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【勇者が行く・異世界騒乱編】

時間軸で言うと未来、世界線で言うと別世界のお話。


もしも、だったら、そんな異世界の物語です。



 ここは、その世界の者たちに【魔界】と呼ばれている場所。

 【魔獣】と呼ばれる生物が蔓延り【瘴気】と呼ばれる有毒な物質が蔓延し、並の生物では5分と経たずに死んでしまう、死の世界。

 その死の世界の、奥の奥。

 入り込んだら二度と出られず、その一部となってしまう広大な森。

 海自体が意志を持つかのように、あらゆる天候が襲いかかる広闊な海原。

 それら過酷な環境を乗り越え、精鋭された【魔獣】が跋扈する広漠な平原。

 平原を踏破した【魔界】の最深部。

 今までの自然が支配していた風景とは一変し、無限とも思える荒野の一部を占有した、何者かの手によって建築された巨大な城。

 その城の禍々しい意匠が施された巨大な門の前。

 3人の【人間】が、一目見て強力と分かる武器と防具を装備し、意気軒昂に陣を組んでいた。


「準備はいいか!後戻りは出来ないぞ!」


 一人の男が声高らかに言った。

 その男は希少な聖銀(ミスリル)製の鎧で身を包み、腰には聖金(オリハルコン)で打たれた一本の剣が差さっている。

 金色の髪は無造作に伸ばされながらも彫像のような精悍な顔立ちとマッチしており、神話に出てくるような神々しさまで纏っていた。

 身を包んでいる聖銀の鎧は、希少なだけあって強度は折り紙つきだ。

 ここまでくるまでに、生物を溶かし尽くす食人植物の溶解液を受け止め、巨大な船をも噛み砕く海獣の顎に噛みつかれ、巨石を切断する【魔獣】の爪に切り裂かれても、傷一つつかない程の硬度を誇っている。

 当たり前というか、その代償として聖銀はとても高価だった。

 その鎧一つを製作するのに必要な鉱石を揃えるだけでも―――立場上は勇者と言うべきか―――勇者の属する国の国家予算の数年分は必要だろう。

 そして、聖銀は生半可な職人には精錬するのは不可能だ。

 いや、鉱石から聖銀を製錬することさえ困難だろう。事実、勇者の国にいる最高の腕を持った職人でさえ、不純物の入り混じった粗雑な聖銀しか製錬できなかった。

 以前まで聖銀の鎧を作製していた職人が数年前に亡くなっていたのだ。

 先の聖銀を抽出した職人は、その一番弟子だった。

 その職人でさえ粗製の聖銀しか製錬できないのだから、聖銀の加工及び鎧の作製など論外だった。

 勇者の旅は、まずは精製された聖銀を製作できる職人を探すことから始まった。

 王の言では【魔界】には聖銀を加工できる者がいるとのことだ。

 その言葉を受けて【魔界】に突入―――とはいえ、本当に【瘴気】の薄い入り口の入り口だが―――した時には、自らの目を疑った。

 今まで【人界】で悪事を働いていた【魔獣】―――正確には【亜人】だが―――が集落を作って暮らしていたのだ。

 彼らは勇者一行に敵意を向けず、逆に久しぶりの【人間】だということで友好的に迎えられたのだった。

 そこに暮らしていた【亜人】は、自分たちをドワーフと言った。曰く、金属加工を任されたら右に出る種族などいないと。

 そこで、聖銀の加工が出来るのかを聞いてみると、その程度の加工ならば容易いことだと言った。

 頼んでみると、快く引き受けてもらうことができた。

 しかし、一つだけ条件があった。

 

「我々の集落を襲う【魔獣】を討伐してほしい」

「我々は武具を造ることに関しては優れているが、我々自体は非力だ」

「だからこそ、この【人界】への入り口近くに住んでいるのだが、最近になって【魔獣】が見られるようになった」

「それを、なんとかしてほしい」


 もちろん、勇者は二つ返事で了承した。

 ここまでに倒してきた【魔獣】は、それほど苦戦するほどのものでもなかった。

 そこに住む【魔獣】も自分たちの腕試しに丁度いいだろう。そう思っての返事だった。

 まあ、それが【魔獣】の中でも最強と呼ばれる龍だったり、その龍との三日三晩にもわたる死闘を繰り広げたり、最終的に相打ちになって【人間】に擬態した龍と酒を飲み交わす仲にもなったが、それは割愛しておこう。

 何はともあれ、無事に聖銀の鎧を手に入れることができたのだった。

 次に、腰に差さっている聖金の剣だ。

 勇者の属する国を建国した祖が、約1000年前に神から賜ったと伝えられる【人界】には存在しない聖金で打たれた神剣だ。 

 国宝とされる剣だが【魔王】を斃すために国王から特別に借り受けたのだ。

 その剣は、通常の剣では歯が立たない【魔獣】の肉を斬り裂き、骨をも斬り砕く。さらに聖銀すらも切断し、通常では考えられないほどの切れ味を誇っていた。

 この剣をドワーフに見せたところ、彼らの造ったものではないとのこと。

 そもそも、聖金の原料となる鉱石自体【魔界】の最深部にしか存在しないらしい。彼らの実力では【魔界】最深部はもとより、この場所から少し進んだ先の、森に存在する【魔獣】にすら歯が立たなくなる。

 とにかく、まず【人界】ではお目にかかれないような装備を揃え、万全の状態を取りつつ【魔界】の最深部にたどり着いたのだった。


「当ったり前じゃない!何のためにここまで来たと思ってんのよ!」


 ゆったりとしたローブを羽織り、自分の身長ほどもある大きさの杖を持ち、先に行くほど細くなったツバの広いトンガリ帽子を被った彼女―――便宜的に魔道師と呼称しておこう―――魔道師はハキハキとした口調でそう応えた。

