13 - I swing a thing which sing a zing
水源を確保して、非常食の目途もついた次の日の朝は今までよりも格段に良い目覚めだった。確かに昨日は良くないこともあった、どれだけ俺の精神が疲労しているかどうかをまざまざと見せつけてきたのだから。ただだからといって立ち止まるわけにはいかない。チョコレートを齧る。昨晩タレの焼き鳥缶は食べきった、それに今日からは頭を使う必要がある。あんな幻想を見るなんて恐らく疲れているのだろう、故に糖分を摂取する。
今まで延々と塩気の強い物を食べていた口に広がる甘い香り。持ち運んでいるうちに何度も溶けてしまったのであろう白く被膜が張ったチョコレートは口の中で溶け舌に甘みを伝える。ただただ甘く、歯にしみるような。歯磨きなんてほぼしていない、虫歯にでもなったのだろうか。ただ1週間そこらで虫歯になるのかどうかはよくわからないが。そんな甘みのある板を齧っていく。1枚、朝食としては十分すぎるように感じる。
チョコを包んでいた銀紙を畳み、スーツケースの中に放り投げる。今は全くのただのゴミだが、いつか必要になるのかもしれない。そう思ってしまい込み、空き缶を使って水を飲む。相変わらず苦々しい水ではあるが、それでも内よりかはましだ。スーツケースを閉じ、井戸のわきに置いておく。盗まれはしないだろう。むしろ盗まれてほしい。盗まれたならば生物、特に人間がいる可能性に繋がるのだから。
少し体を伸ばす。筋肉痛は酷く、体を動かすことが気怠い。それでも前に進まなければ、そう覚悟を決めて塔を出る。
今日の目標は、拠点を作るのに必要な折れた木の確保。塔の周りには、いやこの世界には木はあまり存在していない。生きているものは恐らくここら近辺には存在しないだろう。そしてそれのついでながら食料及び生物の痕跡を探す。建造物でもあれば最高だろう。
褐色の大地を歩く。俺自身結構なスピードで歩いているつもりなのだが、恐らく初日と比べると亀の如き速度になっていることだろう。それだけ足元は覚束なく、周りの状況も良くはない。1歩1歩が重すぎるのだ、腿をあげ、足を前に出すという作業がまるで足におもりが括り付けられているかのようにつらい作業となる。そのくせ必死に踏み出した足は護謨でできているかのようにくたりと曲がってしまいそうなほど安定感がない。杖代わりの木の棒を地面について、バランスを取りながら歩いていく。
そんな中でも塔に一番近かった枯れ木のもとに辿り着く。白く枝がほとんどない枯れ木、残っているのはほぼ幹だけ。ただその幹にしても太さはそこまでない、両掌で何とか包める程度の大きさ。拳で叩いてみると、こんこんと乾いた音が聞こえてくる。木の表面に瑞々しさはなく、乾ききったさらさらとした感覚だけ。さてさてどうやって折ろうか。両手で力任せに折ろうとしても、今の状況では折れるほどの力が出せるとは到底思えない。蹴り折ってやろうか、そんな怪力があったら今頃は塔の中に落ちていた岩塊を拾い上げ積み重ねて家を作っているさ。木の棒で叩いてみようか、いやそれだけで折れるとは思えない。だったら、と元から考えていた案を実行することにする。
服のポケットに入れていた小さな石を取り出す。恐らく砕けた煉瓦の一部であろうそれ、できるだけ小ぶりでかつ鋭利な物を選んできた。大きさとしては手のひらサイズ、重さは1キロくらいだろうか、正確なところはわからないが。それ木の棒の先端に括り付ける。前まで来ていたTシャツを石の尖った場所を使って裂き、それを紐代わりにする。うまく結べるかはわからないが、やれるだけやろうとしっかり結んでいく。
試行錯誤すること10分ほどだろうか、やっとのことで括り付け終わる。できたのは手製の石斧。それを木の幹にできる限り体を回して打ち付ける。遠心力で加速したそれは大きな音を立てて木の幹にぶつかり、そしてそれを手で持っていた俺に衝撃が走る。掌が振動し、思わず取り落としかねないほどの衝撃、腕に弱い痛みが走る。ただ、それでも石斧は折れたり石が外れたりすることはなかった。
