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12 - However it violate me, nothing could pollute my determination.


 嗚呼、最初からわかっていたさ、こんな現実なんてありえないと。この虫さえも生きていない死した大地に人なんて存在しえないことくらい。褐色の大地、枯れ果て、死に絶え、生命の気配を感じ取ることのできない世界なのだから仕方がないことだと。

 人なんてものは、生物のヒエラルキーの頂点に位置している生物の中の1つであるとわかっていたのに。ピラミッドの頂点に座す傲慢な生物は、自らを頂点と認識しその中で胡坐をかいて笑っているだけの愚かな生物であると。自分たちが全てを支配し、全てを理解し、全てを司ることが出来るなんていう大それた考えに自惚れているお山の大将であると。いや、理解していたつもりでしかなかったのだろう、だから現実を直視することができなかった、惑わされてしまったのだ。

 人間は三角形の頂点を司る生物、それ自体は間違っていない。ただ、ピラミッドの頂点でいるためには、頂点たりえるためには土台が必要だという事実を全く認識していなかった。それをしっかりと認識できていたのならば、生物の呼吸さえも聞こえないこの世界には人間が存在するなんてことができるはずもないということを認識できただろう。それならばこんな幻想に騙されることなんてなかっただろう。無駄な希望に心を打ち砕かれることなんてなかっただろう。

 いや、原因はそれだけではないかもしれない。ただただ卑屈になればいいというものではない、仕方のない部分もあったのだろう。水分もなく、生物の痕跡さえもないこの世界、絶望に叩き落された俺の目の前に1本の紐がたらされたならば、それがどんな結果であろうと登ったはずだ。例えそれが無間地獄に繋がっていようとも。だから、だからこの死んだ世界で見かけた微かな人の息吹の残り香に影響されてしまったのだろう。退廃し、崩壊し、萎靡した世界に遺された痕跡が限界状態の精神に呼応し、反応した結果だろう。


 あゝ、兆候はあったさ。現と夢との違い、あまりにも大きな違いが落とされていたというのに。張りぼての楼閣と精密に建築された楼閣は傍目から見ても大きく違う。それに気が付かないくらい俺は興奮し、追い詰められ、視野が狭まっていたのだろう。よくよく落ち着いて考えればこんなおかしい現実がある筈もないと理解できたのだろう。

 螺旋階段に座り込む少女、彼女の声は一度たりとて俺の耳に届いたことはあっただろうか。意味は理解できたし、脳内にしっかりと響いてきた、ただそれだけだ。50メートル以上は離れているというのに、小さな体躯の少女のか弱き喉から発する音は一切の雑音を孕むことはなかった。まるで俺自身が頭の中で独白しているかのように。

 螺旋階段に座り込む少女、彼女の姿は何故ああも詳細に見ることができたのだろうか。確かに俺の視力は悪くない、裸眼でも両目で1.0あるのが小さな自慢だった。50メートル以上は離れているというのに、齢20にも満たないような少女の髪の毛と服装はおろか、小さな目の色さえも見極めることができた。まるで脳内に描いた絵をなぞっているかのように。

 他にもおかしな点はいくつも列挙できる。一瞬で掻き消えた姿、そして同じく瞬時に現れた姿、仕舞う場所などないというのに皿を取り出し、決してその位置から動こうともしなかった少女。まるで当初から決められた景色を再構成しているかのように、彼女は不自然で溢れていた。

 彼女を見ることで、彼女を構成する色を見ることで、俺は何を連想した?何が欲しいと思った?何を思い出した?何を考えた?あぁ全く馬鹿な話だ、答えは今考えると簡単だ。簡単すぎてそれを考慮しなかったかのような、いや、その時も恐らく答えはでていたのだろう。ただそれを見て見ぬ振りしていただけだ、絶念に彩られた現身に触れる勇気を振り絞る事すらできなかっただけだ。


 遭難状態に陥り、摩耗し疲れ果てた精神が俺の安定と引き換えに見せたものは幻覚。ご丁寧に幻視、幻聴、幻嗅の大盤振る舞いだ。欲望を全て露わにし、それを全て結合させた結果があの少女だ。確かに今まで何度も聞いたことがある。雪山で遭難し、彷徨い続けていると色々視えてくると。暖かい食事、家庭の団欒、家族の呼び声、人を取り巻く嫋やかな、慈愛に満ちた幻が視えてくると。そしてそれに人々は狂わされるのだろう。ああ、俺も大差ない。現に我を見失っていたではないか。ただ重畳なことに痛みというスイッチで夢は覚めた。

 死へと誘う精の舌打ちが今にでも聞こえてきそうだ。井戸まで歩き、顔をつきだし、缶を使って水をがぶりと飲む。なんだか腹が空いた、白米のパックに水をみたし、陽光の下に放置する。

 塔の壁に背中を預け、空を見上げる。何の変化も見受けられない青い空。変わりようもないそんなものは俺に僅かばかりの平穏を与える。


 これからどうしようか。もしもあれが幻覚ではなかったならば、生活は安定しただろう。少なくとも、食料に怯え、独り孤独に震えるなんてことはなかっただろう。ただ、今でも最初よりかはマシな状況だろう。雨風を凌ぐことはできないが、ある程度清潔な水源は確保できた。食料面も、最悪の場合この繁茂した植物を毟り口に入れればいいのだから。ここを第2の拠点としてもいいだろう。

 第2の拠点、そうするならばある程度やらなければならないことがある。まずは雨風凌げる設備を作らなければならない。ここにある岩塊は動かすことができないが、周りに立っているだろう枯れた木の幹を使えば屋根は作れるだろう。あとは都合のよさそうなところを見つければ、上からの雨はある程度誤魔化せる拠点を作ることができるだろう。それと同時に周りの探索だ。木の幹を集めるのと同時に、周りに何かないか捜索すればいい。たとえば、他に水源があるかもしれない、他に植物が生えた場所があるかもしれない。もしかすると、何か人の遺した建造物が残っているのかもしれない。


 時間が経ち、ふやけた白米を掻き込む。昨日までは喉に張り付いていただろうそれは、水を確保できた今ならば何の問題もなく食べられる。ぱくり、ぱくりと胃に貯まっていく白米、段々と体が重くなっていくようなそんな感触に何故か安堵する。まだ生きている、俺は生きている。この死した世界、どうにか生き延びてやろう。

 傍に落ちていた小さな石くれを使って塔の壁に文字を書く。これからの俺の指標、俺が生きる理由、俺の行動理念。


 『諦めない、絶対に生き延びる。』


 全て書き終えて、黒い煉瓦に残る白いひっかき傷となった文字列を満足感と共に眺める。絶対に生き延びる、どんな手を使おうと、どんな困難が俺を襲おうと、どんな壁が立ちはだかろうと。そしていつか必ず日本に戻る、あの安らぎと慈愛に満ちていた世界へ。

 何時の日か、再びこの世界に人が溢れるころ。はたしてその日が一体どれだけあとのことか、本当にあり得るのかはわからない、そして俺がそこにいるかどうかさえも。ただ、その時これを誰かが見つけたならば、それは証になる。この文字列は俺の精神の支えであり、俺の希望であり、そして俺の生きた証になる。遥か未来にこれを見た誰かが、遥か昔にこの地で死から必死に抗った俺という存在に思いを馳せる時が来るだろうと信じて。


 ただ、ただもしかすると、あの夢から覚めなかったほうが幸せだったのかもしれない……

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