 褐色の肌に真っ赤な髪をした彼女は、一見して可愛らしい姿をした少女である。まあ、外見通りの年齢でもないのだが。

 まさに古典的な魔法使いのような姿だが、彼女は魔道師である。まあ、違いなど在って無いようなものだが。

 そして、彼女は生粋の【人間】である。ただし【魔界】生まれの【魔界】育ちという肩書きも付属するが、正しく【人間】だ。

 そう、彼女は【人間】なのだ。何故【魔界】で生まれた【人間】が存在するのかは定かではないが、現実に存在し、彼女の一族が十数人も生活しているのだから仕方ない。

 彼女の【魔法】の腕は一族の中でも更に抜きんでていた。

 実際に、勇者が所属していた国の王宮に仕える最高位の魔法師さえも彼女の足元にも及ばない圧倒的な【魔力】を有し、その【魔法】は森を燃やし、海を蒸発させ、大地を焼き、天を赤く染める。いや、比喩ではなく実際に行ってきたことだが。

 さて、この少女がこの【魔界】の奥地まで同行することになった経緯だが、勇者が【魔界】の入り口で聖銀の鎧を受け取った後、先に進もうとすると、同じくドワーフに依頼をしていた魔道師に遭遇したのだ。

 今まで、一族以外の【人間】の男と会ったことも話したこともなかった魔道師は、外見相応の可愛らしい悲鳴を上げて吹き飛ばした。勇者を、全力で。

 自制はしたのか、勇者が感じ取った対軍用大規模殲滅に使用される【魔法】を発動できるほどの【魔力】を拳に(・・)集束させ、勇者のみを殴りつけた。

 ちなみに、この対軍用大規模殲滅に使用される【魔法】は、王宮に仕える魔道師を総動員して数日の準備を行い、ようやく発動が可能になる程度の【魔法】だ。

 当然のごとく、殴られた勇者はドワーフ宅の壁を吹き飛ばし、大地を削り、木々を薙ぎ倒し、数百m程度吹き飛びながらも、擦り傷と打撲程度で生還した。

 殴られる瞬間に聖金の剣で拳を受け止め、聖銀の鎧で衝撃を殺した状態でそれなのだから、どちらかが欠けていたら勇者など紅葉おろしになっていただろう。

 ちなみに、当然ながら聖銀の鎧と聖金の剣は無傷だった。

 何はともあれ、いきなり殴りつけたお詫びと勇者の目的を面白いとでも思ったのか、暇つぶしを目的にこんな場所まで着いてきたのだ。


「何を今さら。後戻りが出来ないのは【魔界】に入った時から分かっているさ」


 そう言った彼は、両手両足に籠手具足を装備した―――某有名RPGの職業に当てはめると武闘家に分類されるだろう―――武闘家だ。

 茶色い髪と細い体で優男のような外見ながらも極限まで鍛え抜かれたその体は一切の脂肪が付いておらず、正に武芸一筋に生きてきた男だ。

 この【魔界】の最深部に来るにはおよそ不釣り合いな軽装の彼は、格闘戦を主体とした前衛での超接近戦の専門家だった。

 『当たらなければどうと言うことはない』を信条とし、防御を犠牲に身を軽くすることで飛躍的に移動速度を高めた、超高機動戦闘が得意な異色の武闘家だ。

 彼の【人界】でのかつての異名は【瞬身】だった。

 瞬間移動とも思えるほどの移動速度により、一瞬の間に十数発の打撃を叩き込む。他の【人間】は目に捉えることもできず、無残にも倒れていった。

 最早【人界】に敵の無くなった彼は、数年前に修行のため自ら【魔界】を訪れたのだ。

 夜も気が抜けず毎日を命がけで過ごす。自分よりも更に格上の【魔獣】と幾度も闘い、時には大怪我を負いながらも生き延びた。

 しかし【人間】は進化し、順応する生き物だ。

 そんな生活が半年も続くと、徐々に【魔獣】にも対応できるようになる。森に立ち入った当初は避けるだけで精一杯だった【魔獣】の攻撃にも反撃を行えるようになった。

 また数か月経つと、業は更に冴え渡った。

 そして、森へと立ち入ってから数年。

 彼と相対する【魔獣】は徐々に、原型を留めない形へと崩れていく。【魔獣】が彼と向かい合った時には、既に勝負は決していた。

 完全な肉塊へと変貌した後、鼓膜を破らんほどの轟音を響が響いてくる。音すらも置き去りにした彼に敵う【魔獣】は、最早存在しなかった。

 その森に見切りをつけ先に進もうとしたところ、ふと【魔獣】とは違った気配を察知した。

 ここ数年は【魔獣】としか相手をしていない。腕試しには丁度いい。

 まあ、その気配の主は【人界】からの入り口からやってきた勇者一行だったり、森の3/10が消滅するほどの戦いが繰り広げられたのだが、それはまた別の話だ。

 その戦いの後、一行の目的に共感し、このような【魔界】の奥地にまで同行したのだった。

 

「よし、開けるぞ…!」


 勇者が巨大な門に手をかけ押し開けると、重く鈍い音を立て巨大な門が開いて行く。

 彼ら、勇者一行の目的はただ一つ。

 

『【魔王】を斃し【人界】へ侵入してくる【魔獣】を阻止する』


 そして、門が完全に開かれ―――

 

「くぅ…すぅ…ふぅ…んん…」


 ―――炬燵があった。

 それと、炬燵に身体を突っ込んで天板に涎を垂らしてスヤスヤと寝ている者が一名。

 