石斧、その先端に括り付けられた鋭利な石が直撃したであろう枯れ木の幹には傷が走っていた。大きく石によって削られ、凹まされた幹。俺の身長の2倍くらいはあるであろう木の下から80センチほどの場所に入る凹み。そこにもう一度斧を叩きつける。何回も、何回も。途中で石が外れたなら括り付け、木の棒が折れないよう神に祈りながら。はたして神がいるかどうかはわからないが。
褐色の大地に響く音、一定の間隔で響く音。もう何回ぶつけただろうか、20回程だろうか、もっとだろうか。既に腕は重く、持ち上げることすら億劫に感じる。それでも同じ場所に石を叩きつける。既に半分ほどにまでは達した。額からは汗が滴り、背中や脇、胸板には水滴が流れている。大体そこから10回ほど叩きつけた頃だろうか、枯れ木がゆらりと揺れる。それを確認し、石斧を放り投げて全体重をかけ木を揺らしていく。ぎしぎしと音を立てながら大きく揺れていく枯れ木、それをある程度まで繰り返したところで一気に体を下に落とす。十分に傷つけられ、脆くなっていた枯れ木は石斧を叩きつけられた位置から真っ二つに折れる。地面に残されたのは切り株と幹の一部分、地面に倒れているのは幹の大部分。どうやら成功したようだ。
白く長い幹の先端を両手で持つ。ずいぶんと重い、これでも水分が抜けている分軽くはなっているのだろうが、今の俺ではこれを担ぐことはできない。仕方なしにそのまま引っ張っていく。ふらつく足では非常に大変な作業だが、こうでもしなければ塔まで運べないのだ。
何度転びそうになったか数え切れなくなって来たころ、距離としては300メートルほどしか離れていないだろう塔にまで辿り着く。塔内部までそれを引き摺り、地面にへたり込む。ただこれだけの作業だというのにひどく疲れた、今日はもう何にもやる気が湧かないような。
「そんな意味のないことをしたって無駄だよ?」
突然脳に響く少女の声。首を振り、周りを見逃しがないようにしっかりと精査する。やはり何もいない、降ってわいたような幻聴、それに軽く悪態をつきつつも立ち上がる。例え意味のないことであろうと、やる事に意義がある。それをしている間だけは生き延びれるのだから。一番怖いことはすることがなくなることなのだから。
幻聴に半ば励まされるような形になりながらも、運んできた枯れ木の幹に手を掛ける。長さとしてはどれくらいが手頃だろうか。周りを見渡し、適する場所を探す。塔内に転がる岩塊、それとそれの間に置くのも捨てがたいが、それでは高さが足りないような気もする。できれば立ち上がれるくらいの高さが欲しいのだが、それでは少し高望みだろうか。
まるまる5分10分、昼食の鯖の水煮缶を摂りつつじっくりと考えた結果出した結論は岩塊と壁の間に屋根を作るというものだった。都合のいいことに岩塊の中で大き目のものが壁のすぐ近くにそびえている。高さは1メートルもない、壁との距離も1メートルほどだろうか。持ってきた白い木に大体の目安をつける。長さとしては1メートルほどの長さの棒を2本は取れるだろうか。石が木をひっかく音がする。
目安がつけ終わったところで立ち上がる。やる事は先ほどとほぼ同じ、今度は目安に向かって斧を振り下ろす作業。石を使ってなんとなく場所を固定した木に振り下ろされる石斧。力がなくなっていても、重力のお陰で何とか振り下ろせる。
数十回、確実に先ほどよりも多くの数叩きつけた頃。石斧が木よりも固いものに接触し、甲高い音が鳴ると同時に腕からはじけ飛ぶ。どうやら地面の煉瓦に当たったようだ、それを証明するように枯れ木は2つに分かれていた。あとはもう一回同じことを繰り返すだけ。
結局その日はその木を3つに分断したところで疲れ果て、何をする気力もなくなってしまった。パックの白米を食べ、そのまま横になる。ああ、余った木を使って簡易ベッドなんてどうだろう。背中にごつごつと木の節があたり、寝にくいことこの上ないかもしれないが地面よりかはマシだろう。




