぱなしだったのを思い出す。やってしまった……
2回乗り換えをして空港に直通の電車に乗る。1時間の電車路、空席を見つけて座り寝込む。ガラス越しに射す日光が暖かくて、すぐに眠りに落ちる。
起きた時には空港だろう、しっかり目覚ましをバイブレーションでセットしてあることだし。
大きな揺れが体を遅い、一瞬で覚醒する。目を開き、周りを見回す。最初に乗ったままの電車、股の間にはスーツケース。しかし電気の消えた電車の中には誰もいない。誰1人として座っていないし、誰1人として立ってもいない。
目の前、寝る前は見えていたはずのガラス越しのコンクリートジャングルは跡形もなく消え去っていた。立ち上がり周りを見回す。ガラス越しに見える世界、1面赤褐色の大地。ところどころ草が生えている箇所があるが、それも本当に稀。遠くには赤褐色の山脈が見え、反対側にも巨大な山脈。理解が追いつかない。
扉の横、赤く縁どられた小さな窓を開け、中にあるレバーを下におろす。扉に手を掛け、無理矢理引っ張る。ガタタという音を立てながら開く扉、大地に飛び降りる。
外に出て見回すも、光景は全く変わっていない。一面赤褐色の大地、木々はほとんど見えないし、数少ないそれも遠くからみれば一瞬でわかる、真っ白だ。確実に枯れている。葉は存在せず、枝もほとんどなく、太い幹だけが残っている。空には太陽。
電車はそんな大地の中にポツリと取り残されていた。赤褐色の世界に置かれた金属の塊。美術館にあったら、あまりのチープさに笑ってしまう光景。
「ははは……なんだこれ……」
思わず笑いが口から洩れる。そういえば携帯は、連絡が着くだろう。まずは警察に。
そう思って携帯を取り出して絶望。電波は1本も立っていない、電池は残り5%。とっくのとうにアラームは鳴っており、表示がぽつんとあるのみ。誰からの連絡も来ていなく、問い合わせもできない。電話を掛けて見てもどこにも繋がらないどころか掛ける事すらできない始末。
「おいおい……これはどうすりゃぁいいんだよ?」
口に出して言ってみても、誰も反応してくれずに風に消える。大声で叫んでみるものの、何の反応もない。
電車の中に戻って中を確認しても、あるのはスーツケースと広告群だけ。
もう一度電車から出て、今度は周りを歩き回る。もしかしたら何かあるかもしれない、そう思って塵1つ見逃さないように歩き回る。
わかったことがある。良いニュースと悪いニュースの両方。
まずは良いニュース、これは2つある。
1つ目は、ここら周りには怖い生物はいないだろうということ。半径500メートルほど、全く糞なんてものは見つけられなかったし、草が齧られたような痕跡もなかった。住処のような穴はなかったし、それこそ動物の死骸もなかった。これで安心してここらを見て回れるわけだ。
2つ目、遥か遠くに何かがある。丁度枯れ木の影に隠れて見えなかったのだが、山のようになっているものがある。もしかしたら建造物かもしれない。
次に悪いニュース。良いニュースが安全を保障する幸せなものだとしたならば、悪いニュースは生きる希望を捨て去るほどの絶望的なそれ。
周りに外敵のようなものがいないということは裏を返せば周りに生物がいないということ。歩き回っている間、動物に1度足りとて遭遇しなかったし、遠く視界の果てまで動くものは見えなかった。羽虫の1匹さえも見つけることはできず、空に鳥が飛んでいるなんてことはなかった。唯一小さな小川を電車から見て東(山に落ちかけている太陽から想像して、だが)に見つけたのみ。当然そこにも虫の影すら見えなかった。
そしてもう1つ、携帯の電池が切れた。全く反応もしなくなってしまった。コンセントなんてないし、太陽光発電の充電器なんてもっていない。誰とも連絡が取れない……
止めに1発、電車はどこからか湧いたらしい。というのも電車の周りに線路がなければ轍すらも存在しない。だからといって空から降ってきました!といわんばかりの痕跡があるわけでもない。車輪に合わせ少し凹んだ大地が電車の下にあるだけ。
だんだんと暗くなっていく空の下、俺はただただ電車の座席に座り込み、ケラケラと笑うことしかできなかった。