「…ね、ねえ勇者?なんか、あんたが言ってたのと違うんじゃない?」


「あ、ああ。なんか…違うな」


 勇者が王から聞いた話では【魔界】の奥地に存在する城には四天王が存在し、全員を倒すことで【魔王】への道が開かれる。そう言われていた。

 それぞれが強大な力を持ち、強大な力を持ってようやく倒すことができる。

 しかし【魔王】は強大な力だけでは足りない。聖金剣と併せて初めて斃すことができると。


「…いや、先手必勝とも言うだろう。ここは自分が行こう」


 武闘家が二人より前に出て、構える。今までに何百、何千、何億と構えてきた形だ。

 左肘を身体の前に出し直角に曲げ、地面と平行に構える。右腕は伸ばして左ひじに乗せ、敵に向けた。

 最早、身体に染みついた動きと言っても過言ではないだろう。

 見る人が見ればCQC(近接格闘)と類似した動きだと分かるだろうが、彼は独学でこの形にたどり着いたのだ。

 自らが行う近距離超高機動戦闘に適合した、全く新しい戦闘方法。

 教科書も手本とする人物も何も存在しないゼロからの始まりを、彼は登り詰めた。

 精神を統一し、放つ、瞬間―――

 

「…ん…ふぁ~…よく寝た。 …でお前らなんなの? 睡眠妨害する奴とか、死ねば良いと思ってんだけど」


「―――ッ!」


 その言葉を聞き、武闘家は大きく後ろに跳んだ。

 残像を残すほどのその動きは、それだけ全力で回避したということだ。


「武闘家!?大丈夫か!」


「ああ、大丈夫だ。しかしアイツは…強いな」


 その言葉を聞き、勇者の背筋に冷や汗が流れる。

 武闘家の戦闘方法を知っている勇者は、あの構えを何度も見た事がある。あの構えの直後に襲ってくるえげつない威力の攻撃も身をもって知っていた。

 避けようにも、気が付いた瞬間には目の前に迫っている攻撃には、相当に苦戦させられた。

 その武闘家が、攻撃を加える前に回避に徹したのだ。

 相手は炬燵にすっぽり入り、顔だけしか出していないのだが滑稽だが…


「…アイツ【魔人】よ。しかもtypeCね。 …武闘家、私は援護するから、あなたはいつも通りに戦いなさい。いいわね?」


「typeCだと? …なるほど、通りで」


 【魔人】やtypeCと呼ばれた人物は、炬燵に身体を入れたまま顔だけを勇者一行に向け、言った。


「まあ、待て待て。俺は別に戦いたいって訳じゃあないんだ。だって不毛だろう?戦闘行為なんて」


 欠伸をしながらそう言った【魔人】は、頭にネコ科動物の耳を生やし、男にしては高い声をしていた。

 

「だが、お前は【魔人】だろう。それが、戦いを不毛だと?」


 勇者が所属していた国では【魔人】は【魔獣】が進化した生物だと伝えられていた。

 その証拠に挙げられるのが、体の一部に【魔獣】と似通った特徴が存在することだ。 

 そして【魔人】は、その外見的な特徴で約3種類に大別されている。

 空を飛ぶ【魔獣】の特徴をその腕に反映させる。翼を持ったtypeBとも呼ばれる飛行型。

 木々を駆ける【魔獣】の脚力を足に反映させる。速度を持ったtypeCとも呼ばれる跳躍型。

 地を疾走する【魔獣】の持久力と統率力を身体に反映させる。群れを持ったtypeDとも呼ばれる走破型。

 特にtypeCとtypeDはtypeB程に【人間】と大きな差異はないが、それぞれの頭頂部には基となった【魔獣】の耳が存在していることが知られていた。

 そして、全ての【魔人】に共通する特徴として、全ての【人間】に対して絶対的な敵対行動を取ることだった。

 勇者が言ったように【魔人】が存在する場所には闘いが絶えない。

 【魔界】に来てからは見かけてはいないが、勇者が【人界】に居た頃には【魔人】が出没すると厳戒態勢が取られ、国が総力を挙げて討伐に乗り出したことが多々あった。

 ただの一匹が存在するだけで、一つの街が滅ぼされる可能性がある。天災と同等の影響を持った生物。

 勇者が先頭に立ち【魔人】が引き連れてきた【魔獣】を薙ぎ払い、敵である【魔人】を討ち取る。その【魔人】に理性はなく、闘いにのみ渇望しているようだった。

 それが…


「まあな。あいつらと出会って、戦うことが馬鹿らしくなっちまったよ。で、どうすんだ? この先にいる奴なんだけど、この手紙渡せば見逃してくれるぞ?」


 そう言って、一枚の封筒を天板の上に置いた。

 

「…罠じゃ、ないんだな?」


 勇者が恐る恐る炬燵に近づき、その封筒を手に取る。なんの変哲もない、ただの封筒だ。


「ああ、罠なんかじゃないさ。嘘なんてついたらあいつに殺されちまう」


「お前がさっきからあいつって言ってる奴は【魔王】…なのか?」


「…まあ、どうでもいいけどさ。さっさと行った行った。俺はもう眠いんだ」


 そう言った【魔人】は不貞腐れたように横になって炬燵にすっぽり入り、寝息を立て始めてしまった。

 

