0 - End of the Record
漆黒に染め上げられた巨大な塔。天を突き、空を割くようにして聳え立つその塔は人々の憎悪を一身に集める諸悪の根源。
突如大陸の最北東端に出現したその塔からは幾千幾億の魔が生まれ、人々を殺し、犯し、蔑み、嘲り、哂い、遊び、蹂躙してきた。
人々は恐怖に震え、泣き叫び、祈りを捧げ、世界を憂いた。世界は暗黒の手に落ち、互いに反目していた人々は魔に隷属され、奴隷として扱われぬために最初で最後の同盟を組んだ。
決死の覚悟の人々は英知を結集させ魔の暴虐から耐え、それの南進、西進を瀬戸際で押しとどめてきた。そして人々の祈りは天に届く。大陸の最西端に天啓を受けた神童が生まれる。
神童は歴史に残る誰よりも優れた肉体を持ち、誰よりも優れた勇気を持っていた。人々は魔の手から彼を守り、全てを与えた。歴戦の戦士が体捌きと剣の扱いを教えれば、稀代の弓使いは弓の扱いと自分が作った最高の弓を与える。大陸1の賢者が最高の教育をすれば、100年を超える時を生きる老魔術師が自身の生涯の集大成として魔法を神童に伝える。成長に合わせ堅物として有名な史上稀に見る腕を持つ鍛冶師が専用の鎧を作成し、数々の国家が人々の命を犠牲にして魔を捕縛し神童と戦わせ経験を積ませる。
刻一刻と迫る制限時間。大陸を破壊し、蹂躙しながら進む魔が大陸の5分の3を手中に収めるころ、神童は成人を迎える。奇しくも人々がその欲望、領土争いの為に代々貯めてきた資源が尽きかけ、魔の侵攻速度が急速に上昇し被害が酷くなったころ。
神童は進む、か弱き人々を魔から救うために。鍛冶師が命と引き換えに叩き上げた鎧に身を包み、神木を切り出し聖女の編んだ糸を使った弓で魔を打ち抜き、遥か古代から封印されてきた聖剣で切り払う。神童に遅れをとるものの若くして五指に入るほどの実力を持った魔術師の少女、人間随一の力を誇る最強の戦士、聖女に叙勲され若くして近衛にも抜擢された女騎士、人々が誇る最強の3人を引き連れた神童の前に魔は切り裂かれ、叩き潰され、蜂の巣に射抜かれ、灰塵と化した。
塔に潜む根源を断つために彼らは進む。人々はその姿に心奪われ、何時しか彼らは人々の希望そのものになっていた。
塔より出でし強大な力を持つ牛頭人身の怪物を両断した。死を操る死霊崇拝主義者たる吸血鬼を浄化した。人を丸のみできるほどの頭を持つ9つの蛇頭を持つ4足歩行の怪物の首を全て落とした。100の頭を持つ巨大な蛇の頭を全て射抜き絶命させた。
どんなに強大な魔物であろうと彼らの前には何の障害にもならず、全て悉く死体に還された。
そして彼らが出発してから1年もたたずに、彼らは塔に辿り着いた。幾万もの魔を滅し、いくつもの砦を破壊してきた彼らは塔を守る化物と対峙する。50の首を持つ怪物を叩き潰し、蛇の尾を持つ双頭の犬を細断し、獅子頭蛇尾の山羊を燃やし尽くす。塔の中で待つ魔の母たる蛇の体を持つ女との激闘を制し戦士という犠牲を払いながらも血祭りにあげ、そして進む。
塔の頂には男が彼らを待っていた。今まで戦ったどの魔よりも強大な力を持つ男。黒髪に黒い隻眼を持ち、黒いローブに身を包んだ男は嗤う。
「よく来た勇者よ、我が魔を統べる王、さぁ最後の戦いと行こうじゃないか。」
戦いは熾烈を極めた。塔は衝撃に揺れ、雲は裂ける。魔王は押されながらも騎士の腹を貫き、そしてある年齢から1度足りとて傷を負うことのなかった神童の頬に、腕に、足に深い切り傷を負わせる。しかしそれでも神童は神童であった。魔王は隙を突かれ左腕を捥ぎ取られ、腹を裂かれ、吹き飛ばされる。
止めを刺さんと聖剣を振り下ろす神童、しかしその刃は魔王に届く前に間に割り込んだ影の放つ障壁に突き刺さる。
神童が初めて手に入れた仲間、魔法使いの少女は障壁を張り、聖剣を押しとどめようとする。塔に入る前に結ばれ、最後の戦いのあとは共に暮らすことを約束していた少女の行動に神童は驚く。
「そこを退け、何故庇う?」
少年の声が擦れるほどの叫び、最愛の人の不可解な行動に対する怒りから、諸悪の根源たる魔王を守らんとする少女への怒りから。
「私の愛する人、最愛の父親を殺すなんてこと、私は出来ないッ」
少女は叫ぶ、父親を守るために。
しかし実力差は圧倒的だった。少女は父のもとまで弾き飛ばされ、障壁は砕け散る。それでも父親を守らんと立ちあがる少女、神童は涙を流しながらも聖剣を握り直す。
1歩、また1歩と近づく距離。足は震え、涙を流し、歯を食いしばりながらも父の盾にならんとする少女。その肩を借りて魔王は立ち上がる。
腕のない左肩からは血が吹き出し、腹からは臓物が顔を覗かせる。口から血を吹き出しながらも魔王は残る右腕で少女の頭を撫で、口を開く。
「我が娘よ……随分と……お転婆な……反抗……期は終わ……ったか?」
魔王は段々と近づく神童を見て笑う。
「勇者よ……人の身でよくぞここまで……こうなる事は……必然であったか……」
魔王は空を見上げ、右腕を空に上げる。
「空に届くかと思ったが……所詮我も……」
神童を止めようとした少女は両断される、涙を流し歯を食いしばる神童の聖剣によって。
魔王は最後の言葉を……
「しかし……このままでは死なぬ……≪終幕の鐘の音≫……」
そして魔王の前に立ち、聖剣を振り下ろす。
その日、その時、魔王の命の燈火が消え去るその瞬間、大地に住む全ての生命を蹂躙せんと塔の遥か大空から灼熱の太陽が地に堕ちた。