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9 - There is a mysterious girl.

 疲れ切った足では到底真っ直ぐ進めない。くらくらとする頭では思った通りの場所に進むことは難しい。どちらか一方でも大変だというのに、その両者を手に入れてしまった俺ははたして羨ましがられることだろうか。必死に進むけれども、足はもたつき、もつれ合い、絡み合い、頭痛が悪化し、息がすぐに上がる。走れたのは10メートル、20メートル、そのくらい。

 肩で息をしつつ、両手を膝の上にあて、立ち止まり咳き込む。あぁ、喉が痛い、胸が痛い。走るという動作をするだけで、耐えようもない苦痛が襲ってくるのは相当に不味い状況なのはわかる。回復しない体力、低下する免疫力、歩くことさえ苦痛を感じる域まであと少しだというのに、死への階段だけは何の抵抗もなしに駆け昇っていくことができている、そして止めようもない。

 結局10分ほど地面に寝転がっていただろうか。起き上がるという動作でさえも膝に少しばかり痛みが走る。立ち上がっただけで軽い頭痛が俺を襲い、少し息が上がる。体は少しばかり熱をもっているような、全身が少しばかり気怠い。それでも進まなければならない、行かなければあの緑には辿り着くことができない。


 足を無理矢理動かして進む。走った結果だろうか、歩くことも少々辛くなってきている。それでも、杖を使って1歩1歩確実に歩いていく。数十分もせずに塔まで辿り着く。


 あぁ、塔は見上げると首が痛くなるほど高く、遠くから見たそのままだった。煉瓦が積まれたように見える塔、下のほうはまだ元のかたちを維持していて、上に向かってどんどん崩れている。周りには砕けた煉瓦が転がっている。煉瓦1つの大きさは俺の体の半分と同じくらいだろうか、滅茶苦茶大きい煉瓦である。

 足をくじいてしまわぬように、隙間に挟んでしまわぬようにゆっくりとかつ慎重に歩いていく。っして塔に触れる、ひんやりとしていて、離した手には黒く煤のような汚れがついている。ただ、手のかたちが残っているわけでもないので黒が元の色なのだろうか。

 外周は相当大きく、入口を探してぐるぐると回る。そしてついに入口を。門であったであろう巨大な穴が塔の1部分に開いていて、朽ちた木の扉の欠片が残っている。人2人分の高さはありそうな扉を抜けて内部に侵入する。

 凄まじく広い空間、半径30メートルから50メートルはありそうな空間。最奥部に砕けた扉、その奥には階段のようなものも見えている。天上は5メートル、いやもっと高かったのだろうか。しかしながら、天上は崩壊しており天が覗いている。そして崩壊したであろう岩塊がごろごろと塔内部に転がっている。天井に開いている風穴のお陰で明るく、故に奥まで覗けるわけだ。塔の途中途中には床であったり天上であったりがあったであろう残骸が付いた部分もある。そして、前述の通り塔は半壊している。故に自分がくぐってきた入口の右側の少し奥、そこは下から6メートルほど壁が残り、そこから上は崩壊している。そこを中心として崩壊は広がっており、まるで根付近から斜め切りにされた葱の内部を葉に近い部分から根の方向に向けて見上げているような状態になっている。


 やはり人口の建造物、興奮が隠せない。そして何よりも、遠くから見えた緑の存在が俺の冷めきり絶望に塗れた感情を刺激する。入口から見て左手側、そこには小さな水たまりがあった。その周りには緑が茂っていた。

 動かぬ足、痛む足を忘れてそちらに駆け寄る。泉は本当に小さく、手で抱きかかえられそうなほどの大きさの囲いから水が漏れ出ている。そこに顔をどぷりと突っ込む。そしてぐびぐびと水を飲んでいく。喉を通り体にしみわたっていく水、味わいもせずにがぶがぶと喉を通していく。そして、息ができなくなり慌てて頭を上げる。