「…釈然としないが、先に進もう」


「…ええ、そうね。戦闘を回避できるのならそれに越したことはないわ」


「…ああ、分かった」


 微妙な空気が漂う中、勇者一行は先に進み始めた。

 その後、部屋を出て長い通路を歩き、次の部屋への扉を開けた。

 緑色の髪の女性と戦闘になりかけるも、前の部屋で【魔人】から渡された封筒を渡すとすんなりと通り抜けることができた。

 その女性が頬を赤らめて勇者一行が入ってきた扉から出て行ったのが気にはなったが…


「ね、ねえ…ここって【魔王】の城よね?本当にこんなに簡単でいいの?」


 魔道師が不安そうな声で武闘家に言った。


「そのハズ…だよな、勇者?」


「俺に聞かれても困るんだが…」


 勇者が言うように、彼は王から【魔王】を斃せとしか命令を受けていない。

 国宝の剣を賜り、聖銀を渡され、四天王についての情報は渡されたが、このような城のことなど聞いていない。彼も城を一瞥して驚いたものだ。

 それが、四天王の内二人を倒しもせずに素通りできてしまったのだ。

 不安になるのも当然だろう。


「いや、さっきまでのは前座だろう。次はきっと…」


 そう言っている内に、次の扉に到着した。

 今までの物々しい扉とは違い、ドアノブが片っ方に付いた普通の扉だ。


「…やっぱり、うん。とっとと先に進もうか」


 ガチャリと扉を開け、部屋に入る。室内はそれまでの部屋と違い、城の見た目からは想像できないくらいに狭く、言ってしまえば地味な部屋だ。

 

「ねえ、やっぱりここも…」

 

「言うな。もう分かってることだ」


 最早、諦めたような口調で言った武闘家と魔道師の二人。

 しかし、それに反論するかのように武闘家が言った。


「いや、待て、あいつらを見ろ」

 

 指差す先には、二人の少女が座っていた。

 一人は頭頂部から獣の耳を生やし、椅子に腰かけている。

 その少女は【魔人】だ。

 しかし、以前の部屋にいた【魔人】とは違う、持久力と統率力に優れたtypeDだ。

 そして、もう一人は…


「【白種】だ。まさか、こんなところに…!」


「【白種】?なによそれ?」


 勇者が驚くのも無理はない。

 彼が【白種】と呼んだその少女は、光を発するような白い髪、透き通るような白い肌、そして血で染まったかのように真っ赤な瞳をしていた。

 数百年に一度の周期で発生するそれは【人間】を救い尽くす救世者になるか【人間】を殺し尽くす殺戮者になると伝えられている。

 例外なく歴史の矢面に立ち、今までに伝わっている伝記書には1000年程前に【白種】が殺戮者に堕ち【人間】の2/3を殺し尽くしたと記されている。

 【白種】を討伐した建国の祖は、人望を持って国を纏め上げたそうだ。

 それ以来【白種】は国が手厚く保護し、堕ちることがないように細心の注意を払っている。彼が所属する国の王城にも一人保護されていたが、執政に深く介入し国政を補助していた。

 生まれついて高度な知識を持ち【魔力】に愛されている。白種に【魔法】は効かず、逆に使用者に【魔法】が跳ね返ってくることさえあった。

 そして、魔道師が知らないのも当然だ。

 【魔界】生まれの【魔界】育ちである彼女に【人界】の常識など通用しないのだ。


「しかし、四天王の一人が白種とは…魔道師、お前は下がっていろ。白種に【魔法】は効かない」


「ならば、自分も行こうか。自分は【魔法】など使わないからな」


 勇者と武闘家の二人が前に出る。

 typeDの【魔人】と【白種】の少女は、机を挟んで向かい合わせになり、睨み合っていた。

 二人の間には剣呑な空気が漂っている。そして【魔人】の少女が掲げた札に【白種】の少女の細腕が伸びた。

 【人間】を滅ぼす力を持ったその腕は、愚か者とそれ以外を別つかのように、勝者と敗者を決するかの如く。

 そして【魔人】の腕は震えていた。

 まるで、これからの自分の運命を知っているかのように。


「やった…私の勝ち…」


 まるで、自分自身を暗示しているかのように【魔人】の腕には愚か者だけが残った。

 そして【白種】の腕に残った二つの札は無残にも捨てられた。

 

「うう…も、もう一回です!」


 有体に言ってしまえば、ババ抜きをやっていた。

 近づいてきた勇者と武闘家を目にも留めず【魔人】は捨てられたトランプを集め、再度ババ抜きの準備をしていく。

 

「…何やってんだ?こいつら」

 

「見た限り、トランプだろうな。勇者も知っているだろう?」 


「いや、まあ、知ってはいるが…」


 勇者は困惑した。

 いや、この城に入ってからずっと困惑はしていたが、四天王の最後の二人が呑気にトランプをしているのを見ると…


「なんか、こう…ホッとするよな、うん」


「勇者!?何言ってんだ!気をしっかり持て!」


 気が狂った勇者の頬を殴りつけ、気付けを行う。勇者が吹き飛び壁に激突し、朦朦と埃が立った。

 

「うう…すまない、なんかもう、理想と現実の差がありすぎて…」


「大丈夫か?でも、あいつらトランプに集中してるっぽいし、素通りできるんじゃないか?」


 武闘家の言葉を聞き、勇者は【白種】と【魔人】の方を見る。どうやらトランプに集中しているようで、こちらの事など気にも留めていないようだ。

 もう面倒なので、こっそりと次の扉に進んだ。


「なあ勇者、この分なら【魔王】も案外簡単に斃せるんじゃないか?」


「いや、しかし【魔人】と【魔獣】を従えているんだぞ?それに、あの【白種】まで。どれ程の力を持っているのか…」


「でも、四天王全員があんなのなのよ?きっと【魔王】だってノンビリしてるわよ」

 

 魔道師の言葉に、勇者は天を仰いだ。

 【魔人】は炬燵で寝てたし、緑髪の女性は恋する乙女だったし、最後の二人はトランプしてたし。

 魔道師と武闘家の二人が油断してしまうのも分かっていた。 

 

「いや、だがなぁ…」


 勇者がそう言いつつ扉を開けると…


「フハハハハー!よく来たな勇者たちよー!我が炎の【魔法】を受けて消え去るがいいわー!」


 なんかいた。いや、この場所にいるからには【魔王】なのだろうが。

 数え切れないほどの蝋燭で照らされた薄暗い室内は、今まで通ってきた部屋とはまるで雰囲気が違った。

 そして、勇者一行を見下すように腕を組んで階段の上に立ち大声でそんなことを喋っている美女がいた。

 薄暗い室内ながらも、その女性の姿はハッキリと見ることができた。

 真っ赤な髪は腰まで伸ばされ、万人を引き付けるように整った顔には勇者一行を侮るような表情が浮かんでいる。

 しかし、勇者はあることに気付く。

 

「なあ、あの【魔王】って、なんか魔道師に似てないか?こう…なんというか雰囲気が…」


 その勇者の言葉に、魔道師が返す。


「いえ、あんな女なんて知らないわ。けど確かに、亡くなったおばあ様に似てるわね。」

 

「む、何を話し込んでいるんですか!私に目を向けなさい!注目しなさい!」


 プンスカという表現が適切な風に【魔王】は怒った。

 しかし、それは自分が目立っていないからという理由だ。

 彼女は【魔王】なりに自尊心を持っているのだ。


「ああ、悪かったな。それで、お前が【魔王】なんだな?」

 

「【魔王】? …ふふふ、その通り!私こそが【魔界】を統べる最高権力者!その名も【魔王】です!」


 そう口上を述べた【魔王】から、勇者たちは言い知れぬ圧力を感じた。

 その圧力は蝋燭の炎を揺らし、勇者たちに僅かな恐怖心を植え付けた。


「そうか。お前が【人界】への【魔獣】の侵攻を止めさえすれば、俺たちも―――」


 勇者の言葉を遮るように【魔王】が言う。


「あなたは勇者なのでしょう。そして、私は【魔王】です。あとは…言わなくても分かるでしょう?」


「ああ、そうだな。その方が手っ取り早いしな」


 勇者が聖金の剣を構える。唯一【魔王】に止めをさすことができると伝えられている神剣だ。


「ふふふ、やはりそうでなくては」


 そう言った【魔王】は誰もが魅了されるような妖艶な笑みを浮かべ、勇者たちの元へ近づいて行く。


「闘いこそが至高!闘いこそが美学!私を倒してみせなさい!」


 大きく、狂ったように笑いながら【魔法】を行使する。その手には視認が出来るほどの【魔力】が集束された。

 それは全てを焼き尽くすような炎を模していた。

 炎の色は赤から白へ、そして青色へ変化していく。


「嘘、でしょ?」


 魔道師にはその炎の色の意味が分かっていた。

 自分の一族にのみ伝わる、秘伝の炎の【魔法】だ。 

 全てを焼き尽くし、融かし尽くす炎の色。

 今は使うことの出来る者のいない、文献でのみ伝えられている過去の遺産。

 それは、一族の祖のみが使うことが出来たと言う―――

 

「魔道師!なにボーっとしてんだ!」


 その言葉にハッとする。

 今、まさに放たれようとしている【魔法】は、文献にのみ伝わる【魔法】だ。

 あの【魔法】は、絶対に使わせてはいけない。


「武闘家!【魔王】を―――!」


「了解!」


 攻撃して、と続ける前に武闘家が動く。神速とも形容できる残像が残るほどの動きは、一瞬で【魔王】との距離を詰めた。

 神速の動きと共に、轟と空気を破るような音を立てて拳を放つ。拳圧などではなく、正真正銘の本気の拳だ。しかし…


「む、疾いですね!」

 