 あぁ、どうやら相当動転していたらしい。息を大きく吸い込み、そして吐きだす。体に水分が入ったことにより、火照りがいくらか収まったような、急に足の力が抜けて座り込んでしまう。糸が切れた操り人形のように、そのまま床に倒れふし、天を見上げる形に。相変わらず空は雲一つもない快晴、口の中に残った水の残り香が舌を刺激する。苦く、鉄臭い、あの小川の水よりも土味が強く、そして舌に刺さるような弱いえぐみのある味。寝転がりながら考える、この味はどこから来たのだろうか、と。まずは俺の口自体に問題がある。歯も磨かずに、様々なものを口に入れてきたので歯垢や舌苔も溜まっている。胃は悪くなっているだろうからそれも含めて口から異臭、ひいては味覚も狂っている可能性は高い。今では焼き鳥の缶詰の味も塩辛い、味が濃い、くらいしか感じられないのだから。もう1つ、水が悪くなっている可能性。よくよく見ていなかったためどれだけの水が湧水しているかわからないし、しばらく判明しないだろう。ただ、なみなみと溜まっていた水から察するに、確実に水は湧いてはいる。そうでなくては蒸発するか土に染み込んでいくか、これだけ退廃した空間ではなみなみと溜まっていることなんてありえないだろうから。そしていくら湧き出ていたとしても、この泉の周りはしっとりとしてこそすれ水浸しではない。つまりあまり量は湧き出ていないのだろう、結果水が多少腐っている可能性もあり得るだろう。それに風に巻き上げられた土や異物が入っていてもおかしくない、密閉された空間ではないのだから。

 そう考えると、先ほどの行動がどれだけ馬鹿げていたのかということに気が付き冷や汗が出る。ただ、渇ききり、水を何よりも欲していた状況では仕方がなかったと考える自分自身もいたりして、頭が混乱してくる。あぁ、ここまでのことが考えられるほどに精神的に回復したんだな、ということを考えて見たり、これで体を壊してしまったらどうしてみよう、と考えて見たり。どちらにしても、このまま寝転がっている必要はない。起き上がり、泉をしっかりと観察する。

 泉は、いや井戸と言ったほうがいいだろうか。その井戸は深く、今俺が飲んだ影響で少しばかり水位は下がっている。周りには顔を突っ込んだ衝撃で溢れた水が少しばかり飛び散っていて、井戸の高さは70センチほど。底は見えず、井戸の内壁は水の中にあったため少し滑ってはいるものの草などは見受けられない。缶詰を使って水を汲んでみる。少し濁っていて、やはり土などが舞い上がって入っていたのだろうか。それでもまぁ飲めることには飲めるだろう、ビニール袋はないので蒸留させる方法は使えない。

 井戸の側面には苔が生えていて、地面にもそれが広がっている。茂ってるのは背の低い雑草、よくよくみるとこれは電車の周りに生えていた枯れかけの草であるとわかる。ここは漏れ出る水の影響で生えていたのだろう、こうやって壁もあることである程度は守られているから。苔と雑草、それだけが井戸を中心として1メートルから2メートルほどまでに煉瓦の上に群生していて、それより先には枯れかけた雑草であったり、枯れた苔であったりしたものが点々と生えている。壁には井戸より50センチほどの高さまで苔が生えているが、瑞々しいとは言えない。これを見る限り、水の湧水量はそこまで多くないのだろう。漏れ出た水はこの程度の草を繁栄させることしかできない。土にしみこむか、蒸発していくか、それともこの草が水を多量に使用するのか。どれかはわからないけれど、苔と草の2種類しかない状況から鑑みるとそういうことだ。


 ガタタ、と背後から音がする。慌てて振り返ると、そこには岩塊が。いや、あれは最初からあったものだ。日に照らされる煉瓦の塊、それが積み重なった小山。音がもう一度する。階段のほう、上が崩れている階段、そこに座った女の子がこちらを見ていた。

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