 【魔王】が武闘家の動きに対応するかのように、手に収束していた【魔法】を放つ。その炎は【魔王】の周囲を荒れ狂い、武闘家の拳をジリジリと焼いた。


「―――ッ!?」 


 その温度に耐えきれなくなる直前に繰り出した拳を引き、10mほどの距離を開けた。


「いいですね。好戦的な方は大好きです。あなたが生きていたら遊んであげましょうか」


「ははは…ぜひともお願いしたいものだ」


 青い炎は塊となって【魔王】の周囲を漂う。その数は4つ。その内3つがそれぞれの人物の元へ押し寄せていく。


「なんだこれは!?くそっ!」


「勇者!駄目よ!」


 魔道師の言葉を聞きつつも、勇者の元へ近づいた青い炎をその剣で斬りつける。その途端…


「な!?ぐああぁ!」


 炎の塊が爆発し、15000度を優に超える炎が勇者を包み込む。そう思った瞬間…


「大丈夫、勇者?」


 魔道師が勇者へ向けて手を翳している。青い炎は勇者を包み込む直前に停止していた。

 同時に、武闘家と自分に向かっていた炎も操り、自分の周囲に留めさせていた。

 この炎は魔道師一族の秘伝の【魔法】だ。加えて、今は使える者のいない青い炎を創り出す、過去の遺産と言っても申し分もない。それを自分の手で創り出す事は不可能だった。

 魔道師は、創り出された炎を操ったのだ。

 創り出された炎を操ることは、魔道師にとってそう難しいことではない。膨大な【魔力】を持ってして無理矢理にコントロールを奪うだけの事だ。

 確かに、創り出した【魔法】のコントロールを奪うことは簡単だ。その【魔法】の数倍の【魔力】が必要だということを除けば、だが。


「む、あなたも炎の【魔法】を使うのですか。なるほど…」


「ふん、こんなの簡単よ。いつも使ってるし、慣れてるから」


 これは只の強がりだ。

 実際に、たかが3つの炎の塊のコントロールを奪うだけで、自らの【魔力】の3/10程度を消費していた。

 通常、自らの【魔力】の半分を失うと頭痛や眩暈などの症状が発生する。そして、残り【魔力】が1/10を切ってしまうと、自分の意思に関係なく気を失ってしまう。

 残りの【魔力】は7/10程度。魔道師は焦っていた。こんなことなど初めてだった。


「それでは、同じ【魔法】を使う先輩として、恰好をつけなければ駄目ですね」


 その言葉で、魔道師の焦りは加速した。

 これ以上青い炎を出されても、自分では対処が出来ない。

 【魔王】が手を翳すと【魔力】が集束し始めた。

 そして【魔法】が完成する直前…


「させるか!」


 武闘家程の速度は無いものの、勇者が素早く【魔王】の懐へ飛び込んだ。

 剣を振るう。凡人の目には捉えきれないほどの袈裟懸けだ。


「ふん!さっきの【人間】の方が疾いですよ!」


 【魔王】が振り切られた剣の横っ腹を殴りつける。途轍もない衝撃が剣を握る勇者の手を襲った。

 しかし、吹き飛ばされようとする剣を力強く握り、その衝撃に身を任せて回転切りを放った。


「―――ッ!この程度で!」


 横に薙がれた剣の腹を、返した右肘で叩きつけた。

 勇者の手から離れた剣は地面に叩きつけられ、勇者は無防備になる。


「終わりです!」


 左腕で、勇者の頭部を捉える。これが直撃すれば、防具に守られていない頭部など、容易に吹き飛ぶだろう。

 しかし…


「武闘家ぁ!今だ!」


「任せろ!」


 今まで勇者にのみ向いていた【魔王】の意識は、勇者の背後から聞こえた声に向けられた。

 その背後には、走り向かってくる武闘家の姿が入る。

 その拳には炎を纏い、目には闘志が宿っている。

 一瞬の隙、勇者は全力で【魔王】との距離を取った。

 ドン!と凄まじい衝撃が城を揺るがし、灯っていた蝋燭が全て消える。一瞬だけ完全な闇が訪れたが、それはすぐに別の灯りによって去っていった。

 武闘家の拳が直撃した【魔王】は壁に叩きつけられるとクレーターが発生した。炎が渦巻き、竜巻のように荒れ狂った。

 

「ぐぅ!うあああぁ!」


 それは、青い炎だった。【魔王】は、自らが創り出した【魔法】に焼かれていた。

 そして、徐々に青い炎は弱くなっていく。炎が弱まると、床には衣服が焼け焦げた【魔王】が横たわっていた。


「ふふ…例え私が倒されようとも…第二、第三の【魔王】が…」


 それだけ言うと【魔王】は意識を失った。


「はぁ…はぁ…これで、終わりか…」


「武闘家!大丈夫!?」


 魔道師が言うように、武闘家の右腕は黒く焦げている。魔道師は慌てて治癒の【魔法】をかける。

 あの青い炎を、一時的ながらも腕に纏っていたのだ。例え治癒を行ったところで、すぐに治るわけではない。

 

「ああ、何年旅をして来たと思っている。お前のやりたいことなんて分かっているさ」


 彼らはここに来るまでに、およそ3年の月日が経過している。入り口で魔道師に出会うまで2か月、森で武闘家に出会うまでに4か月。

 そして、この【魔王】の城に来るまでに2年と半年。ようやく、彼らの旅が終わる。

 気を失っている【魔王】に近づく。気を失っている【魔王】の首に剣を当て、高く振りかぶった。


「止めだ!消え去れ【魔王】!」


 振り上げられた剣が首を斬り下ろす。瞬間―――


「おや、それは困りますね」


「な―――!?」


 ピタリ、と剣が止められている。勇者と【魔王】の間には一人の子どもが立っていた。

 黒い髪と黒い瞳の少女だ。自分の半分程度しかない身長は、以前の部屋にいた【白種】を彷彿とさせる。

 ゴギ、と鈍い音が聞こえた。気が付くと壁に叩きつけられ、勇者は口からはゴボリと血を吐き出した。

 聖銀の鎧には罅が入っている。食人植物の溶解液を受け止め、海獣の顎を受け止め【魔獣】の爪を受け止めてきた聖銀の鎧が、呆気もなく破壊された。

 

「勇者!?このぉ!」


 魔道師は燃え残っていた青い炎を【魔法】で操り、現れた少女に向けて放つ。あの【魔王】をも焼き尽くした伝説の炎だ。


「おや、あなたもあの一族ですか。こんなところまでわざわざご苦労さまです」


 しかし、その青い炎は少女の眼前で停止し、徐々に消え去っていく。 

 そして、少女が歩き出そうとする直前…

 

「喰らいやがれ!」


 神速の動きを発揮し、武闘家が少女の目前まで肉迫する。轟、と捉えることの出来ない速度の拳が迫った。


「ふむ、中々に疾いです。しかし蛮勇ですね。無駄な突撃は感心しませんよ」


 その拳と衝突させるように、少女は拳を出す。そこに特に力を込めた様子はない。

 実際に、事態に唖然としていた魔道師は、武闘家が負けるはずがないと直感していた。 

 しかし…


「ぐっ!?ぐああぁ!」


 武闘家の悲鳴と共に血飛沫が飛び散る。彼の腕は無残にも砕け、血に塗れた骨が垣間見えた。

 それに対して少女の右腕は傷一つなく、更に左腕には月の光のような蒼い光の剣を発生させている。


「それでは、お休みなさい」


 その蒼い光は武闘家の体を両断すると、武闘家は膝を付き地に伏した。


「ぐっ…武闘家…!」


 勇者は血を吐きつつ、武闘家の安否を確認した。遠目から確認する限り右腕は重傷だが、両断された体には傷がなくただ気を失っているように見えた。

 そして、唐突に現れた黒髪の少女に、勇者は心当たりがあった。


「あの子ども…【黒種】だ…」


「なによ、それ…?」


 勇者が言った【黒種】は、通常【白種】と対になって発生する生物だ。

 【白種】と同じ、透き通るような白い肌を持ちながら、正反対の【黒種】のみが持って生まれる黒い髪を持つ。

 そして【白種】と同等の力を持ち、過去に何度か現れ、国を滅ぼしかける脅威となったことがある。


「おや?どうやら、そちらの方は私のことを知っているようですね。あなたの言う通り、私は【黒種】ですよ」


 倒れた武闘家を尻目に【黒種】と呼ばれた少女は淡々と述べた。


「だが…【黒種】は…」


「ええ、今の【人界】では殲滅対象らしいですね。面倒でしたよ。向こうに行ったら軍隊が出てくるんですから」


 国が全力を挙げて保護する【白種】と違い、国が総力を挙げて殲滅する対象であるのが【黒種】だ。

 【白種】が生まれた情報が届けられるとともに莫大な懸賞金が賭けられ、生まれた次の日には抹消される程の手の込みようだ。

 故に、その詳細な情報が一般に出回ることも少なく、勇者と言えども一部の情報しか知らずにいた。


「まあ、全滅させましたからいいんですが。全く、約束を守らないのなら死ねばいいんですよ」


 【黒種】の少女が、勇者の手から離れていた剣を拾った。

 

「待て…その剣は…」


 魔道師に治癒の【魔法】をかけられながら勇者はそう言った。

 王から賜った剣であり【魔王】を斃す為の神剣でもある。それを得体の知れない【黒種】の少女に奪われては【魔王】に止めをさすことが出来なくなってしまう。

 魔道師の治癒の【魔法】により、回復した勇者が言った。


「返、せ…」


「返せとは心外ですね。そもそも、この剣はこの城の備品ですよ」


「何を、言っている?」


「10年程前にお貸ししたのですが、期限になっても返却に来る気配一つありません。だから、わざわざ私が出向いたのですが…」


 少女が片手に剣を持ちつつ、勇者たちの方を見つめた。


「まあ、国が滅ぼうが私の知ったことではありません。さっきも言いましたが、約束を守らないのなら死ねばいいんです」


 少女が掴んだ剣は、徐々に光り輝く球体へと変化していく。それは空中に溶け込むように消えていった。


「国が滅んだ、だと?」


「ええ、攻撃してくるものですから、敵は滅ぼさないと。まあ、あの人が言っていた国とは名前が違っていましたが、あの人の名前は引き継がれていました」


 勇者は、少女の言葉を反芻していた。

 剣を取り返してきた、国を滅ぼした、代々王が治めている。

 そして、それが意味するところは…


「聞いても、いいか?」


 勇者は考えを纏め、少女に質問をした。

 答えるとは限らない、希望的観測だった。

 

「ええ、いいですよ。わざわざこんな場所まで来たのですから」


「お前の滅ぼした国は…クロフィールか?」


 勇者は、自分が所属している国の名前を言った。 

 その言葉を聞き、少女は即座に返答をした。


「ええ、そうですよ。まあ、どうでもいいじゃないですか。こんな場所まで来て、もう戻るつもりもなかったのでしょう?」


「何を言っている。俺は【魔王】を斃す為にここまで来たんだ!お前を斃せば国にも戻れた!それを…!」


「いえ、そもそも【魔界】に入った時点で、そんなの不可能ですよ。聞きますけど、あなた達が【魔界】に侵入して何か月経ちましたか?」


 少女は何か可哀そうな者を見るような目をしながら、勇者を見た。


「…3年だ。俺がここに来るまで、それだけかかった」


「哀れですね。今さら【人界】に戻ったとしても、親も知己の相手も死に絶えて、自分を知る者など何処にもいないでしょうに」


「何故だ、お前が国を滅ぼしたからか?それとも、祖国を失った俺へのあてつけか?」


「いえ、私は向かってきた軍隊を殲滅しただけですよ。国を滅ぼしたとかは言葉の綾です。別に、王様を殺したとか国民を皆殺しにしたりはしていません。まあ、滅んだところで興味はないのですがね」


「じゃあ、どうしてだ。俺の何に同情している?」


「まあ、信じるか信じないのかはあなたの勝手です。しかし、私は嘘が大嫌いです。そのことを踏まえた上で聞いてくださいね」


そう前置きを言い、少女は話を進めた。


「今の【人界】は【魔界】のおよそ100倍の速度で時が流れています。ですから、あなたが【魔界】に侵入してから、まあ…およそ【人界】では300年の歳月が過ぎていますね」


「―――は?」


「次に何故こうなったかですね。10年ほど前に一人の【人間】が来たんですよ。確か、国を創る為に象徴が必要だとか言っていましたね。わざわざここまで来て、何の収穫も無く戻らせるのもどうかと思ったので、あの剣を貸した訳ですね。まあ、どうしてか【魔界】の時間の進みが遅くなったわけですが」


「ちょっと待てよ!【魔獣】はどうなんだ!【魔界】から【人界】に来る【魔獣】は【魔王】が統率しているんだろう!?」


「古巣を追われた弱い獣が生存可能の地に赴くのは当然でしょう?それに【魔獣】なんてその辺りに無数にいます。統率なんてするハズがないでしょう。面倒くさい」


「な―――」


 勇者は愕然とした様子で膝をつく。帰る国も親も友人も失い、果てには【魔獣】が【人界】に来るのは止めようがないと思い知らされた。

 今まで行ってきたことは無駄だと、そう理解してしまった。


「ねえ、私もいいかしら?」


 今まで、勇者と少女の成り行きを見守っていた魔道師は、少女に話しかけた。


「まだ戦うのですか?まあ、構いませんが」


 そう言うと、少女の掌に光が集束し始める。緑色に発光し、空間すらも歪めているようなそれは、まるで何物をも破壊し尽くす権化のようだった。


「いいえ、私にあなたと戦う意思は無いわ。そこの、倒れてる人なんだけど」


 持っていた杖を地面に置き、抵抗の意がない事を示す。

 目をグルグルと回しながら倒れている女性を指差しながら、魔道師は言った。


「私の家にね、肖像画が飾ってあるのよ。すごく昔に描かれた絵で、大分汚くなっちゃってるんだけど」


「そうですか。価値の分からない美術品よりも、先祖から伝わってきた品の方が、私としても好ましいですね」


「その絵ね、ご先祖様が描かれてるのよ。私の家を興したって伝わってるんだけどね」


「なるほど。で、それがなにか?」


「その人とそっくりなのよ。いえ、あなたの話を聞くからには、きっと本人なのね」


 少女が軽く考え込むような仕草をし、魔道師の方を見つめる。勇者や武闘家を見る目とは違う、まるで子どもでも見ているかのような目だ。


「ええ、間違いなく本人ですよ。あの時は、確かカルチェノイドと名乗っていましたね。先ほども言いましたが、この【魔界】では【人界】の1/100しか時間が流れていません。まあ【人界】近くは違うところもあるようですが」


 少女は昔を懐かしむかのようにしみじみと言う。


「懐かしいですね。あの時は、私とあの子の二人きりだったのに、今は6人にもなって…ああ、アイツはどうでもいいですか」


「6人…?ここに来るまで、5人しかいなかったわよ?」


「ここで言うtypeEですよ。今の【人界】ではエルフとも呼ばれているようですが」


「エルフまでいたのか…」


 勇者の絶望した声が静かな部屋に響いた。

 エルフは、数が少ないながらも他の種族の追随を許さない程の圧倒的な【魔法】を使い、一つの国を形成している種族だ。

 数百年ほど前にヘイムグローブから仕掛けられた侵略戦争では、圧倒的な数的不利を覆し、逆にその国を滅ぼした経緯を持つ武力国家でもある。

 他国からは畏怖されながらも信仰されている種族であり、特に一部の魔術師や魔道師からは神格化されている程だ。

 

「今日は風邪を引いているようでしたね。あの子は体が弱いですから」


「…はは、なんだってんだ。今までのことは、全部ムダだったのか…」 


「勇者…」


 何もかもを諦めたかの様な勇者の物言いに、魔道師は掛ける言葉もない。

 勇者として生き、勇者として死ぬことを強要され、人並みの人生を歩むことすら許されない。

 なんの因果か勇者として選出され、いつの間にか【魔界】の奥地にまで赴いていた。

 不満があったわけではない。彼の家族は勇者を生んだとしてクロフィールに建てた屋敷に住まい、他の貴族と同等の扱いをされていた。

 その上【魔王】さえ斃すことができれば莫大な報奨金も手に入る。不満などあるはずがなかった。

 

「もう、いいんだ。いいんだよ…」


 【魔王】を斃そうが【魔獣】が消えることはない。それどころか、そもそも【魔王】など存在しなかった。

 名前は勇者として選ばれた幼い頃に奪われ、それ以後の人生も【魔王】を斃す為の特訓に捧げられてきた。

 自らの全てを【魔王】を斃す為に捧げてきたのだ。

 名前を呼ばれず、名前を名乗ることすら許されず、一つの【勇者】として生きることを強いられてきた。

 今までの全てが否定された気分だった。


「何を言っているのです。ムダなモノなど、この世界に存在しませんよ。」


 少女の言葉には、妙な力が籠っていた。

 まるで自分が体験してきた事を話しているようだった。


「世界のすべては価値を持っています。それがどんな形であれ、価値の無いモノなど存在しません。価値は千差万別ですが唯一無二です。もちろん、あなたの今までにも価値があります。それは他人には分かりません。あなたにしか分からないモノです」


「俺に、だけ…」


「世界は優しくなんてないですし、簡単に変わるわけでもありません。自分が変えるしかないんです。あなたが歩んできた道のりを振り返って考えることですね」


 それだけ言うと、少女は倒れている女性を背負い、勇者たちが来た道を戻っていく。


「あなたたちは…?」


「我々はここを離れます。もう未練もありません。あとはどうぞ、ご勝手に」


 それだけ言うと扉が閉められ、部屋に残されたのは勇者、魔道師、そして気を失っている武闘家だけになった。


「…勇者、これからどうす―――」


「ハハハ…」


 魔道師の言葉を遮り、勇者から乾いた笑いが聞こえる。今までに聞いたことのない笑い声だった。


「ハハ…そうだ、そうだよ!帰る国も、友人もいないんだ!もう自由なんだ!」


 どこか吹っ切れたように叫びながら立ち上がる。その顔に、今までのような迷いと絶望は感じられず、晴れ晴れとした表情だ。


「そういうわけで、ちょっと名前取り返してくる。一年くらいで戻るから、待っててくれ」


 そう言った勇者は猛然と駆け出して行く。扉を蹴破り、その後壁を突き破るような轟音が響き渡った。

 まるで今までの鬱憤を晴らすかのようだった。


「…はあ、待ってあげますか、どうせ暇だし。とりあえず、ケガを治さないと」


 血塗れになった武闘家を見ながら、ウンザリとしたように溜息を吐きながら言った。




―――




 それ以後【人界】の歴史に勇者がその名を記すことはなかった。

 【魔界】に戻った、勇者と呼ばれた男がどうなったのか、勇者と旅した魔道師と武闘家がどうなったのかを知る術はない。

 しかし、彼らが残した結果は世界に足跡として残り、波紋として拡がっていく。

 どのような影響を及ぼすのか、果たしてどちらに傾くのか。

 誰にも、知る由はない。

 作中に出てきたtypeで区別されている魔人とやらですが、モチーフとなっている生物からとってきました。


 typeB=バード(Bird) typeC=キャット(Cat) typeD=ドッグ(Dog) typeE=エルフ(Elf) のように、アルファベットの頭文字を抽出しただけです。


 魔人やら、魔王やら、大魔王やらの正体は、いったい何者なんだー(棒

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